Japan Journal of Human Resource Management
Online ISSN : 2424-0788
Print ISSN : 1881-3828
Research Notes and Documents
The Current Situation and Determinants of Work Engagement among Individuals Affected by the Age Limit System for Managerial Personnel and Reemployment after Retirement
Nobutaka ISHIYAMAMakiko TAKAO
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2021 Volume 21 Issue 3 Pages 43-62

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ABSTRACT

The population structure of Japan has a declining working-age population (15–64 years). In this environment, personnel management of middle-aged to older workers is ever more important. For middle-aged to older workers, the age limit system for managerial personnel and reemployment after retirement are important personnel management systems, which can lead to career turning points. Therefore, to consider the measures to take in response to the merits and demerits of both policies, this research will examine the current condition of middle-aged to older workers who are affected by either of the policies instead of the personnel management situation. Specifically, the purpose of the research is to examine the current condition and determinants of work engagement among individuals affected by the age limit system for managerial personnel and reemployment after retirement.

A study was conducted using an Internet survey through Macromill, Inc. with questionnaires targeted at middle-aged to older workers (40 to 64 years), including those affected by the age limit system for managerial personnel and reemployment after retirement.

The sample categories are as follows: 452 were affected by the age limit system for managerial personnel, 528 were affected by reemployment after retirement, and 3351 were not affected by either policy. The main results of the analysis are discussed below:

1. The work engagement scores of those affected by the age limit system for managerial personnel and reemployment after retirement were not lower than those who were not affected by either policy.

2. In those who were not affected by either of the policies, the psychological contract had a positive influence on work engagement. On the other hand, no significant positive influence were observed among those affected by the age limit system for managerial personnel and reemployment after retirement.

3. In those affected by the age limit system for managerial personnel and reemployment after retirement, servant leadership and psychological safety had a positive influence on work engagement.

4. In all categories, job crafting and knowledge broking had a positive influence on work engagement.

Hence, the strengths and weaknesses of personnel management related to servant leadership, psychological safety, job crafting and knowledge broking in the workplace are key issues to improve work engagement.

1. はじめに

日本の人口構造は少子化と高齢化が同時に進展し,生産年齢人口(15~64歳)が減少する人口オーナスが継続していく(小峰,2016)。それは,労働市場において深刻な労働供給制約を惹起するため,企業の人事管理の変化が要請される(今野,2016)。労働市場の未来推計として2030年には644万人の人手不足が予想され,60歳以上の労働力のさらなる創出も提言されている(パーソル総合研究所・阿部,2018)。また,中年期から高齢期にかけての加齢に対し知能を高く維持することは可能であり,ジョブパフォーマンスに関する特定の次元では,貢献度が向上することも観察されている1Ng and Feldman, 2008; 西田ほか,2012)。

このように高年齢労働者,もしくはその前段階の年齢層をくわえた中高年齢労働者の継続的な活躍は可能であり,その人事管理の重要性は高まっている。しかし,従来,中高年齢労働者の人事管理は消極的な施策として位置づけられてきた実態もある。特に高年齢者雇用については,法律的に義務づけられているからという消極的な理由による「福祉的雇用」2で人事管理し,他の社員の人事管理と区分する「1国2制度型」が主流であったとされる(今野,2012)。このような「1国2制度型」を象徴する代表的な人事管理の枠組みが,役職定年制と定年再雇用である。役職定年制とは一定の年齢に達した段階で管理職がラインから外れる制度であり(大木,2018),大手企業では48.3%が導入している(日本経済団体連合会,2015)。定年再雇用とは,2013年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法が,希望者全員の65歳までの雇用確保措置を義務づけたことに伴う,60歳に定年年齢を据え置いたままの再雇用による継続雇用を意味する(高木,2014)。65歳までの雇用確保措置には,定年の廃止,延長も含まれている。しかし多くの企業は定年を60歳に据え置いたままである(高木,2014)。定年制廃止企業は2.6%,65歳以上定年の企業は17.1%にすぎない(厚生労働省,2018)。

中高年齢労働者にとって,役職定年制と定年再雇用は,キャリアという観点から功罪があるとされる。役職定年制については,役職を降りることによる仕事への意欲の低下が指摘される一方,今後のキャリアを考えるためのキャリア・シフト・チェンジのきっかけになる(大木,2018; 高齢・障害・求職者雇用支援機構,2018)。定年再雇用については,中高年齢労働者が期待するような仕事ではなく,縁辺的な仕事に従事させられてしまい(高木,2014),年収の低下率の平均は47.5%にも達する(パーソル総合研究所・石山,2017)。

ただし先行研究において,両制度の功罪に関する対応策は,制度設計と運用,すなわち人事管理のあり方を中心として論じられてきた(今野,2012; 鹿生,2012; 鹿生・大木・藤波,2016)。しかし人事管理の効果は一律ではなく,同じ会社であっても,職務,個人の特性などにより異なる(Stamov-Roßnagel and Hertel, 2010)。そこで本研究では,両制度の功罪に関する対応策を検討するために,人事管理のあり方ではなく,両制度が適用されている中高年齢労働者個人の実態を明らかにすることに着目する。

具体的には,中高年齢労働者が役職定年制と定年再雇用において,どのように仕事への意欲を有しているのか,また仕事への意欲の規定要因は何であるのか,という点についての解明を行っていく。仕事への意欲は,ワーク・エンゲイジメント(Schaufeli et al, 2006; 島津,2014)という概念で捉えることができるが,役職定年制と定年再雇用におけるワーク・エンゲイジメントの実態に関する先行研究は蓄積されていない。

役職定年制と定年再雇用におけるワーク・エンゲイジメントの規定要因を特定できれば,制度設計のあり方のみならず,その職場レベルでの運用,あるいは個人レベルにおけるキャリア開発などのあり方への示唆に富む知見が得られるだろう。そこで,役職定年制と定年再雇用の対象者におけるワーク・エンゲイジメントの実態と規定要因の解明を本研究の目的とする。

なお,高年齢労働者および中高年齢労働者の年齢に関する定義は多様である。高年齢者雇用安定法においては,高年齢労働者が55歳以上,中高年齢労働者が45歳以上と定められている。本研究では,高年齢労働者については同法にしたがい55歳以上と定義する。ただし,生涯発達心理学やキャリアの生涯発達理論においては,40歳前後を中年期として重要な転機の節目に位置づけることが多い(岡田,2013)。さらに日本型雇用においては,入社して15年前後に決定的選抜が行われるとされ(小池,1991),実際にパーソル総合研究所(2017)では,40代前半で「出世したい」と「出世したいと思わない」という意識の割合が逆転すると指摘している。こうした観点から,40歳前後に重要なキャリアの転機があると考え,本研究では中高年齢労働者を40歳以上と定義する。

2. 仮説の構築

役職定年制と定年再雇用の対象者におけるワーク・エンゲイジメントの実態と規定要因の解明を進めるにあたり,仮説を構築する。まず,役職定年制と定年再雇用の対象者と中高年齢労働者であって両制度の非対象者である場合とのワーク・エンゲイジメントの得点の差に関する仮説を設定する。続いて,同じく対象者と非対象者を比較して,企業レベルの状況(心理的契約)に対する個人の認知,職場レベルの状況(サーバント・リーダーシップと心理的安全)に対する個人の認知,個人レベルの意識と行動(ジョブ・クラフティングと知の仲介)に関するワーク・エンゲイジメントの規定要因について,仮説を構築していく。

2-1. ワーク・エンゲイジメント

ワーク・エンゲイジメントは,Kahn(1990)の唱えた個人的エンゲイジメント(personal engagement)を源流とする。個人的エンゲイジメントはGoffman(1961)の役割パフォーマンス(role performance)を参考に概念化されている。役割パフォーマンスでは,役割と人が分離されず,人は役割に没入して行動している。このような個人的没入を,仕事に関して概念化したものが個人的エンゲイジメントである。ワーク・エンゲイジメントの類似概念としては,従業員エンゲイジメント(employee engagement)がある(Macey and Schneider,2008; Saks, 2006)。しかし従業員エンゲイジメントは,職務満足,組織コミットメント,役割外行動などの既存の概念が包含されており(Macey and Schneider, 2008),個人の仕事への意欲そのものを測定できる概念とはいえない。

他方,ワーク・エンゲイジメントは,個人の仕事への意欲そのものを示す概念である。ワーク・エンゲイジメントは,バーンアウト(燃え尽き)の反対概念であり,仕事に関連する充実した心理状態を意味し,仕事への「活力」「熱意」「没頭」の次元から構成される(島津,2014)。換言すれば,仕事に対する「快」の高さと活動水準の高さを示す(向江,2018)。既存の概念が混在し曖昧である従業員エンゲイジメントに対し,ワーク・エンゲイジメントは,より学術的に堅牢であり(島津,2014),またワーク・エンゲイジメントが高い個人は仕事に専心するため,組織的アウトカムの予測に優れ(Bakker and Albrecht, 2018),役割行動(Christian et al., 2011),ファーストフード会社の日々の財務結果(Xanthopoulou et al., 2009),職務満足感,離転職意思の低下,役割外行動,リーダーシップ行動(Schaufeli et al., 2006; 島津,2010)に正の影響を与える。このようにワーク・エンゲイジメントは測定しようとしている概念が従業員エンゲイジメントに比べて明確であり,役職定年制と定年再雇用の対象者の実態を把握するのに適切であろう。

先述のとおり,役職定年制や定年再雇用の両制度には,役職を解かれ,縁辺的な仕事の担当となり,年収が低下するなど,仕事への意欲を低下させる要因があった(大木,2018; 高木,2014)。これらの要因は,仕事への意欲そのものを示すワーク・エンゲイジメントを低下させると考えられる。したがって,次の仮説を設定する。

  • 仮説1:役職定年制と定年再雇用の対象者は,非対象者と比較して,ワーク・エンゲイジメントの得点が低くなる。

2-2. 企業レベルの状況に対する個人の認知

企業レベルの状況,すなわち集団への帰属への個人の認知は,通常,組織コミットメント(たとえば,Allen and Meyer, 1990)によって測定されるが,組織コミットメントはワーク・エンゲイジメントによってもたらされる結果である(Halbesleben, 2010)。むしろ,集団への帰属に関連する規定要因としては,心理的契約を想定することができよう。

心理的契約(psychological contracts)とは,就業規則などで明示される労働契約ではなく,文書化されていない組織と個人の約束事であるが,基本的には個人の認知である3Rousseau, 1989, 1995)。他方,日本型雇用慣行4においては,正社員の大多数は幹部候補者として扱われることが多く,インフォーマルなOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)と長期にわたる人事異動で技能形成される(小池,1997)。長期の技能形成により昇進期間も長くなり,これは「おそい選抜」と呼ばれる(小池,1981, 1991)。「おそい選抜」では,昇進期間が長くなるため,大多数の正社員の動機づけは長期にわたり維持されるが,このように職務の専門性に依拠せず,正社員が個別企業への適応性を強める雇用慣行は,メンバーシップ型とも呼ばれる(濱口,2013)。

メンバーシップ型では,個人の認知としての心理的契約の影響は大きいと考えられる。日本の人事部門は,国際的に比較すると,規模と権力が大きく,中央集権的であり(Jacoby, 2005),それゆえに正社員については,長時間残業,職務変更,転勤を厭わず会社に尽くす態度を評価する(福井,2009; 濱口,2013; 熊沢,1997)。この場合,心理的契約は,会社に尽くすまでに仕事に専心することによる会社からの見返りの期待につながり,ワーク・エンゲイジメントの向上につながるだろう。実際,服部(2011)では個人の認知としての日本企業に特有の心理的契約の項目を特定している。さらに服部は,日本企業においては,個人の認知としての企業側の契約不履行が多数あることを指摘し,不履行が発生すると,個人は期待度,履行度,離職意図の自己調整を行うとしている。役職定年においては,須藤・岡田(2018)が職場の人間関係維持の不履行などの自己調整の事例を指摘している。

ここまでの議論をまとめると,役職定年制や定年再雇用の対象者は,制度の適用によって役職を解かれ,縁辺的な仕事の担当となり,年収が低下すると,企業側の契約不履行を認知することにつながるだろう。不履行に対して個人は怒り,落胆し,自己調整するが,その場合,服部(2011)によれば期待度の調整が多く選択される。つまり,役職定年制や定年再雇用の対象者において,心理的契約への期待度は低く,ワーク・エンゲイジメントへの影響は限定的であると考えられる。したがって,次の仮説を設定する。

  • 仮説2:心理的契約は,役職定年制と定年再雇用の非対象者にはワーク・エンゲイジメントに正の影響をもたらすが,対象者への影響は限定的である。

2-3. 職場レベルの状況に対する個人の認知

個人が認知する職場レベルの状況の規定要因として,支援的な上司マネジメントと,対人関係のリスクを気にすることなく,安心して発言,行動ができる職場規範について検討していきたい。先述のとおり,役職定年制や定年再雇用の対象者は,役職を解かれ,縁辺的な仕事の担当となるため,職場での自身のあり方の見直しを迫られる。たとえば,役職定年者にインタビューし,そのキャリアの実態を抽出した須藤・岡田(2018)の研究によれば,役職定年後には,役割の喪失感が生じ,新たな役割への再適応を迫られる5。また,宮野(2019)は60歳以上の高年齢労働者にインタビューしたが,高年齢労働者は高齢期の転機において挫折・喪失を経験するが,その後「創造的あきらめ」という状況に至り,転機を乗り越える。さらに,高年齢労働者は定年退職という転換期を迎えると,一部の者は受動,あきらめ,逃避などの対応に終始し,アイデンティティの危機にうまく対応できない(西田,2011; 岡本・山本,1985)。

これらの研究は,共通して高年齢労働者の転機への対応には個人差があるとしており,挫折感,喪失感,危機を乗り越えて,うまく適応(この適応は,先述のキャリア・シフト・チェンジとも考えられる)できる者とできない者がいる。ここから,役職定年制や定年再雇用の対象者においては,転機に伴っていったん感じる挫折感,喪失感が職場での強い疎外感につながり,そのままその状況から抜け出せなくなることを避ける必要があると考えられる。

役職定年制や定年再雇用の対象者に,職場で強い疎外感を覚えさせないためには,支援的な上司マネジメントであるサーバント・リーダーシップ(Greenleaf, 1977; Liden,et al., 2008)が有効であると考えられる。サーバント・リーダーは,自らより他者への奉仕を優先するため,職場が家庭やコミュニティのような場になる(Greenleaf, 1977)。具体的には,所属組織をコミュニティとみなし,部下にコミュニティとしての組織への自発的な貢献を促す(Liden,et al., 2008)。このようにサーバント・リーダーシップは,役職定年制や定年再雇用の対象者に職場をコミュニティとして感じさせ,疎外感を緩和し,ワーク・エンゲイジメントを高めることに資するであろう。

他方,ワーク・エンゲイジメントの職場レベルの規定要因としては,JD-Rモデル(Job-Demands-Resources Model: JD-R Model)(Bakker and Demerouti, 2007,2017; Demerouti et al., 2001)における仕事の資源(job-resources)が該当する。JD-Rモデルでは,仕事の要求度(job-demands)が仕事による燃え尽きを高めてワーク・エンゲイジメントに負の影響をもたらすが,規定要因である仕事の資源と個人の資源(personal-resources)6がワーク・エンゲイジメントに正の影響を与える。仕事の資源とは,負荷を軽減し,個人の成長と発達を促す仕事面の要因であり,業務の自律性,ソーシャルサポート(職場での支援),上司との関係性,専門性開発の機会などが該当する(Bakker and Demerouti, 2017)。つまり,上司との関係は先行研究においてワーク・エンゲイジメントの規定要因としてあげられている。実際,サーバント・リーダーシップが,ワーク・エンゲイジメントを高めることも示されている(Yang,et al, 2017)。

さらに,パーソル総合研究所・石山(2017)の定量調査では,中高年齢労働者の自律性と裁量性を促す上司マネジメントが業務成果につながっていた。サーバント・リーダーシップは,他のリーダーシップに比べ,特にフォロワーが重要にされていると感じ,権限委譲されて,多くのことを創造できるようになるところが特徴とされる(Liden,et al., 2008)。つまり,サーバント・リーダーシップは先行研究でワーク・エンゲイジメントの規定要因になっており,かつ部下に権限を委譲し自律性を促すという観点から,中高年齢労働者において全般的にワーク・エンゲイジメントに正の影響を有すると考えられる。ただし,役職定年制や定年再雇用の非対象者を非管理職と管理職に区分した場合,管理職はもともと自律性,裁量性が高く,サーバント・リーダーシップの影響は限定される可能性がある。したがって次の仮説を設定する。

  • 仮説3-1:サーバント・リーダーシップは,役職定年制と定年再雇用の対象者と非対象者(非管理職)においてはワーク・エンゲイジメントに正の影響をもたらすが,非対象者(管理職)への影響は限定的である。

次に,心理的安全について検討する。心理的安全とは,職場を,対人関係のリスクをとって様々な行動をしても安心な場である,とみなす認知を意味する概念である7Edmondson, 1999,2012)。

心理的安全は,もともとSchein and Bennis(1965)が提唱し,失敗や試行錯誤に罪悪感を覚えることなく,組織の変化への障壁や脅威を減少させていくことができるという認知として示された。Kahn(1990)も,自己のイメージや状態に否定的な結果をもたらすことなく自己を開示することで,自己の役割へのエンゲイジメントを高めていくという認知だとしている。このように,Schein and BennisとKahnは個人の認知としての心理的安全に着目しているが,他方Edmondsonは職場レベルの概念として提唱し,その後の研究蓄積につながった。心理的安全をメタ分析したFrazier, et al.(2017)によれば,心理的安全とワーク・エンゲイジメントは,いずれも仕事に対する肯定的な認知であるため類似性はあるが,心理的安全は職場環境に対する認知,ワーク・エンゲイジメントは個人が担当する特定の仕事への認知であるため,弁別される概念である。さらにFrazier, et al.は,心理的安全により労働者は安心して仕事に打ち込めるようになる(Christian et al., 2011)ので,心理的安全はワーク・エンゲイジメントの規定要因だとする。

職場を対人関係のリスクをとれる安全な場である,と考えることができれば,役職定年制と定年再雇用の対象者が強い疎外感を覚えることは緩和されるであろう。よって,心理的安全は,役職定年制と定年再雇用の対象者のワーク・エンゲイジメントを高めることになろう。

またパーソル総合研究所・石山(2017)の定量調査では,心理的安全と類似の概念であり,その職場にいても安心だと考える認知としての心理的居場所感(中村・岡田,2016)は,中高年齢労働者の業務成果につながっていた。したがって心理的安全は,ワーク・エンゲイジメントの規定要因であることともあわせ,役職定年制と定年再雇用の非対象者にとっても,ワーク・エンゲイジメントを高めることにつながるだろう。

ただし,役職定年制や定年再雇用の非対象者を非管理職と管理職に区分した場合,管理職は職場で上位かつ指導的な立場であり,心理的安全を気にかけなくても自由に発言,行動できるため,心理的安全の影響は限定される可能性がある。したがって次の仮説を設定する。

  • 仮説3-2:心理的安全は,役職定年制と定年再雇用の対象者と非対象者(非管理職)においてはワーク・エンゲイジメントに正の影響をもたらすが,非対象者(管理職)への影響は限定的である。

2-4. 個人レベルの意識と行動

個人レベルの意識と行動に関する規定要因として,主体的な仕事への取組み,外部の知識の取り入れについて検討する。

大木・鹿生・藤波(2014)によれば,企業が期待する60歳以降で必要となる能力として「現役世代の力になる能力」と「第一線で活躍する能力」の2種類がある。大企業であり,かつ60歳代前半の雇用形態が非正社員であるほど,「現役世代の力になる能力」が重視されていた。すなわち大企業の定年再雇用の場合には,現役世代の力になることが重視されている。

しかし,高年齢労働者においては一律に動機づけが低下することは神話であり,労働者の職務への考え方次第で多様性もあるとされる(Stamov-Roßnagel and Hertel, 2010)。岸田・石山(2015)では,「現役世代の力になる能力」に着目し,高齢者雇用支援企業ではどのようにこの能力を醸成しているのかについて調査した。その結果,高齢者雇用支援企業は「高齢者の自律性」による「第一線で活躍する能力」を重視していた。たとえば前川製作所など60代後半以降も継続就業を可能にしてきた企業では,誰でもその対象にするわけではなく,定年後も第一線で活躍したいという意図が明確である者のみを対象としてきた8鹿生・大木・藤波,2016)。

こうした「第一線で活躍する能力」を醸成するためには,主体的に仕事の創意工夫を継続することが重要になると考えられる。個人が主体的に仕事の創意工夫を行うことを示す概念として,ジョブ・クラフティングがある。ジョブ・クラフティングとは,「個人が職務または仕事に関連する境界に加える物理的および認知的変化」(Wrzesniewski and Dutton, 2001, p.179)と定義される。すなわち労働者自身が主体的に職務の特性を,自分の好みにあわせて変更することであり,仕事の創意工夫を行うことを意味する。具体的には,ジョブ・クラフティングは仕事の内容そのものを変えるタスク次元,仕事の意味づけを変える意味次元,仕事に関わる人間関係を変える人間関係次元の3次元から構成される。仕事の意味づけとは,自身の仕事に対する見方を変える(リフレーミング)することである。そのためには,視点の拡大9,視点の焦点化10,視点の関連付け11が有用とされる(Berg, Dutton and Wrzesniewski, 2013)。このように,ジョブ・クラフティングとは,個人が仕事の意味づけ(意味次元)を変化させて,仕事を再創造することなのである。従来の職務とは組織によって設計されるというトップダウン・アプローチの前提(Hackman and Oldham, 1980)に対し,ジョブ・クラフティングは,能動的な労働者がボトムアップ・アプローチにより,主体的に職務そのものを自分の好みにあわせて創造(craft)すると考える。

先述のJD-Rモデルでは,ワーク・エンゲイジメントの高い労働者がジョブ・クラフティングを行うことで仕事と個人の資源が増加し,さらにワーク・エンゲイジメントが高まるという循環的なモデルが示されている(Bakker and Demerouti, 2017; Tims, Bakker and Derks, 2012, 2013)。ただし,Rudolph et al.(2017)のメタ分析では,ジョブ・クラフティングの結果要因はワーク・エンゲイジメントが多い,という報告があり,ジョブ・クラフティングは,ワーク・エンゲイジメントの規定要因であると考えることもできる。

実際,岸田(2019)は,役職定年制と定年再雇用の対象者において,ジョブ・クラフティングが仕事の動機づけを向上させることをインタビュー調査で検証している。すなわち,役職定年制と定年再雇用の対象者において,「第一線で活躍する能力」として主体的に仕事の創意工夫を行う場合,仕事への意欲は高く,ワーク・エンゲイジメントは高くなると考えられる。

以上から,ジョブ・クラフティングは,役職定年制と定年再雇用の対象者に効果的であり,かつワーク・エンゲイジメントの規定要因であるという観点から,対象者と非対象者双方のワーク・エンゲイジメントを高めると考えることができる。したがって,次の仮説を設定する。

  • 仮説4-1:役職定年制と定年再雇用の対象者と非対象者のいずれにおいても,ジョブ・クラフティングは,ワーク・エンゲイジメントに正の影響をもたらす。

Ishiyama(2016)は,ナレッジ・ブローカー(知の仲介者)という役割が,個人のキャリア形成と関連していることを示した。ナレッジ・ブローカーとは,属する組織になじみのない新鮮な知識を外部から取り入れ,知の仲介を果たす役割を示す。知の仲介を行うと,組織の貢献につながるだけでなく,組織外の知識を獲得したことにより,自身の視点の拡大につながる(石山,2018)。

組織外の知識の学習の機会は,越境学習として理論化が進んでいる(荒木,2009; 石山,2018; 中原,2012)。越境学習の中でも知の仲介は,異なる集団に帰属する知識を,意味の交渉(Wenger,1998)により異なる文脈でも使用可能なものへと変容させていくという特徴がある。役職定年制と定年再雇用の対象者と非対象者のいずれの場合でも,中高年齢労働者であれば属する組織に長く勤務している場合が多いと考えられ,組織に過剰適応(Chao, 1988)してしまい,視点が組織内の論理に限定されている可能性がある。したがって,対象者であっても非対象者であっても,ナレッジ・ブローカーである場合は,自身の視点が拡大しており,組織外の知識への感受性が強く,最先端の知識によって自らの専門性を向上させる術に長けていると考えられる。

自らの専門性を向上させることで,「第一線で活躍する能力」を維持成長させることもでき,仕事への意欲は高いものと考えられる。つまり,対象者であっても非対象者であっても,知の仲介がワーク・エンゲイジメントを向上させると考えられる。したがって,次の仮説を設定する。

  • 仮説4-2:役職定年制と定年再雇用の対象者と非対象者のいずれにおいても,知の仲介は,ワーク・エンゲイジメントに正の影響をもたらす。

3. 調査方法と結果

3-1. 調査方法とデータ

本研究では,40歳から64歳の,役職定年制と定年再雇用の対象者を含む中高年齢労働者を対象として,株式会社マクロミルを通じて,インターネット上の質問紙調査を行った。先述のとおり,本研究では40歳以上を中高年齢労働者と定義しているが,64歳以下を対象とした理由は,改正高年齢者雇用安定法が,希望者全員の65歳までの雇用確保措置を義務づけているためである。質問紙調査は,2018年11月に,事前調査と本調査の2段階の調査を行った。

事前調査では,40歳から59歳については正社員という条件でスクリーニングを行った。他方,60歳から64歳については,正社員および定年再雇用の対象者という条件でスクリーニングした。定年再雇用の対象者である場合は,正社員という名称に限らず,正社員,契約社員,嘱託社員,アルバイト,パートタイムなどの名称の雇用区分である場合もスクリーニングの対象に含めた。

事前調査でスクリーニングされた対象者を一般サンプル,役職定年制サンプル,定年再雇用者サンプルの3区分にわけ,本調査を行った。一般区分については,性別と年代に関して,総務省労働力調査12にもとづく割り付けを行った。この割り付け条件においては分析に十分な役職定年制と定年再雇用のサンプルの確保ができないと判断したため,一般区分とは別に,役職定年制区分,定年再雇用者区分のサンプルを抽出した。各区分の抽出目標数としては,一般サンプル3600,役職定年制サンプル300,定年再雇用サンプル300と設定した。実際に本調査を行った結果,一般サンプルは3713,役職定年制サンプルは309,定年再雇用サンプル309の回答があり,合計サンプル数は4331に達した。なお,一般サンプルにも役職定年制と定年再雇用の対象者が含まれるため,それぞれの対象者数は,いずれも非対象である者が3351名,役職定年制が452名,定年再雇用が528名となった。4331名の属性は,注に示すとおりである13

また,同一の回答者のバイアス(コモン・メソッド・バイアス)に対処するため(Podsakoff and Organ, 1986),いずれの調査においても個人の回答結果の秘匿性が担保されることに留意し,かつ回答者毎に質問の順序がランダムに表示される設定をWEB調査画面に施した。

3-2. 測定尺度

ワーク・エンゲイジメントの尺度としては,ユトレヒトワーク・エンゲイジメント尺度短縮版の日本語版(Shimazu et al., 2008)の9項目(7件法,ただし6点が最大値)を使用した。

心理的契約の尺度については,企業側が契約を履行する程度について,従業員の認知を問う複数の尺度が作成されている。ただし,特定の要素(雇用保障など)についての履行度を問うものと(Robinson and Rousseau, 1994)と,履行度を企業が約束を守る程度そのもので普遍的に測定する尺度(Conway and Briner, 2002)に区分される。本研究では後者の尺度(7件法4項目)を使用した。心理的契約を特定の要素から判断するのではなく,企業が約束を守ってくれる存在と従業員が認知しているかどうかという,より普遍的な観点から捉えるためである。

サーバント・リーダーシップについては,Ehrhart (2004)のサーバント・リーダーシップの尺度(5件法14項目)を使用した。この尺度では,部下の自律性,組織をコミュニティとして捉える感覚を上司が促進するという要素が網羅されている。

心理的安全については,Edmondson (1999)の心理的安全の尺度(7件法7項目)を使用した。この尺度においては,職場のミスや困難な課題を指摘し,リスクを取れるなど,職場を安全な場と考えたうえで,対人関係のリスクも包含した様々な行動を実践しているどうかについての程度が示されている14

ジョブ・クラフティングについては,すでに森永・鈴木・三矢(2016)関口(2010)Leana, Appelbaum and Shevchuk(2009)Tims,Bakker and Derks(2012)などが,測定尺度を提案しているが,Wrzesniewski and Dutton(2001)の3次元の概念そのものを測定しているSekiguchi,Li, and Hosomi(2017)の尺度(5件法12項目)を使用した15

知の仲介については,石山(2011)の越境的能力開発の因子,三輪(2011)の外部との交流と学習の因子,石山(2013)のインタビュー調査に基づきIshiyama(2016)が作成した知の仲介の尺度(5件法12項目)を使用した16

4. 分析方法

仮説は,役職定年制と定年再雇用の対象者と中高年齢労働者であって両制度の非対象者を比較して設定した。ただし,非対象者を非管理職と管理職に区分して設定した仮説があるため,分析においても区分する必要がある。また,本研究でも55歳以上を高年齢労働者と定義しているが,役職定年制は55歳定年が60歳に変更になったことがきっかけで導入され,今でも55歳前後の年齢が節目になっていることが多い(大木, 2018)。すなわち,役職定年制の対象年齢は55歳以上である場合が多くなり,非対象者の年齢に関して,55歳で区分する必要性がある。定年再雇用者の多くの対象年齢である60歳も区分として設定することも考えられるが,先述のとおり,多くの企業は定年を60歳に据え置いたままで,定年制廃止企業と65歳以上定年の企業は一部であることから,60歳以上の非対象者は少ないため,区分として設定する年齢は55歳のみとした。

この結果,比較する区分は6種類になる。40歳以上54歳以下の非管理職と管理職の非対象者,55歳以上の非管理職と管理職の非対象者,50代の役職定年制対象者,60歳以上64歳未満の定年再雇用者対象者である。なお,非対象者は55歳で区分しているが,役職定年制対象者には一部,50代前半の該当者も存在するため,50代を対象範囲としている。

分析は以下の手順で進める。仮説1については,比較する6区分のワーク・エンゲイジメント尺度の得点を比較する。仮説2から4については,重回帰分析により,役職定年制と定年再雇用に関連する統制変数を同時に投入して,ワーク・エンゲイジメントに対する設定した測定尺度の影響を分析する。仮説2から4の分析モデルは図1(51頁参照)のとおりである。

図1 仮説2から4の分析モデル

5. 分析結果

5-1. 各変数の平均値,標準偏差,相関

使用する各尺度について,因子分析と信頼性係数の分析を行ったところ,先行研究と同様の尺度構成になることが確認できたため,そのまま使用することとした17。また,同一の回答者のバイアス(コモン・メソッド・バイアス)を確認するため,ハーマンの単一因子テストも実施した(Podsakoff and Organ, 1986)が,重大な問題は存在しなかった18

比較する6区分の人数については,54歳以下非管理職が2023名,54歳以下管理職が591名,55歳以上非管理職が482名,55歳以上管理職が255名,50代役職定年制が323名,60代前半定年再雇用が473名,計4147名であった。役職定年制と定年再雇用の年齢を限定したことで,4331名から減少した19。なお,50代役職定年制の54歳以下の人数は48名(14.9%),55歳以上は275名(85.1%)であった。4147名における各変数の平均得点,標準偏差,信頼性係数,相関を表1に示す。

表1 変数の平均得点,標準偏差,信頼性係数,相関

5-2. 6区分の平均得点の差の検定結果

仮説1を検証するため,6区分におけるワーク・エンゲイジメントの平均得点の差の検定を行った。結果を表2(53頁参照)で示す。

得点の高さとしては,54歳以下管理職,55歳以上管理職,50代役職定年制,60代前半定年再雇用,55歳以上非管理職,54歳以下非管理職の順となっていた。多重比較で6区分において有意な得点差があったのは,54歳以下非管理職とその他の5区分および54歳以下管理職と55歳以上非管理職のみであった。つまり,50代役職定年制と60代前半定年再雇用との間に有意な得点差があったのは,54歳以下非管理職のみであった。

仮説1においては,非対象者に比べ,役職定年制と定年再雇用者の対象者のワーク・エンゲイジメントの得点は低いと設定した。ところが,50代役職定年制と60代前半定年再雇用は54歳以下非管理職に対して,有意に得点が高かった。また非対象者のその他の3区分に対しては,有意な得点差は存在しなかった。したがって,仮説1は支持されなかった。

表2 6区分の平均得点の差の検定(分散分析)

5-3. ワーク・エンゲイジメントを従属変数とする重回帰分析の結果

続いて,ワーク・エンゲイジメントを従属変数とした6区分の重回帰分析を行った。なお,重回帰分析にあたっては,役職定年制と定年再雇用に関係がある統制変数を考慮した。考慮した統制変数は年齢,性別,未既婚,転職,年収20,企業規模,直属上司の年齢,職種である21。分析結果を表3に示す。

統制変数においていくつか有意な影響が存在したが,仮説によって設定した変数に比べると影響は大きくなかった。

心理的契約は50代役職定年制と60代前半定年再雇用において有意な影響はなかったが,非対象の4区分には有意な正の影響があった。したがって仮説2は支持された。サーバント・リーダーシップは60代前半定年再雇用と54歳以下非管理職に有意な正の影響があり,その他の4区分に有意な影響はなかった。したがって,仮説3-1は部分的に支持された。心理的安全は,50代役職定年制,60代前半定年再雇用および54歳以下非管理職に有意な正の影響があり,その他の3区分に有意な影響はなかった(一部,有意傾向はあった)。したがって,仮説3-2は部分的に支持された。ジョブ・クラフティングと知の仲介には,すべての区分で正の影響が存在した。したがって,仮説4-1と仮説4-2は支持された。

表3 ワーク・エンゲイジメントを従属変数とする重回帰分析

6. 考察

6-1. 理論的意義

本研究の目的は,役職定年制と定年再雇用の対象者におけるワーク・エンゲイジメントの実態とその規定要因を解明することであった。分析結果を踏まえ,本研究の理論的意義を次のとおり5点で示す。

第1の意義は,役職定年制と定年再雇用の対象者におけるワーク・エンゲイジメントの得点は,非対象者に比べ低いわけではないという実態を明らかにしたことである。具体的には,54歳以下非管理職に対し,50代役職定年制と60代定年再雇用の得点は,むしろ有意に高く,非対象者のほかの3区分とは有意差はなかった。もともと役職定年制対象者は管理職であったわけだが,非対象の管理職と比べても得点の有意差はなかった。

仮説では役職定年制と定年再雇用の対象者は,役職を解かれ,縁辺的な仕事の担当となり,年収が低下するため,非対象者に比べ個人の仕事への意欲が低いのではないかと考えた。仮説が支持されなかった理由であるが,高年齢労働者においては一律に動機づけが低下することは神話であるとされており(Stamov-Roßnagel and Hertel, 2010),役職定年後の新たな役割への再適応(須藤・岡田,2018),60歳以上の高年齢労働者の「創造的あきらめ」による再適応(宮野,2019),役職定年制や定年再雇用の時期に生じる挫折感,喪失感を伴う転機を乗り越えて,キャリア・シフト・チェンジ(大木,2018)できる者が一定数存在するためではないだろうか。ただし,欧米諸国ではワーク・エンゲイジメントの得点が4点前後であることが多いが,本研究では6区分すべてが3点未満であり,そもそも高い水準ではないことには留意が必要である。

第2の意義は,企業レベルの状況に対する個人の認知である心理的契約における,役職定年制と定年再雇用の対象者と非対象者の差異の発見である。心理的契約については,仮説で想定したとおり,ワーク・エンゲイジメントに対して,非対象者には正の影響が存在したが,対象者には有意な影響は存在していなかった。心理的契約とは,端的にいえば,企業が約束を守ってくれると考える個人の認知であった。つまり非対象者において,企業が約束を守ってくれると認知すれば,仕事を遂行すればするほど企業からの見返りを期待するようになるので,ワーク・エンゲイジメントが向上すると考えられる。他方,対象者は縁辺的な仕事の担当や年収の低下などにより,企業の契約の不履行を認知すると考えたが,そうなると仕事による企業からの見返りを期待しないため,ワーク・エンゲイジメントへの影響も小さくなる。この理由にくわえ,第1の意義で示した,新たな役割への再適応や「創造的あきらめ」によるキャリア・シフト・チェンジをあげることができよう。キャリア・シフト・チェンジし再適応した状態においては,企業へ依存する気持ちが減少すると考えられ,そのため心理的契約の影響も小さくなるのだろう。

第3の意義は,サーバント・リーダーシップの影響が,60代前半定年再雇用と54歳以下非管理職に有意な正の影響があったことの発見である。仮説では,サーバント・リーダーの部下に職場をコミュニティとして感じさせ,また部下に権限を委譲することで自律性を促進するという特徴から,非対象(管理職)以外の区分には正の影響があると考えたが,実際には60代前半定年再雇用と54歳以下非管理職のみに正の影響があった。これは,この2区分には,他の区分よりも自律性,裁量性の程度に課題があることを示唆していると考えられる。

非対象者(管理職)は仮説どおり,自律性,裁量性は大きいだろう。仮説では55歳以上非管理職と50代役職定年制の自律性,裁量性は低いと考えたが,実際にはこの2区分では正社員レベルの職責が求められ,かつ年齢を重視する日本型雇用慣行の下にあるため,一定の自律性,裁量性は存在するのではないだろうか。

他方,60代前半定年再雇用では,先行研究にあるとおり,正社員レベルの職責は要求されず,縁辺的な仕事に従事することになる。また54歳以下非管理職は,正社員レベルの職責が要求される5区分の中では,年齢も低いことから,もっとも自律性,裁量性が低いと考えられる。そのため,部下の自律性と裁量性を高めるサーバント・リーダーシップは,60代前半定年再雇用と54歳以下非管理職のみに正の影響があったと考えられる。

第4の意義は心理的安全に,職場での疎外感を緩和する効果があることが示唆されたことである。心理的安全とは,職場を対人関係のリスクをとって様々な行動をしても安心な場である,とみなす認知であった。心理的安全には,このように各人が職場を居場所として感じることができるという特徴があるため,ワーク・エンゲイジメントに対して,非対象者のうちの管理職以外に正の影響が存在する,と仮説を設定した。

結果として心理的安全は,50代役職定年制,60代前半定年再雇用および54歳以下非管理職のみに有意な正の影響があった。これは特にこの3区分において,職場での疎外感が存在する可能性を示唆していよう。第3の意義で述べたとおり,60代前半定年再雇用と54歳以下非管理職で自律性,裁量性が低いとすれば,職場での阻害感を惹起することになろう。50代役職定年制の場合は,一定の自律性,裁量性は存在しても,先行研究にあるとおり,役職を解かれることによる仕事への意欲の低下が疎外感につながるのであろう。他方,55歳以上非管理職には,一定の自律性,裁量性があり,役職に関する変化もないので,疎外感の程度が低く,非対象者(管理職)は仮説どおりに疎外感の程度が低いのだと考えられる。

第5の意義は,ジョブ・クラフティングと知の仲介には,中高年齢労働者において全般的にワーク・エンゲイジメントを向上させる効果があることを発見したことである。この結果は仮説で設定したとおりであった。ジョブ・クラフティングにおいては「第一線で活躍する能力」として主体的に仕事の創意工夫を行い,個人と職務をより適合した状態にするという特徴があり,知の仲介には組織外の最先端の知識によって専門性を向上させるという特徴があるが,いずれも中高年齢労働者全般に有効であることを確認できたことになる。

6-2. 実践的意義

役職定年制および定年再雇用の対象者のワーク・エンゲイジメントは,非対象者に比べて低いわけではなかった。従来この実態は明らかになっていなかったわけだが,この点を踏まえると,企業は今まで以上に,これらの対象者を,非対象者と同様に仕事への意欲を有する存在として認識し,人事管理を進めていくべきであろう。

そのうえで,役職定年制および定年再雇用の対象者においては,ワーク・エンゲイジメントに対する心理的契約の影響は少なくなり,心理的安全の影響が大きくなることが,マネジメントの留意点であろう。非対象者では心理的契約の影響が存在するので,企業レベルとしての組織が約束を守ることを示すマネジメントは有効である。他方,対象者では心理的安全の影響が大きくなることから,職場レベルでのマネジメントの巧拙がより一層重要となる。企業としては,対象者への職場レベルでのマネジメント向上に留意すべきであろう。

また,中高年齢労働者全般において,ジョブ・クラフティングと知の仲介の有効性が示された。つまり個人における主体性と専門性の重要性が示されているので,企業は,従来以上に中高年齢労働者の主体性と専門性の醸成に取り組んでいく必要があろう。

6-3. 本研究の限界と今後の課題

本研究は,特定の調査企業のモニタによるインターネット調査を実施した結果のクロスセクションデータを用いており,それによるバイアスを免れない。そこで,そのバイアスに対処するために,サンプル数を確保することに努めるとともに,労働力調査による割り付けも実施した。ただし,対象者のサンプル数を確保するために,役職定年制と定年再雇用区分のサンプルを割り付けとは別に抽出しており,この点においても一定のバイアスは免れない。

また,同一の回答者の自己申告により従属変数と独立変数を得ているため,コモン・メソッド・バイアス(Podsakoff and Organ, 1986)は免れない。ただし,本人の知覚による心理的概念の測定には自己申告が理想的であり(Conway and Lance, 2010),本研究においては自己申告を手法として採用する必要性が存在する。そこで,質問表示における順序のランダム化やハーマン単一因子テストのように一定の対処を行い,深刻なコモン・メソッド・バイアスは存在しなかったことは確認している。

なお,定年再雇用の対象者には,それ以前に管理職であった者と非管理職であった者が混在していると考えられ,その差異の詳細の分析は今後の課題となる。さらに,中高年齢労働者の6区分のうち,最も人数が多い54歳以下非管理職のワーク・エンゲイジメントは,他の5区分に比べて有意に低かった。最も人数が多い区分の仕事の動機づけが最も低いことは当然に重要な課題である。したがって,非対象者のうち,54歳以下非管理職に焦点を絞り,その特徴を解明していくことも今後の課題である。

(筆者=石山恒貴/ 法政大学大学院政策創造研究科教授 高尾真紀子/ 法政大学大学院政策創造研究科教授)

 【謝辞】

本研究は,JSPS科研費 18K01854の助成を受けたものです。

【注】
1  たとえば,大規模な縦断研究である「シアトル縦断研究」では,経験によって獲得される結晶性知能も,新しい環境に適応する流動性知能も,80歳までは緩やかにしか低下しないとされる。また,ジョブパフォーマンスの中でも組織市民行動や安全に関する次元においては,むしろ高年齢労働者の貢献度のほうが高くなるという。

2  「福祉的雇用」とは,経営成果を高めるための高年齢社員雇用ではなく,政府の政策もしくは社会的責任を果たすための高年齢社員雇用を意味する。

3  厳密にいえば,暗黙の契約(implied contracts)とは区分される。暗黙の契約は,組織と個人の相互作用による関係性を意味するので,たとえ文書化されていなくとも,状況の変化によって書き換えが生じ,客観的に観察されうるものである。他方,心理的契約は主観的な個人の確信(belief)であり,客観的に第三者が観察することはできない。あくまで個人の認知であるため,組織がそれを認識しているとは限らない(Rousseau, 1989, 1995)。

4  日本型雇用においては,新規学卒者の定期採用,体系的な企業内訓練と広汎で柔軟な職務配置,入社年次を勘案した定期昇給が組み合わされ,企業別組合のモニタリングのもと,正社員は定年まで雇用保障される(森口,2013)。

5  この研究では,役職定年者の再適応プロセスの詳細が明らかになっているが,「人を支えたい」「社会に貢献したい」「バリバリ働きたい」など再適応の結果としての今後のキャリアの方向性は多様であった。

6  個人の資源とは,Xanthopoulou, et al.(2007)によれば,個人の資源は自己効力感,組織内での自尊心,楽観性などが該当する。

7  このような場では自由に発言することができ,それがチームの学習とイノベーションに寄与する。

8  そのため,前川製作所では,継続就業を希望する者に関して,周囲からフィードバックを受け自身の状況を把握し,かつキャリアの振り返りを行う施策が整備されている。

9  仕事の位置づけをより大きく有機的に捉えて意味づけをすること。

10  仕事の中でも興味のある領域に絞り込むこと。

11  仕事の中のタスク,人間関係,興味を意味により関連づけること。

12  正規の職員・従業員数を参照している。

13  性別は男性3290名(76.0%),女性1041名(24.0%)であった。年齢は平均51.0歳(標準偏差7.04)であった。役職は,一般社員2176名(50.2%),係長・主任970名(22.4%),課長717名(16.6%),部長・本部長413名(9.5%),役員等(1.3%)であった。企業規模は,30人未満757名(17.5%),30人から100人645名(14.9%),100人から300人664名(15.3%),300人から1000人638名(14.7%),1000人から3000人508名(11.7%),3000人以上1119名(25.8%)であった。

14  心理的契約,サーバント・リーダーシップ,心理的安全の尺度については,バックトランスレーションを行い日本語化したものを使用した。

15  なお,この論文では英語の質問項目が示されているが,本研究では,論文の著者である関口倫紀教授から提供いただいたオリジナルの日本語の質問を使用した。

16  知の仲介の具体的な内容は「多様な人との交流を通じて情報交換の幅を広げている」「多様なメンバーとの場づくり(勉強会,サークルなど)に喜びを感じる」などの項目である。知の仲介の尺度のオリジナルは日本語であるため,オリジナルの日本語の質問を使用した。

17  各項目について,天井効果,床効果いずれも問題がないことを確認している。ただし,心理的契約は本来4項目であるものが2項目で因子になり,心理的安全は本来7項目であるものが4項目になったので,それらの項目を使用している。心理的契約は「所属する組織の管理者は私にしてくれた約束を尊重する」「全般的に,所属する組織は私が得られそうなものについての約束を守る」の2項目,心理的安全性は「この職場の業務遂行において,私のスキルと才能は価値があり活用されている」「この職場のメンバーは,問題や困難な課題について指摘できる」「この職場では,私の努力がわざと低く取り扱われてしまうことはない」「この職場では,安心してリスクを取れる」の4項目である。

18  すべての変数に関して,探索的因子分析(主因子法)を行ったところ,固有値1以上の因子は9つ抽出された(累積寄与率63.46%)が,第1因子の寄与率は26.96%であった。

19  たとえば,60代の役職定年制の対象者,60歳未満の定年再雇用者も存在する。

20  年収については,回答が階層別になっているため,各階層の中間値により金額に換算したうえ,さらに自然対数に変換した。最高階層については,その前段階の階層の中間値との差額を加算して中間値を設定し,換算した。

21  これらの統制変数で一部に欠損値のある者がいたため,重回帰分析の対象人数は4147名から減少している。

【参考文献】
 
© 2021 Japan Society of Human Resource Management
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