2021 Volume 21 Issue 3 Pages 5-17
Of late, the term “boundary crossing,” i.e., conducting learning activities beyond the boundaries of organizations and workplaces, such as workshops and volunteer activities, has been drawing the attention of practitioners and researchers. Boundary crossing provides opportunities to acquire knowledge and skill unavailable at routine workplaces. It also facilitates obtaining new perspectives and thoughts. However, the concept of boundary crossing is not matured and lacks a firm consensus among researchers as they perceive the term “boundary” differently. While such differences are allowed, we should nonetheless clarify and recognize the difference between the perspectives on boundary crossing for developing the boundary crossing theory. Our review of the literature on boundary crossing identified two perspectives. Some works focus on the physical or institutional boundary between organizations, workplaces, and so on, while others focus on the heterogeneity of situation/context between workplaces. Furthermore, in addition to heterogeneity, the homogeneity of context shared by people engaged in boundary crossing facilitates their learning. Both heterogeneity and homogeneity of context contribute toward learning in different manners.
近年,所属組織や職場の枠を越えた様々な学習活動が実務家及び研究者の間で関心を集めている(石山, 2018; 香川・青山, 2015; 中原, 2012)1。そのような活動には社外勉強会やボランティア活動,組織横断的プロジェクト等,様々な形態があるが,これらは「越境」(boundary crossing)とよばれることが多い。
人は,越境を通じて,異なる組織や職場に所属する人々から自組織では得られない知識を獲得することができる(Brown and Duguid, 1991; Hemmasi and Csanda, 2009; Hur and Brush,2009; 松本, 2019; 中原, 2012; 中西, 2018)。さらに,普段準拠する状況とは異なる状況に接することで,新たな視点(長岡,2015)や可能性(香川,2015),意味(石山,2018)の気付きが促される。そしてこれらが様々な問題解決に寄与する(Engeström, Engeström, and Kärkkäinen, 1995)。その結果,社外での組織横断的な勉強会や交流会,情報交換会への参加経験を持つ者は,そうでない者と比較して高い業績を上げる(中原,2012)。またこれらの経験は高い成長実感と組織コミットメントにつながる(舘野,2012)。働き方改革の流れの中で副業解禁に向けた議論がなされていているのも,副業を通して社外で学んだものが本業に還元されてイノベーションを生むなど所属組織の競争力を向上させ(中原,2012),同時に個人の学習やキャリアに貢献すると期待されるからである(働き方改革実現会議,2018)。
しかし,越境の概念はまだ十分に明確化されておらず,また研究者の関心や取り組み方には共通点とともに相違点もあるといわれる(香川・青山,2015)。特に,越境に係る議論において鍵となるのが「境界」であるが,各越境研究が想定する境界は多様である。このため,組織・部門・空間といった制度的・物理的側面を越えることすなわち「組織横断」に着目する研究(例えば,松本,2018)がある一方,この組織横断の先で直面する,状況や文脈の異質さとの遭遇すなわち「状況横断」に着目する研究もある(例えば,香川,2015)。このような現状に対し,各研究者の視点間での共通点・相違点を正しく認識・整理することは,越境研究の健全な発展を図る上で不可欠であろう。
また,組織横断と状況横断の関係を検討することにより,組織横断に際して状況横断に加え,越境者間での「状況共有」,すなわち,各所属組織における類似状況下での課業従事や越境先にて共有される状況下での協働の重要性が明確化される。ところで,先行研究は主に越境者が直面する状況の異質性に着目してきた。異質さとの遭遇こそが越境特有の学習を促すと考えられてきたからである(石山,2018; 香川,2015; 長岡.2015)。一方,状況共有は,関心や問題の共有を通じて越境者間をつなぐとともに(Wenger, McDermott, and Snyder, 2002),意思疎通の基盤を提供する(Bechky, 2003)。このため状況共有も越境を促し,状況横断の効果を高めると考えられる。ゆえに,越境の包括的理解のためには,状況横断と状況共有とを統合的に検討する必要がある。実践上も,このような状況共有の機能の活用が重要であろう。状況共有あってこそ状況横断を有効活用できると考えられるからである。このように本稿は越境における状況共有の重要性に着目する。
このため本稿はまず,越境研究の意図する「境界」について整理し,組織境界等を越える「組織横断」と人が準拠する状況を越える「状況横断」という,2つの視点の存在を指摘する。次に,越境の一形態である組織横断型の実践コミュニティ(CoP: community of practice)を題材に,組織横断と状況横断の関係を検討する。その上で,組織横断に際して状況横断に加え越境者間での状況共有が存在し,その状況共有が越境参加を促し,越境者間の結束を強化するとともに知識共有を効率化すると論じる。すなわち,状況共有は状況横断とは異なる形で学習に寄与するのである。
越境の概念は元々,心理学者であるエンゲストローム(Yrjö Engeström)が提唱したものである(青山,2015)。その後,特に1990年代以降,経営学,心理学,教育学,哲学等,様々な分野で越境に関する議論がなされてきた(香川・青山,2015)。しかし,越境の語の意味は多様であり,研究者により視点が異なる。研究の多様性自体に問題があるわけではないが,視点間での相違を正しく認識することは,越境研究の健全な発展のためにも不可欠であろう。
越境を論じる上で重要なのは,そもそもどのような「境界」を越えるのかという点であろう。境界は文字通り越境研究の中心的概念であり,いずれの越境研究においても何らかの境界を越えることが含意されている。しかしその内容は研究者間で異なる。そこで表1では,先行研究が意図する境界をその本質により2系統に分類した。
第1は,所属組織や部門,職種等の境界を越えることを越境とみる視点である2。これを本稿は「組織横断」とよぶ。例えば松本(2018)において越境とは,「部門・企業・地域における境界を越えて移動すること」(p.53)とされている。中原(2012)も,「個人が所属する組織の境界を往還しつつ,自分の仕事・業務に関連する内容について学習・内省すること」(p.186)と組織境界の観点から越境学習を定義している。荒木(2008)や中西(2018)は,越境の定義を明示していないが,共に職場や自組織の外での学習を越境学習と位置付けている。経営学の文脈でいう越境とはこのような組織や職場の境界を越えることを指すことが多い(長岡,2015)。組織外で学習した学習者は,その成果を組織・職場に還元する(松本,2019; 中原,2012; Wenger et al., 2002)。また,組織内では獲得困難な周辺知識や他者の知識・経験・メンタルモデル等を獲得するとともに,自身の知識に関するフィードバックを得る(中西,2018)。このとき学習者は,当初目的以外の関連事項についても学び,さらに組織外関係者とのネットワークも構築する(松本,2018)。このため松本(2019)は,越境が,職場学習の4つのミスマッチ,すなわち,組織内で学びたいことが学べない,学びたい内容に組織が関心を持たない,指導する知識や力量を組織が持っていない,一緒に学ぶ仲間がいないといった課題の解消に寄与すると述べている。
第2は,組織や職場といった制度的・物理的なものではなく,人々の活動を取り巻く「状況」に着目し,状況間の境界を越えることすなわち異なる状況に準拠する者同士が交流することを越境とみなす考えである。これを本稿は「状況横断」とよぶ。なお,状況とは人の活動を取り巻く諸要素の複合体である。Engeström(1987)のいう活動システム(主体,道具,活動対象,ルール,コミュニティ,分業)は,状況の構成要素を端的に示しているといえる。Engeström et al.(1995)や香川(2015),石山(2018)はいずれも,人が普段準拠する状況から飛び出して異質な状況に置かれたときに新たな学びが生じるとしている。日常とは異なる状況との遭遇を通じて新たな可能性(香川,2015)や意味(石山,2018)に気付くのである。例えば,技術者は研究所と現場という異なる状況を往来することによって問題解決を可能にするという(Engeström et al., 1995)。このような学びは,所属組織での仕事の再構築すなわちジョブ・クラフティングにもつながる(石山,2018)。そして,異質なものとの接触を通じて自らのキャリアを問い直すことが可能となる(中原,2012)。
越境を正しく認識する上で,組織横断と状況横断の間の関係を理解することは重要であろう。なお,組織横断と状況横断は研究者の視点の相違であって排他的あるいは対立的概念ではない3。実際,後述するように両者は関係しあっている。では,組織横断と状況横断はどのような関係にあるのか。例えば,職場内や組織内での状況横断はありえないのか,逆に,組織横断しつつ状況を共有することは可能かといった疑問について検討する必要がある。
このような組織横断と状況横断の関係検討の準備として次節では,CoPの定義と組織横断型CoPの機能について検討する。後述のとおりCoPは境界横断機能(松本,2019)を持つなど越境と密接な関係にあり,またCoP研究には関心共有や求心力といった越境成功の鍵に関する議論が凝縮されている。このためCoP研究からは,越境による学習成立の条件や状況共有の機能の検討に資する示唆を得ることができる。なお,CoPの特徴である関心や問題,熱意の共有は,公式組織等,CoP以外における越境にもみられる。またCoP研究といっても,技術標準開発コンソーシアム(Zhao, Khan, and Xia, 2011)のように公式組織に付随するCoPを分析対象としたものも多い。このため,CoPを題材とした越境の検討結果は,それ以外の形態を取る越境に対しても,一定の配慮のもと相当程度拡張できると考えられる。
CoPとは,「あるテーマに関する関心や問題,熱意などを共有し,その分野の知識や技能を,持続的な相互交流を通じて深めてゆく人々の集団」をいう(Wenger et al., 2002, 訳書p. 33)。CoPは,個人の学習の場となると同時に(松本, 2019; Oborn and Dawson, 2010),組織学習にも貢献する(Jagasia, Baul, and Mallik, 2015; Scarso, Bolisani, and Salvador, 2009)。
近年,多くの研究者が組織境界を越えたCoPに注目している。CoPは公式組織よりも流動的かつ相互浸透的であり,外部者の取り込みが容易である(Brown and Duguid, 1991)。CoPは,公式組織の枠組みを超えて人をつなぐ「二重編み構造」(Wenger et al., 2002)を通じて組織横断的なコミュニケーションや相互作用を促し(松本,2019),組織が新しい外部情報の価値を認識・消化・適用する能力すなわち吸収能力(Cohen and Levinthal, 1990)を向上させる(Pattinson and Preece, 2014)。このため多くのCoP研究が,その境界横断機能に言及している(松本,2019)。
CoPが形成・維持されるためには,成員を惹きつけCoP活動に従事させる何かが必要である。CoPにおいては,その定義(Wenger et al., 2002)にもあるように,成員共通の関心・問題こそが求心力であり存在意義である。この点は,組織横断あるいは状況横断していても同じである。そこで,組織横断と状況横断の関係を確認し,組織横断していても状況共有が存在し,かつその状況共有が固有の機能を有するという点を検討する準備として,次節では,先行研究の分析対象となったCoPを,組織横断及び状況横断の程度から整理・比較する。
表2は,先行研究の分析対象となったCoPを,組織横断及び状況横断の2次元により整理したものである。ただし両次元の値は「有か無か」といったものではなく連続的なものであり,表2における2値区分は便宜的なものに過ぎない。
最初に組織横断・状況横断いずれの程度も低い区分をみる(左上象限)。一般的な職場は通常,組織内にあって状況横断の程度は低い。しかしそこに異職種の職員による協働が存在する場合,職種間の横断が生じる。このとき,従事する課業等に関する状況が共有される一方で,各職種が準拠する状況間で一定の横断が生じる。例えば医療機関における多職種医療チーム(Oborn and Dawson, 2010; Tagliaventi and Mattarelli, 2006)は,同一職場内で業務に従事しているが,医師,看護師といった職種に固有の価値観や文化が存在し,一定の状況横断が生じているといえる。そこで協働するために職員は,他職種職員の視点について学ばねばならない。保険会社社員によるCoP(Hemmasi and Csanda, 2009)は異なる事業所に勤務する社員により構成され,ここで事業所毎の職場状況間の横断が生じる。ただし業務の共通度は高く,状況横断の程度は低い。
組織横断の程度の高さと比して状況横断の程度が低いという場合もある(右上象限)。組織横断型技術開発チーム(Pattinson and Preece, 2014)では,チーム成員の所属企業が異なるため準拠する組織文化等も異なるが,プロジェクトのゴールそのものは共有しており,また日常的な協働を通じて一定の状況共有が生じている。工事現場(Gherardi and Nicolini, 2002)も,異なる企業に属する技師らが各社の持つ異なる文脈や目的の元で業務を行っているが,プロジェクト目標を共有している。その際,共通言語やその他のアーティファクトが異質な者の間の意思疎通を円滑化する。Hur and Brush(2009)は,異なる学校に勤務する教師のオンラインCoPを検討している。そこで教師が当該CoPに参加しようとする理由には,感情の共有,孤独の解消,友愛の共有が含まれる。また,中西(2018)は,国際航空分野において,異なる国で同種の業務に携わる技術者が国際技術会合に参加する際,他国の参加者との間で使用する技術や職場での立場等に多くの共通点を見出し,この点が学習を促進するとしている。同様に,松本(2019)が検討した公文式教室経営者のCoPにおいて,各成員は異なる地域等で異なる法人を経営しているものの,フランチャイズ本部が示した教育指導方針等の元で課業に関する一定の状況共有がなされ,教授法に関する学びが促される。
次に状況横断の程度の高い区分をみる。まず,同一組織であって組織横断の程度が低くても,職場が離散している場合には一定の状況横断が生じる(左下象限)。コピー機修理技術者のCoP(Brown and Duguid, 1991)は,成員間で全社共通の状況を共有しており基本的には先の保険会社(Hemmasi and Csanda, 2009)に類似しているが,様々な客先に出向いて異なる環境下で業務を行うという特性上,成員間における状況横断の程度は保険会社の場合よりも高い。Bechky(2003)は,半導体製造機器メーカーにおける技術系異職種(設計,試作,組立等)の間の交流を観察した。異なる状況に準拠する職種間では,たとえ用語が共通化されていても,相手の言語をそのまま咀嚼するのではなく,これを脱文脈化し,さらに自らの文脈に置きかえる必要があるという。
一方,組織横断の程度が高い場合に状況横断の程度が高くなるのは自然であろう(右下象限)。技術標準開発コンソーシアム(Zhao et al., 2011)には様々な企業が参加している。各企業の事業分野が異なるためCoP成員の持つ技術的背景の異質性は高いが,その異質性こそがコンソーシアムの活動において重宝されている。また,社会貢献活動の場として異質な人々が協働するCoPは,多くの先行研究の分析対象となっている。専門的技能を持つ人々がその技能を生かしたボランティア活動を展開するプロボノ(石山,2018)はその例である。成員の異質さに起因するコンフリクトに関してFerguson and Taminiau(2014)は,成員の多様性の程度の異なる2つの途上国支援関連CoPを観察している。両者比較の結果,多様性の高い(異質な)CoPではコンフリクトが生じやすいが,そのコンフリクトが議論や交渉を促し,長期的にはCoPの学習能力向上につながるという。
このように状況横断と組織横断の程度に関しては多様な組み合わせが存在しているが,組織横断時において状況横断に加え状況共有も生じているという点は重要であろう。例えば状況共有に基づく関心・問題の共有は,CoP成員の求心力となる(Wenger et al., 2002)。本稿はこの状況共有に着目し,次節にて詳しく検討する。
最初に,表2に基づき組織横断と状況横断の関係を整理したい。組織横断が状況横断の重要な要因となると考えるのは自然であろう。所属が異なれば組織が重視する価値や文化が異なり,さらに日常的な協働がなければ,準拠する状況も異なる。
しかし同時に,組織横断してもなお一定の状況共有が存在するという点は注目に値する。状況共有とは,越境前の各所属組織における類似状況下での課業従事や,越境先にて共有される状況下での協働をいう。状況共有は表2の右上象限(組織横断の程度,状況共有の程度ともに高い)において特に顕著である。航空分野における国際技術会合(中西,2018)や公文式教室経営者の研究会(松本,2019)においては,各人が日常業務において直面する課題が共有されている。より一般化すれば,異なる組織にて類似業務に従事する人々は,業務プロセス,さらには監督官庁,サプライヤー等のステークホルダーに関する状況を共有する。逆に,技術開発チーム(Pattinson and Preece, 2014)や工事現場のように同一職場内に複数企業社員が存在する場合,所属組織に係る状況を横断しつつ,プロジェクト目標を含む現場状況を共有している。職種間の横断においても,バウンダリー・オブジェクトが機能して相互理解が円滑化するために,脱文脈化された共通言語や共通のゴールといった共通基盤(common ground)が必要である(Bechky, 2003)。このような状況共有が越境先での活動を支えているのである。
このように,越境を通じた学習の検討において組織横断時における状況共有を無視することはできない。次項ではその点についてさらに論じる。結論を先取りすれば,状況共有は,越境動機となって人々の越境参加を促し,越境者間の結束を強化し,知識共有を効率化するのである。
5-2. 越境における状況横断と状況共有の機能表3は,越境を通じた学習において状況横断と状況共有が果たす機能を整理したものである。状況横断による学習促進効果については先行研究が詳細に論じてきた。状況横断は,学習者がこれまで準拠していた状況の持つ「意味」とは異なる「意味」の存在を認知させる(石山, 2018)。これにより学習者は自らの視野を拡大し(Engeström et al., 1995),それまでとは異なる視点(長岡, 2015)や新しい考え方・方法の可能性に気付く(香川, 2015)。その気付きは本業におけるジョブ・クラフティングにも生かされる(石山, 2018)。異質な者同士の交流が生み出すコンフリクトもまた新たな学習の触媒となる(Ferguson and Taminiau, 2014)。これらは,より高次の学習へとつながる(松本, 2019)。なお,自明視されているためか先行研究においてあまり言及されていないが,これらの機能への事前期待は越境参加を促しているといってよいだろう。人は,異質さとの出会いを通じて何かを得ようと越境するのである。
一方,状況共有も,越境への参加促進,越境者間の結束強化及び知識共有の効率化といった機能を果たす。まず越境への参加促進であるが,Wenger et al.(2002)によるCoPの定義をみても,越境活動において成員が「あるテーマに関する関心や問題,熱意などを共有」(訳書p. 33)することは不可欠である。先行実証研究からも例えば,Hur and Brush(2009)が見出したCoP参加動機のうち,感情や友愛の共有,孤独の解消は,組織横断したその先に問題等の状況を共有できる仲間が存在することの重要性を示唆している。すなわち,組織横断型CoPにおいても,関心や問題の共有こそが求心力であり,越境動機となるのである。一見,異質な者の集まりであるプロボノ(石山,2018)においても,社会貢献重視の価値観やプロジェクト目標が共有され,これが各人の参加動機となっている。なお,ここでいう状況共有とは,CoP参加前から存在する「越境前からの状況共有」,すなわち「越境前の各所属組織を取り巻く状況が類似し,その類似状況下でそれぞれ課業に従事すること」を指す。
次に状況共有は,越境者間の結束を強化する。職種や所属組織の異なる者の集まった途上国支援CoPにおいても,異質さゆえに生じるコンフリクトの一方で,共通目的やコンセンサスが結束を促している(Ferguson and Taminiau, 2014)。同様に,病院における異職種間の協働は,患者志向という共通価値に支えられる(Tagliaventi and Mattarelli, 2006)。異業種企業の集合体である技術標準開発コンソーシアムにおいてもビジョン共有が活動を促す(Zhao et al., 2011)。このように,参照枠の共有が越境者間の緊密感を高め(Geiger and Turley, 2005),学習を加速させる(Pérez-Nordtvedt, Kedia, Datta, and Rasheed, 2008)。そして,問題やゴール,価値観の共有の背景として,越境前からの状況共有と,「越境先での状況共有」すなわち「越境先で共有される状況における協働」の双方が重要だと考えられる。
また,これら越境前から及び越境先での状況共有は,越境者間の知識共有を効率化する。すなわち共通言語(Bechky, 2003; Geiger and Turley, 2005)やアーティファクト(Gherardi and Nicolini, 2002),バウンダリー・オブジェクト(Wenger, 1998)の共有が,意思疎通と知識共有を円滑化する。例えば,部門共通情報システム及び関連文書等はバウンダリー・オブジェクトとしてIT技術者によるブローカリングを円滑化する(Pawlowski and Robey, 2004)。ただし,バウンダリー・オブジェクトが機能するためには,より深いレベルでの共通基盤が必要である(Bechky, 2003)。例えば,設計図は異なる職種の技術者間のバウンダリー・オブジェクトではあるが,これが機能するためにはより深いレベルでの相互理解が必要であるという(Bechky, 2003)。
なお,状況共有による知識共有の効率化に関する議論において参考となるのが,組織間での知識移転に係る議論である4。組織成員の越境は所属組織への知識移転をもたらすが,知識移転論においては,知識の送り手組織と受け手組織の間の共通度(類似性)が知識移転を促すことが明らかになっている。様々な属性の共通性が受け手組織の吸収能力(Cohen and Levinthal, 1990)を高め(Fang, Jiang, Makino, and Beamish, 2010),知識の理解や実践適用を促すからである。また様々な変数が操作化され,多くの定量実証研究が行われている。例えば,送り手組織と受け手組織の間の組織構造,報酬制度,ドミナントロジックの類似性が知識移転を促す(Lane and Lubatkin, 1998)。戦略,顧客,事業地域の共通性も知識移転に正の影響を及ぼす(Darr and Kurtsberg, 2000)。知識移転に関与する組織成員個人レベルにおいても,成員の背景知識に影響する要因である人種,性別,学歴,勤続年数,担当分野が送り手と受け手で共通していると,知識移転が円滑化される(Reagans and McEvily, 2003)。これら各変数は状況共有によって高められるのであり,このようにして状況共有は越境を通じた知識共有を効率化するのである。
本節の議論を総括し,越境における組織横断,状況横断及び状況共有の関係を整理したものが図1である。図では越境前からの状況共有と越境先での状況共有を区別している。まず,越境前には,組織間あるいは部門間,職種間等の境界が存在している。越境前において組織外の者との状況共有や状況の異質さへの期待を認識すると,これらは越境参加を促進する。組織境界を越えた越境先では,越境前からの状況共有に加え活動を通じて新たな状況共有が生じるが,いずれも越境者間の結束を強化しかつ知識共有を効率化する。なお,結束強化は,越境先での状況共有を通じてだけでなく,越境前からの状況共有によっても生じうる。例えば,航空分野の技術会合においては,所属組織での各自の立場や解決すべき技術的課題・苦悩の共通性が越境者間の親近感を高め,協力行動を促しているが(中西,2018),これは越境前からの状況共有である。
以上を整理すれば,越境前からの状況共有と越境先での状況共有は共に越境者間の結束強化及び知識共有効率化に寄与し,越境前からの状況共有はこれらに加え越境参加促進機能を持つといえる。そして越境先では異なる状況との遭遇すなわち状況横断が生じるが,これが新たな気付きを通じて高次学習を促す。また,この高次学習への事前期待は越境参加を促す。
さらに,状況共有の3機能は状況横断の効果を高めるモデレーターとなる。すなわち,越境参加促進機能は状況横断の機会を増やす。また,結束強化機能が他者との交流を一層密にし,同時に共通言語等による知識共有効率化機能が意思疎通を円滑化し,もって新たな気付きや高次学習を促すのである。
本稿は,越境研究が想定する境界の意味を検討し,組織横断と状況横断のそれぞれに焦点を当てる2系統の研究の存在を確認した。また,組織横断と状況横断の関係を整理した。その上で,状況横断に加え,越境前及び越境先における状況共有も学習に対して固有の機能を果たすことを明らかにした。
本稿の第1の理論的貢献は,越境における状況共有の機能を明らかにし,状況横断に対するモデレーター効果も含め,これらを統合的に検討した点にある。先行研究の知見通り,状況横断が学習にもたらす効果は疑いの余地がない。一方,状況共有は,越境参加を促すとともに越境者間の結束を強化し,知識共有を効率化する。さらに本稿は,越境先で生じる状況共有に加え,越境前の所属組織・部門・職種等の間での状況共有が果たす機能にも注目した。これらの発見は,「いまだ不明の概念」(香川・青山, 2015, p.15)とされる越境に関する理解を深め,越境研究の精緻化に貢献すると考えられる。
第2の理論的貢献は,越境研究が意図する境界に関して組織横断と状況横断の2つの視点の存在を指摘し,両者の関係を示した点にある。筆者は,その一方が他方より重要と主張するものではない。両者には固有の意義がある。しかし今後,健全な議論の発展のため,越境研究はいずれに焦点を当てるものなのかを明示すべきである。なお,いずれに焦点を当てるかは研究上の関心によると思われる。例えば,越境者の心的プロセス・メカニズムの検討の場合は状況横断に,越境を通じた組織開発や知識移転を検討する場合は組織横断に焦点が当てられると考えらえる。
本稿の実践的含意としては,状況共有・状況横断の程度により様々な越境の形態が存在することを踏まえ,目指す学習に適した越境形態を適用することを示唆したい。例えば,効率的な知識獲得には他組織にて類似の状況を共有する者(例えば同業他社にて同種の課業に従事する者)との交流が,全く新たな可能性の探索には状況横断度の高い越境機会の活用が有効であろう。また,異質な者同士の交流においても何らかの状況が共有されているはずである。共有される状況に注目し,これを強調して結束を強化することにより,越境の効果向上を図ることを示唆したい。
最後に,本稿の限界と今後の研究課題について述べる。本稿は状況共有の機能について整理し,状況横断と状況共有に関する統合的検討の端緒を開いた。しかしその詳細メカニズムに関する検討は十分でない。状況共有と状況横断の効果やそのメカニズムについて,実証研究を通じてより詳細に比較検討すべきである。その際,状況共有・横断の程度の測定において,知識移転研究で適用された各尺度(前節参照)を適用できよう。また本研究の発見を踏まえ状況横断と状況共有の関係についても一層検討すべきである。例えば,学習において両者はトレードオフの関係にあるのか,効果を発揮する上での最適バランスが存在するのかといった問いに取り組むべきである。さらに,本稿は主にCoPにおける学習を中心に検討を行ったが,それ以外の形態を取る越境についても検討すべきである。
(筆者=東洋大学経営学部准教授)
しかし中原(2012)が述べるように,学習観や学習モデルあるいは研究アプローチを排他的なものとみることは危険である。Sfard(1998)は,学習の捉え方として,人の心を容器に見立ててこれを何かで満たす「獲得メタファー」と,コミュニティの一部になり他者との絆を形成するプロセスとみる「参加メタファー」があると述べた上で,双方を補完的に使用する必要があると主張している。獲得メタファーでは全く新しい知識の生成が説明できず,参加メタファーを取るにしても外部からの知識移転なくして学習は成立しないからである。香川(2015)も,状況論,認知主義(学習転移モデルはこれに依拠)及び行動主義は緊張的関係にあるものの,同時にこれらは状況論を基盤とした動態的な包摂関係にあるとして,学習に関するパラダイム間の相補性の存在を主張している。
筆者も,中原(2012),Sfard(1998),香川(2015)らの主張に同意し,各学習観は研究者の力点の相違であって,排他的なものではないと考える。人の学習プロセスにおいては,教室やOff-JTでの知識獲得や,職場における適用・省察・修正,並びに実践コミュニティでの成員性獲得等,いずれも重要だからである。