2021 Volume 22 Issue 1 Pages 4-19
In models of reflection in previous research, individual reflection processes have been considered, yet methods to support reflection and encourage learning among subordinates have not been examined. On the contrary, in manager coaching research, coaching behavior for reflection support has been examined, but the process of reflection support has not been clarified. To address these gaps, this paper aims to examine the research question, “What is the process by which a manager supports experiential learning centered on reflection to encourage the growth of his subordinates?”. Interviews of 17 managers who possessed advanced subordinate skills were conducted, and the process of experiential learning support centered on reflection was qualitatively analyzed using the grounded theory approach. The results show that experiential learning assistance consists of “preparing growth assistance,” “assigning work,” and “assisting with reflection.” In the “preparing growth assistance” , managers collaborate with mid-level employees and strive to build teams that encourage free dialogue and cooperation among members in order to psychologically reassure their subordinates. In addition, to prepare for assigning challenging works to subordinates, managers carefully observe their subordinates and gain an understanding of their career visions, characteristics, and strengths. In the “assigning work” , managers provide their subordinates with stretch experiences, which is necessary to encourage them to reflect. When doing so, they express the meaning of and expectations for the work and provide concrete guidance to improve their subordinates’ acceptance for working on the stretch assignments. In the “assisting with reflection” , managers check the facts about the experience of their subordinates strove towards and assist them in analyzing the operations. Then, they distill lessons from what they learned. This paper contributes to the existing literature by identifying the process of reflection-based experiential learning assistance, which has been insufficiently examined so far, from the viewpoint of preparing growth assistance, ensuring psychological safety, and assigning work.
マネジャー教育および成人学習の分野に大きな影響を与えている経験学習理論において,リフレクション(reflection: 内省)は個人学習を促す働きをするといわれている(Miettinen, 2000)。学習におけるリフレクションの役割は,さまざまな分野において重視されており(e.g., Schön, 1983; Kolb, 1984; Mezirow, 1990; Reynolds, 1998),個人が職場において成長するためには,他者からのリフレクション支援が必要であるといわれている(中原,2012)。すなわち,部下を育成するためには,部下が経験を内省し,経験から学べるように支援することが重要になる(Matsuo, 2014)。
これまでのリフレクション研究では,主に,個人レベルの学習を説明するモデルが提示されてきた。その中でも最も影響力の大きい理論が,Kolb(1984)による経験学習モデルである。また,このモデルの欠点を補うために,Gibbs(1988)やKorthagen et al.(2001)により,改訂モデルが提案されている。
しかし,個人のリフレクションを他者がどのように支援すべきかについては十分に研究されているとはいえない。また,部下の仕事におけるパフォーマンスの向上を目的としているコーチング研究においても(e.g., Ellinger et al., 2003; Heslin et al., 2006),明示的な形でリフレクション支援が検討されているわけではない。
こうした問題を踏まえ,本研究では,A社のマネジャーによる部下育成行動を質的に分析することで,リフレクションを中心とした経験学習支援のあり方を検討する。以下では,まず経験学習およびリフレクションに関する研究を概観し,部下指導に関する理論である管理者コーチングの研究をレビューした上で,本研究のリサーチクエスチョンを提示する。なお,本稿では,Hatton and Smith(1995)に基づき,リフレクションを「行為を改善することを目的とした認知的活動」と定義する。
以下では,経験学習における中心的な理論であるKolb(1984)による経験学習サイクルを説明した上で,その欠点を補ったGibbs(1988)とKorthagen et al.(2001)のモデルを概観する。Kolb(1984)は,経験学習を「具体的経験の変換を通じて,知識が創出されるプロセス」と定義した上で,「具体的経験」「内省的観察」「抽象的概念化」「積極的実験」の4つのステップから構成される経験学習サイクルを提唱した。すなわち,個人は,①具体的経験をし,②その内容を内省することで,③抽象的な概念を抽出し,④それを次の経験において積極的に適用することによって学習するという(Kolb, 1984)。このモデルからわかるように,経験学習において,リフレクションは重要な役割を果たす。
しかし,Kolb(1984)のモデルは,経験学習におけるリフレクションの重要性を指摘しているものの,リフレクションのプロセスを明確に示していない点,および学習を促すきっかけとなる不安,恐れ,疑問などの感情のプロセスを組み込んでいない点が批判されている(Miettinen, 2000; Vince, 1998)。こうした問題を踏まえ,Kolb(1984)のモデルを基に,より詳細なリフレクションのプロセスを提示しているのがGibbs(1988)である。このモデルは,「事実の記述」「感情」「評価」「分析」「結論」「アクションプラン」の6ステップから構成されている。すなわち,個人は①「何が起こったか」について事実を確認し,②「何を感じたか」などの感情を振り返り,③その上で「何が良くて,何が悪かったのか」を評価し,④出来事の原因を分析し,さらに⑤原因分析を踏まえて,どのような結論が得られるかを考え,⑥最後に「出来事から学んだことを,次にどのような状況で活用するのか」についてのアクションプランを立てることで,効果的に内省することが可能となる(Gibbs, 1988)。
一方,抽象的な概念の役割を過度に強調しているというKolb(1984)のモデルの問題(Korthagen et al, 2001;Vince, 1998)に対応するために提案されたのがKorthagen et al.(2001)によるALACTモデルである。このモデルによれば,個人は①行為をし,②その行為を内省し,③本質的な諸相に気づくことで,④行為の選択肢を拡大し,⑤新しい試みにつなげることで学習しているという(Korthagen et al, 2001)。ALACTモデルでは,内省によって,重要事項に気づき,選択肢を広げるという形でリフレクションのプロセスが明示化されているのがわかる。なお,本質的な諸相への気づきとは,出来事が,自分にとってどのような意味を持つか,問題は何か,発見はあるのかを考察することにより,問題の本質を認識し,現実の問題を明確に構造化して理解することを意味する(Korthagen et al, 2001)。
Gibbs(1988)とKorthagen et al.(2001)のモデルを比較すると,次のような違いが見られる。Gibbs(1988)のモデルは,「事実の記述」と「感情」のステップを含んでいる点に特徴があるが,教訓化のステップが明確でない。これに対し,Korthagen et al.(2001)モデルには感情のステップが含まれていないが,「行為の内省」「本質的な諸相への気づき」「行為の選択肢の拡大」というステップにより教訓化を含んだリフレクションのプロセスが明確に示されている。
これまで3つのモデルを概観したが,あくまでも個人の学習やリフレクションのプロセスを説明するものであって,他者のリフレクションを支援する行動が明示的に組み込まれているわけではない。そこで次項では,部下育成に関する先行研究として管理者コーチングの研究をレビューし,部下のリフレクションを支援する方法について検討したい。
2-2. 管理者コーチングの研究マネジャーは,部下を統制,指示,管理するのだけではなく,部下の学習を支援するために,権限を委譲し,指導する促進的リーダーシップ(facilitative leadership)を発揮することが求められている(Ellinger and Bostrom, 1999)。こうした流れの中で,部下育成のための手段として注目を集めているのが管理者コーチングである(Ellinger et al, 2003; Logenecker and Neubert, 2005)。以下では松尾(2015)に基づき,管理者コーチング行動に関する代表的な3つの定量研究を紹介する。
Ellinger and Bostrom(1999)は,クリティカル・インシデント法を用いて,部下の学習を促進する方法を分析し,2つの指導次元を発見している。第1の次元は,部下が自分の行動や意思決定を説明し,個人的な責任を持つように励ますエンパワーメント関連の行動(empowering behaviors)であり,第2の次元は,新しい理解やものの見方を持てるように促し,部下の学習や発達を支援するファシリテーション関連の行動(facilitating behaviors)である。このうち,ファシリテーション行動の中にリフレクション支援が含まれていると考えられる。
またEllinger et al.(2003)は,実証研究により,従業員満足度およびパフォーマンスを高める8つのコーチング行動を報告している。すなわち,①比喩や例えを用いて学習を促す,②大きな絵を見せて視野を広げる,③建設的なフィードバックを与える,④コーチングの効果について部下からの意見を求める,⑤仕事を進めやすいように資源を提供する,⑥質問することで問題について考えさせる,⑦部下への期待を明確にし,組織の目標とのつながりを明確にする,⑧ロールプレイによって見方を変える,という行動である。このうち「比喩や例えを用いて学習を促す」「大きな絵を見せて視野を広げる」「質問することで問題について考えさせる」という指導が部下のリフレクション支援に該当すると思われる。
最後に,Heslin et al.(2006)は,実証研究を基に,「具体的指導」「ファシリテーション」「鼓舞」の3つの次元からなる管理者コーチング行動を明らかにしている。「具体的指導」とは,部下に期待する成果のレベルを伝えたり,業績を改善するための建設的なフィードバックやアドバイスを提供することであり,「ファシリテーション」とは,部下のアイデアを引き出す役割を果たしたり,問題を解決するために創造的に考えることを支援することを指す。また,「鼓舞」とは,部下の成長への期待を伝えたり,継続的に成長できるように励まし,新しい挑戦を支援することを意味している。これら3つの次元のうち「ファシリテーション」にリフレクション支援が含まれると考えられる。
以上の研究をまとめると,Ellinger and Bostrom(1999)やHeslin et al.(2006)が見出したファシリテーション,およびEllinger et al.(2003)の提示したコーチング行動の一部にリフレクション支援の活動が含まれているといえる。
しかし,上述した研究において,リフレクションが明示的に組み込まれているわけではなく,またリフレクション支援のプロセスが十分に検討されているとはいえない。管理者コーチングを,リフレクション支援の観点から再検討することで,より効果的なコーチング活動を明らかにすることができると思われる。
2-3. リサーチクエスチョン経験学習,リフレクション,管理者コーチングに関する先行研究をレビューした結果,次のような課題が明らかになった。第1に,リフレクションに関するモデルには,個人のリフレクションプロセスは示されているものの,リフレクションを支援し部下の学習を促す方法が検討されていないという点である。第2に,管理者コーチングのモデルには,リフレクション支援に該当するコーチング行動が含まれているものの,リフレクション支援のプロセスが明示化されているわけではないという課題がある。こうした点を踏まえ,本研究では,次のようなリサーチクエスチョンを提示したい。
リサーチクエスチョンの中に経験学習を含めたのは,これまでのリフレクション研究が経験学習モデルをベースに開発されているからである。このリサーチクエスチョンを検討することで,リフレクション研究とコーチング研究を統合する形で,リフレクションを中心とした部下育成プロセスを明確にすることができると思われる。
大手保険会社A社において,部下を指導,育成する能力が高いという評価を受けている部長・営業所長クラスのマネジャー(以下,部下指導能力の高いマネジャー)17名を対象にインタビュー調査を実施した。分析対象者の全ては男性で,年齢は40代13名,50代4名であった。部下指導能力が高いマネジャーは,以下の基準に基づき,A社の人材開発責任者が選定した。すなわち,①組織・部署あるいは部門全体の業績に責任を持っており,②複数の組織のマネジメントを経験し,③海外経験があり,その経験をマネジメントに活かしており,④中高年部下や女性のマネジメントに定評があり,⑤業績低迷者の実績を回復させた実績があるという基準である。こうした基準の中に,海外経験および中高年部下や女性のマネジメントに定評があることが含まれているのは,A社が多様な人材を育成する能力を重視しているからである。17名という人数は,それ以上サンプル数を増やしても新たな重要な概念が生成されなくなる理論的飽和(Strauss and Corbin, 1998)の状態に至ったと判断したことで決定したサンプル数である。具体的には,インタビュー調査は1回目に4名,2回目に4名,3回目に4名,4回目に5名に対して実施した。サンプリングと分析を並行して行うグラウンテッド・セオリー・アプローチ(以下GTAとする)(Glaser and Strauss, 1967; Strauss and Corbin, 1998)の考え方に基づき,1回目のデータ収集後から分析を始め,データ収集ごとに分析を繰り返したところ,4回目の段階で,カテゴリーが現象の理解のための十分な深みと幅を示し,他のカテゴリーへの関係性が明瞭になっていると判断できた。調査対象者の属性は表1に示すとおりである。
インタビュー調査は,令和元年7月から9月にかけて実施した。その際,個人情報の匿名化,倫理的配慮を説明し,データの学術利用に関する承諾をとった上で,半構造化インタビューを実施した。
インタビューでは,対象者の業務内容や組織内での役割,部下の人数を確認した上で,経験学習サイクルについて説明し,「部下指導において気をつけていることを,具体的な事例をあげて教えてください」「仕事を振り返らせるときに工夫していることはありますか」という質問に対する回答を求めた。回答時間は,1時間弱で,対象者の了承を得てICレコーダーで録音し,得られたデータは,文字テキストとして起こした。
3-2. 分析方法本研究では,データを分析するにあたりGlaser and Strauss(1967)によって提唱されたGTAを用いた。GTAとは,データを基にして分析を進め,データの中にある現象がどのようなメカニズムで生じているのかを理論として示そうとする研究法である(戈木,2016)。GTAを採用した理由は,データに密着した帰納的な理論構築を目指す点が,本研究の目的に合致していると判断したからである。GTAには,様々な分析手法があるが,本稿では,記述データのみから理論を生み出そうとするGlaserの考え方とは異なり,分析において,先行研究や著者の研究経験の活用を許容するStrauss and Corbin(1998)による手法を採用した(Jones and Noble, 2007)。なお,量的調査では,母集団の代表となる部分集団を選択するという「サンプルの代表性」が重視されるのに対し,GTAは,理論的に重要な概念を示すと思われる事象や出来事をサンプリングする「概念の代表性」が重視されている点に特徴がある(Strauss and Corbin, 1998)。
分析は以下の手順で行った。第1に,部下指導およびリフレクションを中心とした経験学習支援という観点から,類似の事象を説明しているラベルにまとめカテゴリー化した(オープンコード化)。具体的には,まず,17名のインタビュー調査データを分解し,文脈からオープンな状態にするための切片化を行った。次に,切片化されたデータを解釈し,切片名をつけた。さらに,切片名を比較しながら解釈し,類似の事象をまとめてサブカテゴリーを作りサブカテゴリー名をつけた。その際,切片名とデータを比較分析し,切片名とデータを代表するサブカテゴリー名となるよう「絶え間ない比較」を繰り返した。
第2に,サブカテゴリーの内容およびインタビューにおける因果関係に関するコメントを基に,カテゴリー同士を相互に横断させ関係づけた(軸足コード化)。具体的には,サブカテゴリー間の関係性を検討し,サブカテゴリーを統合する形で,より抽象度の高いカテゴリーを抽出し,さらに,これまでの研究知見を参照しながら,カテゴリー同士を関係づけた。
第3に,中核となるカテゴリーを抽出し,カテゴリーとカテゴリーの関係を特定しモデルを精緻化し(選択コード化),部下指導能力の高いマネジャーの指導プロセスのカテゴリー関連図を作成した。このとき,指導における時系列の流れに基づいて,類似したカテゴリー同士を,指導の「ステップ」によって区別した。なお,得られた分析結果の信頼性や妥当性を確保するために,GTAの分析経験が豊富であり,筆者と類似した研究経験や視点を有する研究者1名に,分析のプロセスおよび結果のチェックを依頼し,分析結果を微修正した。
GTAによる分析の結果,表2に示したように,3ステップ,15カテゴリー,30サブカテゴリーを生成することができた。対象者A〜Qは表1に示した対象者と対応している。なお,文中では,ステップを《 》,カテゴリーを〈 〉で表記した。
図1は,部下指導能力の高いマネジャーによる「リフレクションを中心とした経験学習支援プロセスのカテゴリー関連図」である。リフレクションを中心とした経験学習支援は,《成長支援の準備》《仕事のアサインメント》《リフレクション支援》の3ステップから構成されていた。このうち,《成長支援の準備》と《仕事のアサインメント》は《リフレクション支援》を促進する指導であり,《リフレクション支援》の前提条件となる概念である。以下では,マネジャーが部下のリフレクションおよび経験学習を支援する際のストーリーラインを述べる。
第1に,部下のリフレクションを支援するための始点は,《成長支援の準備》である。このステップにおいてマネジャーは,まず失敗を許容し,失敗してもマネジャーが責任を負うことを伝えることにより部下に〈心理的安心感を与え〉ていた。その上で,部下との対話の時間を確保し,マネジャーが自己開示することにより〈自由な対話を促し〉,〈協力し合えるチーム〉を作っていた。その際〈中堅社員と連携〉することを重視していた。こうした指導に加え,〈部下を観察する〉ことで,〈部下の特徴を把握し,部下の強みを伸ばす〉指導の準備をしていた。さらに,部下の希望する職務,成長ゴール,価値観を踏まえてキャリビジョンを把握し,〈キャリアビジョンを基に動機づける〉ことを指導の前提としていた。なお,これら7つのサブカテゴリーのうち,前半4つのカテゴリーは集団に関係し,後半3つのカテゴリーは個人に関係するため,図1では区分して描写している。
第2のステップである《仕事のアサインメント》においてマネジャーは,〈ストレッチ経験を与える〉際に,会社にとっての意味や同僚・顧客にとっての意味を伝えることで〈仕事を意味づけ〉ていた。さらに,部下に成長してほしいという〈期待を表明〉し,経験が浅い部下を指導する際には,やり方を見せる,答えを示すなど〈具体的に指導〉していた。
第3のステップである《リフレクション支援》においてマネジャーは,まず何が起こったか〈事実を確認し〉,問いかけ,ヒントを与えて考えさせ,やり切らせることで〈業務分析を支援〉していた。そして,成功・失敗の原因を考えることを部下に促し,他者の経験から学ばせることにより〈教訓化を支援〉していた。なお,これらの指導の間,〈承認して自信をつけさせる〉ことを重視していた。
4-2. リフレクションを中心とした経験学習支援の具体例次に,部下指導能力の高いマネジャーによる「リフレクションを中心とした経験学習支援」の具体例をプロセスに沿って記述していきたい。なお,コメントは「だ・である調」で統一した。
(1) 成長支援の準備マネジャーは,部下の《成長支援を準備する》際に,〈心理的安心感を与える〉ことを重視していた。具体的には,「失敗を許容する」「自分が責任を負う」「メンバーの幸せを考える」という点について,以下のように伝えていた。
つまり,責任の所在を明確にしたり,失敗を容認することにより,失敗に対する恐怖感をやわらげ,心理的安心感を与えていると考えられる。
さらに,マネジャーは部下に心理的安心感を与えるために,〈自由な対話を促す〉〈協力し合えるチームを作る〉〈中堅社員と連携する〉という行動を取っていた。まず,〈自由な対話を促す〉指導では「発言しやすい雰囲気を醸成する」「対話の時間を確保する」「自分のことを率直に話し,自己開示する」という行動を通し,以下のような場づくりが行われていた。
次に,〈協力し合えるチームを作る〉上で,「メンバー同士の関係の質を上げる」「チームで仕事を進める」という点が強調され,以下のような仕組みが考えられていた。
最後に,〈中堅社員と連携する〉上で,以下のようなアプローチがとられていた。
以上をまとめると,部下指導能力の高いマネジャーは,部下に〈心理的安心感を与える〉ために,マネジメントをサポートする中堅社員の協力を得て,悩みを気軽に話せる場を設定し,お互いを理解し合えるチームを作ることにより,ラポール(調和した関係)の形成に取り組んでいるといえる。
こうした指導に加え,マネジャーは部下の《成長支援を準備する》際に,〈部下を観察する〉ことで,〈キャリアビジョンを基に動機づけ〉〈部下の特徴を把握した上で強みを伸ばし〉,《仕事のアサインメント》の準備をしていた。〈部下を観察する〉では,次のように部下を観察していた。
また,〈キャリビジョンを基に動機づける〉際には,「職務関連」「能力関連」「価値観関連」のキャリアビジョンを設定する指導が取られていた。コメントを見てみたい。
さらに,〈部下の特徴を把握した上で強みを伸ばす〉際,マネジャーは,以下のように語っている。
以上をまとめると,部下指導能力の高いマネジャーは,部下をよく観察し,声をかけ,周りからの情報を収集することにより,部下がどんなキャリアを望んでいるのかを把握したり,一人一人の価値観や強みを発見することによって,《成長支援の準備》をしていた。
(2) 仕事のアサインメント第2ステップである《仕事のアサインメント》において,マネジャーは部下に仕事を与える際,〈ストレッチ経験を与える〉ことを重視する傾向にあった。具体的には以下のように「限界を超える仕事を与える」「頑張ればできる仕事を与える」という指導がとられていた。
つまり,優秀な部下には,限界を超える課題を与えることにより,部下の限界を見極めた上で,限界をある程度超えるストレッチ課題を与えていた。一方,伸び悩んでいる部下に対しては,頑張ればできる課題を与え,成果を上げることで自信をつけさせていた。
ここで注目したいことは,〈ストレッチ経験を与える〉際に,〈仕事を意味づける〉〈期待を表明する〉〈具体的に指導する〉ことで部下を動機づけていた点である。まず〈仕事を意味づける〉際には,以下のように「会社にとっての意味を伝える」「同僚,顧客にとっての意味を考えさせる」という指導行動が取られていた。
また,〈期待を表明する〉場合には,以下のようなアプローチが取られていた。
さらに,〈具体的に指導する〉際には,次に挙げる,「やり方を見せる」「答えを示す」という指導が行われていた。
以上をまとめると,部下指導能力の高いマネジャーは,部下に〈ストレッチ経験を与える〉だけでなく,ストレッチ課題を与える理由を示し,成長して欲しいという期待を伝えることにより,ストレッチ課題に取り組むことに対する,部下の心理的障壁を取り除いていると考えられる。
(3) リフレクション支援第3ステップである《リフレクション支援》において,マネジャーは,まず〈事実を確認する〉ことを重視していた。コメントを見てみよう。
すなわちマネジャーは,部下と一緒に起こった事実を考えたり,起こったことを記録させ,ミーティングの場で発表させることにより,部下自身が事実を冷静に振り返り,起こったことを客観視することを促していると考えられる。事実を確認した後,マネジャーは〈業務分析を支援する〉ことで「仕事のプロセスと目的を考えさせる」「問いかけて考えさせる」「ヒントを与えて一緒に考える」「自分で考えさせてやり切らせる」といった指導を行っていた。具体的なコメントは以下のとおりである。
つまりマネジャーは,答えを教えたり,サポートしすぎることは避け,問いかけやヒントによって,部下自身が仕事のプロセスを考えることを促しているのである。さらに,マネジャーは,〈教訓化を支援する〉指導において,以下のような形で,「失敗・成功経験」や「他者の経験」から学ばせていた。
すなわちマネジャーは,仕事の成功・失敗の原因を説明させたり,記述させたりすることにより,部下が自ら教訓を抽出することを促しているのである。
なお,以上のリフレクション支援の全般において,マネジャーは,〈賞賛して自信をつけさせる〉ことを重視していた。コメントを見てみたい。
こうしたコメントから,指導能力の高いマネジャーは,リフレクションを支援する際には,成果を報告させたり,与えた目標が少しでもできたら即時に褒めることにより,部下の行動を承認し,部下のモチベーションを保っていることがわかる。
リフレクションは個人の学習を促進する上で重要な役割を果たしているにもかかわらず(Kolb, 1984; Korthagen et al., 2001; Gibbs, 1988),他者がリフレクションをどのように支援しているかについては,十分に検討されてこなかった。本研究の目的は,部下の成長を促すために,部下指導能力の高いマネジャーがどのようなプロセスによってリフレクションを中心とした経験学習を支援しているかを,質的分析を通して明らかにすることにあった。以下では,発見事実を整理した上で,理論的・実践的インプリケーションを検討し,今後の課題について述べたい。
5-1. 発見事実本研究の主な発見事実は以下のとおりである。第1に,リフレクションを中心とした経験学習支援は,「成長支援の準備」「仕事のアサインメント」「リフレクション支援」という3つのステップから構成されていた。すなわち,部下のリフレクションを促進する前提として「成長支援の準備」および「仕事のアサインメント」という指導が行われていることが明らかになった。
第2に,「成長支援の準備」のステップでは,中堅社員と連携しつつ,まず職場内の心理的安心感を高め,自由な対話を促し,協力し合えるチームを作るというリフレクションを促進するための職場環境整備が行われていた。その上で,指導能力の高いマネジャーは,成長を促す仕事経験を与える準備のために,部下をよく観察し,個々の強みやキャリビジョンを把握していた。
第3に,「仕事のアサインメント」のステップでは,仕事から得る学びの質を高めるためにストレッチ経験が付与されていた。その際に,仕事を意味づけ,期待を表明し,具体的に指導するという行動が重要になることが明らかになった。
第4に,「リフレクション支援」では,事実を確認し,業務分析を支援した上で,教訓化を支援することが部下の成長を促していた。このとき,承認して自信をつけさせることが全てのリフレクション支援活動を支えていた。
5-2. 理論的インプリケーション以上の発見事実を踏まえ,本研究の理論的インプリケーションについて述べたい。第1に,「リフレクション支援」は「成長支援の準備」および「仕事のアサインメント」によって支えられていた。この結果は,部下の経験学習の効果を上げるために,「成長支援の準備」を通して部下の経験から学習する能力(Spreitzer et al., 1997)を高め,「仕事のアサインメント」によって成長を促す経験(McCauley et al., 1994; DeRue and Wellman, 2009)を付与する必要があるからだと思われる。この結果は,コーチング研究においても,リフレクション支援に対応するファシリテーション行動が,エンパワーメント関連の行動(Ellinger and Bostrom, 1999)や鼓舞(Heslin et al., 2006)といった指導とセットになっていたこととも対応している。ただし,本研究は,従来のコーチング研究とは異なり,リフレクション支援を明確な形で抽出し,その促進要因として「成長支援の準備」および「仕事のアサインメント」が機能していることを明示した点に理論的な意味があると考えられる。
第2に,「成長支援の準備」には,心理的安心感を与え,自由な対話を促し,中堅社員と連携しながら協力し合えるチームを作る行動が含まれていたが,これは部下指導能力の高いマネジャーが「心理的安全」(Edmondson,1999)を提供していることを示唆している。Edmondson(1999)は,心理的安全を「チームメンバーがお互いに,このチームは人間関係上のリスクを取っても安全であると信じている状態」と定義した上で,メンバーの革新行動を促すために心理的安全が欠かせないと指摘している。こうした心理状態は,経験から学ぶ力を引き出し,適切なリフレクションを行う上でも重要な役割を果たすと考えられる。なお,成長支援の準備には「中堅社員と連携する」行動が含まれていたという結果は,他のメンバーと共に集団を率いる「共有型リーダーシップ(Pearce and Conger, 2003)」を通して,心理的安全を高めていたことを示している。しかし,リフレクション研究においても,コーチング研究においても,心理的安全の役割が明示されてこなかった。その意味で,経験学習およびリフレクションを支援する準備として,心理的安全が不可欠であることを明示した点に本研究の独自性があるといえる。
第3に,「仕事のアサインメント」において,部下育成能力の高いマネジャーは,ストレッチ経験を与えた上で,仕事を意味づけ,期待をしながら,具体的な指導を行っていた。これは,経験学習を促す上で,挑戦的な経験が欠かせないためであると考えられる(McCauley et al., 1994; DeRue and Wellman, 2009)。その際,ストレッチ経験から学ぶためには,Heslin et al.(2006)が提唱しているように,期待を表明し,具体的な指導をするというコーチング行動が欠かせないと思われる。こうしたサポートがあって初めて部下は挑戦的な経験から学ぶことが可能となるのだろう。本研究は,仕事のアサインメント次元を抽出したことにより,これまでの経験学習研究(McCauley et al., 1994; DeRue and Wellman, 2009)とコーチング研究(Heslin et al., 2006)の知見を統合する形で,リフレクション支援の促進要因を明らかにしたといえる。
第4に,「リフレクション支援」において,部下育成能力の高いマネジャーは,承認して自信をつけさせながら,事実を確認し,業務分析や教訓化を支援していた。この結果は,部下を承認することによって,事前に高めた心理的安全(Edmondson,1999)を維持しつつ,Gibbs(1988)モデルにおける「事実を確認」や,Korthagen et al.(2001)モデルにおける「本質的な諸相への気づき」を促す指導が,部下のリフレクションを支援する上で欠かせないことを示している。本研究は,これまで個人の学習プロセスに焦点を当てたリフレクション研究を発展させ,Gibbs(1988)とKorthagen et al.(2001)のモデルにおいて「リフレクションと深くかかわる要素」を統合する形でリフレクション支援のプロセスを提示したことによって,理論的な貢献をしていると考えられる。
5-3. 実践的インプリケーション発見事実および理論的インプリケーションを基に,組織の人事担当者及びマネジャーに対する実践的インプリケーションについて議論したい。第1に,部下を育成する上で,上司は部下との個人面談において内省を支援するだけでは不十分である。分析の結果,「リフレクション支援」は「成長支援の準備」と「仕事のアサインメント」によって支えられていたことから,マネジャーは,安心して仕事ができる職場環境を整備しつつ,成長を促す挑戦的な仕事を与える工夫をする必要があるだろう。企業としては,内省支援スキルだけでなく,職場づくりやジョブ・アサインメントについてのスキルをマネジャーが獲得できるようにサポートすべきであると考えられる。
第2に,「成長支援の準備」には,職場内の心理的安全を高め,自由な対話を促し,協力し合えるチーム作りをする必要があることから,マネジャーは,チームにおける自由な話し合いを通して心理的安全を高める必要がある。そのためにチーム内の会議や打ち合わせにおいて,中堅社員に司会を任せるなどの方法で連携しつつ,自由な意見を出せる雰囲気を作ることが大切であり,こうした工夫が適切なリフレクションを行うための土台となる。企業としては,会議やミーティングのあり方についてのガイドラインを作成したり,会議をファシリテーションする技術を向上させる教育プログラムを開発すべきであろう。
第3に,部下の経験学習の質を高めるには,挑戦的な仕事をアサインすることが重要であるが,ただアサインするだけでなく,仕事を意味づけ,期待し,具体的な指導をすることで,内発的モチベーションや自己効力感を高める工夫が必要になる。この点については,「エンパワーメント関連の指導」(Ellinger and Bostrom, 1999)や「鼓舞」(Heslin et al., 2006)といった従来の管理者コーチング手法が有効になるだろう。すなわち,挑戦的な仕事を実施する過程において,モチベーションや効力感を高める指導が,部下の成長を促すといえる。
第4に,部下の内省を支援する際には,部下を承認しながら,事実を確認し,業務分析や教訓化を支援するという流れに従うことが重要になる。特に,企業において実施される上司と部下の1on1ミーティングと呼ばれる個別面談において,この流れに従うことが,部下の内省を効果的に支援することにつながるだろう。企業としては,「承認→事実の確認→業務分析→教訓化」という流れに基づくガイドラインや教育プログラムを整備するとともに,定期的なサーベイを実施することで,適切な内省支援が行われているかどうかを確認すべきである。
5-4. 本研究の限界と今後の課題最後に,本研究の限界と研究課題について述べたい。第1に,本研究は,特定企業,特定職種における部下指導能力の高いマネジャーを対象としていることから,企業や業種の特性が分析結果に影響を与えている可能性がある。例えば,分析対象は保険を扱うサービス組織であるため,ものづくりに従事する製造企業とは人材育成の考え方が異なるかもしれない。今後の研究においては,他の業種における複数企業のマネジャーを対象に調査を実施し,より汎用性の高い部下指導のプロセスを明らかにする必要があるだろう。
第2に,本テーマに関する十分な先行研究が存在しないことから,本研究は,質的手法を用いてリフレクションを中心とした経験学習プロセスを検討した。今後は,得られた指導プロセスを基に測定尺度を開発し,発見事実を量的な手法によって再検討しなければならないと考えられる。
第3に,本研究では,これまでの育成実績を基に,指導能力の高いマネジャーを選抜し調査を行ったが,部下の成長やパフォーマンスに関するデータを分析しているわけではない。また,対象者を選定する際に,A社の人材開発担当者の主観が影響している可能性もある。こうした点を踏まえると,定量分析を行う際に,部下に関するデータを組み込むことで,より妥当性の高い結果を得ることが期待できると思われる。
(筆者=ダイヤモンド社 HR ソリューション事業室人材開発編集部部長/北海道大学大学院経済学研究院地域経済経営ネットワーク研究センター共同研究員)