2021 Volume 22 Issue 1 Pages 54-72
This paper discusses the voice of labor unions in China. It takes into consideration the transformation of industrial relations in the socialist state that introduced a market economy. Specifically, it examines how unions' voice (union's activities) affects workers' union satisfaction levels after the country transitioned to the socialist market economy in the era of globalization. This transition's characteristics are: growing economic and social disparity, frequent conflicts over the rights/benefits between workers and management, frequent collective strikes, and increasing demand for the unions that are currently semi-governmental organizations to act on behalf of the employees.
A questionnaire survey was conducted in six manufacturing companies based in Jiangsu province in collaboration with local academic institutions. The unions' voice in China's industrial relations was investigated using employer-employee matched data (368 surveys). As a result, union-related data was collected that would otherwise not be publicly accessible on the national level. Moreover, the existing quantitative research on the regional level is limited.
Additionally, factor analysis and ordered probit regression analysis were used to verify the following hypotheses: 1. The degree of satisfaction with the union increases with a higher evaluation of the union's activities (see list below: a1, a2, a3, a4). 2. Especially, a1 of explanatory variables has the strongest impact.
In the ordered probit regression analysis, two sets of variables were created:
A. EXPLANATORY VARIABLES - nineteen survey items to evaluate union's activities, evaluated by the employees, using a five-point Likert scale, grouped into four categories using factor analysis :
a1. Adjustment of the industrial relations - Management participation factor,
a2. Education - Employee Benefits factor,
a3. Guarantee of livelihood factor,
a4. Guarantee of primary labor rights factor.
B. EXPLAINED VARIABLES - three survey items asking about the levels of union satisfaction, evaluated using a five-point Likert scale:
b1. Satisfaction with the overall activities of the union,
b2. Satisfaction with union leadership,
b3. Satisfaction with membership benefits.
The results of the ordered probit regression analysis show that the following three outcomes were clarified. Firstly, the results of the average of the levels of union satisfaction are b1 (3.818), b2 (3.834), and b3 (3.773). Secondly, the average of the levels of union's activities shows that the items of a1 are low, while the items of a2 and a3 are high. Third, the two hypotheses were accepted since four factors in set A significantly influenced three factors in set B, and the impact of a1 on set B was the largest.
The results of this study indicate that employees in the six companies studied in the Jiangsu province (concentrated around Nanjing) are satisfied with their unions, while they are taking a growing interest in unions' roles regarding voice- such as the improvement of the democratic management of enterprises-system, including representing workers in labor disputes. In the future, unions are required to deepen reforms, especially regarding factor a1, to prevent the increase of dissatisfaction among workers. Such efforts are currently required to improve the voice and the representativeness of the union under the tripartite principle. Primarily through methods, such as enhancing communication tools between workers and management, implementing a system in which executives are elected directly by union members (or representatives), recruiting talented people with legal qualifications to the union executive positions, preventing the democratic management of enterprises-system represented by the workers' congress system and the collective salary negotiation system from losing substance.
本稿の目的は,中国の集団的労使関係における企業の基層工会(労働組合を指し,以下は「工会」と記す)の役割と機能を検証し,労使関係の在り方に関するインプリケーションを得ることである。具体的には,まず,工会の発言力(工会の活動内容に対する従業員の評価),および従業員の工会に関する各種満足度(「i工会の全体的な活動に対する満足度」「ii工会幹部への満足度」「iii工会会員としてのメリットへの満足度」)を考察し,つぎに,工会の発言力が従業員の工会に関する各種満足度に与える影響を分析する。
グローバル化の潮流は,中国における労使関係を大きく変容させた。社会主義計画経済期の中国において,労使関係の悪化による労働紛争は理論的にも現実的にも存在しえなかった。社会主義イデオロギーの下,労働者と経営者はともに生産手段の所有者であり,すべての都市部の労働力は国の需要に応じて調達され,賃金などの労働条件は労使間の交渉により決められなかったためである。しかし,改革開放政策の実施に伴い,労使対立が生じるようになった。グローバリゼーションの下,市場経済が導入され,政府は経済上の比較優位を得るため,法人税の引き下げや労働基準の緩和などの政策を通じて,「底辺への競争」を推し進めた1。その結果,中国経済が飛躍的に成長した一方,労働者の実質賃金の向上は制限され,不利な立場に追い込まれた労働者がストライキを実行するようになった。
とくに,2010年におきた一連のストライキは,工会の機能の限界性を露呈させた。「労働契約法」(2008)の施行による労働者権益意識の向上を契機として,農民工に代表される労働者が,工会の承認を得ずにストライキを実行した。それは,共産党の指導下におかれた官製労組である工会の社会的機能が,社会・福利政策の施行,疾病手当金の管理,住宅・幼稚園・休暇時間の配分といった活動への補助に限られ,かつ固有の組織的特性により発言力と代表性に問題が存在したことに一因がある。その組織的特性は,主として,①結成に関して,「工会法」(2001)第2条によると,工会は労働者の自由な意志によって設置されるが,実際は,中央または地方政府の影響力の下,企業の雇用者の承認を得ることにより結成されることが多い,②加入に関して,同法第3条によると,賃金収入を主要な生活源泉とする者はすべて工会に加入する資格があり,職位での制限は見当たらない,③運営に関して,エージェンシーショップ制2に近い制度が実施され,工会活動の主な経費は,企業が全従業員賃金の2%を地方総工会3へ一旦支払い,後に工会へ配分される分配金(支払額の40〜70%)に依存している4といった3点があげられる。
他方,集団的労使関係の変容は,工会組織の変革の大きなきっかけとなった。すなわち,政府は工会の再建などの政策を通じて,社会の安定性を脅かすほどの大規模なストライキに歯止めをかけようとした。たとえば,中華全国総工会は,政府の方針を受け,「企業内の工会設立を推進し,その機能を十分に発揮させることに関する緊急通知(関于進一歩加強企業工会建設充分発揮企業工会作用的緊急通知)」(2010年6月)を公布し,ブルーカラー労働者を中心とした賃金集団協議制,従業員(代表)大会制5の工会による推進などを強調した。また,「中共十八大四中全会の精神を貫徹するための工会における法治建設の推進に関する実施意見(中華全国総工会関于貫徹落実党的十八届四中全会精神大力推進工会工作法治化建設的実施意見)」(2015年2月)を発し,工会会員(代表)大会の選挙による工会基層委員会委員の選出,法律に関する資格を有する人材の工会幹部への登用などの改革を図った6。
以上のことは,中国の企業における労使関係は,他国とは大きく異なる歴史的,社会的文脈に規定されている一方,グローバリゼーションの過程にある多くの国々と同様に,共通の労務環境の変化に晒されていることを示す。すなわち,市場経済化に伴う新たな労務問題に直面して,協調的な労使関係を再構築する必要性に迫られ,集団的労使関係において,「底辺への競争」による労働分配率の低下,組合の代表機能の強化などが多くの国々の課題となった。
したがって,本稿は,グローバリゼーションに対応した中国の労使関係の在り方が問われるなか,深刻化する労働問題に深くかかわる工会の役割と機能を検討する。とくに,中国の江蘇省における工会設立済みの企業とその企業に所属する従業員とをマッチングしたデータを用いて,現行制度における工会の具体的な活動内容を踏まえながら,工会の活動内容に対する従業員の評価という指標で工会の発言力を測り,計量的な検証手法を用いて,その発言力が従業員の工会に関する各種満足度に与える影響を考察する。具体的には,続く2では,先行研究について紹介し,3において,分析のフレームワークについて説明する。4と5において,使用するデータと記述統計量についてそれぞれ述べる。6では,順序プロビット分析を通じて,工会の発言力と工会の各種満足度との関係を検証したうえ,一部のコントロール変数の影響について考察する。7は,まとめである。
組合の役割と機能に関する実証研究は,主として,組合の経済効果についての研究と,組合の発言力に焦点を当てる研究とに分けることができる。本稿は,工会の発言力(工会の活動内容に対する従業員の評価)に注目し,その発言力と工会に関する各種満足度との関係を考察する。とくに,発言力という視点から,工会活動の現況を確認するとともに,工会がどのような活動により労働者を満足させる組織になるか否かを検討し,政・労・使三者協議制の下にある工会に求められる役割と機能を明らかにする。
2-1. 組合の経済効果に関する研究組合の経済効果に関する研究について,主に組合の賃金効果と発言効果をめぐり論議が展開された。この議論は,そもそもハーシュマンが企業・組織・国家について展開した離脱(Exit)・発言(Voice)・忠誠(Loyalty)モデル(Hirschman, 1970)を,フリーマン=メドフが労働市場に応用したことに始まる。その結果,組合が賃金プレミアムを有すること(Freeman and Medoff, 1984; Lewis, 1986; Robinson, 1989; 橘木・野田, 1993; 仁田・篠崎,2008),組合が労働者の離職率を低下させること(Freeman and Medoff, 1984; 冨田,1993; Delery et al., 2000; 外舘,2007)が明らかにされた。
また,中国においても,工会の経済効果に関する実証研究が進められた(孫・賀,2012; 姚他,2013; 李・徐,2014; Morley et al., 2016; 紀・頼,2019)。とくに,グローバル化を背景にした市場経済化の拡大,深化に伴い,中国の労使関係にも大きな変化が起こるなか,工会は党の下部組織にとどまり,労働者の福利厚生サービスを提供するだけなのか,あるいは発言を通じて,労働者の労働条件を向上させる組織に再編成されつつあるのかといった論点が検討された。たとえば,李・徐(2014)は,企業 - 従業員のマッチング・データを用いて,内生性問題を考慮しながら,工会会員は非工会会員より,賃金率が約12.75%ポイント高いことを明らかにした。
2-2. 組合の発言力に関する研究組合の発言力に関する研究は,多角的な視点から異なるファクターを用いて論じられた(Chacko,1985; 守島,1999; 梅崎・田口,2012; Buttigieg et al., 2014)。たとえば,守島(1999)は,集団的労使関係項目と個別的労使関係項目に対する労働者の発言の度合いを用いて,組合や非組合発言組織の発言力を考察し,とくに,集団的労使関係項目における組合の発言力を見出した。また,Buttigieg et al.(2014)は,組合の発言力(組合参加)と組合満足度との関係性から,組合満足度の高い組合員は,労使交渉活動に参加しない傾向がある一方,彼らの要求によく応えるリーダーの存在を知覚したとき,意見を表明するようになることを明らかにした。
他方,中国において,工会の活動内容に対する従業員の評価を工会の発言力とみなし,工会の発言力と様々な要素との関係性を検証した研究が多い。たとえば,工会の活動内容に対する従業員の評価が,以下の4つの要素,すなわち,①労使関係の状況(陳他,2011),②企業コミットメント・工会コミットメント(陳他,2011; 呉・劉,2014),③仕事に関する各種満足度(「i労働安全性満足度」「ii賃金調整への満足度」「iii福利厚生水準への満足度」「iv仕事に対する全体的な満足度」)(楊他,2016),④工会に関する各種満足度(「i工会の全体的な活動に対する満足度」「ii工会幹部への満足度」「iii工会会員としてのメリットへの満足度」)(苗他,2008)に与える影響を検討した。
本稿において,被説明変数となる工会に関する各種満足度は,苗他(2008)で使用された項目を用いた。具体的には,5段階評価法(1. 大変不満〜5. 大変満足)により,「i工会の全体的な活動に対する満足度」「ii工会幹部への満足度」「iii工会会員としてのメリットへの満足度」という3指標を設定した。
3-2. 説明変数 : 工会の発言力本稿では,説明変数である工会の発言力は,主に苗他(2008)で使用された工会の活動内容(19項目)に対する従業員の評価を用いた7。その理由として,以下の2点があげられる。第1に,「工会法」で規定された工会の活動内容に基づいており,中国の実情を把握する適切な指標が提供されているからである。第2に,工会の活動内容をより包括的に捉えているからである。たとえば,陳他(2011)は,労使関係にかかわる工会の活動について,「労使争議の際,工会は主な仲介機構である」のみを使用したが,苗他(2008)は,「労使争議の際,労働者と会社の間を仲介する」以外にも,従業員の利益の最大化,従業員(代表)大会制などの5つの側面から項目を詳細に定めた。
本稿は,工会の活動内容(19項目)に対する従業員の5段階評価(1. 活動が行われていない〜5. 活動が十分に行われている)を用いて,主因子法によるバリマックス回転後の工会の発言力に関する探索的因子分析を実施した。因子負荷量0.4を基準とし,各因子負荷量間の差が0.1より大きく,また,固有値が1以上であれば,因子が抽出される。
工会の発言力に関する因子分析では,この条件に満たない「12. 企業の人材確保に貢献する」と「13. 労働技能コンテストを組織するように促す」の2項目を除き,残りの17項目による結果が得られた。その結果,表1が示すように,4つの因子が抽出された。4つの因子の名称は,項目の内容に基づき,「i労使関係調整・経営参加因子」「ii教育・福利厚生提供因子」「iii生活保障因子」「iv労働者基本権利保障因子」とした。また,信頼性(Cronbachのα)について,4つの因子の尺度が0.718〜0.904を示し,分析に妥当な水準範囲であり,内的整合性が確認された。
本稿では,図1が示すように,個人・勤務先属性をコントロールしたうえで,3-2の因子分析により得られた工会の発言力に関する4つの因子が,工会に関する各種満足度(3項目)に与える影響を考察した。
本稿では,工会の役割と機能を分析する2つの仮説(表2)を以下のように設定した。
第1の仮説は,4つの因子から成る工会の発言力が高いほど,工会に関する各種満足度が高まることである。
上述したように,労働者の工会に対する不信感が存在した。しかし,これまでの先行研究の結果では,労働者の利益代表としての組織への期待も示された。たとえば,工会が労働者の権益を代表する機能が低いものの,設置する必要があるという結果が得られた(趙,2009; 孫・賀,2012)。また,工会の活動内容に対する従業員の評価(6つの因子)は,工会満足度にすべて正の有意な影響を及ぼすことが示された(苗他,2008)。さらに,工会の賃金効果が存在し,工会が労働者の利益を代表する組織へ転換しつつあることが示唆された(李・徐,2014; Morley et al., 2016; 紀・頼,2019)。
第2の仮説は,4つの因子のなかで,「i労使関係調整・経営参加因子」の影響が最も強いことである。
これまでの研究では,「i労使関係調整・経営参加因子」に包括される内容は,労働者が工会に最も期待している機能であることを示唆している。たとえば,従業員(代表)大会に代表される企業の民主的管理制度における工会の活動内容に対する従業員の評価は,工会満足度に最も強い影響を与えた(苗他,2008)。また,労働者の工会に対する不満を招いたのは,労働者の経営参加における機能の欠如と深い関係があると指摘された(趙, 2009)。さらに,労使対立の発生を防ぐため,賃金集団協議制や従業員(代表)大会制の運用における工会の役割の重要性が論じられた(呉・劉, 2014)。
他方,本稿は,工会の発言力と工会に関する各種満足度との関係を検証する研究が少ない中,以下の2点を取り入れた分析を行い,先行研究との差異化を試みた。
第1に,分析手法に関する差異化である。苗他(2008)では,工会の発言力が工会に関する満足度に与える影響を考察する際,両者の関係における議論は企業レベルにとどまった8。その結果,2つの問題点が生じた。まず,3つの側面から測定された工会に関する各種満足度が1つの指標として使用されたことにより,従業員の工会に関する多様な側面への満足度を議論することができなくなり,分析の幅が制限された。また,個人データから企業データへの集約は,分析に利用する情報量を減らした。とくに,個人データから平均をとって計算された企業レベルの指標による分析は,個人の様々な属性が及ぼす影響の考察を不可能にした。したがって,本稿では,個人レベルにおける検証を行う。
第2に,分析対象に関する差異化である。苗他(2008)の分析対象は工会設置済みの企業の工会会員に限られ,中国の現状を正確に捉えていなかった。前述したように,工会設置済みの企業では,工会の活動に充てる主な経費は全従業員の賃金から拠出され,工会の機能範囲が非工会会員の利益までに及ぶ特徴があるため,工会の発言力を分析するには,非工会会員を包摂した考察が求められる。また,実際の労使対立において主な担い手となった非正規労働者は,工会に吸収されていないことが多く,非工会会員を排除した分析は適切ではない。したがって,本稿では,工会会員ばかりではなく,非工会会員も分析対象にする。
本稿では,2016年8〜9月に南京市を中心にした中国江蘇省の製造業における工会設立済みの企業およびその企業に所属する従業員を対象に,「中国の企業における工会の活動に関するアンケート調査」を実施した。企業調査票は,調査対象企業の6社からすべての調査票を回収した。また,従業員調査票の配布・回収状況について,表3が示すように,627名に対して調査票を配布し,有効回収数は368票であった。これにより,全国レベルにおける工会関連の個票データが公表されず,かつ地域レベルからの定量研究も少ない状況において,新たな事例を通した検証を加えた。しかし,特定の地域に限定した研究であるため,分析の結果を一般化することには慎重でなければならない。
調査対象は,以下のように選んだ9。第1に,調査対象地域について,南京市を中心にした江蘇省を選出した。その理由は,中国の労使対立は経済発展が最も進んだ沿海地域で多く発生する傾向があるためである。江蘇省は長江三角州に位置し,積極的に外国資本を導入し,労働集約型産業を中心に経済成長を持続している。また,経済発展が進むなか,競争が激しい地域であるほど,工会の労働者利益を保護する機能に関する問題が顕在化しやすい。第2に,調査対象企業および従業員のアンケートについて,南京大学の研究協力者を介して,企業の人事担当者に調査を依頼した。企業選出の際には,工会設立済みの企業を対象に,企業形態の多様性を重視した。
4-2. 調査企業と工会関連の基本情報企業を対象とするアンケート調査の結果は,表4に示される。企業の基本情報について,操業開始年では1992〜2010年の間に分布し,従業員人数ではF社以外の企業は2000人以上であり,基層党組織の有無ではF社以外の企業は基層党組織を設立し,労働協約の有無ではすべての企業が締結した。また,工会の基本情報について,工会の設置理由では「iii共産党・政府からの要請」(4社)が最も多く,工会主席の選出方法では「i工会会員(代表)大会における直接選挙」を選んだ会社は2社のみであり,管理職層による工会幹部の兼任の有無ではすべての企業において兼任がみられた。
回答者の基本属性は,表5が示すように,個人属性(性別,年齢,戸籍,最終学歴),勤務先属性(勤続年数,工会会員資格,党員資格,職位,職種,労働契約の締結,労働契約の期間)の2つの視点から確認した。
第1に,個人属性について,性別では「男性」が5割強(51.6%),平均年齢29.01歳,戸籍では「都市戸籍」が5割強(53.0%),最終学歴では「高等職業技術教育学院・高等専門学校卒」が4割(40.8%)という構成である10。第2に,勤務先属性について,勤続年数では5年未満が6割(60.1%),工会会員資格では「工会会員」が6割強(63.3%),党員資格では「共産党党員」が1割強(14.7%),職位では「管理職」が2割強(23.9%),職種では「生産運輸系」(33.1%)と「専門技術系」(32.6%)との合計が6割強(65.7%),労働契約の締結では「企業と契約している」が9割強(92.1%)11,労働契約の期間では「無期労働契約」の従業員が51名で,1割強(13.9%)である12。
5-2. 工会に関する各種満足度と工会の発言力の記述統計量表6と表7は,全体のデータ,工会会員資格別データという3つのデータセットからみた工会に関する各種満足度(3項目),および工会の発言力(17項目)の記述統計量を示す。
表6では,「i工会の全体的な活動に対する満足度」「ii工会幹部への満足度」において,全体のデータの平均値はそれぞれ3.818と3.834であり,また,工会会員の平均値が非工会会員より高いことがわかった。他方,「iii工会会員としてのメリットへの満足度」の平均値は3.773であることが示された。
また,表7では,以下の2つの特徴があらわれた。第1に,3つのデータセットにおいて,「3. 企業側と賃金集団協議を行う時,労働者を代表する」に対する評価の平均値(全体3.522,工会会員3.579,非工会会員3.422)が最小であり,他方,最低社会保障制度の運用,企業理念・文化の宣伝,職場環境の安全性,娯楽活動の組織などに関する項目において工会の活動に対する評価の平均値が相対的に高い。第2に,工会会員資格別データにおいて,5つの項目を除いて,工会会員は非工会会員より平均値が高い。
表8-1と表8-2は,工会の発言力が「i工会の全体的な活動に対する満足度」へ与える影響について,順序プロビット分析による4つの因子の推定結果,および限界効果を示す。
これらの表から以下の結果が得られた。第1に,工会の発言力を構成する4つの因子は,「i工会の全体的な活動に対する満足度」へ有意に正の影響を与えた。工会の活動の種類にかかわらず,その活動を充実させれば,工会の全体的な活動に対する従業員の満足度が高くなるという仮説が支持された。第2に,4つの因子のなかで,「i労使関係調整・経営参加因子」の限界効果が最も高かった。工会は「i労使関係調整・経営参加因子」に含まれる活動を行うほど,「i工会の全体的な活動に対する満足度」への正の影響が最も強いという仮説も支持された。
以上の推定結果を踏まえて,表9が示す内容に基づき,「i労使関係調整・経営参加因子」と「iv労働者基本権利保障因子」の限界効果に関する示唆が得られた。
上述したように,4つの因子のなかで,「i労使関係調整・経営参加因子」の影響が最も強かった。表8-2が示すように,「i労使関係調整・経営参加因子」が1ポイント高くなると,「大変満足」(y1=5)を選ぶ確率は約15.7%ポイント高まる。しかし,工会の発言力の平均値(表7)を確認すると,「i労使関係調整・経営参加因子」に含まれる多くの項目の平均値は若干低い。たとえば,「16. 従業員の利益の最大化を追求している」(3.717),「15. 労働争議の際,従業員と会社の間を仲介する」(3.837),「14. 苦情申し立ての環境を備え,その処理制度を設けるように貢献する」(3.834),「18. 企業発展のため,従業員(代表)大会を組織するように促す」(3.867)などがあげられる。したがって,従業員利益の最大化,労働争議における交渉,苦情申し立て・処理に関する制度の実施,および従業員(代表)大会制の運営において工会の機能が若干不足していること,かつ工会の全体的な活動に対する従業員の満足度を高めるには,それらの機能を強めることが最も効果的であると解釈できる(表9の第三象限 : 小大)。
(2) 「iv労働者基本権利保障因子」の限界効果「iv労働者基本権利保障因子」の限界効果は最小であった。表8-2が示すように,「iv労働者基本権利保障因子」が1ポイント高くなると,「大変満足」(y1=5)を選ぶ確率は約3.4%ポイント高まる。すなわち,「iv労働者基本権利保障因子」に含まれる労働契約,労働協約,および賃金集団協議にかかわる項目を充実させても,労働者から得られる満足度はそれほど高まらないと解釈できる。
このような結果が得られたことは,以下の理由が考えられる。第1に,労働契約,労働協約における工会の機能が一定程度充実していること,かつそれらの機能を強めても,「i工会の全体的な活動に対する満足度」が高まらない(表9の第一象限 : 大小)。企業と契約している労働者は92.1%を占め,すべての労働者が労働協約の下に置かれているという調査結果から,それらにおける工会の機能がすでに充実し,これ以上向上させても労働者から得られる満足度が高まらないであろうと捉えられる。
第2に,労働者の期待する賃金集団協議における工会の機能が不足しているものの,この項目に関する因子負荷量が3つの項目の中で最も低いため,労働契約,労働協約にかかわる項目の影響を受けて,「iv労働者基本権利保障因子」の限界効果が最小となった可能性がある。具体的には,工会の発言力の平均値(表7)が示すように,「3. 企業側と賃金集団協議を行う時,労働者を代表する」の平均値は3.522であり,この項目に対する労働者の評価が最も低かった。この結果は,賃金集団協議制は「賃金集団協商試行弁法」(2000年11月)が施行されて以来,期待した成果を上げていないことを確認した姚他(2013)の分析結果と一致する。しかし,工会の発言力の因子分析の結果(表1)が示すように,賃金集団協議にかかわる項目の因子負荷量(0.549)は,「iv労働者基本権利保障因子」に包括される3つの項目の中で最も低いため,このような結果に至った可能性がある。
6-2. 「ii工会幹部への満足度」に与える影響表10-1と表10-2は,工会の発言力が「ii工会幹部への満足度」に与える影響について,順序プロビット分析による4つの因子の推定結果,および限界効果を示す。
これらの表から以下の推定結果が得られ,6-1の分析結果と一致した。第1に,工会の発言力を構成する4つの因子は,「ii工会幹部への満足度」へ有意に正の影響を与えた。工会の活動の種類にかかわらず,その活動を充実させれば,工会幹部に対する従業員の満足度が高くなるという仮説が支持された。第2に,4つの因子の限界効果をみると,「i労使関係調整・経営参加因子」が最も高く,「iv労働者基本権利保障因子」は最も低かった。表10-2が示すように,「i労使関係調整・経営参加因子」(「iv労働者基本権利保障因子」)が1ポイント高くなると,「大変満足」(y2=5)を選ぶ確率は約20.1%(3.9%)ポイント高まる。工会が「i労使関係調整・経営参加因子」に含まれる活動を行うことは,「ii工会幹部への満足度」への正の影響が最も強いという仮説も支持された。
これまでの推定結果から,工会の活動を充実させる際に工会幹部が重要な役割を担っている可能性が示唆された。具体的には,工会幹部が「i労使関係調整・経営参加因子」に含まれる苦情申し立て・処理,および従業員(代表)大会制などの項目について,高いパフォーマンスを発揮すれば,工会の幹部と全体的な活動への満足度の向上に最も効果があると解釈できる。また,本稿では,Buttigieg et al.(2014)と同様に,発言力を有する工会組織の成長を促進させる際,高いパフォーマンスを発揮するリーダーの重要性が示された。
他方,この調査結果から,従業員の工会幹部に対する評価が低くないものの,工会幹部の民主選挙の実現などにより,工会の発言力を高める余地があると示唆された。それは,工会に関する各種満足度の平均値(表6)をみると,「ii工会幹部への満足度」の平均値(全体)は3.834であり,また,各属性の平均値(表13)が示すように,「ii工会幹部への満足度」では,工会主席の直接選挙がある企業グループ(2社)の平均値(4.018)は直接選挙がない企業グループ(4社)の平均値(3.755)より高いためである。
6-3. 「iii工会会員としてのメリットへの満足度」に与える影響表11-1と表11-2は,工会の発言力が「iii工会会員としてのメリットへの満足度」に与える影響について,順序プロビット分析による4つの因子の推定結果,および限界効果を示す13。
これらの表から得られた推定結果は,6-1と6-2の結果と一致した。第1に,工会の発言力を構成する4つの因子は,「iii工会会員としてのメリットへの満足度」へ有意に正の影響を与えた。工会の活動の種類にかかわらず,その活動を充実させれば,工会会員としてのメリットをより実感するという仮説が支持された。第2に,4つの因子の限界効果をみると,「i労使関係調整・経営参加因子」が最も高く,「iv労働者基本権利保障因子」は最も低かった。たとえば,表11-2が示すように,「i労使関係調整・経営参加因子」(「iv労働者基本権利保障因子」)が1ポイント高くなると,「大変満足」(y3=5)を選ぶ確率は約19.4%(4.6%)ポイント高まる。工会が「i労使関係調整・経営参加因子」に含まれる活動を実施することは,「iii工会会員としてのメリットへの満足度」への正の影響が最も強いという仮説も支持された。
以上の推定結果に基づき,工会幹部の高いリーダーシップによって工会の発言力が高まると,従業員は工会の全体的な活動に対してより一層満足し,また,工会に加入した従業員は工会会員という身分から得られる満足度も高くなると解釈できる。とくに,工会会員は,工会の「iv労働者基本権利保障因子」に含まれる労働契約と労働協約の締結における機能より,むしろ賃金集団協議制の推進,「i労使関係調整・経営参加因子」にかかわる労働争議が発生した際の交渉,苦情申し立て・処理に関する制度の実施,労使間の情報共有,および従業員(代表)大会制の運営などに関する機能に対して期待していることが示唆された。
6-4. その他の推定結果本節は,コントロール変数(一部)に関する順序プロビット分析の推定結果(表12),各属性の平均値(表13),企業別の各因子の平均値(表14)に基づき,企業属性である企業形態,従業員の基本属性である戸籍と工会会員資格の影響について考察する。
まず,企業形態に関して,以下の結果が得られた。第1に,企業ダミーの結果(表12)から,国有企業E社(0.494, <0.1; 0.695, <0.01),華人系合弁企業C社(0.896, <0.01; 0.620, <0.01)は民営企業F社より,「i工会の全体的な活動に対する満足度」「ii工会幹部への満足度」が高く,外資系合弁企業A社(0.798, <0.01)は民営企業F社より「i工会の全体的な活動に対する満足度」が高い。他方,外資系独資企業B社(-1.129, <0.05)は民営企業F社より,「iii工会会員としてのメリットへの満足度」が低いことがわかった。一般的に,国有企業は外資系企業(独資,合弁)や民営企業より,工会や従業員代表大会などの制度が保障されやすい。また,大企業の外資系合弁企業A社と華人系合弁企業C社は,早い段階から中国企業とともに出資し,各種制度が相対的に整備されたため,制度的な摩擦に伴う不利益を小さく抑えることに成功し,中小企業の民営企業F社より工会に対する従業員の評価が高かったと捉えられる。
第2に,すべての企業では,「i労使関係調整因子」の平均値(表14)は4つの因子の中では相対的に低く,とくに,民営企業F社(3.531)や華人系合弁企業C社(3.737)のような非国有企業が最も低かった。この結果は,これまでの推定結果(表8-1,表10-1と表11-1)と一致し,「i労使関係調整因子」の機能強化が最も期待され,かつ非国有企業における工会の機能がより強く求められているものと解釈される。
つぎに,戸籍に関して,都市戸籍ダミー(0.002, p<0.05)の結果(表12)から,都市戸籍の労働者は農村戸籍を有する労働者より工会幹部への満足度が高いことがわかった。また,全体のデータからみた戸籍別の「i工会の全体的な活動に対する満足度」「ii工会幹部への満足度」の平均値(表13)において,都市戸籍の労働者は農村戸籍の労働者より高いことが示された。その理由として,今回の調査では,多くの労働者は農村戸籍であり(170人),農民工である可能性が高いことがあげられる。また,農民工は流動性が高く,工会に吸収されにくい特徴を持ち,都市戸籍の労働者より工会に不満を感じやすいためであると解釈できる。
最後に,工会会員ダミーの結果(表12)は有意ではなかった。その理由について,以下の2点が考えられる。第1に,工会満足度の高い人が工会に加入するという逆の因果関係が存在し,「i工会の全体的な活動に対する満足度」「ii工会幹部への満足度」に対して,工会会員・非工会会員間における差異があらわれなかった可能性がある。第2に,工会会員は会員限定の福利として工会からより多くの利益を得られるものの,当初期待したほど工会が機能せず,工会に関する各種満足度が非工会会員より高い結果が得られなかった可能性もある。
本稿は,南京市を中心にした江蘇省を事例として,工会の発言力が工会の各種満足度に与える影響を考察し,以下の3点を明らかにした。
第1に,工会に関する各種満足度の平均値は,「i工会の全体的な活動に対する満足度」(3.818),「ii工会幹部への満足度」(3.834),および「iii工会会員としてのメリットに対する満足度」(3.773)という結果が得られた。これらは,江蘇省における労働者が,現段階において,工会に対する不満が低い水準にあることを示す。
第2に,工会の発言力の平均値について,「i労使関係調整・経営参加因子」にかかわる項目が低く,「ii教育・福利厚生提供因子」「iii生活保障因子」にかかわる項目が高かった。これは,南京市を中心にした江蘇省の企業における工会が,最低社会保障制度の適用,労働者の安全保護具の提供などの基本的な権益に関する機能を果たす一方,従業員利益の代表,労使交渉,苦情申し立て・処理に関する制度,および従業員(代表)大会制などの項目にかかわる機能が相対的に不足しているためと解釈できる。
第3に,工会の発言力が高まるほど,工会に関する各種満足度が高くなり,かつ「i労使関係調整・経営参加因子」の影響は最も強い。工会の「i労使関係調整・経営参加因子」に対する評価が労働者の工会への各種満足度に最も大きい正の影響を与えていることから,労働者は工会の労使関係の調整および経営への参加機能を充実させることに大きく期待していると解釈できる。
以上のことを踏まえて,江蘇省における労働者の工会への不満が高くないと考えられる一方,自らの権利と利益を確保する交渉制度をはじめとする企業の民主的管理制度の建設への関心が強まっていることが明らかとなった。今後,グローバリゼーションの下,「底辺への競争」によってもたらされた労働者の不満の拡大を阻止するためには,工会は「i労使関係調整・経営参加機能」に重点をおいた改革の深化が求められる。その際,労使間の意思の疎通を図るためのツールの充実,工会会員(代表)の直接選挙による工会幹部を選出する制度の推進,法律に関する資格を有する人材の工会幹部への登用,従業員(代表)大会制と賃金集団協議制に代表される企業の民主的管理制度の形骸化の防止といった労働者の不満を吸い上げるチャンネルの確保,および労使対立が発生した場合の交渉能力の向上を通して,政・労・使三者協議制の下にある工会の発言力と代表性を高めることが課題としてあげられる。
他方,本稿では,分析上の限界や課題も残された。第1に,本稿のデータは南京市を中心にした江蘇省の企業に限定したもので,データの代表性に問題が残る。第2に,労働者の工会への満足度が高いことから工会の活動に対する評価が高いという同時性バイアスを除けなかった。第3に,本稿の分析は,労働者の意識調査に基づいたものであるため,今後客観的な指標と合わせて検証を進める必要性がある。
(筆者=早稲田大学商学学術院産業経営研究所助手)