Japan Journal of Human Resource Management
Online ISSN : 2424-0788
Print ISSN : 1881-3828
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“Work Comfortability” and Work Hours Mismatches: A Review of Inter-disciplinary Research on Working Hours
Kota TAGAMI
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2021 Volume 22 Issue 2 Pages 71-86

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ABSTRACT

The purpose of this paper is to review research done on mismatches of working hours. Work hours mismatches are one of important indicators that capture workersʼ subjective sense of comfortability at work. For the achievement of Work-Life-Balance, it is important to close the gap between hours workers want to work for and hours they actually work for. A non-negligible proportion of workers feels mismatches between the desired amount of working hours and their actual working hours. According to several empirical studies, most of the workerʼs felt mismatches are categorized as “over-employment” , which means actual working hours exceed desired working hours. These mismatches are often created by changes of gender and family roles during workers’ life course. They also have negative effects on workers’ health, well-being, and job/life satisfaction. However, the mismatches are not necessarily durable in longitudinal perspectives, and workers have been usually experiencing oscillations between work comfortability and un-comfortability during their life course. Job changes often resolve the mismatches by adjusting actual working hours to desired working hours but not vice versa. From the firms’ point of view, this also imply the mismatches can increase a risk of employees’ turnover.

Research on work hours mismatches has important theoretical implications for studies on working hours. In their life course, workers have been often experiencing work hours mismatches created by demand-side and institutional factors, but they also have some options to adjust those mismatches themselves, such as by changing their jobs. That is, mechanisms of determining working hours should be studied from both two perspectives: one is an approach typically seen in the theory of neo-classical labor supply which empathizes individual free choices of working hours, the other is an approach developed in the theory of labor demand and sociology which consider work hours constraints.

1. はじめに―問題背景と本稿の目的

今日,日本の労働市場においては,一億総活躍社会やダイバーシティ経営など,人々が個々の能力を最大限に発揮しながら働くことのできる社会を目指した労働政策や企業施策の整備が行われている。就労を望むすべての人々がより良い形で働くことできるようにするためには「働きやすさ」の確保が重要である。「働きやすさ」とは,「働く人が安心して快適に働ける職場環境を示す概念であり,現在の職場における公正さや,将来的なライフイベントに応じた働き方の選択の可能性につながっていくもの」(厚生労働省 2019: p.122)を意味している。「働きやすさ」はあくまでも労働者個人の主観的な評価であるが,企業の立場からみても多様な人材の確保・定着・活躍を行うために重要な働き方の要素である。

こうした「働きやすさ」の確保の1つの障害となっているのが,働きすぎや長時間労働などの労働時間問題である(玄田 2005; 小倉 2007)。働きすぎや長時間労働は典型的には男性労働者に多くみられる問題であるが,長時間労働を前提とする日本的雇用慣行の存在が女性の労働市場参入を妨げてきたことも否めない。これまでの労働時間研究では,典型的には週60時間以上を働きすぎ・長時間労働と見なしていた。しかし,客観的な基準では,個人が直面しているライフステージ上の課題の多様性を十分に捉えることができない。例えば週45時間は客観的な基準では問題がないかもしれないが,育児や介護に直面している労働者にとっては働きにくさを感じさせるかもしれない。客観的な指標に基づく働きすぎや長時間労働などの労働時間問題は今日においても検討すべき重要な課題であるが,一億総活躍社会やダイバーシティ経営という背景のもとでは,個人が感じる主観的な「働きやすさ」にも注目していく必要がある。

本研究では,このような個人の主観的な「働きやすさ」を捉える1つの指標として「労働時間のミスマッチ」に注目する。労働時間のミスマッチは希望労働時間と実労働時間に乖離がある状態である。もちろん,人が感じる働きやすさとしては,労働時間以外にも仕事の自律性やスケジュールの柔軟性などがある。その中でも,社会生活という広い文脈から人々のワークライフバランス(WLB)を考えたとき,個人が希望する時間配分で生活を送れているかということが重要である(山口 2009)。

さらに,労働時間のミスマッチに注目することは,労働時間研究においても重要な理論的意義がある。労働時間研究のなかには,労働時間決定に関して,個人の選択として見なす立場と個人に対する制約として見なす立場がある。伝統的には,新古典派経済学の理論体系に基づく前者の立場が優勢であったが,次第に経済学においても労働時間の制約性(work hours constraints)を認める後者の立場が多くなった(Blundell and MaCurdy 1999; Heckman 1993)。特に世界的に長時間労働が問題視された1990年代以降(Schor 1991),後者の立場から,労働時間のミスマッチに注目して労働時間の制約性を直接的に検討する研究が社会科学全般で増加した。このように,労働時間のミスマッチへの注目は労働時間研究における理論的フレームワークの精緻化のためにも重要である。

本研究では,以上の背景に基づいて労働時間のミスマッチ研究のレビューを行う。まず,次節では労働時間研究における2つの理論的フレームワークを簡単にまとめる。次に,労働時間のミスマッチ研究のレビューを,①ミスマッチ概念の基本的なフレームワーク,②ミスマッチの測定,③ミスマッチの実態,④ミスマッチの生成,⑤ミスマッチの持続性と解消,⑥ミスマッチの影響に分けて行う。最後に,ミスマッチ研究の示唆と課題について議論する。

2. 労働時間研究の理論

労働時間のミスマッチの研究のレビューの前に,労働時間研究における2つの重要な理論的フレームワークを整理する。現代の労働時間研究は,学問領域を問わず学際的に行われているが,それぞれの研究が想定する理論的フレームワークは学問領域ごとに異なっている。従来,労働時間研究における理論的フレームワークは,新古典派経済学の労働供給モデルに基づいて,個人が労働時間を自由に選択すると考えるものが優勢であった。しかし,その後,社会学などの他の社会科学領域において,個人は労働時間を自由に選択できないという想定で労働時間の制約性を主張する研究が増加した。本節では,この相反する2つの理論的フレームワークを整理する。

2-1. 個人の選択―労働供給理論

労働時間が個人の選択によって決まっていると考える立場は,新古典派経済学の労働供給理論に基づいている1。教科書的な労働供給理論においては,労働時間は賃金を所与として個人の効用を最大化するように決定され,また,労働時間の違いは個人の選好の違いに起因すると考えられている(Borjas 2012: ch2)。厳密にいえば,この理論枠組みでは,消費をC,余暇をL,賃金をW,総生活時間をT,労働時間をH=T-L,非労働所得をVとしたときに,C=WH+Vという予算制約のもとで効用関数UC, L)を最大化する労働供給行動を静学的にモデル化している。このモデルにおいて賃金や非労働所得などのパラメータを所与とした場合,労働時間(余暇)は効用関数の形状,すなわち個人の選好によって異なることが示唆される。また,ここでは賃金と労働時間(余暇)には代替関係があるため,賃金の変化を考慮したうえでの労働時間決定メカニズムを検討することが重要である。

賃金や非労働所得の変化が消費と余暇の配分にどのように影響を与えるかという問いは,労働経済学の伝統的な研究課題である。特に,「賃金の変化に対する労働時間の変化」を意味する労働供給の賃金弾力性に関しては多くの先行研究がある(黒田・山本 2007; 2008)。賃金弾力性に関する研究では,どのような労働供給モデルを前提とするかによって異なる弾力性の指標を用いることになるが,総じて,他の条件を一定としたうえで,賃金が1%の変化したときの労働時間の変化率を推計している。労働時間の決定メカニズムに個人の選択を想定する場合,この弾力性は1(100%)に近くなる。そうでない場合,賃金の変化率と労働時間の変化率が対応していないことになるため,個人の労働時間選択は一定の制約を受けていることが示唆される。

個人の意思決定に注目する労働供給理論においても,労働供給行動の部分的な制約性が議論されている。代表的には,労働供給行動を「就業の選択(extencive margin)」と「時間の選択(intensive margin)」に分けた場合に,「時間の選択」に関する労働供給行動には制約があるということが指摘されている(Heckman 1993)。例えば,賃金の変化が労働供給行動に与える影響は,女性では就業・無業の選択として表れ,男性では労働時間の変化として表れるかもしれない。賃金弾力性に対しても労働供給行動の2つの側面を分けて推計することが重要である。

日本における賃金弾力性は,労働供給行動全体としては男性で0.2~0.7程度,女性で1.3~1.5程度,また,「時間の選択」のみを反映した場合は男女ともに0.1~0.2程度であることが報告されている(黒田・山本 2007)。すなわち,「時間の選択」に関する労働供給行動には一定の制約があり,必ずしも教科書的な労働供給モデルが実証的に当てはまるわけではないことが示唆される。

以上のように,労働時間決定を個人の選択と見なすこの理論的フレームワークに基づく研究では,個人の労働供給行動という側面で労働時間を捉えている。そのような視点から,賃金と労働時間の代替関係を意味する賃金弾力性を分析することで,個人の労働供給行動を明らかにしてきた。しかし,労働供給理論においても完全に個人の自由な選択を想定しているわけではないことに注意されたい。実証的にみても,労働供給行動のうち時間の選択に関しては制約があることが示されており,労働時間決定を個人の選択とみなす伝統的なフレームワークには一定の限界がある。

2-2. 個人に対する制約―労働需要理論と社会学的フレームワーク

このように労働供給理論においても,個人の選択としての労働時間の決定メカニズムが実証されたわけではないが,より明確な形で個人の制約としての労働時間の決定メカニズムを議論する理論枠組みがある。

その1つが,現代労働経済学において労働供給理論と双璧をなす労働需要理論である2。経済主体として個人に注目する労働供給理論とは異なり,労働需要理論では企業という経済主体に注目する。すなわち,労働需要理論では,企業が労働時間を決定するメカニズムを検討することによって,労働時間は結果的に個人に対して制約的に決定されることを示している。労働需要理論は企業が必要となる労働需要を達成するためにどのような配分で雇用数と労働時間を決定するかを静学的にモデル化している。基本的な手続きは労働供給理論と同じであるが,まず生産量を所与としたときの企業の費用最小化行動を考え,そこから導かれる費用関数をもとに企業の利潤最大化行動を考えることで最適な生産量を求めるというものである(Borjas 2012: ch3)。

費用関数においては雇用数,労働時間,賃金,固定費用,法定労働時間,時間外割増率が想定されており,賃金,固定費用,法定労働時間,時間外割増率の変化が労働時間と関連していることが比較静学的な分析から示されている(杉浦 2009)。特に日本の文脈においては,長期勤続者が多く,企業特殊的な人的資本が重視されることから,労働者1人あたり固定費用が相対的に高くなるため,企業が長い労働時間を需要することが指摘されている(山本・黒田 2014: 第7章)。また,労働需要理論をベースとする雇用調整企業の研究においても,日本では,固定費用が高い分人員削減などの雇用調整のコストが割高になるため,労働時間による雇用調整が好まれていることが指摘されている(村松 1995)。こうした一連の傾向は残業バッファー仮説と呼ばれ,将来的に調整可能なように,平時よりも労働時間を長くする企業の労働需要行動として理解されている。企業側の労働需要行動において労働時間が決定されるということは,労働時間は個人に対して制約的に決定されることを意味している。

労働時間の制約性は,今では社会科学において広く受け入れられているフレームワークである。特に社会学では,個人の自由な選択を想定する新古典派経済学的な労働供給理論を批判しながら,人々の社会生活上の様々な制約性(拘束性)に注目してきた。

社会学の伝統的な研究対象は,規範・文化・役割・地位など,個人に外在し制約的な影響をもたらしうる社会的な制度,言い換えれば個人の行動様式を規定しうる諸要因である3Durkheim 1895=1978)。例えば,人々の行動の規定要因に注目する社会学理論として,一連の社会的秩序を担保するために必要な,社会システムや社会構造が備える「機能」を分析する構造機能主義がある(Parsons 1951=1974; Merton 1957=1961)。社会学では,人々が自由な意思決定に基づいて自らの行動を選択しているのではなく,規範・文化・役割・地位などの社会制度によって人々の行動が規定されているという側面に注目してきた。これらの理論的フレームワークは,新古典派経済学が想定する,社会制度や社会関係の影響から独立に経済的合理性のみに基づいて意思決定を行う「経済人(ホモエコノミクス)」を批判している。その一方で,同時に,人々が規範や文化などの社会制度に無条件に従っているという彼らの想定は,社会的制約性の影響を過度に捉えている「過剰社会化」であると批判されている(Wrong 1961)。なお,その後,これらの2つの批判を克服する形で,人々は社会関係の影響を受けながらも一定程度能動的に行動していると考える,「経済の社会への弱い埋め込み」というフレームワークが経済社会学において誕生した(Granovetter 1985)。

このように社会学は,以前から人々の社会生活を制約的に規定する要因に注目してきたが,必ずしも労働時間の制約性を真正面から捉える研究が多かったわけではない。むしろ,労働時間の制約性は,仕事や働き方の制約性/自律性に関する文脈において検討されてきた(高見 2019)。最も典型的なものは,資本家階級による労働の私的所有によって生じる労働者階級の働き方の制約性に注目し,両者における対立が主に労働時間の延長・短縮をめぐる闘争として表れると主張したマルクス主義的な議論である(森岡 2019)。マルクス主義の議論では,労働者の働き方は資本家階級(雇い主)からの制約を強く受けていると考えられている。マルクス主義ほど極端に雇い主側からの制約性を想定するわけではないが,一般的に,「社会学的な労働研究では,仕事の自律性や裁量性といった概念で,使用者(会社や上司)の管理様式によって,労働者個々が仕事で自由を行使できる余地がどのように制約を受けるかに着目してきた」(高見 2019: p.2)。つまり,社会学的な労働研究一般においては,単に働く時間のみだけではなく,始業・終業時刻や業務手順など,労働者の仕事・働き方の様々な側面が,多かれ少なかれ,使用者の制約下にあると考えている。

もっとも,現代的な雇用社会では労働法によって労働契約関係における労働者と使用者の対等性が保障されており(菅野 2004),一概に労働者の働き方の制約性のみを想定するのは妥当ではない。特に日本においては,交渉によって労使関係のコーディネーション(調整)を行うことが重視されるため,労働者団体からの集団的交渉によって労働条件を変化させることも可能である。こうしたことを踏まえれば,雇い主・使用者側からの制約性のみに注目するのではなく,働き方の決定をめぐる労使関係のダイナミクスや,それを基礎づける労働法制度や企業における人事労務管理制度の影響も考慮することが重要である(菅野 2004; 石田 2012)。

以上のように,社会生活・職業生活における制約性は社会学的フレームワークにおける伝統的な研究対象であったが,労働時間の制約性のみを対象とするフレームワークは少ない。労働者の働き方の自律性/制約性に注目した研究もあるが,経済学のように明確な形で労働時間の制約性をモデル化しているわけではない。

2-3. 小括

このように労働時間研究においては相反する2つの理論的フレームワークが存在している。労働時間のミスマッチに注目するうえでは,必然的に労働時間の決定メカニズムにおいて個人に対する制約を想定するフレームワークに依拠することになる。どちらの理論的フレームワークに依拠するかは学問的関心にもよるが,労働供給論の立場からも労働時間の制約性を指摘する実証的研究が出現している。また,雇用社会の労使関係制度に注目した場合,完全な個人の自由や極端な制約性のみを想定するのではなく,労使間の調整の中で労働時間が決まっていると考えるのが現実的である。

こうした背景において労働時間のミスマッチに注目することは理論的に重要な意義がある。後述するが,ミスマッチは,ライフコースにおいて,希望労働時間と実労働時間両方の影響を受けながら絶えず変化している。このようなミスマッチの性質は,労働時間の決定メカニズムに対して,個人の自由な選択と個人に対する制約のどちらか一方のみを想定するだけでは捉えきれない。ミスマッチは制約的に生じるかもしれないが,同時に個人の選択によって解消することも可能である。労働時間の決定メカニズムの多様な側面を捉えるという意味でも,労働時間のミスマッチ研究は重要な示唆をもたらしている。

3. 労働時間のミスマッチ研究

3-1. ミスマッチ概念

前節で整理したように,社会科学における労働時間の制約性は比較的一般的な議論になりつつある。従来,個人の自由な意思決定を重視する経済学に対して,個人に対する社会的な制約を主張する社会学という学問領域間の対立があったが(Granovetter 1985),労働時間研究に関してはこうした学問領域間の対立は縮小し,学際的な研究の発展がみられる。この学際的な労働時間研究の発展の1つの帰結が,労働時間のミスマッチ研究である。

労働時間のミスマッチとは,「希望する労働時間と実際の労働時間が一致していない状態」のことである。さらに労働時間のミスマッチは,希望労働時間と実労働時間の長短の関係によって2つのタイプに分けることができる。1つが希望する労働時間が実際の労働時間よりも短い状態で,過剰就業と呼ばれる4。もう1つが,その反対の状態である過少就業である。働きすぎや長時間労働は,ほとんどの場合本人が希望しているわけではないと考えられるため,過剰就業として位置づけられる。また,山口(2009: 第6章)は,「本人の希望とは異なっている」という点を強調して,非自発的・不本意なフルタイム就業も過剰就業の一例として挙げている。

労働時間のミスマッチは希望労働時間と実労働時間の関数であり,労働者がミスマッチに陥るかどうかは,希望労働時間および実労働時間両方の影響を受けている(Reynolds 2003)。仮に古典的な労働経済学の労働供給モデルが想定するように,労働時間が個人の選好に基づく自由な意思決定によって決定されているのであれば,労働時間のミスマッチは生じえない。つまり,労働時間の制約性を想定する研究では,この労働時間のミスマッチを扱うことで,従来理論的にのみ仮定されていた労働時間の制約性を直接的に検討しようとしている。また,このような定義から,労働時間のミスマッチは,個人の社会生活を基準とする「働きやすさ」の指標として見なすことができ,冒頭で述べたように多様な社会におけるWLB達成のためにも検討すべき重要なトピックである。

3-2. ミスマッチの測定

調査票での労働時間のミスマッチの測定には現状大きく2つの系統が存在する。1つ目が希望労働時間と実労働時間を個別に数値として測定し,両者を比較することによってミスマッチ変数を作成するものである(Başlevent and Kirmanoğlu 2014; Reynolds and Aletraris 2010; Wunder and Heineck 2013)。

2つ目が,最も一般的である,現在の労働時間の変更希望を尋ねる方法である。基本的には,現在の労働時間を増やしたいか,減らしたいか,そのままでよいかの3類型で測定される。この場合,調査票のワーディングにおいて,労働時間の変化に伴う賃金所得の変動に関してどのような条件を設けるかが非常に重要になる。ミスマッチを測定できる各国の主要な社会調査では,①賃金所得が変動しないことを前提とするもの(British Household Panel SurveyやGerman Socio-Economic Panel),②賃金所得が変動することを考慮するもの(Household, Income and Labour Dynamics in Australia),③賃金所得の変動については特に明記がないものの3つのパターンに分かれる。日本でミスマッチを測定している公的統計調査・社会調査としては,労働力調査や就業構造基本調査,Japanese Life Course Panel Surveys(若年・壮年パネル調査)があるが,いずれも所得の変動については特に明記しない③の形式が採用されている。

一般的な労働経済学の労働供給モデルでは,労働時間の変化によって所得が変動することを明示的に想定しているため,所得変動を考慮に入れたうえでの労働時間の増減希望を測定することが重要である(Altonji and Paxson 1988)。一方で,その他の社会科学領域においては所得と労働時間の関連について労働経済学ほど明示的には想定していないため,所得の変動を条件付けないワーディングによって測定することも多い。こうしたワーディングの違いは,ミスマッチの測定値の違いだけではなく,理論的フレームワークにおけるミスマッチの定義の違いとも関連しているため,十分に注意して分析する必要がある。

3-3. ミスマッチの実態

労働時間のミスマッチの実態は国・時点・データ・分析対象・測定方法によって異なる指摘がみられるが,より近年の研究においては,ミスマッチは決して珍しい現象ではないことが指摘されている。

1997年のISSP(International Social Survey Programme: Work Orientations II)を用いた国際比較研究では,所得の変動を加味してミスマッチを測定した場合,労働者のマジョリティはミスマッチに陥っていないが,各国でミスマッチに陥っている人は少なくとも約3割程度おり,また単純な労働時間希望によって測定した場合は多くの国で労働時間を減らしたい人が多くなることがわかっている(Sousa-Poza and Henneberger 2002; Stier and Lewin-Epstein 2003)。また,2012年のESS(European Social Survey)を用いた研究では,所得の変動を考慮したうえで,週労働時間でみて平均的に4.3時間ほど希望よりも長く働いていることが指摘されている(Başlevent and Kirmanoğlu 2014)。

各国のミスマッチの実態をまとめたものが表1である。ここでは先行研究のうち,主にミスマッチのタイプごとに男女別の集計値が示されているものをまとめている。男女ともに半数以上がミスマッチに陥っていることを指摘する研究もあるが,全体的にみてミスマッチの程度は約3~5割となっており,そのミスマッチの多くが過剰就業であることがわかる。

表1 各国の労働時間のミスマッチの測定値

日本においても同様にミスマッチを感じている労働者が決して少なくないことが指摘されている。労働政策研究・研修機構「日本人の働き方調査」(2006年)を用いた原・佐藤(2008)によると,25~44歳の民間企業の雇用者のうち約50%はミスマッチを感じていないが,約45%が過剰就業に陥っている。また,慶應義塾大学「アジアとの比較による家族・人口全国調査」(2000年)を用いた山口(2009: 第6章)によると,有配偶男性の75%,無配偶男性の70%,有配偶女性の67%,無配偶女性の64%がミスマッチを感じている。このうち,有配偶女性のみ過少就業の割合が高く,それ以外は過剰就業の割合が高い。

図1に,就業構造基本調査の集計表から算出した,雇用形態・性・年齢別の2007年以降のミスマッチのトレンドを示した。就業構造基本調査ではすべての就業者に対して就業時間希望(「現在より就業時間を増やしたいと思っていますか」(今のままでよい,増やしたい,減らしたい))を尋ねており,ミスマッチの実態を測定できる。ただし,集計表では現在の仕事を続けたいという回答者における労働時間希望のみが公表されている。後述のようにミスマッチは転職行動とも関連しているため,図1ではミスマッチの実態を過少に測定している恐れがあることに注意されたい。

図1 日本におけるミスマッチのトレンド

図1によると,時系列での変動はやや緩やかで,男女ともにいずれの年齢でも30%前後がミスマッチを感じている。25~54歳の正規雇用者では過剰就業が男女ともに20%強となっている。上述の各国のミスマッチの測定値と比べるとやや小さいが,ミスマッチの多くが過剰就業であることは同様である。反対に,非正規雇用者では,ミスマッチ自体の割合が小さくなっているものの,その多くが過少就業である。興味深いのは,25~44歳の非正規雇用者におけるミスマッチのパターンが男女で若干異なるということである。全体的には非正規雇用者における過剰就業は少ないが,25~44歳の男性非正規雇用者では10%が過剰就業となっている。一般的に非正規雇用者は正規雇用者と比べて労働時間が短く残業の少ないというイメージが持たれることが多いが,特に働き盛りの男性においては過剰就業に陥っている非正規雇用者の存在が一定数確認できる。2007年から2012年にかけての変化に注目すると,25~44歳の働き盛り雇用者のうち,男性正規雇用者では過剰就業の割合が減少している一方,女性非正規雇用者では過少就業が増加している。こうした変化は,ワークライフバランス推進による男性労働者の働きすぎの改善や,女性活躍のもとでの女性の就業ニーズの高まりを反映していると考えられる。ただし,25~34歳の正規雇用者において,2012年から2017年にかけて男女ともに過剰就業が若干増加しており,若年層における過剰就業の改善が重要であることが示唆される。

3-4. ミスマッチの生成

どのような状況にある人が労働時間のミスマッチに陥りやすいのであろうか。先行研究では,ミスマッチが希望労働時間と実労働時間の両方の影響を受けていることに注目し,それぞれに対する労働供給的・労働需要的・制度的要因を検討している(Reynolds 2003)。

労働経済学では実労働時間の制約性に注目してミスマッチを検討するものが多い。基本的な想定は,実労働時間が相対的に長いほど過剰就業に,短いほど過少就業に陥るというものである。実労働時間の短さと過少就業の関連を指摘する研究は少ないが,実労働時間が長いほど過剰就業に陥りやすいことがいくつかの研究で指摘されている(原・佐藤 2008; 山口 2009: 第6章; Golden and Gebreselassie 2007; Sousa-Poza and Henneberger 2002)。これらの研究のすべてで労働時間の制約性に関する理論的フレームワークが明示的に言及されているわけではないが,その多くが実労働時間に対する制約性を想定している。すなわち,上述で整理したように,個人の労働時間は企業による労働需要の中で決定されるため,必ずしも本人の希望にあった労働時間が与えられるわけではなく,ミスマッチに陥りやすい。

ミスマッチにつながる実労働時間の制約性には制度的な影響もある。例えば,実労働時間・長時間労働割合は各国で大きく異なっており(小倉 2008)。そもそも労働法制度は各国で異なる部分が大きく,労働時間に関する法制度もその例外ではない5。各国の労働時間制度は大きく3つに分けることができる(Berg, Bosch, and Charest 2014; 鈴木 2016)。第1に,アメリカに代表的な,労働時間慣行の決定権が雇用主のみにあり,主に雇い主にとっての柔軟な労働時間制度が多い使用者裁量型・市場型(unilateral)である。第2に,スウェーデンに代表的な,労働者にとっての柔軟な労働時間慣行が多くあり,労働者団体の影響力や従業員の意思決定・自律性が重視される共同決定型(negotiated)である。第3に,フランスに代表的な,国家によって標準的な労働時間慣行が義務づけられ,最も柔軟性がなく厳格な法規制優先型(mandated)である。こうした労働時間制度の違いと実労働時間の違いの関連を検討する研究は比較的多いが,ミスマッチとの関連を検討する研究は多くない。労働者の実労働時間への制約性の程度でみれば,雇い主からの長時間労働への需要が正当化されやすい使用者裁量型・市場型でミスマッチが多くなることが予想されるが,一方で,長時間労働問題それ自体は深刻ではない法規制優先型においても,労働者の裁量・自律性が弱いという点においてミスマッチが生じる可能性がある。各国の労働時間制度とミスマッチの関連は,今後の重要な研究課題である。

ミスマッチ研究においては,実労働時間の制約性だけが問題ではない。実労働時間が同じであっても,個人が希望している労働時間が異なればミスマッチは生じやすくなる。ここで注意を要するのは「希望労働時間」という個人の選好に対してどのようなメカニズムを想定するかということである。つまり,究極的には,選好というものが,完全に個人特有のものなのか,性別などの社会的役割と関連しているのかということである。そもそも人々の選好は「何ができるかと何を望むかの妥協」として表れており,特に希望労働時間という選好も往々にして不確実で不安定であり,ライフコースにおいてたびたび変化することが指摘されている(Campbell and van Wanrooy 2013)。

社会科学,とりわけ社会学においては,後者の想定にたって,希望労働時間が性別や家族役割から受ける影響を検討することが重要である。多くの研究では,男性は過剰労働,女性は過少労働が多いことが指摘されている(Reynolds and Aletraris 2010)。もちろん,これには典型的に男性は長時間労働,女性は短時間労働が多いということが関係しているが,性別役割分業規範のもとで男女がそれぞれ異なる労働時間を希望していることとも関連している。ミスマッチタイプに関するこの男女差は多くの国で共通しており(Stier and Lewin-Epstein 2003),各国における実労働時間の違いを考慮しても,男女のミスマッチのパターンが相対的に維持されていることがわかる。また,家族役割に関しては,第1子の誕生によって男女ともに過剰就業に陥りやすくなること,未就学児がいる女性においてワーク・ファミリー・コンフリクトと労働時間の減少希望の関連が強くなることが指摘されている(Reynolds and Aletraris 2007; Reynolds and Johnson 2012)。このように,ミスマッチは,性別役割や家族役割によって希望労働時間が異なる/変化することによっても生じうる。

なお,希望労働時間においても制度的な影響が関係している。例えば,経済水準が高い国では労働時間を減らしたい人が多くなるなど,国家の社会経済的な状況が個人の労働時間選好に反映されることが指摘されている(Stier and Lewin-Epstein 2003)。また,長時間労働が評価されるような職場や企業で働く労働者ほど,実労働時間だけではなく希望労働時間も長いことが指摘されている(山本・黒田 2014: 第4章)。これらの指摘からみても,希望労働時間が,単に個人固有の要因によって決定されるのではなく,様々な社会制度・規範・役割との関連の中で形成されており,ミスマッチとも関連していることがわかる。

3-5. ミスマッチの持続性と解消

労働時間のミスマッチは,ライフコース・キャリアにおいてどの程度持続的で,またどのように解消されるのであろうか。近年のミスマッチ研究は,ライフコースやキャリアという縦断的な視点から労働時間のミスマッチを扱うものが増えている。

ライフコースにおけるミスマッチのパターンは多様である。多くの人々はライフコースにおいてミスマッチの解消と再生成を繰り返し経験しており,また多くのミスマッチは短期間で解消される(Reynolds and Aletraris 2006; Reynolds and Aletraris 2010)。男女のライフコースにおけるミスマッチの経験パターンを分析した研究によると,そのパターンは最大6種類6に分類でき,それらの類型に共通している傾向が振動型ミスマッチ(oscillating mismatch)である(Reynolds and McKinzie 2019)。振動型ミスマッチとは,ライフコースにおいて人々が労働時間のミスマッチの解消と生成を繰り返し経験している状態を指している。すべてのミスマッチが中長期的に持続しているわけではなく,ライフコースにおける労働時間のミスマッチは人々が置かれているライフステージによって多様に変化する。一方で,女性と比べると男性が経験するミスマッチは相対的に持続的である。例えば,男性では約60%,女性では約25%の人が中長期的にみて持続的な過剰就業を経験していることが指摘されている(Reynolds and McKinzie 2019)。

ミスマッチの解消の方法として最も注目されているのは転職である。特に労働経済学におけるミスマッチ研究では,たとえ労働需要側の要因によってミスマッチが生じているとしても,完全競争市場においては転職によってミスマッチが解消されることがあると指摘している(Altonji and Paxson 1988; Böheim and Taylor 2004)。転職がミスマッチの解消をもたらすのは,それが実労働時間の変化をもたらすためである(Knaus and Otterbach 2019)。すなわち,現在の仕事においてミスマッチを感じている個人は,自らが希望する労働時間で働けるよう,望ましい労働条件を提示している他の仕事へと転職することでミスマッチを解消している。もちろん,ここでは完全競争市場における情報の対称性が想定されているため,個人は他の仕事が提示する労働条件を知ることができるし,また転職によって生じる賃金などの他の労働条件の変化も勘案できるという前提があることには注意されたい。これらの研究からは,労働時間のミスマッチが離転職の要因となっていることが示唆される。

実労働時間の変化によるミスマッチの解消に注目する労働経済学の研究に対して,希望労働時間の変化によってミスマッチが解消されていることを指摘する研究もある(Reynolds and Aletraris 2006)。一般的に,現代の雇用社会においては労働需要側からの労働時間の制約性が強く,実労働時間は硬直的である。特に過剰就業に陥っているとき,転職以外で実労働時間を減少させることは難しい。このような場合に,労働者が自らの希望労働時間を実労働時間に合わせて変化させることで,ミスマッチを解消することがある(Campbell and van Wanrooy 2013; Reynolds and Aletraris 2006)。この行動は,「何ができるかと何を望むかの妥協」として個人が自らの希望を現実に対して適応させた結果であると解釈できる(Campbell and van Wanrooy 2013)。現実に対する希望の適応はライフステージ上の役割変化とも関連しているため,ライフコースにおいてミスマッチのパターンが多様であることと整合的である(Reynolds and McKinzie 2019)。

ミスマッチの持続性と解消に関する研究においては,ミスマッチは必ずしも長期的に持続するわけではないが,ライフコースにおいて再三生じる可能性があることがわかる。その解消としては転職が効果的であることも指摘されているが,そもそもミスマッチの生成がライフステージの変化や社会環境の変化と結びついている以上,労働時間のミスマッチは潜在的な不確実性を抱えている。「働きやすさ」やWLBという視点からみたとき,このような労働時間のミスマッチのこのような不安定性も,近年関心が集まっている不安定雇用(precarious employment)の1つとして位置づけることも重要ではないだろうか。

3-6. ミスマッチの影響

最後に労働時間のミスマッチがもたらす影響に関する研究をレビューする。ミスマッチは,希望労働時間と実労働時間に乖離がある状態であるため,WLBという視点からみたとき,人々の社会生活に何らかのネガティブな影響を与えていると考えられる。

多くの研究で,ミスマッチを感じている人ほど,主観的幸福度(仕事満足度・生活満足度・心理的幸福度)(Angrave and Charlwood 2015),生活満足度(Başlevent and Kirmanoğlu 2014),仕事満足度(Wooden, Warren, and Drago 2009)が低いということが指摘されている。また,過剰就業が主観的健康や精神的健康に対してネガティブな影響があることも指摘されている(Bell, Otterbach, and Sousa-Poza 2011; De Moortel et al. 2017; Otterbach et al. 2019)。過剰就業は不本意な長時間労働によってもたらされることが多いため,健康に対するネガティブな影響は長時間労働による交絡の可能性もあるが,実労働時間が相対的に短い場合でも,過剰就業が健康にネガティブな影響があることがわかっている(Bell, Otterbach, and Sousa-Poza 2011)。ミスマッチの多くが過剰就業であることは上述したが,過少就業のネガティブな影響を指摘する研究も決して少ないわけではない。過少就業も幸福度を下げることが指摘されている(Wunder and Heineck 2013)。また,特に女性においては,過少就業が精神的幸福度とネガティブに関連していることもわかっている(De Moortel et al. 2017)。

以上のようにミスマッチのネガティブな影響を指摘する研究は多いが,そのメカニズムについて明示的に検討している研究は少ない。それについて検討している数少ない研究では,働き方の自律性・裁量性とストレッサー要因を指摘している。第1に,ミスマッチが生じるような仕事では総じて働き方の自律性・裁量性(schedule control)が低く,「働き方を自分で決定できない」ことが不本意な長時間労働を引き起こし,メンタルヘルスの悪化につながっているという説明である(De Moortel et al. 2017)。この説明は,第2節でみたように労働時間の制約性を働き方の自律性の中で捉える理論的フレームワークに基づいており,本質的には,人々の社会生活にネガティブな影響を与えうる,働き方の自律性の低さに注目している。

第2に,産業組織心理学における個人-環境適合理論(person-environment fit theory)に依拠して,ミスマッチがストレッサーとなり,健康・幸福度・満足度を低下する要因となっているという説明である(Angrave and Charlwood 2015)。個人-環境適合理論では,従業員のニーズと環境(仕事の性質)が一致していないことがストレッサーになると考える(van Vianen 2018)。したがって,希望労働時間という従業員のニーズと実労働時間という仕事の性質が一致していない状態であるミスマッチはストレッサーとなり,人々の社会生活にネガティブな影響を与えうる。人々の希望・ニーズと現実の環境との乖離への注目は,ミスマッチをワーク・ライフ・コンフリクトの代理指標として捉える研究にも存在しており(原・佐藤 2008),産業組織心理学における個人-環境適合理論だけではなく,社会科学的なWLB研究における基本的な視座である。

以上のように,ミスマッチは,第1に労働者の働き方の自律性の低さ,第2に人々のニーズと現実環境のコンフリクトを捉えており,健康・幸福度・満足度に対してネガティブな関連を持っている。

4. おわりに―インプリケーションと課題

本稿では,「働きやすさ」の指標として労働時間のミスマッチに注目し,研究レビューを行った。希望労働時間と実労働時間に乖離があると感じている人の割合は,各国の調査によってまちまちだが約3~5割と決して少なくない。保守的にみれば,「働きにくさ」を感じている労働者が少ないとは言えない。ミスマッチの多くは過剰就業である。実労働時間の長さは過剰就業に関連しているが,それ以外にも性別役割や家族役割によって変化する希望労働時間もミスマッチを引き起こす要因として重要である。さらに,こうしたミスマッチは労働者の健康・幸福度・満足度に対してネガティブな関連を持っており,労働時間に関する「働きにくさ」は人々の社会生活上に広く影響を与えている。一方,ライフコースにおけるミスマッチの持続性は決して高いわけではなく,「働きやすさ」と「働きにくさ」は振動的に揺れ動きながら経験されている。また,人々は転職によって実労働時間を変化させることでミスマッチを解消することができる。しかし,これは企業からみればミスマッチが離職リスクであることを示唆している。労働時間のミスマッチは労働者個人の厚生だけではなく,企業の人材の確保・定着・活躍という点でも重要なのである。

労働時間のミスマッチ研究は,労働時間研究に重要なインプリケーションをもたらしている。それは,労働時間の決定メカニズムは,個人の選択と個人に対する制約が混じり合って成り立っているということである。特にライフコースにおける働き方のダイナミクスに注目した場合,労働時間は,必ずしも個人にとって制約的に決定されるわけではなく,転職など個人の選択によって変化させることも可能である。今日の労働時間研究においては,労働時間の制約性を想定する理論的フレームワークが一般的になったが,その制約性に対する個人の行動・エージェンシーの余地も同時に想定することが重要である。

また,過少就業の問題は,未だ十分に検討されておらず,今後の労働時間研究において慎重に検討する必要がある。今日の労働政策においては,女性の就業継続やWLBの視点から短時間勤務制度が推奨されているが,本人の希望を無視した強制的な施策はむしろ「働きやすさ」を損なう可能性がある。労働時間が生産性や業務パフォーマンスの評価と関連しているような働き方のもとでは,短時間労働はキャリア形成上不利になってしまう。また,そもそも職業生活は個人のライフコースにおいて重要な位置を占めており,仕事領域への生活時間の投入は,単なる稼得行動だけではなく,人生の生きがいを得るためにも重要な意味を持っている。

労働時間のミスマッチ研究の課題は,基本的には個人の主観的な側面に注目しているという点である。ミスマッチという基準においては,例えば,週70時間レベルの労働時間であっても本人が希望している限り問題にならない。つまり,ミスマッチに注目するだけでは,長時間労働など労働基準的にみて問題である現象を必ずしも捉えられるわけではない。ミスマッチ研究の強みは,反対に,労働基準的にみて問題のない働き方に関しても,人々の社会生活上の様々な要因を考慮したうえで,「働きやすさ」を検討できるという点である。今後の労働時間研究においては,客観的基準での「働きすぎ」(労働基準的側面)と,主観的な「働きやすさ」(雇用均等的側面)という2つの概念に注目することが重要である。

(筆者=慶應義塾大学大学院社会学研究科)

【注】
1  この議論に関連するレビューとして神林(2010)も参照されたい。

2  この議論に関連するレビューとして山本(2019)も参照されたい。また,労働需要理論以外にも,諸々の労働条件がパッケージになっていると考える仕事固定モデル(Trejo 1991)や,劣悪な労働条件が賃金プレミアによって補償されていると考える補償賃金モデル(Rosen 1986)などにおいても,個人に対する労働時間の制約性が示唆されている。

3  このフレームワークは社会学の中でも特に方法論的集合主義と呼ばれるものである。対照的なアプローチに,社会が個人の総和によって成り立っていると考え,個人の社会的行為の意味や動機を解釈することを目的とする方法論的個人主義がある(Weber 1922=1972)。

4  本稿では過剰就業の英訳として「over-employment」,過少就業を「under-employment」として想定している。類似する概念として,「人余り」という意味での過剰雇用にも同じ英訳が与えられることがあるが,ここでは時間に関する過剰就業に限定する(山口 2009: 第6章)。また,就業者が持つスキルや能力と比べて,与えられた仕事・職務要件が見劣りしていることも過少就業(under-qualified employment/job)と言われるが,これも本稿の定義からは除外している。さらに,「overwork」という訳語も考えられるが,長時間労働という意味での「働きすぎ・過労」に近い印象があるため,本稿では採用していない。

5  主要先進国における労働時間法制度の比較については労働政策研究・研修機構(2012)を参照されたい。

6  6つの類型としては,Unstable Match,Rising Overemployment,Chronic Overemployment,Falling Overemployment,Chronic Under-employment,Labor Force Exitが挙げられている。

【参考文献】
 
© 2022 Japan Society of Human Resource Management
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