2022 Volume 23 Issue 1 Pages 62-75
In introduction of the performance-oriented personnel system, all the subsystem practices need to be well recognized in proper order by employees at workplaces in interaction with superiors, according to the fairness research. In this study, “the PM-practice recognition model,” upon the concept of the performance management cycle, was made. The model consists of 8 subsystem practices: “openness of workplace objectives,” “setting-objective,” “managers’ support,” “evaluation,” “reward decision( monthly salary and year‐end bonus),” “promotion & rotation decision,” and “advice for development.” In good practice case, all the practices are to be recognized in proper order and interrelated by employees. On the other hand, in bad practice case, they are not to be recognized so by them. The purpose of this research is to examine and test the model at workplaces of a medium sized enterprise. The questionnaire surveys were done twice to all exempted-employees at the packing-material-maker A in 2013(before introducing “the performance-oriented personnel system,”) and 2014(after that), and each 258 data set was obtained. As the result of path analysis and model testing for the sales division, while, before introducing the system, 3 practices: setting-objective, evaluation, reward decision, were independent with insufficient goodness of fit, after that, 7 practice factors, out of 8, determined the next factor with better goodness of fit. Thus, the model is said to well reflect changes in the PM-practice recognition of the division members. The use of this model may contribute practical business and academic research. At the end, some challenges and future research issues are discussed.
バブル経済崩壊後の1990年代から2000年代のはじめにかけて,多くの企業が,従業員のモチベーション向上,人件費の抑制・業績回復を目指して成果主義的な賃金評価制度を軸とした人事制度を積極的に導入してきた。成果主義の定義については議論の余地があるものの,本稿では,「第1に賃金決定要因として,成果を左右する諸変数(技能,知識,努力)よりも結果としての成果を重視すること,第2に長期的な成果よりも短期的な成果を重視すること,第3に実際の賃金により大きな格差をつけること」(奥西,2001:6)とする。
しかしながらそれに反して,成果主義を批判する内容の書籍が,ベストセラーとなった(例えば,城,2004,高橋,2004など)。その理由は,様々考えられるが,守島(2004a: 34)は,成果主義による変化を「処遇の格差と変動の増大」とした上で,従業員の不安感という心理的な認知が根底にあると説明している。
ただし,成果主義は,様々な補完的施策の導入とその運用方法によっては,従業員の職務態度や職場のモラールに正の影響があることも明らかとなっている。また成果主義の実施においては,個々の施策に留まらず,総合的な人事制度改革の必要性が指摘されている(守島,2004a)。実際に企業で成果主義が実施される場合には,上司との期初・期末の面接制度を活用した「目標管理による達成度判定を反映した業績評価」や,「成果につながる行動や発揮された能力やコンピテンシーの視点に基づく評価項目による人事考課」などの複数の施策が導入されることが多い。そして,例えば目標管理制度を活用した業績評価であれば,期初に設定した目標自体が部下にとり納得度の高い運用であるのはもちろんのこと,その目標の達成度に対する期末の評価結果もまた納得度の高い運用である必要であり,さらには,その評価結果が,今度は賞与に納得度の高い形で反映される運用が必要である。つまり個々の施策の運用が従業員にとり納得度の高いものであることに加え,施策間の運用が相互に関連していることも従業員に認知される必要があるのではなかろうか。
施策間の関連性についての従業員の認知が重要であることは,人的資源管理に関わる「公正性」についての研究から指摘できる。年功的な運用に特徴づけられた職能給から成果主義に変化したことで「公正性」の問題が引き起こされたが(林・鳥取部, 2016:40),これまでの研究では,問題の解決において,結果としての衡平分配だけでなく,「手続き的に公正な制度構築」(関口・林, 2009: 7)や「評価プロセスの明示」(開本, 2005)が必要であることが指摘されている。加えて,丁寧な日常管理の重要性が指摘されており,特に上司の部下に対する公正な行為(井手, 1998)や上司に対する信頼(開本, 2005)が重要視されている。そして上司の公正な行為に対する従業員の認知や上司に対する信頼は,業績向上につながる職務態度や行動を促進すると指摘される(開本,2005; 関口・林, 2009)。以上から,成果主義では給与や賞与の配分結果の納得性が注目されがちであるが,時系列的な諸施策の関連性が従業員に認知されていることの重要性が示唆される。そして従業員は,こうした関連性を施策自体の有無からだけではなく,職場での上司との日常的なやり取りなどを含む施策の運用場面において直接的に認識すると考えられる。
しかし,これまでの成果主義の諸研究においては,個々のあるいは部分的な施策の導入の必要性や運用方法に関する知見は得られるものの,それらの総合的かつ時系列的な関連性とその認知について,定量的に整理・検討されたものは見られない。また,成果主義の運用実態を評価する場合,特定企業下で働く従業員を対象とした調査により,制度導入後の認知状況を明らかにし,導入後の変化の解釈をおこなう必要があるが,そのような研究は少ない1。
成果主義における諸施策の総合的かつ時系列的な関連性を捉えるうえで,本稿では「パフォーマンス・マネジメント(以下,「PM」と呼ぶ)サイクル」の概念に着目する。PMサイクルとは,成果主義的な評価・処遇を含んだ評価・処遇・育成の3機能を統一的に考えるシステムであり,人事部が構築し,各職場の管理職により運用される(守島,2001: 46; 2004b: 23-25)。本稿では,先行研究で明らかとなった成果主義に関わる個々の施策の運用に関する知見について,PMサイクルの枠組みに沿って整理し,諸施策が時系列的に関連性をもって有効に運用がなされているかどうかを検討するための総合的な分析モデルを構築する。
その上で,本稿では,成果主義を新たに導入した大阪を拠点とする「包装材メーカーA社(営業部)」を対象とした分析をおこなう。A社での成果主義導入前後の2時点比較調査を通じて,人事制度がフォーマルに整備されないなかでの運用と成果主義的な人事制度がフォーマルに導入された後の運用に関する認知の変化について,PMサイクルを援用した分析モデルを用いて定量的に確認する2。A社について第3節で詳細を述べるが,モデルの時系列的な関連性が導入前には十分に確認されず,導入後に適合を確認できれば,このモデルの有効性を支持する1つの事例と見ることができる。この分析により,学術的には成果主義の導入・実施における「公正性」についての理解を深める,諸施策の時系列的関連性の認知に関するモデルを示す貢献ができるとともに,実務的には,企業の成果主義の運用状況を確認できるツールを提供できるだろう。
本稿において分析の基本的な枠組みとなる「PMサイクル」は,先述のように評価・処遇・育成の3機能を統一的に考えるシステムであり,図1に示すサイクルとなる。まず会社全体での「戦略を決定する」を受け,各部署で「戦略から導かれた貢献を明確化(#1)」し(以下,「部署方針」と呼ぶ。),部署方針を踏まえて,目標管理制度や面接制度を前提とした「期待貢献とコンピテンシーに関する目標を設定する(#2,「(期初)目標設定」)」。次いでこの目標設定を前提に,上司による「目標達成プロセスを支援する(#3,「目標達成の支援」)」,人事考課制度を前提とした「貢献を評価する(#4,「(期末)貢献の評価」)」がおこなわれる。さらには貢献の評価を基に,昇進昇格・異動制度を前提とした「次の職種やキャリアステージについて意思決定する(#5,「異動・配置」)」,給与・賞与制度を前提とした「処遇を決定する(#6,#7,「処遇」)」,教育研修制度を前提とした「育成する(#8,「教育・育成」)」がおこなわれる。次の期には前期の活動を踏まえて,最初の「部署方針」の決定から再び繰り返されるというサイクルとなる。成果主義に関する先行研究で,成果主義の有効性を高める補完的施策や運用方法として指摘されてきた点は,PMサイクルにどのように位置づけることができるだろうか。以下では,これまでの知見をPMサイクルに準じて再整理し,職場での運用場面に沿った解釈をおこなう。
第1に,PMサイクルの「部署方針」について,岡田・堀内(2009:79)は,目標管理制度を有効に機能させる前提として,組織の戦略や目標が組織メンバーに十分に伝わり,共有される仕組みとコミュニケーションがおこなわれることの重要性を最初に指摘している。つまり,部署の方針や目標が公開され,その職場で働く者に十分に認識されている状態が必要と解釈できるだろう(図1の#1に該当。以下,#付きの番号のみ示す)。
次に「(期初)目標設定」について,上司との目標設定面接の実施が不可欠であることが指摘されている(守島, 1999a,b; 高橋, 1998, 2001)。そしてこの際,個々人の仕事分担・役割を明確化し(玄田・神林・篠崎, 2001; 大竹・唐渡, 2003),具体的にどのような成果が高い評価となるのかについて基準の公開が必要であることが指摘されている(守島, 1999a,b; 高橋, 1998, 2001)。ここで上司との運用場面を考えると,この「(期初)目標設定」で,上司と部下でしっかり話し合いがなされ,設定された目標や課題について部下が納得している状態が必要と解釈可能であろう(#2)。
第3に「目標達成の支援」について,部下が成果をあげられるように,上司は裁量の範囲を拡大させることの重要性が指摘されている(玄田・神林・篠崎, 2001; 大竹・唐渡, 2003)。ただし,裁量を拡大するだけでは不十分であり,仕事の進捗を見ながら随時フィードバックや助言を積極的に与えることも求められる(守島, 1999a,b; 高橋, 1998, 2001)(#3)。
第4に,「(期末)貢献の評価」について,期初に設定した目標の達成度について,個人の成果を重視し(守島, 1999a),面接を通じて上司からフィードバックをすること(守島, 1999a,b; 高橋, 1998, 2001)が必要との指摘がなされている。ただし,飯干(2007:237)は,フィードバックだけでは部下の満足度は高まらず,双方向の話し合いと評価結果に対する理由を含めた説明が不可欠であることを指摘している。つまり,上司がフィードバックをするのであれば,部下にも十分に発言の機会を提供し,評価結果について部下が納得している状態が必要と解釈可能であろう(#4)。
そして成果を重視するのであれば,第5に「異動・配置」について,前出の玄田・神林・篠崎(2001)と大竹・唐渡(2003)の指摘に則れば,個々人に適当な役割や職務が割り振られることが必要となる(#5)。第6に「処遇」についても,給与や賞与は,衡平知覚が満足感と関連することから(林・鳥取部, 2016:31),個々人の役割や成果に見合ったものである必要がある(#6,7)。最後に「教育・育成」について,成果を上げるために必要な能力開発やその機会を上司が提供すること(玄田・神林・篠崎, 2001; 大竹・唐渡, 2003)も不可欠であると言えるであろう(#8)。
また上記の要素間の関連性の必要性を指摘する調査結果もある。上場企業他3754社を対象とした調査では,PMサイクルに則りその指摘内容を解釈すると,第1に「部署方針」と「(期初)目標設定」の関連性の不十分さ,第2に「(期初)目標設定」とその後のフォローに該当する「目標達成の支援」の不十分さ,第3に「(期末)貢献の評価」の処遇ツールとしての機能(「報酬」との関連性)が強調される一方で,人材育成ツールとしての機能(「教育・育成」との関連性)が不十分であることが課題として挙げられている(労務行政研究所編集部, 2013)。
以上を踏まえ,成果主義の職場における運用場面を従業員の認知という観点からまとめると,「部署方針」で目標が公開され「公開されているとの認知が高まる」(#1)と,「(期初)目標設定」で部下が上司と決めた目標への納得度が高まり(#2),「目標達成の支援」で目標達成のために上司の助言を受けたことへの認知が高まる(#3)。その結果,「(期末)貢献の評価」(#4)の段階で,当該期間の仕事の成果に対する上司からの評価への納得度が高まり,「配置・異動」「処遇」「教育・育成」面での納得度が高まること(#5〜8)につながると解釈できる。このように,サイクル要素間に時系列的な規定関係があることを従業員が職場での運用場面から認知している可能性があると推測でき,こうした認知に関する分析モデルを本稿では「PM運用認知モデル」と呼ぶ。
成果主義導入後に適切に機能している職場では,この分析モデルはパスの規定関係及び一定以上の適合度を示すと推測される。理由として,そのような職場では,まず制度の手続きやプロセスが従業員に認知されていると考えられる。その上で,個々のサイクル要素について,例えば「目標達成の支援」の運用では,上司が効果的なアドバイスやヒントを与えてくれているかどうかが重要であることが浸透し,より多くの上司が実践する。それに対して個々の従業員の評価(認知)が分布すると考えられるからである3。そのため,職場レベルで各項目の平均値も自ずと高まる可能性が高いだろう。
一方で,適切に機能していない職場では,例えば,面接制度が形骸化し,実施されていない場合,モデルとは異なったプロセスで認識されている可能性がある。例えば,目標達成支援が,職場でほとんど実践されていなければ,従業員の評価は低得点域に集中することとなる。そのため,パスの規定関係や一定以上の適合度は確認されないだろう。
なお,運用が改善することでも,規定関係が有意でなくなってしまう可能性は,理論上考えられる。例えば,目標達成支援の状況が改善すれば,回答得点が全体的に高く(平均値の上昇),分散の値も小さくなるからである。ただし,人事評価の結果や賞与額に不満を持った従業員は必ず存在し,すべての要素に対して一貫して低評価をする可能性もあるだろう。そのため,運用の改善は,評価の分布の底上げにはなるものの,全員の回答が一律に高まり,分析モデルが成立しない状況は現実的には生じないだろう。次節以降,A社における調査で,この分析モデルの確認をおこなう。
A社の「成果主義」の導入について,管理部人事担当者へのヒアリングをおこなった結果を以下に記述する4。A社は,大阪を主拠点とする包装材メーカーで,本社に管理部(1部)・営業部(1部),東北〜四国地方にかけて製造部管轄の3工場を有す従業員数約600名(2014年現在)の企業である。A社は現会長により小規模事業者として約70年前に設立された。生活様式の都市化により包装材への需要が高まり,新工場の設立ごとに規模を拡大し一代で急成長を遂げた。
A社の人事制度の概要は表1の通りである。製造部については,現製造部長が非管理職を対象とした目標管理制度・人事考課制度を営業部より10年前に導入した。この目標管理制度では,期初に上司と面接を実施し,目標を設定し,期末に面接を実施し評価を確定させる。評価基準としては,職種・等級別に定められた行動・能力に関する簡易なチェック項目を活用している。昇給・賞与,また昇進・昇格・異動配置は,評価結果も参考にしながら,部長と社長で最終的に決定している。しかし3工場が地理的に離れており,管理職への人事管理に関する研修も実施していないことから,人事諸施策の運用にばらつきが生じているとのことである。
これに対して管理部と営業部に関しては,目標管理制度・人事考課制度がこれまで導入されてこなかった。両部各1部署で少人数であり,創業時から営業を主導してきた社長(現会長)による直接的な個別管理が可能であったからである。営業部長が任意で面接と目標管理を実施してきたが,昇給・賞与・昇進・異動配置などへの直接的な反映はなく5,特に賞与については個人別に格差をつけているが,社長の意向(「評価」)が大きく反映されることが多かった6。なお,営業部長は,部員と密なコミュニケーションを常時とっていたとのことである7。
近年,事業規模の拡大により,特に営業部を拡充する必要性が出てきた。しかし,低い賃金水準や不透明な賞与決定を理由に退職する者が出るなど,成果主義的な人事制度が整備されていない点や,社長の意向(「評価」)を大きく反映する運用方法が問題となった。また中途・新卒採用での補充も思うように進められなかった。そこで社外の専門家を活用し,主に営業部のために,成果主義的人事制度を導入することとなった。
具体的には,2013年4月から営業部・管理部では,新たに8等級の資格制度が設定され,職種・等級別にコンピテンシー評価基準を設定した。そしてこれまで営業部長が任意で実施していた目標管理制度を公式に導入し,業績評価に活用することとなった。人事考課の結果は,限定的ながら昇給・賞与・昇進・昇格などに徐々に反映され,賞与は,個人間格差を従来以上に拡大させる。また製造部も含めた全管理職対象の評価者研修を新たに実施した(2013年9月)。ただし,給与の賃金テーブルは,水準の見直しを含め,今後整備する予定にとどまっている。制度導入時点では,業界平均をやや下回る賃金水準である。
以上A社は,非製造部門における人事制度の整備の遅れはあるものの,製造業のなかでも特異なケースではなく,今回導入する人事制度も,オーソドックスな成果主義と言えるだろう。そのため,A社の事例に関する知見は,成果主義導入や改善を検討中の企業にも応用可能であり,A社を調査対象として取り上げる意義はあるだろう。なお,管理部は少人数のため,本稿では主に営業部に着目する。人事制度の変更をおこなっていない製造部との比較も交えながら8,運用に対する認知の変化を確認する。
3-2. 営業部の「PM運用認知モデル」の変化営業部に対しては,社長自ら目標を明示してきた。また部長が目標管理の面接を任意で実施し,職務遂行時も密なコミュニケーションを部員ととっていたことから,PMサイクルの「部署方針」「(期初)目標設定」「目標達成の支援」は,丁寧に運用され,時系列的に関連性が認知されていた可能性がある。しかし,人事考課制度は未導入であり,給与・賞与の決定では,社長の意向(「評価」)が大きく反映され,「(期末)貢献の評価」の不透明な運用により,その前後の要素との関連性の認知は成立していなかったであっただろう。営業部の「PM運用認知モデル」は,この当時の課題を反映し,「(期末)貢献の評価」前後で規定関係が確認できず,適合度も低い状態と推測される。
これに対して人事制度導入後は,目標管理が公式化され,実施されるようになった。また目標の達成度を期末の人事考課(主に業績評価)で評価し,そのための面接も実施され,同時に普段の仕事ぶりについてコンピテンシー評価や評価者研修も実施された。そしてその結果を限定的だが,「処遇」(特に賞与)に反映するように変更された。そのため,営業部の「PM運用認知モデル」は,「(期末)貢献の評価」前後でも規定関係が確認され,一定以上の適合度を示す状態と推測される。以上の仮説を次節で確認する。
制度導入前後の2時点で全非管理職・正規従業員(450名)に対して同質問項目による匿名式の調査をおこなった。第1次調査(導入前)は,「2012年度の運用状況」を問う形式で2013年4月に実施した。第2次調査(導入後)は,2013年4月の新制度導入から1年超が経過した2014年6月に,「2013年度の運用状況」を問う形式で実施した。
第1次調査では,450部の質問票を配布し,344部回収した(回収率76.44%)。無効回答を除いた結果は287部であった。第2次調査では,450部の配布に対して,398部回収した(回収率88.44%)。無効回答を除いた結果は333部であった。各調査で回収したデータから,導入前後の各部署の人数が同数になるように無作為抽出し,各258名分のデータを比較分析に用いた(表2)。
デモグラフィック要因を尋ねた上で,表3の質問項目を提示した。回答は「非常に当てはまる(5)」〜「全く当てはまらない(1)」の5段階尺度で得られた。ただし,質問項目9,10の回答では,時間(分単位)の記入を求めた。
PMに関わる項目としては,日詰(2012: 23)の16項目のうち,「PM運用認知モデル」と直接的な関連性の高い8項目を選び使用した。さらに,調査対象であるA社では,営業部における任意での運用も含め,目標管理の面接が実施されている。面接の運用に関する解釈において参考情報として活用するため,項目9,10を使用した。
分析モデルを確認する前段階として,人事制度の導入前後の各要素の認知的変化を検討するため,部別に導入前後の各変数の平均値に対して,Leveneの検定後,t検定を行った(表4)。その結果,まずこれまでフォーマルには実施されていなかった「(期末)貢献の評価」について,営業部の「(期末)納得度(表3の項目4,以下項目番号のみ示す)」の値が上昇し,その差異は5%水準で有意となった。また「(期初)目標設定」の「(期初)納得度(項目2)」の値も若干改善している。任意で実施していた目標管理制度が正式に導入された影響もあるだろう。
なお,製造部の3工場に対しては,管理職を対象とした評価者研修が実施されたが,制度の変更はない。そのためt検定でも有意な変化は一部を除き確認されてない。しかし,各工場の期初・期末の面接時間を確認すると,営業部が30分超であるのに対して,各工場の期末の面接時間は4分〜16分台と短い(項目9,10)。製造部における目標管理制度は一部で未実施,または形骸化している可能性があるだろう。実際,多重比較(scheffe 5%)の結果でも,人事制度導入後に営業部の「(期初)目標設定」「(期末)貢献の評価」の得点が各工場の得点を有意に上回っていることが確認できる。これについて営業部における人事制度の新規導入効果に加え,製造部における形骸化の影響もあるだろう。
5-2. 相関分析とパス解析・モデル評価の結果要素間の規定関係の検討のため,まず変数間の相関分析を実施した。前節で有意差が確認された「(期末)納得度(項目4)」と他の変数間の相関分析の結果を表5に示す9。営業部では,人事制度導入後に,有意な相関係数を示す項目が増加していることが明らかである。なお,これに対して既に目標管理制度や人事考課制度などを導入している各工場では,変数間の有意な相関係数が導入前の時点から多く確認できる。
次に,人事制度導入前後で営業部の「PM運用認知モデル」についてパス解析・モデル評価を実施し,比較した(図2・表6)10。その結果,導入前の分析モデルは,「部署方針(項目1)」から「目標達成の支援(項目3)」まで有意な規定関係がある。ここまでの営業部長による運用は良好に認知されているが,その先は有意ではなく課題がある。「(期末)貢献の評価(項目4)」と「異動・配置(項目5)」に有意な規定関係があるが,「処遇(給与・賞与)(項目6,7)」「教育・育成(項目8)」との間は有意になっていない(図2)。表6の各指標からも,モデルの適合性の基準11を満たせていない。つまり,導入前のデータはモデルに適合しておらず,任意の目標管理の実施や個人間格差を設けた賞与の支給といった成果主義的な要素は存在したものの,その運用実態は,認知モデルからかけ離れたものであったと言えるだろう。特に,3-1で述べた通り,営業部の賞与決定では,これまで公式な考課制度は導入されておらず,社長の「意向(評価)」が大きく反映されていた。そのため「社長評価」のような,モデルとは別の変数が存在し,影響を与えていたとも推測される。この「(期末)貢献の評価」「処遇(給与・賞与)」と他の要素との時系列的かつ認知的関連性を確立することが,A社の当時の課題の1つであったと言えるだろう。
導入後のモデルは,「部署方針(項目1)」から「配置・異動(項目5)」「処遇(給与・賞与)(項目6,7)」まで有意な規定関係が確認できる。また表6から,χ2=27.192,p値=.130とCFI=.941は概ね基準を満たし,その他の指標の数値も改善している12。またAICも導入後の値が低くなっている。モデルの適合性は十分ではないものの,部分的には満たし,改善していると言えるだろう。
ここで分析結果を踏まえ解釈をする。導入前からの営業部長による諸制度の丁寧な運用が,制度導入により時系列的な関連性の認知も補完されたことで,営業部の課題は改善し,3-2で検討した通りの結果と概ね言えるだろう。ただし,制度導入後も「(期末 貢献の評価)納得度→(教育・育成)能力開発のアドバイス」のパスのみ有意とならなかった(図2)。A社において,教育研修制度が未整備であること,また営業部では等級制度も未整備であったことから,中長期的に育成する視点がまだ十分に備わっていないためと推測される。これが残る課題となるだろう。
本稿の目的は,これまでの成果主義の研究系譜に公正研究の成果を取り入れることで,「成果主義」の運用状況に関する情報を提供可能な「PM運用認知モデル」を構築し,その有効性をA社の人事制度導入前後で確認することであった。その結果,一定程度の可能性を示したと言えるだろう。
しかし,課題も残る。第1に本稿では,PMサイクルの要素に則り,またパス解析の変数に関する制約を順守した分析モデルとしたが,より精緻化したモデルへの改善も考えられる。特に冒頭で述べた通り,「運用の丁寧さ」は,上司の行為に対する認知からの影響が大きい。本稿の質問項目でも,一部の施策の運用場面における上司の行為を含めているが,同様の項目を他の施策の運用場面においても増やすことができるだろう。第2に,本稿は主にモデル構築と事例への適用に主眼をおいた。しかし,第1節の先行研究によると,本稿のモデルが示している状況では,従業員の業績向上につながる職務態度や行動が促進される可能性がある。「次の段階」として,このような「効果」も含めた調査が必要であろう。第3に,本稿は1社の事例であり,今回得た知見を一般化するには不十分な点である。同様の研究が,他の企業を対象として今後数多く実施され,やがて十分な事例や学術蓄積とともに,多くの実務家に貢献できることを期待したい。
本研究のためにご多忙な中,2度の質問票調査にご協力いただいたA社の皆様に深く御礼申し上げます。また本稿の作成にあたり,2名の匿名レフェリーの先生方から大変貴重なコメントをいただきました。ここに記して深く感謝の意を表します。
(筆者=群馬県立女子大学国際コミュニケーション学部教授)