2016 Volume 31 Pages 24-32
抗リン脂質抗体症候群(APS)は、抗リン脂質抗体(aPL)を有する患者が血栓症や妊娠合併症を呈する症候群である。APSでは、他の自己免疫疾患と同様に疾患感受性の主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスII(HLA-II)アレルが存在することが知られているが、その機序は不明である。また、健常人の血清中にも存在するβ2-グリコプロテインI(β2GPI)が、何故、APS患者におけるaPLの主要抗原となり得るのか? についても不明である。 一方で、荒瀬らは、関節リウマチ(RA)患者の血清中にHLA-II分子と変性IgGの複合体に対する自己抗体が存在し、それがRAの病態に関連していることを報告した。今回、ミスフォールドβ2GPIとHLA-II複合体がAPSの病態と関連するかを調べた。
β2GPIのみを293T細胞に遺伝子導入しても細胞表面にβGPI は発現しなかったが、β2GPI とHLA-IIの両方を遺伝子導入するとβ2GPI が細胞表面に発現することを確認した。さらに、免疫沈降によって、細胞表面でHLA-II分子とβ2GPIが複合体を形成していることを明らかにした。また、HLA-IIと共沈降したβ2GPI の分子量からHLA-IIに結合したβ2GPIはペプチドではなく、full-lengthのβ2GPIであることが分かった。次に、ヒト抗カルジオリピン・モノクローナル抗体(EY2C9)と患者血清中の自己抗体がリン脂質非存在下で、APS感受性アリルのHLA-II(HLA-DR7)とβ2GPIの複合体を認識することが分かった。APS患者の83.3%(100/120人)において、β2GPI/HLA-DR7複合体に対する自己抗体が陽性であり、抗カルジオリピン抗体、抗β2GPI 抗体のそれぞれが陰性であるAPS患者の約50%でβ2GPI /HLA-DR7複合体に対する自己抗体が陽性となった。続いて、APS患者と健常人の流産絨毛を用いて、proximity ligation assay(PLA)を行った。APS患者の流産絨毛では、脱落膜の血管内皮細胞にMHCクラスIIとβ2GPIの共発現を認めたが、健常人の流産絨毛では認められなかった。最後に、EY2C9がβ2GPI/HLA-DR7複合体を発現した293T細胞に対して特異的に補体依存性細胞傷害を発揮することを証明した。
抗リン脂質抗体症候群(Antiphospholipid syndrome ; APS)は、抗リン脂質抗体 (antiphospholipid antibodies; aPL)を有する患者が、脳、肺、下肢などの動静脈血栓症や習慣流産、妊娠高血圧症候群による早産などの妊娠合併症を呈する症候群である。aPLの主要標的抗原は、リン脂質と結合したβ2-グリコプロテインI(β2GPI)で[1]、主に肝臓で産生され、健常人の血清中に100~200µg/mlと比較的高濃度に存在する。血液中を循環するβ2GPIは、環状構造であるが、カルジオリピンのように陰性荷電のリン脂質や、γ線照射により陰性荷電したプレートにβ2GPIが結合することによって、線状構造に変化する[1]。aPLは、環状構造のβ2GPIを認識出来ないが、線状構造のβ2GPIを認識する[1]。そのために、aPLの測定は、カルジオリピンなどの陰性荷電したリン脂質を固相化したELISAプレートや、γ線照射によって陰性荷電したELISAプレートにβ2GPIを添加した上で、患者血清を反応させることで行われる。しかし、APSを疑わせるに十分な臨床症状を有しているにも関わらず、従来の測定法では、aPL陰性のためにAPSと診断出来ない症例が多数存在し、aPLの標的抗原は、リン脂質に結合したβ2GPIのみでは説明できない。また、aPLが、血管内皮細胞を障害することがAPSの病態であると考えられているが[2]、aPLの標的であるβ2GPIは分泌蛋白であり、如何にして、血管内皮細胞表面にβ2GPIが発現し、aPLが血管内皮細胞障害を惹起するかの機序については不明である。
一方、特定のMHC classII(HLA-II)のアリルが自己免疫疾患の感受性に深く関与していることが知られており、APSも例外ではない。しかし、HLA-IIアリルが疾患感受性を制御する機序についても明らかではない。
最近、我々は小胞体での分解(endoplasmic reticulum-associated degradation; ERAD)を免れたミスフォールド蛋白質をHLA-II分子が、ペプチド結合部位に載せて細胞表面に輸送できるというHLA-IIの新しい機能を発見した[3]。さらに、関節リウマチ(RA)に疾患感受性であるアリルのHLA-II分子が変性IgGと複合体を形成して細胞表面に発現し、RA患者血清中の自己抗体が変性IgG/HLA-II複合体を認識することを明らかにし、ミスフォールド蛋白と疾患感受性アリルのHLA-II分子の複合体が、これまで知られていなかった自己免疫疾患の原因抗原である可能性を示した[4]。
今回、我々は、APS患者血清中にβ2GPI/ HLA-II複合体に対する自己抗体が存在することを明らかにし、その新規自己抗原と自己抗体がAPSの病態に関与しているかを調べた[5]。
β2GPI、APS疾患感受性アリルであるHLA-DR7のcDNAを作成し、293T細胞に遺伝子導入(トランスフェクション)し、細胞表面のβ2GPI, HLA-II発現を、それぞれの抗体を用いてFlow cytometry法(FCM)によって調べた。さらに、APS患者に由来するヒトaPLモノクローナル抗体(EY2C9)をトランスフェクタントと反応させ、蛍光標識抗ヒトIgM抗体を二次抗体としてFCMにより、EY2C9の結合性を調べた。
② ペプチドではないβ2GPIとHLA-IIが複合体 を形成しているのか?β2GPIとHLA-DR7を共発現させた293T 細胞を溶解し、抗β2GPI抗体、抗HLA-DR抗体のそれぞれで免疫沈降し、ウエスタンブロットにより沈降物中のβ2GPI,HLA-DRを同定した。
③ APS患者における血清中β2GPI/HLA-II複 合体抗体価測定スタンダードとするAPS患者血清を設定し、ELISAの標準化曲線による定量化法を応用し、スタンダード血清の希釈系列中の自己抗体とβ2GPI/HLA-II(HLA-DR7)複合体との結合親和性をFCMのmean fluorescence intensity(MF)として測定し、標準曲線を作成した。その標準曲線を用いて、サンプル血清中の抗β2GPI/HLA-DR7複合体抗体価を算出した。まず、健常人100名の抗β2GPI/HLA-DR7複合体抗体価を測定し、その99パーセントタイル値より抗β2GPI/HLA-DR7複合体抗体価の基準値を決定した。さらに、APS患者120名の血清中抗β2GPI/HLA-DR7複合体抗体価を測定した。
④ β2GPI/HLA-II複合体に対する抗リン脂質 抗体の結合親和性に対するHLA-IIアリルの影 響様々なアリルのHLA-DRとβ2GPIを293T細胞にトランスフェクションし、細胞表面のβ2GPI発現量とAPS患者由来ヒトaPLモノクローナル抗体(EY2C9)とβ2GPI/HLA-II複合体との結合親和性をFCMで解析した。
⑤ APS患者の流産組織におけるβ2GPI/HLA- II複合体の発現APS患者、非APS患者の流産絨毛を採取し、抗HLA-DR抗体と抗β2GPI抗体を用いて、蛍光二重染色を行った。さらに、2分子間の距離が40nm未満である場合にシグナルとして検出されるproximity ligation assay(PLA)も併用した。
⑥ 抗β2GPI/HLA-II複合体抗体は補体依存性 細胞障害性を有するか?293T細胞に、β2GPIとAPS感受性アリルであるHLA-DR7、非感受性のHLA-DR8をトランスフェクションし、APS患者由来ヒトaPLモノクローナル抗体(EY2C9)、コントロールとしてヒトIgM抗体のそれぞれと混和後、補体とインキュベーションした。その後に、propidium iodidie染色で死細胞の割合をFCMで解析した。
β2GPIのみを293T細胞にトランスフェクションしても、β2GPIは分泌蛋白であるために、細胞表面に発現しない(図1.上段中央)。一方、β2GPIとともにHLA-DR7をトランスフェクションすると、細胞表面にβ2GPIが発現した(図1.下段中央)。さらに、APS患者に由来するヒトaPLモノクローナル抗体(EY2C9)は、β2GPIのみをトランスフェクションした293T細胞に結合しなかったのに対し(図1.上段右)、β2GPIとHLA-DR7をトランスフェクションした293T 細胞には結合した(図1.下段右)。
HLA-II分子は、β2GPIと複合体を形成して細胞表面に発現し、 抗リン脂質抗体によって認識される
293T細胞にβ2GPIのみをトランスフェクション(上段)、もしくは、β2GPIとHLA-DR7をトランスフェクション(下段)し、FCMにより、細胞表面のHLA-DR発現量、β2GPI発現量、また、EY2C9の結合親和性を解析した。β2GPI単独トランスフェクタントでは細胞表面にβ2GPIは発現しないが、HLA-DRとβ2GPIのトランスフェクタントでは細胞表面にβ2GPIが発現した。また、EY2C9は、HLA-II分子によって細胞表面に輸送されたβ2GPIを認識した。灰色のヒストグラムはGFPのみのトランスフェクタント(コントロール)、赤のヒストグラムは、β2GPIのみ、もしくは、β2GPI+HLA-DR7のトランスフェクタントを示す。
免疫沈降により、β2GPIとHLA-DRが共沈降し、しかも、免疫沈降されたβ2GPIの分子量は50kDで、断片化されていないfull-lengthのβ2GPIがMHC classII分子と複合体を形成することが判明した。(図2)
Full-lengthのβ2GPIとHLA-IIが複合体を形成している
β2GPI,HLA-DR7をトランスフェクションした293T 細胞を溶解し、抗β2GPI抗体、抗HLA-DR抗体のそれぞれで免疫沈降した。β2GPIとHLA-DR7を共発現させた細胞において、β2GPIとHLA-DRの両方が共沈降し、しかも、免疫沈降されたβ2GPIの分子量は50kDであり、断片化されていないfull-lengthのβ2 GPIがHLA-II分子と複合体を形成していることが示された。
APS患者120名の血清中抗β2GPI/HLA-DR7複合体抗体価を測定すると、84.6%において本自己抗体が陽性となった(図3)。さらに、APS患者120名の約半数でAPSの診断に用いられる抗カルジオリピン-IgG抗体、抗β2GPI-IgG抗体が陰性であるにも関わらず、抗β2GPI/ HLA-DR7複合体抗体が陽性であった。一方、抗β2GPI-IgG抗体陽性、かつ、抗β2GPI/HLA-DR7複合体抗体陽性の症例に限定すると、それぞれの抗体価は、回帰分析で相関係数(r)0.57、p=1.13 x 10-5と有意な相関を示した。同様に、抗カルジオリピン-IgG抗体の抗体価についても、r=0.44、p=3.3 x 10-7と有意な相関を示した。
APS患者の多くでβ2GPI/ HLA-II複合体に対する自己抗体が陽性となった
293T細胞にβ2GPIとHLA-DR7をトランスフェクションし、そのトランスフェクタントをAPS患者(n=120)血清と反応させ、蛍光標識抗ヒトIgG抗体を2次抗体としてFCMで解析した。スタンダードとなる患者血清の希釈系列より標準曲線を作成し、抗β2GPI/HLA-DR7複合体抗体の抗体価を定量化した。同時に健常者100名の抗体価を測定し、基準値を決定した。APS患者の80%以上で抗β2GPI/HLA-DR7複合体抗体が陽性となった。また、抗β2GPI-IgG抗体、抗カルジオリピン-IgGが陰性であった患者の約半数で抗β2GPI/HLA-DR7複合体抗体が陽性であった。
APSに疾患感受性とされるHLA-DR4とHLA-DR7は[6, 7]、他のアリルと比し、より多くのβ2GPIを細胞表面に発現するばかりでなく、EY2C9は、それらのHLA-II分子に提示されたβ2GPIに対して強い親和性を有した(図4)。
APSに疾患感受性であるHLA-DR4とHLA-DR7は、他のアリルよりも効率的にβ2GPIを細胞表面に提示し、それらの複合体はヒト由来aPLとの 結合親和性が高い
293T細胞にβ2GPIと種々のアリルのHLA-IIをトランスフェクションし、抗β2GPI抗体、APS患者由来ヒト抗リン脂質抗体モノクローナル抗体(EY2C9)のそれぞれを一次抗体とし、蛍光標識されたそれぞれの2次抗体で染色し、FCMで解析した。各HLA-IIアレルにおけるβ2GPI発現量(黒棒グラフ)、EY2C9の結合親和性(白棒グラフ)をMFI値(mean fluorescence intensity)で比較した。
APS患者の流産絨毛組織の脱落膜血管内皮細胞において、蛍光二重染色とPLAの双方でHLA-DRとβ2GPIの共局在を認めたが、非APS患者では、共局在を認めなかった(図5)。
APS患者の流産組織中の脱落膜内血管内 皮細胞においてβ2GPI/ HLA-II複合体が 認められた
APS患者の流産組織(上段)と非APS患者の流産組織(下段)をそれぞれ、抗HLA-DR抗体と抗β2GPI抗体を1次抗体として、蛍光二重染色とproximity ligation assay(Duolink ®)を行った。
APS患者由来ヒトaPLモノクローナル抗体(EY2C9)は、APSに疾患感受性であるHLA-DR7とβ2GPIの複合体を発現した細胞に対してのみ濃度依存性に補体依存性細胞障害性を示した(図6)。
aPLは、β2GPI/HLA-DR7複合体発現細胞に特異的に補体依存性細胞障害性を発揮する
293T細胞に、β2GPI,APS感受性であるHLA-DR7,APS非感受性であるHLA-DR8をトランスフェクションし、それぞれのトランスフェクタントと種々の濃度のAPS患者由来aPLモノクローナル抗体(EY2C9)、もしくは、コントロールとしてヒトIgM抗体を反応させた。その後、補体とインキュベーションし、死細胞の割合をFCMで解析した。β2GPIとHLA-DR7を共発現した細胞のみ(赤丸赤実線)がEY2C9によって補体依存性に障害された。
IFN-γやTNF-αなどの炎症性サイトカインが、血管内皮細胞にMHC classII(HLA-II)を誘導することが知られている[8]。また、血管内皮細胞や胎盤絨毛細胞がβ2GPIを発現するという報告もあるが[9, 10]、それに関しては、懐疑的とする報告もある。そこで、我々は、ヒト皮膚微小血管内皮細胞のprimary cell lineをIFN-γとTNF-αで刺激した後、β2GPI添加と非添加の各条件下でEY2C9との結合性を調べた。IFN-γ,TNF-α刺激により血管内皮細胞にHLA-IIが誘導された。外因性β2GPI存在下では、EY2C9は血管内皮細胞に結合したが、非存在下では結合しなかった。これらの結果より、血管内皮細胞に炎症が起こると、炎症性サイトカインにより血管内皮細胞にHLA-IIが誘導される。その患者がAPSに疾患感受性のHLA-IIアリルを有している場合、外因性、内因性のいずれかのβ2GPIがHLA-II分子と複合体を形成する。同複合体発現細胞が、自己抗体の標的になり、補体依存性細胞障害を受けることにより、血管内皮障害が惹起され、血栓症や流産などの症状を呈するようになるというAPSの新たな病態の可能性が示された(図7)。
β2GPI/HLA-II複合体に対する自己抗体はAPSの病態に関連する
血液中を循環する環状構造のβ2GPIに、aPLは結合しない。血管に炎症が起こるとIFN-γなどのサイトカインによって血管内皮細胞にHLA-II分子が誘導される。患者がAPSに疾患感受性のHLA-IIアリルを有する場合に、血管内皮細胞表面にβ2GPI/ HLA-II複合体が形成される。HLA-IIと複合体を形成したβ2GPIは、自己抗体に対するエピトープを露出しており、その標的となる。自己抗体は、β2GPI/HLA-II複合体を発現した血管内皮細胞を補体依存性に障害する。この複合体が発現する部位によって引き起こされる臨床症状が規定されると考えられる。
APSを疑うのに十分に臨床症状が揃っているにもかかわらずaPLが検出されないためにAPSと診断されない症例や、逆に、aPL陽性であっても何ら臨床症状を示さない症例も存在する。また、同じAPSであっても、脳、肺、下肢などの動静脈血栓症のみを呈する症例や流早産などの妊娠合併症のみを呈する症例があり、血栓ができる部位や症状が異なり、その理由については不明であった。今回、我々は、β2GPI/HLA-II複合体に対する自己抗体を発見し、従来法によるaPL が陰性のAPS患者の多くで本自己抗体が陽性になることを示した。β2GPI/HLA-II複合体に対する自己抗体の検出は、感度の高いAPSの新しい診断法になり得る可能性がある。また、aPLが、β2GPI/HLA-II複合体を発現した細胞を補体依存性に障害することが示され、β2GPI/HLA-II複合体が発現する部位によって障害される血管の部位が異なり、これによって臨床症状が症例によって異なるものと考えられる。
また、自己免疫疾患において、何故、自己の蛋白質が自己抗体の標的になり得るのか? HLA-IIのアリルが疾患感受性をどのように制御しているのか? に関しては長年の謎であった。我々は、APSにおいて、本疾患感受性のHLA-IIアリル(HLA-DR4,DR7)がペプチドではないβ2GPIと効率的に複合体を形成し、細胞表面に発現し、aPLに良く認識されることを明らかにした。この結果は、この長年の謎を解く鍵になり得るかもしれない。
ミスフォールド蛋白とHLA-IIの複合体に対する自己抗体が自己免疫疾患の病因となり得るという、この新しい概念は、RAやAPS以外の自己免疫疾患の病態にも関連している可能性があり、自己免疫疾患の病態解明、新しい検査法や治療薬の開発に寄与する可能性がある。
本研究を遂行するにあたり、ご指導ご鞭撻を賜りました大阪大学微生物病研究所免疫化学分野の荒瀬 尚教授、神戸大学産科婦人科の山田秀人教授、蝦名康彦准教授、北海道大学免疫・代謝内科学分野の渥美達也教授に深く感謝の意を表します。カリフォルニア・サンフランシスコ大学のLewis L Lanier教授には研究内容、論文執筆の際に多大なる御指導をいただきました。この場を借りて深甚なる謝意を表します。