Reproductive Immunology and Biology
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Review Article
Role of Calpain in Human Sperm
Yasuhiko OzakiTomomi Seida-AoyamaYukihiro UmemotoMayumi Sugiura-Ogasawara
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2018 Volume 33 Pages 1-9

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要 旨

我々は受精において重要な役割を持つことが報告されている精子内カルシウムイオン濃度の増加が惹起する次の段階の生理的現象の一つとして、細胞内カルパインが活性化され精子運動能や先体反応などの生殖現象に強く関与するという仮説を立て、ヒト精子の受精能獲得に対するカルパインの役割について検討した。

妊孕能のある健常男性精子を実験に供した。ヒト卵管液中でカルシウムイオノフォア(A23187)を用い種々の条件下で培養し、免疫染色法、SDS-PAGE・Western-Blot法に供した。またカルパインの運動性、先体反応及び受精能に対する影響をカルパインインヒビター添加培養後によって検討した。

健常男性精子において、抗μ-カルパイン抗体による特異的な染色が認められた。抗μ-N末端抗体による染色性は主に先体主部に観察されたが、A23187の添加によって頭部全体に染色性が観察されるようになった。Western-Blot法においてA23187の添加による抗μ-N末端抗体による染色性の低下とドメインIII抗体による低分子化が観察された。また、精子先体反応率と受精率がカルパインインヒビターの添加によって濃度依存的に低下した。

ヒト精子に存在するμ-カルパインの細胞内カルシウム濃度の増加に伴うプロテオリシス機構が、先体反応やhyperactivationなどの受精能獲得における生殖現象に重要な役割を演じていることが明らかになった。

1.緒言

ヒト精子が受精能力を獲得して受精に至るまでの過程は多くの研究が行われてきたが、依然多くの謎につつまれている。射精直後には哺乳類の精子は卵子と受精する能力はなく、雌性生殖器内における受精能獲得と呼ばれる生理的変化を経て、初めて受精能力を有する[1]。ヒト精子の受精能に関係する機能には、精子運動能、精子先体反応やhyperactivationがあるが、その機序については未だ多くは明らかではない[2]。受精時の卵子の活性化と同様に精子内のカルシウムイオン濃度の増加が受精能獲得に重要であることが報告されている。射精直後の子宮内や卵管内環境、プロゲステロンの作用や卵子透明帯に接することによる精子内カルシウム濃度の増加が精子の受精能力に関係しているということが示唆されている[3,4]

一方、カルシウム依存性システインプロテアーゼであるカルパインは細胞内に普遍的に存在しており、活性化に必要なカルシウム濃度によってマイクロモーラーレベルのカルシウムによって活性化されるμ-calpain とミリモーラーレベルのカルシウムによって活性化されるm-calpain に分類されている[5-7](図1)。その他にも現在までに多くの組織特異的のカルパインファミリーが同定されている。種々の生理機能やその不全による病態「カルパイノパチー」との関連が報告されており[8]名古屋市立大学産婦人科プロテアーゼ研究室では産婦人科分野との関連を研究している。

図 1

生殖分野においてはブタの精子におけるm- calpain の存在や受精現象との関連を報告[9-11]しているものの、ヒト造精機能[12]、精子や受精現象におけるカルパインの存在や生体内での機能に関する報告多くはない。我々の研究室では受精において重要な役割を持つことが報告されている精子内カルシウムイオン濃度の増加が惹起する次の段階の生理的現象の一つとして、細胞内カルパインが活性化され精子運動能や先体反応などの生殖現象に強く関与するという仮説を立て、ヒト精子の受精能獲得に対するカルパインの役割について研究しているので報告する。

2.研究方法

カルパインの存在及び動態を当教室で作成したμ-カルパインのN末端(不活性前駆体)に対するペプチド抗体[13]と活性中心やドメインIIIに対する抗体を用いて検索した。妊孕能のある健常男性精子[14]を実験に供した。ヒト卵管液中でカルシウムイオノフォア(A23187)や種々の条件下で培養し、免疫染色法、SDS-PAGE・Western-Blot法に供した。またカルパインの運動性、先体反応及び受精能に対する影響をカルパイン阻害剤添加培養後によって検討した。プロテアーゼ阻害剤としてcalpain inhibitor-I(N-Ac-Leu-Leu-Nle-H)とZ(Benzyloxycarbonyl)-Leu-Leu-H(aldehyde)をペプチド研究所(大阪)から購入し使用した。

統計学的検討はStudent's unpaired t-testとBonferroni correctionを使用した。

3.精子内におけるカルシウムイオン濃度の動態の解析

カルシウム感受性蛍光試薬Fura 2-AMを用いてプロゲステロン及び低酸素状態における精子内のカルシウムイオン濃度を蛍光顕微鏡(ARGUS-50/CA Version 3.0、浜松ホトニクス、浜松)で測定した[15,16]

カルシウムイオン濃度を表す蛍光度(F340/F360 ratio)が プロゲステロン濃度依存性に上昇した(図2)。また、蛍光度は低酸素状態において上昇し、実験に用いたカルパイン阻害剤は細胞内カルシウムイオン濃度に影響を与えなかった(図3)。また低酸素状態での細胞内カルシウムイオン濃度の上昇はFluo 3-AMを蛍光試薬に用いた共焦点レーザー顕微鏡の検討でも観察された(図4)。

図 2
図 3
図 4

4.免疫染色法によるヒト精子におけるカルパインの存在及び動態の解析

ヒト精子において抗μ-N末端抗体の染色性が観察されμ-カルパインの不活性前駆体が存在することが明らかになった。その染色パターンは(A)an acrosome type(acrosomal cap and equatorial segment stained)、(B)an equatorial type(only equatorial segment stained)、(C)a head type(sperm head diffusely stained)、(D)a neck type (neck segments stained)の4型に分類された。A23187の添加によってan acrosome typeからa head typeへ主な染色性が変化した(図5)。このことはヒト精子細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇により先体のμ-カルパインが活性化し自己消化することが精子先体反応に関わっている可能性を示唆している(図4)[17]。また同様の実験系を用いたプロゲステロン添加実験では、抗活性型μ-カルパイン抗体での染色性はa neck segment typeからa neck and tail segment typeに変化しμ-カルパインと精子尾部の機能との関連も示唆された[18]

図 5

5.Western blot法によるヒト精子のカルパインの動態の解析

Western-Blot法の検討において抗μ-N末端抗体の染色性(80 kDa)とドメインIII抗体染色性(不活性前駆体=80 kDa、中間型=78 kDa、活性型=76 kDa)の染色性が観察された。それらはプロゲステロン添加及び低酸素状態による細胞内カルシウムイオン濃度の上昇に伴い、条件依存的に抗μ-N末端抗体の染色性は低下し、ドメインIII抗体不活性前駆体の低下及び活性型は増加した(図6)。

図 6

以上の基礎的検討の結果を踏まえて、ヒト精子の臨床的機能検査を用いて精子受精能におけるカルパインの役割を検討した。

6.ヒト精子運動能におけるカルパインの役割

精子運動性をMAKLER counting chamber とCASA(Computer Assisted Semen Analyzer)で解析した。

MAKLER counting chamberを用いたカルパイン阻害剤の添加実験では、精子運動率は濃度依存的に有意に低下したが[17,18]、CASAを用いたZ-Leu-Leu-Hの検討では精子運動率に有意な影響を与えなかった(表1)。

表 1

7.ヒト精子先体反応におけるカルパインの役割

精子先体反応はTriple stain法とアクロビーズテストで評価した。

その結果、Z-Leu-Leu-Hの添加により先体反応率は2つの方法ともに濃度依存的に有意に低下した[17,18](表2、3)。

表 2
表 3

8.ヒト精子受精能におけるカルパインの役割

精子受精能をHamsterテスト[19]で評価した。

その結果、Z-Leu-Leu-Hの添加により、透明帯を除去したハムスターの卵子への精子の侵入率は有意に抑制された(表4図7)。

表 4
図 7

9.まとめと今後の展望

健常男性精子において、生理的受精環境である卵管内を想定した低酸素状態やプロゲステロンによる細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が観察された。抗μ-カルパイン抗体による特異的な染色性パターンがA23187の添加によって変化することが観察された。Western-Blot法によってもカルシウムイオン濃度の上昇によってμ-カルパインの活性化を表す抗μ-N末端抗体の染色性の低下とドメインIII抗体の低分子化が観察された。また、精子先体反応率と受精率がカルパインインヒビターの添加によって濃度依存的に低下した。

これらの結果より、ヒト精子に存在するμ-カルパインの細胞内カルシウム濃度の増加に伴うプロテオリシス機構が、先体反応やhyperactivationなどの受精能獲得における生殖現象に重要な役割を演じていることが明らかになった[17,18]

今後、当研究室ではヒト生殖現象におけるカルパインファミリーをはじめとした種々のプロテアーゼの役割の解明を継続する。不妊症病態と関わるカフェインや喫煙[20]などの嗜好品とカルパイン活性との関係についても議論されており、疫学的な検討も含め研究を計画している。また、受精能力に重要であるカルパインの活性化を調節しARTにおいて受精現象までに精子のカルパインを浪費させないことを目的としたペプチド創薬の可能性を検討する予定である。

謝 辞

本研究は日本学術振興会科学研究費(No. 07771393及びNo.14571577)と名古屋市大学特別研究奨励費の支援により実施された。

本研究を遂行するにあたり多くのご指導をいただいた柴原浩章先生(日本生殖免疫学会理事長・兵庫医科大学産科婦人科学)と前川正彦先生(徳島県立中央病院産婦人科)、また実験をサポートしていただいた佐藤詩子技術員(名古屋市立大学大学院医学研究科腎・泌尿器科学分野)に感謝申し上げます。

カルパイン研究において多大なるご指導をいただいた反町洋之先生(東京都医学総合研究所・カルパインプロジェクト)に深謝いたしますとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。

文 献
 
© 2018 Japan Society for Immunology of Reproduction
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