Reproductive Immunology and Biology
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Identification of specific genes for untolerized testicular antigen in adult male mice
Kenta Nagahori Shuichi HiraiMiyuki KuramasuTakuya OmoteharaHidenobu MiyasoZhonglian LiYuki OgawaMasahiro Itoh
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2019 Volume 34 Pages 27-35

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要 旨

精巣には、精祖細胞・精母細胞・精子細胞・精子の一連の生殖細胞群が存在するが、このうち精子細胞・精子は、免疫系の発達以降に分化成熟するため、精子を含む雄性生殖細胞(Testicular germ cell: TGC)には多くの非自己として認識される抗原分子が含まれている。しかしながら、精巣はセルトリ細胞間によって形成される血液精巣関門により血管系から隔離された特殊な環境を維持することによって生理的にも免疫学的にも護られていると考えられている。我々は、同系マウスから採取したTGCを皮下に2回注射するだけで精巣炎を誘導する実験的自己免疫性精巣炎(Experimental autoimmune orchitis: EAO)モデルを開発し、解析を行ってきた。本研究では、TGCに含まれる遺伝子情報からファージライブラリーを作成し、ファージディスプレイ法を用いてTGC特異的自己抗原の同定を試みた。この結果としてTGC感作マウス血清抗体に特異的に反応する20種の抗原候補分子を検出した。これらの候補抗原分子においてreal-time PCRを用いてその性状を解析し、その中で、精巣内に、特にTGCに特異的に発現している9種の抗原候補分子の遺伝子についてそれぞれFLAG融合タンパク質発現プラスミドを作成した。作成したプラスミドをHEK293T細胞に形質導入し、タンパク質を産生後、ウエスタンブロット法によって抗FLAG抗体、EAO血清抗体との反応性を確認した。この実験にて、9種のうち2種の候補タンパク質がEAO血清抗体と特異的に反応することが明らかになった。以上の結果から、本研究にて同定したEAO血清抗体に特異的に反応する2種の遺伝子が自己免疫精巣炎を誘導するTGC特異的自己抗原候補分子である可能性が高いと考えられる。

緒 言

男性不妊の原因の約90%が「精子形成障害」であり、「精子形成障害」の原因の約70%が特発性(原因不明)とされている[1, 2]。特発性精子形成障害の精巣生検では、リンパ球浸潤や免疫グロブリン・補体沈着が認められる症例も多く、それらに対しては、免疫学的機序の関与が考えられている。その大きな要因として、haploid germ cells(= 精子細胞・精子)が免疫系の発達よりはるかに遅れて分化成熟してくるために、「強い自己免疫原性を持つ新たな抗原」を有するようになり、それら抗原が「自己でありながら非自己(異物)」として認識されることが挙げられる[3, 4, 5, 6]。しかしながら、精巣はSertoli細胞間によって形成される血液精巣関門により血管系から隔離された特殊な環境を維持することによって生理的にも免疫学的にも護られていると考えられている[7, 8]

実験的自己免疫性精巣炎(Experimental autoimmune orchitis: EAO)は、精巣抗原に対する自己免疫により、精巣へのリンパ球浸潤と造精障害を引き起こす免疫性男性不妊のひとつの疾患モデルである。以前より精巣をホモジネートした自己抗原とアジュバンドを混ぜ皮下注射によりEAOを誘導する従来の方法があった。しかし、これらアジュバンド処置は免疫反応を高めるだけでなく、非特異的に血液精巣関門を破壊し精子・精巣細胞抗原のみならず、精粗細胞、精母細胞、Sertoli細胞、Leydig細胞や精細管基底膜などに対する自己免疫応答までが誘導されるというかなり人工的な疾患モデルという要素があった[9, 10, 11]。我々は、雄性生殖細胞(Testicular germ cell: TGC)を14日間隔で2回皮下注射を行うことにより、アジュバンドを用いることなく高頻度にEAOを誘導が可能であることを見出した[12]。しかし、長年にわたり炎症細胞がどの精巣自己抗原物質を標的にしているかは明らかにされてこなかった。

本研究では、EAOを誘発する自己抗原分子の同定のために、TGCから抽出した遺伝子からファージライブラリーを作成し、候補抗原遺伝子から得た精製組換え抗原を個別に注入して、自己免疫性精巣炎を誘発する可能性を検討することを目的とした。

材料および方法

実験計画

アジュバントを使用せずに、同系TGCを皮下注射することによりEAOを誘導し、EAO血清を採取した。次に、正常マウスのTGCから遺伝子を抽出し、ファージライブラリーを作成後、ファージディスプレイ法によりEAO血清抗体と特異的に反応するファージを同定した。このファージに対しシークエンス解析を行い、遺伝子名を特定した。我々は以前の研究からEAOを引き起こす自己抗原の特徴として、精巣特異的に炎症を引き起こすことから(Fig. 1a)、精巣に特異的に発現しており、自己抗体が成熟精巣に強く反応することから(Fig. 1a)、8週齢の成熟精巣に多く発現し、さらに、自己抗体は精巣上体精子(Epididymal spermatozoa: ES)よりTGCに強く反応することから(Fig. 1b)、TGCに多く発現していることが判明している。これらの結果からreal-time PCRを用いて候補遺伝子の絞り込みを行った。また、細胞を用いて候補遺伝子の産生タンパク質を作成し、体液性免疫との反応を確認した。

Fig 1

実験動物

動物は2週令のA/Jマウス(n = 4)および8週令のA/Jマウス(n = 23)を使用した。マウスは室温23±1°C、湿度55±5%、12時間ごとの明暗周期の条件下で飼育し、固形飼料ならびに水を自由摂取させた。なお、本研究で行う動物実験については動物実験の倫理性と安全性を確保するために、東京医科大学動物実験委員会の承認を得て行った。

TGCおよびESの単離

EAOの誘導およびreal-time PCRに用いるTGCおよびESを準備するため、8週齢A/Jマウス(n = 8) の雄を安楽死後、精巣および精巣上体を摘出し、それぞれHank’s balanced salt solution上でステンレスメッシュにて単離し、遠心(3400 rpm、15分間) を行った。

EAOの誘導

8週齢A/Jマウス(n = 6) に同系TGCを1×107個、14日間隔で2回皮下注射を行った。初回注射後120日目にベントバルビタールの深麻酔下で心臓から採血を行い、精巣・精巣上体を摘出した。得られた血液は、室温に4時間放置後、3400 rpm、4°Cの条件下で遠心分離し血清を得た。

ファージディスプレイ法

通常の8週齢マウスからTGCを採取し、TRIzol Reagent(Thermo Fisher Scientific)を使用してプロトコルに従いtotalRNAを抽出した。得られたtotalRNAをタカラバイオ株式会社に送り、ファージライブラリーの作製および遺伝子配列の決定を外部委託した。委託して得られたファージを0.2%マルトース含有NYZM液体培地を用いて増殖し、大腸菌DH5α(TaKaRa Bio)と混合し37°Cで30分間インキュベートし、ファージを大腸菌に感染させた。この大腸菌を遺伝子配列ごとにニトロセルロース膜上で培養し、一定濃度に調整した後にEAO血清(1:100)と1時間インキュベートし、EAO血清と特異的に反応するスポットを確認した。反応したスポットからポリエチレングリコール沈殿を使用してRNAを抽出しApplied Biosystems 3130xl Genetic Analyzerを使用して遺伝子配列を決定し、National Center for Biotechnology Information(NCBI)のデータベースを使用して遺伝子名を検索しEAO血清と反応した遺伝子の名称を調査した。

臓器、年齢および種類におけるreal-time PCR解析

通常の8週齢A/Jマウス(n = 5)から、TGC、ES、精巣、精巣上体、筋、脾臓、心臓、腎臓、肝臓および脳からtotalRNAを抽出し、自己抗原候補分子における各臓器の発現を調査した。また、2週齢のA/Jマウス(n = 4)から精巣を摘出し、8週齢との発現比較を行った。Real-time PCRはSYBR Premix Ex TaqII(TaKaRa Bio)およびThemal Cycler Dice Real-Time System TP800 (TaKaRa Bio)を使用したmRNA発現量は、ハウスキーピング遺伝子としてGAPDHで補正し、発現量の判定は陰性(-)、軽度(±)、中等度(+)、強度(++)とした。

ヒト胎児性腎臓芽(HEK293T)細胞による自己抗原候補分子の発現

自己抗原候補遺伝子のFLAGタグ付きプラスミドベクターをOrigene から購入し、HEK293T細胞 (American Type Culture Collection,Manassas, VA,USA)にLipofectamine®2000(Thermo Fisher Scientific)のプロトコルに従い、プラスミドを形質導入した。その後37°C、5%CO2の条件下で36~48時間培養後、自己抗原候補分子を発現した細胞を1000 rpm、5分間の遠心分離により回収した。

ウエスタンブロット解析による自己抗原候補分子と血清自己抗体との反応性

ウエスタンブロット法を用いて、HEK293T細胞産生FLAG融合タンパク質とEAO血清抗体との反応性を確認した。遠心分離により回収したHEK293T細胞をRIPA buffer(Nacalai)でホモジナイズし、Protein Quantification Kit-Rapit(Dojindo Molecular Technologies)を用いてタンパク質定量をした。レーンごとに同量のタンパク質濃度に調節し、4~12%ポリアクリルアミドゲルで電気泳動を行いiBlot(Thermo Fisher Scientific)のプロトコルに従ってニトロセルロース膜に転写した。このニトロセルロース膜を0.05%Tween20を含むPBSで希釈した一次抗体(抗FLAG抗体、EAO血清抗体)と4°Cで一晩インキュベートし、その後、HRP結合ヒツジ抗マウスIgG二次抗体(GE Healthcare)と室温で2時間反応させた。(Table 1)

Table 1

結 果

EAOの自己抗原としてのTGC特異的自己抗原遺伝子の同定

EAO血清は組織学的に炎症が確認されたマウスの血清のみ用いた。EAO血清抗体と特異的に反応するファージは20種類であった。同定されたすべてのファージは、シークエンス解析により遺伝子配列が判明し、NCBIデータベースによって名称が付けられた(Table. 1)。

Real-time PCR分析によるmRNA発現のTGC特異的自己抗原遺伝子の(組織特異性、年齢、細胞型)の比較

候補遺伝子の20種類中16種類の発現は、他の臓器よりも精巣で有意に高かった。特に、Ankrd、Atl、Git、GSG、HSPA、Nat、Ybx2、Znrf、Zpは精巣で特異的に発現していた(Table 2)。8週齢マウスの精巣における、Atl、Git、GSG、HSPA、Lpp、Nat、Stx、Ybx1、ZNRFの発現は、2週齢のマウスの精巣よりも有意に高かった。しかし、他の候補遺伝子は有意差を示さず、Pex3のみが2週齢の精巣で高度に発現していた。さらに、TGCでのDbiを除くすべての候補遺伝子の発現は、ESでの発現よりも有意に高かった(Table. 2)。これらの結果により、20種類の候補遺伝子のうち9種(Atl、Eif、Git、GSG、HSPA、Nat、Stx、Ybx1およびZNRF)が成熟精巣、特にTGCで高度に発現されていることが示された。

Table 2

候補抗原遺伝子産生タンパク質によるEAO血清抗体との反応性の確認

FLAGでタグ付けしたプラスミドベクター(Atl、Eif、Git、GSG、HSPA、Nat、Stx、Ybx1およびZNRF) をHEK293T細胞に形質導入し、候補抗原遺伝子による産生タンパク質の発現を抗FLAG抗体によって確認した。また、タグ付けのみ行ったモック細胞も作成し、同様に抗FLAG抗体によって発現を確認した。EAO血清中の自己抗体の存在は、GitおよびHSPAの2種類において検出された。さらに、モック細胞におけるFLAGタグに対する抗体はEAO血清では確認されなかった(Fig. 2)。

Fig 2

考 察

本研究は、EAO血清を用いたファージディスプレイ法によりEAOを誘発する精巣自己抗原を同定した。さらに、同定された20種の抗原候補分子を先行研究で判明していたEAOの特徴を利用してreal-time PCRを用いて絞り込んだ結果、9種のTGC特異的自己抗原候補分子が検出され、これらはまだ報告されていない新しいTGC特異的自己抗原候補分子であった。さらに、体液性免疫との反応を確認したところ9種類中2種類(GitとHSPA)の血清自己抗体が検出された。これらの結果は、GitとHSPAが自己免疫精巣炎の病因に重要であることを示している。

GitとHSPAの機能についてはすでにいくつかの先行研究がある。 Gitは、Gタンパク質共役型受容体の隔離、細胞移動、T細胞活性化、および神経棘形成の調節に関与しており、精巣では発達後期の精子細胞と成熟精子細胞で発現の変化が起こり、精子形成に関与すると考えられている[13, 14, 15]。さらに、GitはマクロファージのT細胞機能と貪食能の調節に関与しており[16, 17]、これらの調節の異常は、精巣に対する自己免疫反応を誘発または促進する可能性があると考えられる。一方、Heat shock protein(HSP)は、 HSP27、HSP60、HSP70、HSP90、HSP110などの多くのファミリーが存在しており、本研究で同定したHSPAは、HSP110ファミリーに属していた[18]。このHSPAは生殖に重要な役割を果たすと報告されており、精巣を保護し、タンパク質合成、修復および炎症反応の抑制を補助することにより精子形成を正常に戻す機能を持っている[19, 20, 21]。この機能は精巣炎の病因とも大きく関係している可能性があり、このようなシステムでは、HSPAを発現する生殖細胞を標的とする炎症反応が発生し、精子形成障害になり、精子形成を正常に戻すためにHSPAの発現が増加するという負の連鎖反応が起こる可能性がある。

これまでの先行研究によると、精巣の炎症を惹起させる自己抗原についていくつか抗原候補分子が挙げられており、Fijakらはprotein disulfide isomerase family A member 3、heat shock 70 kD protein 5やheterogeneous nuclear ribonucleoprotein H1を候補分子として、Tungらはsperm adhesion molecule 1が精巣自己免疫応答の関与物質として報告しており[22, 23]、さらに、Terayamaらは、精巣自己免疫反応の新しい候補抗原としてATPase, H+ transporting, lysosomal V1 subunit A、heat shock protein 1-like、fructose bisphosphatase 1およびDAZ-associated protein 1を発見した[24]。これらの抗原は、EAO血清抗体との反応性から、EAOによって引き起こされる体液性免疫に関与することがわかったが、これらがEAOを誘発するかどうかは報告されていない。予備実験において、本研究で同定したGitおよびHSPAをアジュバントと共にマウスに接種したところ接種後40日目には精巣白膜周辺に多少のリンパ球が認められるようになり、120日目には精子形成障害を伴うEAO様の炎症反応が高頻度に起きることが確認されている。今後、その病理組織学的形態を観察するとともに臨床応用可能な新規のアプローチ法を開拓していく予定である。

謝 辞

稿を終えるにあたり、愛知医科大学解剖学講座の内藤宗和先生、畑山直之先生および東海大学医学部基礎医学系生体構造機能学領域の寺山隼人先生、曲寧先生のご協力・ご支援に深く謝意を表します。また、本研究は2017年度東京医科大学研究助成金の助成を受けたものである。

引用文献
 
© 2019 Japan Society for Immunology of Reproduction
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