2015 Volume 10 Issue 3 Pages 169-176
看護学生が講義で修得した終末期患者に対する態度が講義後も維持するかどうかはわかっていない.今回,緩和ケア科目を受講した看護学生 64名を対象に,FATCOD(Frommelt Attitude Toward Care of Dying Scale)-FormB-Jによる調査を講義前・後,講義終了 3カ月後に実施し,結果を比較した.46名の回答を下位尺度ごとに分析した結果,講義前後では「I.死にゆく患者へのケアの前向きさ」「II.患者・家族を中心とするケアの認識」で有意に講義後が高く,態度が育成されていると示唆された.3カ月後には「I」「II」とも元に戻り,態度は長期には維持されていなかった.死別や看取り体験の有無による態度の変化に差はなかった.態度を長期に維持するためには,自ら考えて行動する体験を増やすことや,学生の感情や意見をシェアする機会の確保などが必要と示唆された.
人生最期のときを患者と家族がよりよく過ごすためには,看護師の存在が欠かせない.看護師は多職種チームの中で最も長く患者のそばに寄り添い,患者の苦しみに気づきやすく,かつ日常生活の基盤を支えるからである.看護師は患者にとって代弁者1),擁護者2)の役割を担うが,対象が要望や苦しみを率直に看護師に訴えることができなければ適切な援助の実践は不可能となる.終末期ケアの目標である「患者がその人らしく生きることをめざす」には,患者や家族と信頼関係が構築できる看護師のかかわりや態度が重要なのである.
一方,わが国では今後予測される高齢多死社会3)に備えて在宅医療・介護が推進されているが,現在でも病院や診療所で亡くなる人が約8割を占めている状況である(2013)4).終末期の患者に接する機会が少なく死が身近でないためか,死を「いつかは平等に来る」「一度は訪れる」と自分のことと捉えて向き合っている看護学生は少ない5)といわれる.死について深慮する機会がなく就職すれば患者へ適切なケアを提供できないだけでなく,自身の感情コントロールも困難となる可能性がある.卒前から終末期看護や死について考える機会を持ち患者や家族に対する態度の基盤が育成できれば,後悔が少なく死を迎えるための対象支援が可能になると考える.
終末期患者に対する態度は系統的な教育で向上する可能性があることが明らかだが6),態度が長期に維持されるかどうかは不明確である.教育的介入後の看護師の死に対する態度に関する長期的評価7, 8, 9, 10, 11)はあるが,看護学生については海外に現存するものの12, 13),国内では見出せなかった.本研究では,講義により向上した看護学生の終末期患者に対する態度が講義後も長期に維持するかを明らかにすることを目的とした.また,死別や看取り体験の有無で態度の変化に差があるかどうかも確認する.
2013年4月〜7月に鹿児島大学で「緩和ケア論」(必修30時間1単位,3年次前期)を受講した看護学3年次生78名中,研究協力の承諾が得られた64名である.
2 調査方法本研究は,Frommelt「死にゆく患者へのターミナルケア態度尺度(Frommelt Attitude Toward Care Of Dying scale: FATCOD FormB) 日本語版による質問紙調査である.1989年に終末期患者と家族をケアする看護師の態度調査尺度として作成された.その後,他領域の学生へ適応する目的で改良されたものがFormBである14).日本語版(J)は中井ら15)が信頼性,妥当性を確認している.本尺度は,I「死にゆく患者へのケアの前向きさ(死/死にゆく患者のケアに価値を見出す姿勢,死にゆく患者へのケアに対し恐れない態度,死にゆく患者とのコミュニケーションに対する前向きな姿勢)」と,II「患者・家族を中心とするケアの認識(家族/家族へのケアに対する考え方,患者の利益/意思決定を尊重する態度,家族が患者をサポートすることの必要性の認識)」,III「死の考え方」の下位尺度で構成され,5「非常にそう思う」,4「そう思う」,3「どちらでもない」,2「そう思わない」,1「全くそう思わない」の5段階回答である.IIIは使用が推奨されておらず用いていない.
3 実施方法4月の初回講義開始前に研究の趣旨と目的を説明し,同意書と調査用紙を配布した.7月の全講義終了後に2回目の調査用紙を配布し,身近な人の死別・看取り経験,死別者との関係も尋ねた.3回目の3カ月後は,依頼文と調査用紙を入れた封筒を実習の直接指導教員を通じて配布し,設置箱への提出を依頼した.この時,講義終了から3カ月後の時点までの身近な人の死別・看取り経験の有無と,実習における終末期患者担当の有無を尋ねた.
4 学生の学習状況と「緩和ケア論」の授業概要(授業概要は表1)
学生は1年次で看護師のケアを見学する実習,2年次で2日間の基礎実習1,3年次には緩和ケアの受講中に4日間の基礎実習2を体験する.本授業の関連科目には2年次の母性看護学概論,3年次前期の小児ケア論があり,グリーフケアや難病小児のケア,死を意識しはじめる年齢を学ぶ.本授業後に学生は,成人慢性期看護や小児看護,老年看護などの領域別実習を行う.
授業概要の学習目標のうち本研究に該当するものは,「人を尊重してかかわるための姿勢や態度を理解し表現できる」「自分の生き方を振り返り考察する」の目標3, 4である(表1).
知識としてではなく,真摯な姿勢の育成には豊かな感性が重要と考え,感じ・考える機会を多くしている.学生は,生と死にまつわる話題や患者の苦悩が表現されたDVDの視聴・新聞記事の熟読,死にまつわる会話のロールプレイなどで気持ちの揺れを体験する.さらに,海外のホスピスの写真を見る,ハンドマッサージの実施などにより癒しの感覚を得る.人は100%死ぬという現実を明確に提示し,死を意識して生きる人をいかに支えるか,他人ごとではない死をどう迎えたいかなど自身の生き方も振り返る.授業責任者,成績評価者と本研究者は同一である.
5 分析方法講義前(以下,講義前は前,講義後は後とする)・後・3カ月後すべての用紙を提出し,かつ無回答がない学生を分析対象とした.1.受講による終末期患者に対する態度の向上,および態度の維持状況を把握するため,I,IIの下位尺度,質問項目ごとに前後,前と3カ月後の平均点を対応のあるt検定で分析した.質問項目はi〜viiの因子で分類した.因子名は,本尺度の日本語版開発時に中井15)らが第1段階の因子分析時に命名したものである.2.背景別の変化の仕方の比較を確認する目的で,死別体験(あり,なし),および看取り体験(あり,なし)を独立変数,講義時期(前,後,3カ月後)の3得点を従属変数とする反復測定分散分析を行った.p<0.05で有意差ありとし,統計ソフトはIBM SPSS Statistics 21を用
いた.
6 倫理的配慮研究の趣旨と目的,プライバシーの保持,調査協力は強制ではなく自由意志であり,協力の可否や記載内容は成績に関与しないこと,結果は統計的に処理し学会などで発表することを文書と口頭で説明した.協力可能な人には同意書の記載を依頼した.前後,および3カ月後の全てに回答した人を分析対象とするため,未提出者を判断する目的で調査用紙の右上に学籍番号を記載してもらい連結可能匿名化した.結果の集計と分析は3回目の調査から4カ月後,研究者が学生の成績評価に携わる科目の成績を提出した後とし,そのことを学生にも説明した.その後は,4年次の卒業研究指導学生5名を除き,研究者が学生の成績評価に関与する機会はない.鹿児島大学医学部倫理審査委員会の承認を得て行った.
78名中64名が研究協力に同意した.アンケートの回収は1回目63部,2回目57部,3回目が66部であり,3回すべてに回答したものは46名(回収率72%),全員20代の女性であった.死別経験ありは39名で(85%),看取り経験があるのは16名(35%)となった.死別者との関係と死別時期を表2に示した.α=0.05,β=0.20,効果量0.5とした場合に必要なサンプル数は34であった.
1 講義前と後・3カ月後のFATCOD FormB-Jの各項目および下位尺度得点の比較(表3)1)下位尺度の平均点は,「I.死にゆく患者へのケアの前向きさ(16項目80点満点)」で,前59.7(SD6.5),後64.1(SD6.6),3カ月後61.4(SD7.2)となった.すべてで有意差があったが,前と3カ月後の効果量は0.24となった.「II.患者・家族を中心とするケアの認識(13項目65点)」では,前55(SD3.7),後57.6(SD3.7),3カ月後56.1(SD4.5)となり,前後で有意差がみられたが,前と3カ月後では差がなかった.
2)質問項目別の平均点は,Iの前後比較では「2.死は人間にとって起こりうる最も悪いことではない(p=0.01,d=0.62)」など4項目で有意差があったが,前と3カ月後では「6.ケア提供者は死にゆく患者と話すべき存在であるべきではない(逆転項目)(p=0.005,d=0.61)」のみとなった.同様にIIの前後では2項目で差があったが,前と3カ月後では新たな「25.死にゆく患者の場合,鎮痛剤への依存を問題にする必要はない(p=0.019,d=0.61)」のみであった.7つの因子(以下,因子名を【 】で示す)ごとに3カ月後の点数や平均を確認すると,「I.死にゆく患者へのケアの前向きさ(Max 5点)」では,【ii死/死にゆく患者のケアに価値を見出す態度】が最も点数が高かった.「II.患者・家族を中心とするケアの認識(Max 5点)」については,【i家族/家族へのケアに対する考え方】【iv家族が患者をサポートすることの必要性の認識】はすべて4点台だったが,【III患者の利益/意思決定を尊重する態度】のみ3点台が含まれていた.
2 反復測定分散分析背景(死別,および看取り体験)を独立変数,講義時期(前,後,3カ月後)を従属変数とする分散分析を下位尺度I,IIごとに行った.背景別,講義時期のFATCOD-FormB-Jの平均点および背景と講義時期の交互作用を表4に示した.背景と講義時期の交互作用はすべてで有意ではなかった.
3カ月後は実習中であり,学外実習生への用紙配付が遅れた.提出時期に1カ月のずれが生じたため平均点をt検定で比較したが有意差はなかった.実習で終末期患者を担当した者が2名いたが,講義後3カ月間に死別・看取り経験がある人はいなかった.
この研究は,受講により向上したと考えられる看護学生の終末期患者に対する態度が,長期に維持されるかどうかを確認した国内初の研究である.海外で講義1カ月後に態度が維持されていたもの13)はあるが,それ以上の長期評価はほとんどなく,本研究は看護教育の長期効果の検討において意義深いと考える.
本研究では以下の2点が示された.第1に,講義前後で向上したと考えられる看護学生の終末期患者に対する態度「I.死にゆく患者へのケアの前向きさ」「II.患者・家族を中心とするケアの認識」は,3カ月後には元に戻り長期には維持されていなかった.第2に,死別や看取り体験の有無による態度の変化に差はなかった.
第1に,講義前後で向上したと考えられる看護学生の終末期患者に対する態度「I.死にゆく患者へのケアの前向きさ」「II.患者・家族を中心とするケアの認識」は,3カ月後には元に戻り長期には維持されていなかった.態度育成には「死」を意識した対象の心情理解や,「死」は誰にでも訪れるという捉え方が重要で,感性を磨くことを意図して感じ・考える体験を増やしたが,態度の維持には至らなかった.維持困難であった理由を2点考察した.
1つめは,自ら考え行動する体験の不足である.ロールプレイやケーススタディなど演習を3回導入したが,ロールプレイで実践した項目「6.ケア提供者は死にゆく患者と死について話す存在であるべきではない(逆転項目)」は,3カ月後も有意差がみられていた.Abel16)やMallory13)も態度定着にはロールプレイが有効と述べているが,自ら実践することは気づきが多く印象に残りやすいことから,定着を図りやすいと考える.患者インタビュー,シミュレーション,ホスピスの訪問13)が態度育成に効果的との見解もあることから,これらを講義の中に組み込むことを考慮してもよいだろう.加藤17)は直接対象と接することで形成された態度は,実際の行動と密接に結び付くと述べている.対象とかかわりを持つことは,対象の理解に加え相手を大事に思う心の育成も促すことから,実践に結び付きやすくなると考える.患者の負担や情報保護を考慮した適切な方法でかかわりを持つ機会を講義に導入することが望ましい.
2つめは,感情や考えをシェアする機会の不足である.学生は,映像や読み物などで感動や戸惑いといった様々な感情を持ったが,それを表出する場がなかったために整理がされず,解釈や意味づけができなかったと考えられた.それゆえ,態度の基盤となる価値観に影響を及ぼすには至らなかった可能性がある.意見のシェアは,知識との関連付けを促す,複数の見解から多様性の理解を促進することに加え,戸惑いを抱えた学生にとっては安心感を提供することにもなる.領域特有の専門性が確立されていない学生に対して教員は,意味づけを促進するための解説や助言を行う必要があると考える.さらに,様々な年代や価値観を持つ人々を対象とする領域であることから,他科目と関連付けて視野を広げることも態度維持につながると示唆される.
第2に,死別や看取り体験の有無による態度の変化に差はなかった.これらの経験による看護学生の教育効果への影響は明確でないが12, 13),近親者との死別体験には,その後の人生や死に対するポジティブな認知を促すという側面が存在することから18),ケアに前向きな影響を及ぼす因子となりうる.経験が活かされるには振り返りが重要であると言われており19),講義でプライバシーに配慮しつつ過去の経験を顧みて表現することは,態度維持に有効ではないだろうか.さらに,態度維持には死別者との関係性が影響することが考えられるため6),今後は死別者との親密度を考慮した分析により,背景との関連性が見出せる可能性がある.
終末期患者に対する看護学生の態度育成には,ロールプレイなどの演習や,対象にかかわるか実際に近い体験を行い,自ら考え行動する体験を増やすこと,感情や考えをシェアし,教員が助言や示唆を提供することが効果的と示唆された.
興味深い点に,低得点項目がある.質問項目別平均点(表3)の,因子【iv死にゆく患者へのケアに対し恐れない態度】【v死にゆく患者とのコミュニケーションに対する前向きな姿勢】の多くは継続して2〜3点台であった.これは卒前看護学生20)の結果と同様で,学生は関係構築,看取りの場にいること,患者の感情が揺れる場面対応,死についての会話が困難と解釈される.これは一般病棟看護師の結果とも類似していた15, 21).内布22)は,死を間近に見る機会を多く持つ看護師でも,一般人に論じられる死への恐れを同じように体験していると述べており,経験に乏しい看護学生が動揺するのは自然な反応といえる.Dulark23)は,教育による死に対する態度育成の最終ゴールについて,「参加者が死にまつわるトピックから発生する否定的な感情の受け入れがより安楽になるように助けることである」と述べる.学生の死や終末期患者に対する不安や恐怖感を取り除くことをめざすのではなく,感情を認めてケアに前向きにかかわりたいという態度を育成することが重要ではないだろうか.態度育成や評価の際には,この点を考慮して行うことが望ましい.
本研究は以下の限界がある.第1に統制群の設定がないこと,第2に研究者が講義担当かつ,成績評価者を兼ねていること,第3に講義の中で調査を行った点である.統制群を設定すれば,他科目の影響を排除でき,結果は純粋に本講義の影響であると断定することができる.また,講義に無関係な第三者が講義時間以外で調査の依頼,用紙の配布と回収,集計を行うことで,バイアスを完全に除くことが可能となる.学生を調査の対象とする場合は,学生が不安なく調査に協力できる体制を整えることが欠かせない.
本研究では以下の2点が示された.第1に,講義前後で向上したと考えられる看護学生の終末期患者に対する態度「I.死にゆく患者へのケアの前向きさ」「II.患者・家族を中心とするケアの認識」は,3カ月後には元に戻り長期には維持されていなかった.第2に,死別や看取り体験の有無による態度の変化に差はなかった.今後の課題として,学生が自ら考え行動する体験,考えや感情を他者とシェアし意味を見出す機会を増やすことなどで,終末期患者に対する態度の長期維持が可能かどうかの検討が必要である.さらに,死別や看取り体験による影響を確認する際には,死別者との親密度も含めた分析が求められる.
謝辞本論文を作成するにあたり,統計的検定に関し丁寧にご指導くださった敦賀市立看護大学の住本和博教授に深く感謝いたします.