2015 Volume 10 Issue 3 Pages 310-314
【目的】アドバンス・ケア・プランニング(以下ACPと略)と臨床倫理に関する研修会の医療従事者における学習効果を検証すること.【方法】PEACE緩和ケア研修会の修了者に対して,ACPと臨床倫理に関する550分の研修会を開催した.プログラムは国立長寿医療センターで開発されたEducation For Implementing End-of-Life Discussion(以下E-FIELD)を用いた.研修前後で,ACPと臨床倫理に関する知識テストと人生の最終段階における医療・ケアに関する相談を行うにあたっての困難感(以下EOL相談に関する困難感)を評価した.【結果】34名を解析対象とした.知識テストの総得点は研修後有意に増加し(前18.1点,後23.9点,p<0.001),EOL相談に関する困難感は,13項目中7項目で有意に減少した.【結論】E-FIELDを用いたACPと臨床倫理に関する研修会は,医療従事者のACPに関する知識を増加しEOL相談に関する困難感を改善する可能性がある.
アドバンス・ケア・プランニング(以下ACPと略)は患者が医療従事者,家族と共に将来の医療・ケアについてあらかじめ話し合うプロセスのことを指す1).ACPには以下の内容が含まれる;患者本人の気がかりや意向,患者の価値観や目標,病状や予後の理解,治療や療養に関する意向や選好・その提供体制2).また,ACPを行うと,アドバンス・ディレクティブの表明が増加し3),より患者の望んだケアが実施され4),患者と家族の満足度が向上し遺族の不安や抑うつが減少する5)ことが明らかになっている.しかしながら,医療従事者のACP実践の障壁として,「患者の感情に直面することへのつらさ」,「患者の希望を奪うことにつながる懸念」などの困難が指摘されている3).加えてACPにおいては特定の医療行為の諾否を決定することが大切ではなく,患者の意向と背景にある価値観を明らかにし,将来のケアについて相談するプロセス自体が重要であり高度のコミュニケーションスキルを要する.しかしながら,わが国で実施されているがん医療に携わる医師のための緩和ケア研修会やコミュニケーションスキル研修会にはその内容が含まれていない.今回われわれは,緩和ケア研修会を修了した医療従事者を対象にACPに関するコミュニケーションとその実践に必要な臨床倫理の基本を習得することを目的に研修会を実施した.本研究の目的は,研修会の実施によって,ACPと臨床倫理に関する知識が向上し,人生の最終段階における医療・ケアに関する相談を行うにあたっての困難感が減少するかを検証することである.
前後比較研究.2014年12月神戸市において,ACPと臨床倫理に関する550分の研修会を開催した.研修の実施前後で,ACPと臨床倫理に関する知識テスト,人生の最終段階における医療・ケアに関する相談を行うにあたっての困難感に関する質問票による調査を実施した.研究の実施について研修会参加者に文書にて説明し,質問票の提出を持って研究の同意とみなした.研究は,ヘルシンキ宣言並びに厚生労働省の疫学研究に関する倫理指針に則って実施した.
2 対象研修参加者:PEACE緩和ケア研修会修了者を対象として行われた平成26年度兵庫県緩和ケアフォローアップ研修会の参加者.参加者募集は国および兵庫県指定のがん診療拠点病院に文書で行った.
プログラム:ACPと臨床倫理に関する550分にわたる参加型研修会.プログラムは国立長寿医療センターで開発された,平成26年度人生の最終段階における医療にかかる相談員の研修会6)(Education For Implementing End-of-Life Discussion:以下E-FIELDと略)のプログラムのうち,ACPと臨床倫理に関する講義,ACPに関するコミュニケーション(ロールプレイ)に関するモジュールを内容を改変せずに用いた.詳細を表1に示す.
3 研修会の評価方法本研究の主要評価指標は,ACPと臨床倫理に関する知識(以下ACPに関する知識と省略)と人生の最終段階における医療・ケアに関する相談を行うにあたっての困難感(以下EOL相談の困難感)である.また,副次評価指標は死にゆく患者に対する医療者のケア態度である.これらの3指標は研修会前後で評価した.ACPに関する知識については,E-FIELD相談員研修事業のために,その研修内容に沿って作成され,専門家討議によって吟味された32項目の知識テストのうち,研修会の内容に対応した29項目を用いた.テストを表2に示す.テストは実施性,表面妥当性(答えづらさや設問の分かりにくさ)を26名の緩和ケアを専門とする看護師により確認した.EOL相談の困難感は,E-FIELD事業のために,同事業の事前研修会参加者へのフォーカスグループインタビューと専門家討議と通じて作成された6段階リッカート尺度(1:全くそう思わない―2:そう思わない―3:あまりそう思わない―4:ややそう思う―5:そう思う―6:非常にそう思う)を用いた13項目の質問を用いて評価した.項目を表3に示す.実施性と表面妥当性(答えづらさや設問の分かりにくさ)を10名の緩和ケア専門家で確認されている.死にゆく患者に対する医療者のケア態度に関しては,Frommeltのターミナルケア態度尺度日本語版の短縮版(以下FATCOD-B-J)7)を用いた.研修の実施前に参加者の背景情報を評価した.
4 統計解析研修会前後のACP知識テストの得点の変化については作成したテスト各項目が正解だった場合を1点としてその合計点を,死にゆく患者に対する医療者のケア態度の変化についてはFATCOD-B-Jの合計点について,対応のあるt検定を行った.EOL相談の困難感の変化については,各質問項目の値(1〜6点)の変化についてWilcoxonの順位和検定を行った.統計解析には統計ソフトであるJMP11, 2, 1 SAS Institute Inc. 2013を用いた.
37名が研修会に参加し,うち全日程参加した34名を解析対象とした.参加者は医師16名,看護師14名,その他4名,年齢は医師35歳(34.3-42.8)(中央値,95%信頼区間),看護師44歳(38.8-49.0),臨床経験年数は医師14.5年(11.1-18.7),看護師13.5年(12.0-21.5),昨年1年間の看取り患者数は医師20名(−0.1-100.1),看護師20名(19.4-99.3)であった.ACPに関する知識テストの総得点は研修後で有意に改善した(前18.1点,後23.9点,差の平均5.7点(4.3-7.1点),t=8.42,p<0.001,対応のあるt検定).EOL相談に関する困難感については,結果を表3に示した.13項目中7項目で困難感が有意に改善した(p<0.05,Wilcoxonの順位和検定).死にゆく患者に対する医療者のケア態度の変化についてはFATCOD-B-Jの合計点は研修前後で変化しなかった(研修前22.3点,研修後22.3点.p=1.00).
本研究は,ACPと臨床倫理に関する系統的な相談員養成プログラムであるE-FIELD研修会の医療従事者に対する学習効果を評価した本邦初の研究である.研修会の実施により医療従事者のACPに関する知識は向上し,EOL相談に関する困難感は部分的に改善した.困難感が改善した項目は,7項目中5項目が家族に対するEOL相談に関するものであった.本研修会のプログラムは患者本人および家族に対してACPを行うことに重点を置いて作成されているが,今後は,より患者本人とどのように,話し合いを進めるかについて重点を置いた研修を実施する必要があるかもしれない.また,困難感で有意な改善が得られなかった項目のうち「患者と十分に話をする時間がとれない」,「「死にたい」と訴える患者に対する対応に困難を感じる」の2項目は,研修会のプログラムに対応する研修内容が盛り込まれておらず,今回の研修では改善が期待できない項目であると考えられた.また,研修会は医療従事者の死にゆく人への態度に変化を与えなかった.しかしながら,FATCOD-B-Jのスコアが研修前の時点で高値であること,研修会参加者が緩和ケアの経験が豊かで,看取り経験が多い医療従事者であったことから,医療従事者の死にゆく人への態度については前後で変化しえなかったと解釈できる.
本研究の限界として以下の3点があげられる;1)困難感並びに知識を測定した尺度が充分な信頼性と妥当性を検証したものではないこと,2)対象者が少数で,かつ緩和ケアの経験がある医療従事者であることから,結果の一般化が難しいこと,3)医療従事者のアウトカムを調査したものであり,患者・家族のアウトカムを改善するかは不明であること.しかしながら,本研究会の実施によって,経験豊富な医療従事者においてもACPや臨床倫理の知識や困難感が改善することが明らかになったことから,E-FIELDプログラムはACPの実践と普及に有用な可能性がある.今後さらに患者自身とのコミュニケーションに重点を置くようにプログラムの改善を図るとともに,知識・困難感に関する尺度開発を進め,より大規模な医療従事者に対する研修効果の調査を行うことが望まれる.
結論E-FIELDプログラムを用いたACPと臨床倫理に関する集合型研修会は,医療従事者のACPと臨床倫理に関する知識を改善し,EOL相談に関する困難感を改善する可能性があることが示唆された.