2015 Volume 10 Issue 3 Pages 535-538
【緒言】頸椎転移による強い痛みに対し,ハローベスト装着により良好な痛みの緩和が得られ,自宅退院が可能となった症例を経験したので報告する.【症例】76歳,男性.食道癌術後,リンパ節再発に対し化学療法施行中,頸椎転移を認めた.徐々に悪化する右頸部から背部への痛みに対し,薬物療法,放射線療法施行したが改善なく,さらにオピオイドによる強い副作用のため,著明にADLが低下した.症状緩和目的にハローベストを装着した.痛みは軽減し,オピオイドは不要となり,転院後に自宅退院,約2カ月間自宅療養をされた.【考察】ハローベスト装着は,標準治療にても疼痛緩和に難渋する症例に,今後も検討したい治療法である.本邦では,自宅療養中の装具装着は一般的ではなく,患者・家族の精神的負担が大きいことが予想される.重篤な合併症の報告もあり,整形外科医との連携が必須であり,患者,家族とともに慎重に適応を検討する必要がある.
ハローベストは頸椎骨折などで骨が癒合するまでの期間の一時的な固定を目的として用いられる外固定であり,進行がん患者に使用される頻度は不明である.本例は,当科にて症状緩和を目的としてハローベストを装着した初めての症例である.薬物療法,放射線治療後も残存する頸椎転移による強い痛みに対し,ハローベスト装着により良好な痛みの緩和が得られ,自宅退院が可能となった症例を経験したので報告する.
【症 例】76歳,男性
【主 訴】右頸部から背部の痛み
【現病歴】2006年,食道癌に対し,右開胸開腹食道亜全摘術,前胸部および頸部胃管再建術,頸部郭清術を施行した.2013年,上縦隔リンパ節転移にて再発,放射線化学療法を施行したが再燃し,化学療法を継続していた.2014年8月,右肩,頸部のはりの増強あり,MRIにて第2-3頸椎(C2, C3),第1-2胸椎(T1, T2),第7胸椎(T7)の輝度変化を認めたが,骨皮質は保たれ,圧壊は認めなかった.症状は軽度であり,整形外科にて外固定や手術は保留の判断であった.全身化学療法はProgressive Diseaseの判断にて終了となった.9月X日,右頸部から背部の痛みに対し,当科紹介となった.
【患者背景】74歳の妻,51歳の長男と同居し,毎日夕方に大型バイクに乗ることを趣味としていた.術後左反回神経麻痺にて,左声帯内転術,定期的なコラーゲン注射をうけ,注意しながら,普通食を摂取していた.
【経 過】紹介時,姿勢により変化する右頸部から肩甲部にかけてNRS 5-8の痛み,四肢先端に化学療法の副作用による末梢神経障害性疼痛を認めたが,明らかな筋力低下は認めなかった.痛みは増悪傾向にあったが,大型バイク運転の趣味を継続したいという強い希望があり,相談の上オピオイド製剤は開始せず,頸椎カラー装着,ロキソプロフェン(LOX)180 mg/日定時内服のみ開始した.
X+3日,痛みの改善はなく,運転は諦めると決意され来院,トラマドール150 mg/日,アセトアミノフェン1200 mg/日,メトクロプラミド15 mg/日を開始した.
X+7日,痛みは両側頸部,頭部に拡大し,オピオイドをオキシコドン徐放製剤(sOXY)10 mg/日へ,LOXをジクロフェナク75 mg/日へ変更し,レスキュードーズとしてオキシコドン速放製剤(rOXY)2.5 mg/回を開始した.
X+15日,痛みの改善なく,sOXY 20 mg/日へ増量し,放射線科紹介となる.
X+22日,sOXY増量後より悪心の増強あり,rOXY使用は困難となり,眠前にオランザピン2 mg/日を開始した.
X+28日,放射線治療目的に独歩にて当科入院.放射線治療開始直前のCTにて,第2頸椎の椎体右側から右横突起部の骨破壊の著明な進行(図2)および胸水貯留を認め,急速な病状悪化が示唆された.
第2頸椎の椎体右側から右横突起部に腫瘍,著明な骨破壊像を認める.
頸椎病変に対する,5 Gy/回3日間照射途中より,排尿障害が出現したため,念のため胸椎病変に対し,5 Gy/回3日間照射を追加した.
X+29日,悪心は増悪し,ベタメタゾン2 mg/日を開始,グラニセトロン3 mg/日を併用したが効果はなく,患者はレスキュードーズの使用を控え,「体位によって痛みが消失する」とベッド上でほぼ動かなくなった.
X+32日,注射薬での鎮痛薬,制吐薬投与をすすめたが「怖い」と拒否あり,sOXYをフェンタニル貼付剤(FTS)12.5μg/hrへ変更した.
X+35日,FTS25μg/hrに増量後,「目を閉じるとお葬式がみえる」など明確な幻覚が出現した.幻覚以外の認知機能は保たれており,オピオイド使用に伴う幻覚と判断し,FTS減量,トラゾドン37.5 mg,リスペリドン1 mgを眠前に使用した.幻覚は軽快したが,痛みは悪化し,次第に起き上がることもできなくなった.
X+39日,患者の了解が得られ,フェンタニル皮下注によるレスキュードーズを導入した.
X+40日,C2の神経根症状,接触痛が強く頸椎カラー装着困難なため,プレガバリン50 mg/日を開始したが,カラーは使用できなかった.
X+43日,短時間の坐位がとれるようになったが,わずかな姿勢の違いによりNRS 10の頸部痛は出現しADL拡大は困難であった.また非侵襲的な外固定は,いずれもC2領域に装具が触れるため使用できなかったため,ハローベストによる頸椎の固定を提案,装具装着による外見上の違和感,生活の制限,QOL低下のデメリットと,痛みの緩和やオピオイドの副作用からの解放というメリットを提示し,本人,家族と相談を繰り返し,患者の同意を得た.しかし,手術当日になり,以前ハローベストを装着していた家族の知人の経験から,「そこまでしなくてよい」と家族からの意見があり,中止となる.担当整形外科医が小児症例の様子を写真で提示しながら説明し,患者はハローベスト装着に再度同意した.
X+46日,ハローベスト装着(図3)となった.金具があたる部位の痛みは生じたものの,頸部の痛みは消失し,オピオイドは漸減中止,歩行可能となった.自宅近くの病院に転院し,1週間で自宅へ退院.退院後,晩酌もできるようになり,患者は,「痛みから解放され天国です.ともかく痛みが楽であり,ハローベストが自分の支えになっている.」,家族は「本人は視界に入っていないみたいで,ハローベストを気にしていないみたい.」と訪問スタッフに伝えていた.
歯突起基部に骨透亮像を認める.
2カ月後,反回神経麻痺による嚥下障害のため呼吸状態が悪化し,再入院.その間,頸部の痛みは消失,麻痺症状も出現しなかった.また,ピンのゆるみ,装具装着による褥瘡形成を認めたが大きな合併症はなかった.入浴の制限および嚥下障害の悪化によるQOLの低下はあったが,痛みやオピオイドの副作用がないことで自身の生活を取り戻すことができていた.
骨転移の中でも脊椎への転移の割合は最も高く,病的骨折,脊髄圧迫など生じうるためその診療には注意が必要である.また,骨転移に伴う痛みは,局所の痛み,動作時の痛み,神経根痛が複合しており,症状緩和は難しく,骨関連合併症(skeletal related event:SRE)を予防するためにも多職種による集学的治療が不可欠である1).薬物治療では,非オピオイド鎮痛薬,オピオイド鎮痛薬,ステロイド,骨修飾薬(bone modifying agent:BMA)の使用が種々のガイドライン2), 3)にて推奨されている.放射線治療は,原疾患によるが60〜90%の症例で痛みの緩和が得られるとされており,骨転移痛に対しては第一選択となることが多い4).脊椎の不安定性や,放射線治療中に神経障害が進行する場合などは手術療法が適応となることがあるが,全身状態,生命予後予測により不適応となることも多い.その他,装具療法もあるが,病的骨折の予防効果についてはエビデンスの高い報告はない5).また,リハビリテーションに関しては,他の治療との併用により,痛み,QOLの改善が得られると報告されている6).
本症例では,NSAIDs,オピオイド,BMA,ステロイドによる薬物治療および放射線治療を施行したが,その効果は限定的でありかつオピオイド関連の副作用が強く出現した.頸椎の外固定に関して,頸椎転移が判明してから6カ月の予後があったため,判明時であれば,手術適応があった可能性もあるが,その時点では症状は軽度であり,術後7年目の食道癌の再発にて進行速度の予測は困難であったこと,多発骨転移が認められたこと,頸部への治療後であったことからその判断は難しかったと考えられた.頸部痛増悪時においては,全身状態の悪化を認め,予測予後3カ月未満であり,手術適応はないと考えられた.装具療法として頸椎カラーを使用していたがC2領域の神経根症状が強く使用困難となり,手術治療や骨癒合は期待できない状況でのハローベストによる固定について検討を行った.症状緩和のみを目的としたハローベスト装着症例についての報告はなく,当院でも初めての経験であった.多発性骨髄腫の患者において,化学療法の効果が得られるまでの間に使用した症例の報告7)があり,装着期間に関して,予測予後が通常使用する期間と大きな違いは認められないため,本症例においても装着可能と考えた.
がん終末期においても大きな合併症なく,2カ月に渡り,ハローベストを使用し,オピオイドを使用せずに痛みを緩和することが可能であった.本症例のように放射線治療後も痛みが強く,オピオイドによる副作用にも難渋する症例においては,今後も検討したい治療法である.一方,最終的にはハローベストは本人の支えとなりえたが,装着に際して一度は拒否したこと,バイクの運転という希望がかなうわけではないこと,また,ハローベスト装着による患者,家族の不安や落胆に関する報告8)や本邦では装具装着のまま自宅で過ごすことが一般的でないことから,患者・家族の精神的負担は大きいと考えられる.脳膿瘍,気脳症からの片麻痺9)など重篤な合併症の報告もあり,整形外科医との連携が必須であり,患者,家族とともに慎重に適応を検討する必要がある.