Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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Case Report
Successful management of rectal tenesmus with oral amoxapine and infusional lidocaine in a terminally ill cancer patient:a case report and literature review
Junko UemotoMasanori MoriAkemi MiyagiShuhei ShionoHirohide Yamada
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2015 Volume 10 Issue 3 Pages 543-547

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Abstract

【背景】悪性腫瘍に伴う直腸テネスムスは,進行がん患者のQOLに大きく影響するが確立した治療はない.【症例】71歳,男性.直腸がん原発切除不能のため人工肛門造設術施行.手術11カ月後よりテネスムス症状が出現,その3カ月後には5-15分間隔の便意を催すようになった.原発巣に対する照射を行うも改善認めず.アモキサピン25mg内服が奏効.内服不能後は,クロミプラミン点滴静注を行うも無効.リドカイン持続静注200mg/日により軽減.その後増悪するも290mg/日とし改善,亡くなるまで良好なコントロールを得た.【考察/結論】本症例は悪性腫瘍に伴う直腸テネスムスに対してアモキサピンが奏効した初めての報告であり,リドカインにより終末期まで安全に症状コントロールを得ることができた.ただしこれらの薬剤にエビデンスは乏しく,積極的な使用の適応については今後の研究により検討していく必要がある.

緒 言

 直腸テネスムス(以下テネスムス)は,大腸やその周囲の炎症で直腸部に病変が及ぶと少量の糞便や粘液が直腸に到達しても便意を感じる状態である1).赤痢など感染性疾患以外に,直腸がんなど直腸に炎症がみられる疾患でも出現し,頻繁な便意切迫により肛門部のみならず全身への強い苦痛を伴う.中でも悪性腫瘍に伴うテネスムスに確立された治療法はなく,症状コントロールに難渋しQOLを著しく低下させる.今回われわれは,アモキサピン(amoxapine, 以下Amox)・リドカイン(lidocaine, 以下Lid)により終末期までテネスムスの症状コントロールを得た1例を経験したため,文献的考察を加え報告する.

症例提示

 【症 例】71歳,男性

 【現病歴】2013年6月,直腸がんのため手術を施行した.原発切除不能かつ腹膜播種を認め,横行結腸に人工肛門造設のみを行った(pT4aN3M1b, pStageIV).退院後ファーストラインの化学療法を施行していた.2014年5月,旧肛門から粘液・血液が少量ずつ頻繁に排出され,便意切迫感による不眠を認めるようになった.旧肛門を含む会陰部痛は伴っていなかった.症状は原発巣増大・局所浸潤増悪による影響と判断され,2014年6〜8月,原発巣に対し照射60Gy/30Frを実施した.しかしテネスムス症状悪化,腹痛も認めるようになり,9月1日に入院した.便意は5-15分間隔にまで悪化しており,テネスムスを含む症状コントロール目的に緩和ケアチーム(以下チーム)に紹介された.腹膜播種による腹痛に対してアセトアミノフェンを開始するも肝障害を生じ中止,NSAIDsは腎機能障害のため使用を控えた.テネスムスに対しては抗コリン作用を期待しアミトリプチリン(amitriptyline, 以下Amit)10mgを開始した.昼夜ともに症状は改善したが,せん妄のためAmitを中止した.Amitのようにせん妄をきたすほど強い抗コリン作用はなくともテネスムスに対する効果が得られるのではと考え,Amox 25 mgに変更,またリスペリドン1mgを併用した.同日より夜間睡眠を確保でき日中の便意も改善した.リスペリドン中止後もせん妄は出現せず経過した.腹痛に対しては,トラマドールが無効であったためオキシコドンを開始し(徐放製剤10mg/日・速放製剤2.5mg/回),疼痛コントロール良好となった.9月16日にセカンドラインの化学療法を開始し10月1日に退院となった.10月14日,頸部〜腰背部・腹部の疼痛が増強し入院した.疼痛コントロール目的に翌日チーム介入再開となった.

 【既往歴】高血圧,高尿酸血症

 【内 服】アムロジピン5mg/日,カンデサルタン4 mg/日,フェブキソスタット20mg/日,酸化マグネシウム1500mg/日,センノサイド12mg/日,オキシコドン徐放製剤10mg/日・速放製剤2.5mg/回,Amox 25 mg/日

 【血液検査】Alb 2.8g/dL, AST 103U/L, ALT 71U/L, LDH 1296U/L, ALP 2683U/L, γ-GTP 139U/L, UN 26mg/dL, Cr 1.33mg/dL, Na 136mEq/L, K 4.6mEq/L, CRP 24.5mg/dL, WBC 19220/µL, Hb 10.5g/dL, Plt 21.4万/µL

 【CT】原発巣の壁肥厚・その他の所見ともに約1カ月前と同様(図1).

図1 入院時CT

 【入院後経過】PET-CTで,頚椎〜仙骨までの脊椎広範囲に及ぶ多発骨転移を認めた.骨転移による疼痛・腹膜播種による腹痛に対して,オキシコドンを調整し疼痛コントロールを図った(徐放製剤10〜20mg/日・速放製剤2.5〜5mg/回).10月25日,強い全身倦怠感が出現しAmox内服困難となった.悪液質が原因と考えられ,ベタメタゾン注4mgを投与し奏効した.また疼痛も軽快しオキシコドンを漸減し10月31日に中止,しかし疼痛が再燃し11月1日にトラマドール持続静注60mg/日を開始した.11月4日,テネスムス症状が悪化し1時間毎の便意となった.同じ三環系抗うつ薬であるクロミプラミン(clomipramine, 以下Clom)25 mg点滴静注を開始し,再燃した倦怠感に対しベタメタゾン注を8mgへ増量した.テネスムスが改善しなかったため,翌日Lid持続静注を200mg/日(≒5mg/kg/日) より開始した.同日より昼夜を通じて便意は減少し夜間熟眠できるようになった.Clomは漸減中止し,骨転移による疼痛・腹膜播種による腹痛の程度と眠気の兼ね合いでトラマドールを適宜増減し調整した(最終360 mg/日).11月10日,腫瘍性の播種性血管内凝固症候群となり徐々に意識レベル低下が低下した.傾眠の中でもテネスムスによる苦痛を認めた.Lid血中濃度0.9 µg/mLであり増量可能と判断し,290mg/日(≒7 mg/kg/日)まで漸増した.11月16日からは意思疎通は可能であるもののテネスムス症状は認めなくなった.全身状態悪化し11月19日永眠された.(薬剤を主とした臨床経過は図2を参照.)

図2 臨床経過

考察

 本例は悪性腫瘍に伴うテネスムスに対するAmoxの効果を示した初めての報告であり,かつLid投与により終末期まで安全に症状コントロールを得ることができた.

 悪性腫瘍に伴う直腸テネスムスの標準的な治療は無い.これまで20例の症例報告を認めるのみであり(表12, 3, 4, 5, 6),ジルチアゼム2),メキシレチン,Lid3),のほか,神経ブロック4, 5, 6)が奏功したと報告されている.

表1 悪性腫瘍に伴う直腸テネスムスに対する神経ブロックの報告

 本症例では,薬物療法として三環系抗うつ薬とLidを選択した.その理由として,ジルチアゼムは,重篤な有害事象である房室ブロックなど不整脈の報告があり,終末期の状態悪化時に合併した場合より致死的になりやすいと判断し使用を控えた.また,三環系抗うつ薬を選択した理由として,当初ノルアドレナリン再取り込み阻害作用ではなく抗コリン作用を期待したこと,抗コリン作用を考慮するとLid・メキシレチンよりも優先されると考えたこと,過敏性腸症候群といった他の疾患の腹部症状に対しても有用性が示されていること7, 8)などを考慮し,まず選択した.Lidは,終末期がん患者に対し鎮痛補助薬として臨床現場で長く使用されてきており比較的安全に使用できるため,またテネスムスに対しても過去に報告3)があるため,選択した.

 三環系抗うつ薬は,本例ではAmoxは奏効したが,内服困難時に使用した抗コリン作用のより強いClomは奏効しなかった(各薬剤のムスカリン性アセチルコリン受容体への親和性で評価すると,解離定数Kd値*1はAmox:1000, Amit:18, Clom:37)9).そのため,今回のテネスムス改善における抗コリン作用の影響は少ないと考えられた.各薬剤の他の受容体との親和性を比較してみると9),ノルアドレナリン再取り込み阻害作用に差が見られており(阻害定数Ki値*2はAmox:4に対して,Amit:24, Clom:28)9),症状改善に寄与した可能性が考えられた.ノルアドレナリン再取り込み阻害がテネスムスにどのように関与するかは今後の研究課題と考える.

 Lidの全身投与を行うと,神経障害性疼痛においては神経損傷部位(正常な神経には見られない)で易興奮性となっているNaチャネル(Nav1.3)が遮断され,神経過敏が抑制される11, 12).Lidの抗不整脈薬としての有効血中濃度は1.5〜5.0µg/mLとされ,10µg/mLで副作用が発現しやすい13).今回Lid 5mg/kg/日では抗不整脈薬としての有効血中濃度に達していなかったが,テネスムスに対して効果があり,最終的には約7mg/kg/日に増量しさらに奏功した.Lidは,正常な神経伝達に影響を与えない程度の低い血中濃度で異所性発火を抑制し鎮痛効果を発揮する14).正常の排便反射時には,直腸内圧の上昇とともに,副交感神経刺激による直腸の蠕動収縮・内肛門括約筋の弛緩に加え,体性神経刺激による外肛門括約筋の弛緩が生じることで,排便に至る15).テネスムスにおいては,このいずれかのステップで異常な神経の活性化が生じている可能性もある.本症例では会陰部痛は認めなかったが,排便反射において神経の異常発火抑制といった同様の機序で症状改善に寄与した可能性も考えられた.

 また,終末期がんにおけるテネスムスに対して報告のある交感神経遮断術4)・くも膜下フェノールブロック5)は本人からの希望がなかったため,今回は薬物療法による効果が望まれた.

 Limitationとしては,テネスムスによる苦痛について客観的で具体的な評価が不十分なこと,1例のみの報告であること,が挙げられる.テネスムスは,便意切迫感・苦痛を感じた程度・時間,トイレ移動を含めた生活への支障など総合的な評価を要する.より正確な評価のために,評価尺度の開発も今後重要と考える.また,悪性腫瘍に伴う直腸テネスムスに対する三環系抗うつ薬やLidのエビデンスは乏しいため,作用機序や有効性の検証,効果を予測する因子の同定など今後さらなる研究が必要である.

結論

 終末期患者の直腸テネスムスに対して,Amox経口とLid持続静注が奏効した症例を経験した.悪性腫瘍によるテネスムスの症状コントロールを終末期に行う際にはその副作用・忍容性の点からもAmox・Lidは治療選択肢の1つとして重要である.

謝辞

 本論文作成にあたり,向精神薬を含む薬物療法に関して貴重なご助言を賜りました,国立がん研究センター東病院精神腫瘍学開発分野小川朝生先生に,心より感謝申し上げます.

Notes
*1  ―解離定数Kd:平衡状態における薬・受容体の個々の濃度と,薬・受容体の複合物の濃度の比を表している.高値であるほど受容体との親和性が低く,作用が少ないことを示す10)

*2  阻害定数Ki:作動物質が2倍量必要となる競合的阻害薬の濃度を表している.数値が小さいほど阻害作用が強いことを示す10)

References
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