Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
A case of paclitaxel-induced peripheral neuropathy successfully treated with lafutidine and tocoferol nicotinate
Ayako MitaJunko YamanaMorihiko Kodo
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2015 Volume 10 Issue 3 Pages 548-551

Details
Abstract

パクリタキセル(以下,PTX)による末梢神経障害にラフチジンとトコフェロールニコチン酸エステル(以下,TN)の併用が著効した例を報告する.【症例】72歳男性,左上葉肺腺癌,肝転移と診断されたがPTX投与後に四肢のビリビリした痺れによる歩行困難を来たしたため化学療法は中止となり,転院となった.痺れはTN300mg/日では無効であったが,ラフチジン20mg/日の併用により急速に改善した.痺れはTNの減量で増悪したが,再度300mg/日への増量で改善し屋外歩行も可能となった.【考察】PTXによる末梢神経障害に対しTNとラフチジンの併用が有効であった.末梢神経の再生速度が緩徐であるのに対して薬剤量の変更で痺れが速やかに変化する点から痺れの改善はTNの微小循環改善作用とラフチジンのカプサイシン感受性知覚神経を介した血流増加および脱感作による効果と考えられた.

緒言

 パクリタキセル(以下,PTX)は微小管凝集作用によって抗腫瘍効果を発揮する抗癌剤であるが1),神経細胞の障害および軸索・髄鞘損傷も引き起こす2).PTXは血液脳関門を通過しにくいため,大脳‐脊髄の運動路はPTXによる影響を殆ど受けないが,一次感覚神経が走行する脊髄後根神経節や末梢神経には高濃度に蓄積し,感覚神経優位の末梢神経障害をきたすと考えられている3)

 PTXによる末梢神経障害(以下,PIPN)の主なリスクファクターは総投与量,投与スケジュール,投与時間,糖尿病とされており3), 4), 5), 6),Grade 2(NCI-CTCAE ver.4)以上の感覚障害は総投与量が715 mg/m2以上のケースに起こりやすいと報告されている7).PIPNの発現率は35.7%と高く8),Gradeは用量依存性のため9),中には薬剤の減量や治療の中止を要し,患者の予後やQOLにも影響を及ぼす可能性もある.

 今回,カプサイシン感受性知覚神経を介して多くの薬理作用をもつH2ブロッカーのラフチジン(以下,Laf)と10), 11), 12),血管拡張作用やフリーラジカルスカベンジャーの機能をもつVitaminE製剤のトコフェロールニコチン酸エステル(以下,TN)の併用によりPIPNが著明に改善したケースを経験したため報告する13), 14)

症例提示

 【症 例】72歳男性

 【現病歴】2010年2月に左上葉肺腺癌,肝転移(T2aN1M1b, StageIV)と診断され,同年4月からPTXを含む化学療法(カルボプラチン,ベバシズマブ,PTX)が開始となった.PTX投与直後から,歩行や物の把持の際,四肢に知覚過敏様のビリビリした痺れが出現したためPTXは中止となったが,痺れは持続した.2012年2月に原発巣の増大を認めPTXが再開されたが,痺れも増悪し,トイレ歩行も中等度の介助を要するようになったため化学療法は中止となった.その後,原発巣の増大([図1,癌性腹膜炎,および低アルブミン血症に伴う胸腹水と全身浮腫が出現し,胸水貯留による低酸素血症を来たしたため,同年6月に当院緩和ケア病棟へ転院となった.

図1 胸腹部CT(入院時):右上葉に55×52 mm大の腫瘤性病変を認める.

 【身体所見】右上葉背部に含気低下および鈍痛,軽度の腹水貯留,両下肢の浮腫を認める.四肢は運動異常を認めないが,触診時,四肢全体にビリビリした知覚過敏様の痺れ(NCI-CTCAE ver.4 「末梢性感覚ニューロパチー」 :Grade3)および位置覚の低下,冷感を認める.痺れは接触時および荷重時に増強し,入浴により一時的に軽度改善する.書字および歩行も困難であり,食事は介護用のフォークやスプーンを使用し,トイレ歩行は中等度介助を要する.腱反射に左右差はないが四肢で全体的に低下を認める.痺れによる夜間不眠はみられない.

 【血液検査】WBC5600 /μl,Hb12.3g/dl,Plt11.2万/μl,TP6.5g/dl,Alb2.9g/dl,AST29IU/L,ALT13IU/L,LDH264U/L,BUN8mg/dl,Cre0.51mg/dl,Na136mEq/L,K4.2mEq/L,Cl100mEq/L,PG87mg/dl,CRP1.7mg/dl

 【入院後経過】入院当日にプレガバリン75 mg/日を開始して第9病日に150 mg/日へ増量し,四肢の冷感と痺れの関連も否定できなかったため第11病日にTN 300 mg/日を併用したがいずれにおいても痺れは改善しなかった.癌性胸膜炎に伴う右背部痛(安静時Numeric Rating Scale(以下,NRS)5/10)に対してトラマドール塩酸塩100 mg/日を開始したが無効のため,第15病日にオキシコドン徐放製剤10 mg/日へ変更した.疼痛はNRS1/10へ改善したが不快な眠気が出現したため,第19病日にロキソプロフェンナトリウム180 mg/日へ変更したところ,眠気は改善し,疼痛の増強も認めなかった.第22病日にプレガバリン150 mg/日およびTN 300 mg/日にLaf 20 mg/日を追加し,痺れをNRSおよびNCI-CTCAE ver.4 「末梢性感覚ニューロパチー」 のGradeで評価したところ,第25病日にはNRS 5/Grade 2 「朝や寒い時も痺れが少ない状態」 へ,第34病日にはNRS 2/Grade 1 「トイレに行ってもほとんど痺れを感じない状態」 へ改善した.見守りで30分程度の屋外歩行が可能となり,「痺れは治らないと言われていたのが嘘のようだ.これなら近所へ買い物にも行ける.」と在宅を希望した.第53病日にTNを200 mg/日へ減量したところ,第55病日に痺れがNRS 5/Grade 2へ増悪し,四肢の冷感も再燃を認めた.第57病日に再度300 mg/日へ戻すと痺れも再びNRS 2/Grade 1へ改善し,冷感も改善したが(図2),第65病日に全身の強直性痙攣が出現し,緊急頭部CT撮影にて脳転移および同部位の一部に出血を認め,第70病日に誤嚥性肺炎で死亡された.

図2 薬剤と痺れ(NRS)の経過.赤い部分が痺れの範囲.

考 察

 PIPNは下肢から対称的に上行するグローブストッキング型の感覚低下および,ひりひり感や灼熱感を呈し15),PTX投与後9カ月で50%が改善すると言われている5).本症例は投与2年後も著明なADLの低下を伴う痺れが遷延し,再投与でさらに増悪した難治性のPIPNと考えられたが,LafとTNが有効であった.末梢神経の再生速度が1 mm/日であることから16),自然経過で改善する場合は月単位の緩徐な経過をたどると思われるが,本ケースはPTX中止後に変化しなかった末梢神経障害がTN投与後数日の経過で急激に改善したことから自然経過よりもTNとLafによる改善と考えられた.

 Lafはカプサイシン知覚神経を刺激してCGRP(Carcitonin gene-related peptide)の放出を促進し,NOを産生して胃粘膜の血流増加および保護,修復をもたらすH2ブロッカーであるが11), 17),他のH2ブロッカーと異なり間接的にTRPV 1(Transient Receptor Potential Vanilloid Subtype 1)受容体を活性化する11).TRPV1受容体はカプサイシン,プロトン,熱により活性化されて温度閾値が低下し,体温でも痛覚過敏が惹起される1).しかし引き続き起こる脱感作により感覚神経興奮応答が遮断されて1), 10), 18),痺れの改善に寄与したと思われる.

 TNは微小循環改善作用およびフリーラジカルスカベンジャー機能により神経保護作用を持つVitaminEであり13),化学療法による末梢神経障害発症率がVitaminE非投与群で73.3%,投与群では25%という報告もあるが13),PIPNの予防および治療において十分なエビデンスはない.本症例では四肢の冷感を認めたこと,入浴後にしびれが一時的に改善すること,投与開始後に冷感の改善を認めていることから,末梢循環の改善作用による効果と考えられた.

 PIPNの治療はグルタミン酸19),デュロキセチン20),ビタミンE9),牛車腎気丸14),プレガバリンの有効例が報告されているが21),グルタミン酸投与量は通常が1~2 g/日に対して30 g/日を4日間と多量であること,牛車腎気丸は32例のretrospective studyであるが,服薬コンプライアンスが不明であること,17例にビタミン剤が併用されていることなどから有用性は明らかでない.デュロキセチンは20~40 mg/日と通常内服量であるが,投与量やタイミングなどが異なる25例のretrospective studyであり,有効性は明らかでない.プレガバリンは単剤またはデュロキセチンとの併用が有効であったという報告もあるが22),いずれもPIPNの治療におけるエビデンスはなかった.2014年に発表されたJCOの化学療法における末梢神経障害のガイドラインでは,推奨される予防薬剤はないものの,治療薬はデュロキセチンが推奨されている23).本症例においては,四肢の冷感や入浴後の痺れの改善などから,デュロキセチンよりも末梢循環改善薬を先行した.

 また本症例に鎮痛補助薬も検討したが,メキシレチンは前医で無効であり,ノルトリプチリンは前立腺肥大,またカルバマゼピンは肝転移のため使用を避け,入浴後に痺れが一時的に改善することと四肢末梢に冷感を認めたことから末梢血流改善薬を選択した.

 なお本症例の痺れの評価は,NCI-CTCAE ver.4のGrade評価では細かな変化の記載が困難であったため,10段階評価のNRSを併用記載した.

結語

 今回,PIPNに対してTNとLafを併用し,著明に改善したケースを経験した.

 新生血管阻害作用を有する他の薬剤による末梢冷感を伴う末梢神経障害にも有効である可能性も示唆されたが,症例数が1例のみであり,今後複数症例における検討が必要と思われる.

References
 
© 2015 by Japanese Society for Palliative Medicine
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