2015 Volume 10 Issue 3 Pages 911-914
【目的】緩和ケア病棟の在宅がん患者緊急入院受け入れについて検討した.【方法】2013年1月〜2014年12月の緩和ケア病棟退院患者393名を対象として,予定入院(予定群),緊急入院(緊急群)に分け,転帰と入院期間を比較し,緊急群の入院経緯等を調査した.【結果】患者数は予定群224名,緊急群169名であった.死亡退院率は予定群81%,緊急群78%であった(有意差なし).死亡退院例の入院期間は緊急群平均24.3日が予定群より9日短かった(p<0.05).緊急群の入院経緯は入院面談済み128名,入院面談未施行11名,初診30名で,入院日時は平日日勤帯が129名(76%),入院理由は多彩で疼痛と経口摂取困難は高頻度であった.【結語】緊急群は多様な経緯,多彩な病状を認め,早期死亡が多いものの在宅復帰も認め,緊急入院の役割を果たしていた.
2007年に施行されたがん対策基本法とその後の各種制度・計画により,がん患者の在宅療養や在宅緩和ケアは充実しつつあり,在宅医療に関する報告も多数認められるようになった.一方で,在宅緩和ケアと緩和ケア病棟(以下,PCU)との連携に着目すると,日本ホスピス緩和ケア協会の調査1)によれば,2014年11月現在のPCU届出施設321病院のうち,「症状緩和の通院治療」を行っているのは210施設(65%),「在宅診療(医師の往診)」を行っているのは97施設(30%)にとどまっている.また,終末期在宅医療の障害として認識されている「症状増悪時の対応・入院」2)にPCUがどれだけ対応し,患者・家族と病棟スタッフへどのような効果や影響をもたらしているのか報告したものは乏しい.
本研究では当院PCUにおける在宅からの緊急入院受け入れ実態を調査し,緊急入院を受けることの有用性について検討した.
2013年1月〜2014年12月に新生病院PCU(以下,当病棟)を退院した患者のべ393名を対象とし,診療録の後ろ向き調査を行った.
当病棟へ入院した患者を,(a)あらかじめ家族または本人が来院してPCUスタッフと面談(以下,入院面談)を行い,その後に日程を決めて入院した予定入院(予定群),及び,(b)入院面談の有無を問わず,診察当日に入院を決めた緊急入院(緊急群),の2群に分けた.転医や当院一般病棟からの転科も入院面談後であれば予定群として扱った.
調査内容は,各群の患者数,年齢,性別,転帰(死亡退院・生存退院),転帰別の入院期間とした.また,緊急群の入院経緯,入院日時(曜日・勤務帯),入院理由を調査した.入院経緯は,通院あるいは訪問診療・往診の有無,入院面談はされていたか,などを調査した.入院経緯における訪問診療・往診は,当院緩和ケア医による診療を指し,他医の訪問診療を受けていた患者の紹介は初診として扱った.入院理由は,診療録から確認した入院時主訴とし,身体・精神症状以外の在宅介護困難等も扱った.多数の主訴が記録されている症例では,主たるもの3つを取り上げた.
数値表記は平均値±標準偏差とした.統計学的処理は,性別と転帰についてはカイ二乗検定,年齢と入院日数の比較はt検定を用い,いずれの解析もp<0.05を統計学的に有意と判定した.統計解析ソフトにはStatcel-3を用いた.
なお,本研究論文は当院倫理委員会の承認を得ており,患者個人が特定されないように配慮した.
対象患者393名のうち予定群は224名,緊急群169名であった.予定群の内訳は在宅からが52名,施設から3名,転医169名,緊急群の内訳は在宅から158名,施設から11名,転医0名であった.患者の年齢,性別は2群間で差を認めなかった.死亡退院と生存退院(在宅復帰)の割合は,両群ともに在宅復帰率約2割で有意な差は認めなかった(表1).
死亡退院例における入院期間は,緊急群の平均24.3日が予定群よりも9日短く,有意差を認めた(p=0.0174).生存退院例の入院期間は,緊急群が短い傾向であった(p=0.3858)(表1).
緊急群の入院経緯は,通院中の患者が116名,訪問診療・往診中の患者が23名,受診歴のない初診患者が30名であった.また,入院面談済み患者が通院中と訪問診療中あわせて128名と多数であり,いわゆる入院待機状態で病棟と外来・訪問間で情報共有されていた.一方で,入院面談未施行11名と初診30名を合わせた41名(緊急群の24%)は,病棟への事前情報のない突発的入院であった.少数例ながら,診療情報提供書を持たずに外来初診した患者(2名)も認めた.(表2)
入院日時については,定期受診日として緩和ケア外来を行っている平日(火・水・木・金曜日)の緊急入院が多く,土曜・日曜・祝日の緊急入院は27名(緊急群の16%)であった(表3).また緊急群のほとんどは日勤帯の入院であり,準夜帯(夕方・深夜)の入院は18名,深夜帯(未明・早朝)の入院は2名のみであった(表3).31名はPCUへ緊急入院できず,一般病棟へ入院してから後日に転棟した.一般病棟入院理由は,PCU満床か入院面談未施行のため,あるいはその両方であった.
緊急群の入院理由となった身体・精神症状は,疼痛65名,食欲低下・経口摂取困難58名,歩行困難36名,呼吸困難29名,発熱22名,嘔吐21名,意識障害10名,全身倦怠感8名,嘔気(嘔吐を伴わない)6名,出血5名,その他の症状として,下痢,せん妄,不安,腹部膨満,めまい,排尿障害,けいれん,血圧低下,褥瘡悪化,痰,しびれ感,動悸,浮腫出現,外傷(創傷),呂律障害を認めた(いずれも3名以下).また社会的要因として,家族の介護困難22名,独居生活困難1名を認めた.
本研究では,在宅からPCUへ緊急入院した症例の検討を行った.その結果,緊急入院は平日の日勤帯に多く,週末・休日や夜間の時間外入院は比較的少ないこと,入院面談を経て入院待機状態の患者が多かったものの,突発的な入院も少なくなかったこと,入院理由となる症状は多彩であることが明らかとなった.また,緊急入院後に死亡するまでの期間は予定群よりも短いこと,在宅復帰症例も予定群と同等の約2割に認めることが明らかとなった.
本研究の結果では,緊急群における死亡例の入院期間は予定群よりも有意に短く,入院時の全身状態が悪かったためであると推察され,緊急性を要する入院であったことの裏付けと考えられた.一方で,緊急入院後にも予定群と同等の在宅復帰を得られており,医療者は患者が緊急入院した段階で,看取りと在宅復帰の両方の可能性を考えた診療・ケアを進める必要性が示唆された.
近年の在宅医療を支える制度や医療スタッフの充実により,がん終末期の患者の在宅療養,在宅看取りは増えてきているが3),それでも全例が在宅療養を完遂できるわけではない.越智ら4)は,PCUと連携登録した75名の在宅療養患者のうち21名(28%)が待機的に,21名(28%)が緊急的にPCUへ入院したこと,また,緊急入院例の入院理由は,病状の急激な悪化,症状緩和困難,介護力限界であったと報告している.本研究における緊急入院理由となった症状は多彩であったが,特に疼痛と食欲低下・経口摂取困難は病状の急速な悪化として緊急対応が必要となる頻度が高いことが明らかとなった.経口摂取については,薬の内服困難を通じて症状緩和困難にも連結し,やはり緊急対応の適応になると思われた.また,介護困難・独居困難は本研究でも認められ,在宅医療特有の問題と考えられた.
自宅で過ごすことを希望する患者・家族にとっての不安材料は,病状急変時の対応であると報告されている2), 5).また,在宅医療を支える医師は,緊急時の入院対応が確保されていることで安心感を得ている2), 4), 6).これに応じるように,診療報酬算定に関する厚生労働省の通知7)において,PCUは24時間連絡を受けられる体制と在宅療養を行う患者の緊急入院ができる体制を確保することとされている.しかし,実際にPCU各施設が常時の緊急入院対応を取っているかといえば,そうとは言えない.東京西部地区の緩和ケア病棟連絡会に参加した10病院のうち5施設が,非公式であるものの夜間・休日の緊急入院は受けていないと表明している(文献なし).
また,日本ホスピス緩和ケア協会によると「症状緩和の通院治療」を行っている施設は65%,「在宅診療(医師の往診)」を行っている施設は30%と報告されている1).各施設の性質や事情により診療方針は異なり,また他施設との連携で在宅診療のバックアップ病床機能を果たしているPCUもあるので単純な評価はできないが,在宅がん患者の診療についてまわる「緊急時の入院対応」の負担が,各々の施設の通院・在宅診療のハードルとなっている可能性がある2), 8).
われわれは,患者・家族が希望した時には常に緊急入院を受け入れているが,結果的には週末・休日あるいは夜勤帯の入院は2年間で40名,緊急群の24%,全入院数の約1割と少なく,医師・看護師の負担は大きな問題にはならなかった.越智ら3)は,緊急入院例の3割弱が時間外入院であったと報告している.われわれの時間外入院がやや少なかった理由として,定期外来受診時・定期訪問診療時に入院を希望した症例が多かったためと考えられ,受診までの数日間程度は自宅で我慢していた可能性も否定できない.我慢できる程度の苦痛であったのか,我慢を強いていたのか,さらに検討を深める必要があると思われた.
また,われわれは,病棟,外来,訪問診療を同じ緩和ケア医が担当し,外来では予約受診のみではなく,予約外の初診・再診も受け入れている.また,病棟は原則として入院依頼を断らない運営をしている.予約外診療や緊急入院では十分な診療・ケアの提供ができないという意見も内外から聞かれたが,われわれは患者・家族の希望を叶える事を優先する方針としている.今後は,緊急入院患者と予定入院患者の診療・ケアに差が生じていなかったか,質的な検証も必要であろうと考えられた.
在宅からPCUへ緊急入院したがん患者について検討した.多様な経緯,多彩な病状による入院があり,また,入院後早期の死亡とともに症状緩和後の在宅復帰症例もみられ,これらいずれにも対応したことが明らかとなった.