2015 Volume 10 Issue 3 Pages 920-923
現在,世界的に「早期からの緩和ケア」を実践していくことが進められている.しかし,その実践には様々な課題がある.このような状況の中 Palliative oncologistという, Oncologyと緩和ケアの両方のトレーニングを受けた医師の養成が提案されている.川崎市立井田病院では,抗がん剤から病棟,緩和ケアチーム,在宅までひとつの部門で提供しており,このシステムを利用した研修プログラムが行われている.患者が抗がん剤治療中でも緩和ケアに専念してからも,訪問診療に移行しても,研修医が主治医になるといった特徴があり,早期から統合された診療を経験できる.早期からの緩和ケアを進めていくための人材として, Palliative oncologistの養成は日本でも有用な可能性があり,当院での研修プログラムはひとつのモデルとなる可能性がある.
本邦において,2006年に「がん対策基本法」が成立し,それに基づいた2007年の「がん対策基本計画」の中で「がん患者及びその家族が可能な限り,質の高い療養生活を送れるようにするため,治療の初期段階から緩和ケアの実施を推進していくこと」が掲げられている.米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology;ASCO)もその声明1)で,全てのがん腫に対して「早期からの緩和ケア(early palliative care;EPC)」を行っていくことを勧めている.
しかし,本邦においてEPCを実践していくための課題は多い.適切な介入時期や方法がまだ固まっていない中で,施設ごとの診療システムや,マンパワー不足の問題などといった様々な課題があり,EPCの実践はまだまだ手探り状態といったところであろう.
そういった中で,がん治療医と緩和ケア医との間に,知識面やコミュニケーション,相互理解などでのギャップがあることなどもしばしばEPCを妨げる課題としてあげられることがある2).この課題を解決し,EPCを進めるために「Oncologyと緩和ケアの統合」が話題となってきており,Palliative oncologistという,臨床・教育・研究などの面で,両者の統合に重要な役割を果たしうるスキルをもった医師の養成が提案されている3, 4).Palliative oncologistについて明確な定義はないものの,「Oncology領域出身の緩和ケア医」や「緩和ケアを1〜2年専門的に研修した腫瘍内科医」など,Oncologyと緩和ケアの両方のトレーニングを受けた医師がそれに該当すると考えられる.
川崎市立井田病院(以下,当院)においては,このPalliative oncologistを養成すべく,腫瘍内科と緩和ケアを統合した研修プログラムを作り上げている.このような研修プログラムはまだ少なく,日本のがん診療を担う人材を育成していくうえでのひとつのモデルとなることを期し,ここに報告する.
当院では,「かわさき総合ケアセンター」という名称のもと,ひとつの科において,抗がん剤治療から緩和ケア外来,緩和ケア病棟,緩和ケアチーム,在宅診療までも行える診療システムとなっている.つまり,自分が外来で抗がん剤治療を続けていた患者さんを,入院でも担当し,緩和ケアに専念することになっても自分が主治医として診療を続け,緩和ケア病棟を利用し,在宅に帰っても自分が訪問診療で診て,最期を看取ることも可能である.
そのシステムを利用し,当院では表1に示したように,Oncologyと緩和ケアの各部門が統合された研修プログラムを提供している.Oncologyと緩和ケアの統合された研修を行っていくためには,図1に示したようにそれぞれの部門をローテートする研修方法(AおよびB)と,両部門が統合されたプログラムでの研修(C)をする方法が考えられるが,当院で行っているのはCの方式である4).研修期間は2年間だが,ニーズに応じて増減は可能である.
この研修プログラムでは,腫瘍内科外来においては腫瘍内科指導医と共同で診療し,化学療法の有害事象や病状進行などで入院になった場合はケアセンター専門研修医(フェロー)が主治医となる(図2).腫瘍内科指導医はフェローに対して,支持療法や化学療法の内容,今後の方針の指導を行うが,具体的な治療計画立案はフェローが担っている.症状緩和や精神的ケアについては,緩和ケアチームの指導医や看護師の指導も受けながら診療を行うため,フェローは多方面からの指導内容と患者・家族の意向を統合しながら,意思決定や支持療法・症状緩和のスキルを高めていくことができる.また,緩和ケア外来では,院内外から紹介された患者さんに対して継続診療を行うことができることに加え,APCU(Acute Palliative Care Unit)の整備も行っているため,必要に応じて緊急入院に対応することも可能となっている.訪問診療導入もフェローが自分で決めることができるため,患者や家族との対話や病状の進行を判断して,各指導医と相談の上,外来から訪問診療への移行の経験も積むことができる.
また,ケアセンター当直を置いているため,フェローも休日夜間には抗がん剤の有害事象による緊急受診,その他のOncology Emergency,緩和ケア病棟や在宅での急変などに対応する当直を経験する.休日には,他院から救急初診での緩和ケアの依頼が入ることも時々あり,関係性がない中での患者・家族への対応は力量が問われる.
また,当院では近隣にある日本医科大学武蔵小杉病院をはじめとした他院通院中で抗がん剤を受けている患者も,腫瘍内科の枠で患者紹介を受け,フェローにその後の外来診療をお願いしている.フェローにとっては,地域での診療連携における緩和ケア提供を実地で学ぶことができる貴重な機会である.
本プログラムは,3年間をかけてAPCUや化学療法センターを整備し,今年度から本格的に稼働を開始している.現在,本プログラムにおいて3名の研修医が履修中である.
早期からの緩和ケアは,Temelらの行った無作為化比較試験によってその効果が示され5),その中で行われた介入のうち,病状理解や意志決定支援の重要性が示されている6, 7).Palliative oncologistはこの点において,緩和ケア・抗がん剤治療双方の知識と経験を生かしながら,チームの一員として治療内容や支持療法についても積極的に関わっていく中で,患者と腫瘍内科医の間を取り持ち,より有効な意志決定支援につなげることができるかもしれない4).
抗がん剤治療中でも,入院では腫瘍内科指導医ではなくフェローが主治医となる点は,フェローが患者・家族の意向を聞きながら第3者的に抗がん剤治療の適応を考えて主治医として意見できるという意味で,フェローと腫瘍内科指導医のパワーバランスを考えても有用な点が多い.さらに,緩和ケアチームがほぼ全例で介入することで,より深く患者・家族の心理社会的側面を明らかにし,フェローが多様な価値観をすり合わせたケアの提供を可能にしている.腫瘍内科による単独診療では,抗がん治療に望みをつなごうとする患者に対し,不適切な抗がん治療が継続され,抗がん剤中止の時期を逸する可能性がある.実際,進行肺癌/大腸癌1193名に対する調査で大腸癌の81%,肺癌の69%の患者が,がん治療医がきちんと説明をしているにもかかわらず自分の病気が「治ることはない」ことを理解しておらず,しかもがん治療医とのコミュニケーションがうまくとれている,と思っている患者ほど抗がん剤の目的に対する理解が低かった,という報告もある8).適切な抗がん剤治療の実施やエビデンスやその適切な実施の重要性を理解しているPalliative oncologistが,客観的で冷静な評価を行い,主治医として患者の病状理解と今後の生き方の確認や死についての話し合いなどを行っていくことで,不適切と思われる抗がん剤を続けるケースが減り,QOL(Quality of Life)の改善につながっていく可能性がある6).
このプログラムは将来腫瘍内科を専門とすることを考える医師に対しても有効な可能性はある.実際,アメリカの報告でも腫瘍内科フェローへの緩和ケアの教育が不十分であることが指摘されており9),これは本邦においても課題となっている可能性はあるため,Oncologyと緩和ケアを実地において同時に学べる本プログラムの意義があるかもしれない.ただし,当院腫瘍内科として扱うがん種が消化器中心ということで偏りがあるため,日本臨床腫瘍学会が定める「がん薬物療法専門医」資格を取得することはできない(日本緩和医療学会の専門医資格は取得可能).Oncologyを本格的に学んでいくためには,日本医大武蔵小杉病院などの近隣施設と協力してプログラムを組んでいく必要があり,改善の余地があると考える.現時点では,「かながわオンコロジー道場」という地域勉強会を開催し,聖マリアンナ医大や神奈川がんセンターなどの腫瘍内科医との症例検討などを通して,その不足を補っている.
またこのプログラムのもうひとつの課題は,フェローの負担が比較的大きい点である.外来化学療法から病棟,在宅まで幅広い診療が求められ,またがんだけではなく非がんの終末期診療にあたる機会もあるため,勉強しなければならない点が多岐にわたり,全ての領域の研修が不十分になるリスクをはらんでいる.
このような,統合された研修を行うプログラムの有用性については,まだ明らかにはなっておらず,また本プログラムを稼働させるためには,少なくとも腫瘍内科,緩和ケアにおいて1名以上の指導医を確保する必要があり,当院における持続可能性や,他院における再現性についても不安があることは事実である.当院においては,今後も国内外の知見を参考にしつつ,EPCを適切に行うために院内のコーディネートや実践,また近隣の医療機関と連携しながら,地域にとって重要な役割を果たす質の高いPalliative oncologistの育成に努めていきたい.
緩和ケアとOncologyを統合し,Palliative oncologistを養成していくためのプログラムを報告した.EPCを進めていくための人材として,その養成は日本でも有用な可能性がある.今後,Palliative oncologistを養成することで,どの程度EPCが普及するかを測定するなどの検証も必要である.