2015 Volume 10 Issue 4 Pages 245-250
【緒言】本邦で使用可能なメサドンは内服薬のみで,内服困難となった際の対応はよく知られていない.【目的】メサドン内服困難となった際の鎮痛対応,他のオピオイド鎮痛薬への変換比率を明らかにする.【方法】緩和ケア病棟においてメサドン内服不可能となったのち亡くなった28例の鎮痛対応について後方視的に検討した.【結果】21例(1日以上生存,痛みあり)は他のオピオイド鎮痛薬に切り替え,うち10例はメサドンが血中からほぼ消失したと考えられる7日以上生存した.疼痛評価困難であった3例を除く7例(全例,モルヒネの持続注入)において,メサドン最終内服量から切り替え7日後の経口モルヒネ換算投与量への変換比率は平均6.1であった.【結論】メサドン内服困難となっても,長い血中消失半減期を考慮し,痛みがなければすぐに他の注射オピオイド鎮痛薬に切り替えず経過をみて,必要に応じ,変換比率6.1を目安に切り替えていくとよい.
2013年3月より本邦で臨床使用が開始されたメサドンは,μオピオイド受容体作動作用のほか1),NMDA受容体拮抗作用,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有し2),他の強オピオイド鎮痛薬に耐性,抵抗性の難治性のがん疼痛に対する有効性が期待できる点から3), 4),他のオピオイド鎮痛薬から切り替えての使用例が蓄積されつつある.メサドンは他のオピオイド鎮痛薬との交叉耐性 が不完全で5),一律な変換比率がない3).他のオピオイド鎮痛薬からメサドンへの切り替えに関しては,あくまでも目安としての換算表が「メサペイン®錠適正使用ガイド」には記載され6),本邦においても外来での切り替え例などの報告も散見されるようになっているが7),メサドンから他のオピオイド鎮痛薬への切り替えに関しては,その換算表は利用できず,変換比率の目安さえ記載されていない.一般にメサドンから他のオピオイド鎮痛薬への切り替えは容易ではないとされている8), 9).本邦で使用可能なメサドン塩酸塩は内服薬のみであり,病状の進行によりメサドンが内服できなくなった際の対応,他のオピオイド鎮痛薬への変換比率について,本邦での報告は乏しい.
今回,病状進行に伴いメサドンの内服が困難となった症例における,その後の対応について,他のオピオイド鎮痛薬への切り替え例における変換比率とともに報告する.
1.2013年4月から2014年9月の18カ月間に宝塚市立病院緩和ケア病棟でメサドンが投与された28例における,メサドン内服不可能となったのちの鎮痛対応についてカルテ記載から後方視的に調査した.
2.メサドン中止7日後をメサドンが血中からほぼ消失している時期と考え10), 11),切り替え完了日とした.メサドンが内服不能となったのち7日間以上生存した症例では,全例,モルヒネ塩酸塩の持続注入に切り替えていた.その症例において,A:メサドン中止前日内服量,B:経口モルヒネ換算したメサドン中止前日のレスキュー量,C:メサドン中止7日後のモルヒネ塩酸塩注1日総投与量(持続投与量と早送り投与量の和)…切り替え後の安定投与量,C×2:Cの経口モルヒネ換算量,C×2-B=D:経口モルヒネ換算した切り替え後のオピオイド安定投与量からメサドン内服時のレスキュー量を減算したもの,と定義.これまでの海外での報告と同様に12), 13),「 D / A 」という式で求めた値をメサドンから他のオピオイド鎮痛薬への変換比率:Rとした.各症例でRを計算し,Rの平均値,95%信頼区間を求めた.
そして,統計学的処理として,AとDとの相関分析(Speaman痴 correlation coefficient)を行った.
調査を行った全ての症例(28例)において,他のオピオイド鎮痛薬からメサドンへの変更は完全に終了できていた.
1.28例中7例は,メサドンが内服できなくなった後,痛みがなかったため他のオピオイド鎮痛薬に切り替えることなく1日以内に死亡した.残りの21例では,経口以外の投与経路で他のオピオイド鎮痛薬への切り替えが可能であった(フェンタニル貼付剤:1例,オキシコドン塩酸塩持続注入:2例,モルヒネ塩酸塩持続注入:18例).この21例中,11例はメサドン内服不可能となって7日以内に死亡し,10例は7日を超えて生存した.10例中,意識障害のため疼痛評価が困難であった3例を除いた7例について,メサドンから他のオピオイド鎮痛薬への変換比率を検討した(結果2).
2.7例の背景は,男性3例,女性4例で,平均年齢は61歳(38-77歳),がんの原発巣:肺2例,乳腺1例,結腸直腸2例,膵臓1例,甲状腺1例であった.この7例においては,メサドン中止後の生存期間は平均17日(標準偏差:7.6,中央値:17,範囲:8-27日)であった.
Aは平均64 mg/日(標準偏差:42,中央値:60,範囲:20-150 mg).Bは平均226 mg/日(標準偏差:211,中央値:120,範囲:30-625 mg).メサドン中止後,平均9.9時間(標準偏差:7.2,中央値:9,範囲:1-21時間)で,7例ともモルヒネ塩酸塩の持続注入(皮下注:5例,静注:2例)を開始していた.モルヒネ塩酸塩の持続注入の開始平均量は174 mg/日(標準偏差:201,中央値:85,範囲:18-600 mg)で,順次増量し,Cは平均367 mg/日(標準偏差:424,中央値:270,範囲:48-1260 mg),Dは平均509 mg/日(標準偏差:652,中央値:375,範囲:28-1895 mg)であった.各症例でR=D / Aを計算したところ,Rの平均は6.1(中央値:7.5,範囲:0.5-12.6,95%信頼区間:2.3-9.9)であった.メサドンからモルヒネ塩酸塩の持続注入に切り替えたのちの併用療法として,ミダゾラムは3例,ケタミンは3例,リドカインが1例で使用されていた.7例のプロファイルの詳細を表1に示す.切り替え前と切り替え後7日間を比較し,明らかな疼痛悪化例はなかった(図1).切り替え前後の比較で,2例において(病状進行の影響もあり)傾眠,せん妄の悪化みられた(表1).相関分析では,相関係数rs=0.775,p=0.0408,n=7と,内服が困難になるほどがんが進行した状態において,AとDとの間には有意な相関関係がみられた(図2).
経口メサドンから他のオピオイド鎮痛剤への変換比率についての報告は海外で2編(カナダとアメリカから)あり,8.3(範囲:4.4-11.3,n=6)と4.7(範囲:0.5-15.3,95%信頼区間:3.0-6.5,n=16)であった12,13).われわれの検討では,その中間の6.1(範囲:0.5-12.6,95%信頼区間:2.3-9.9,n=7)という結果であった(表2).
メサドンは,血中消失半減期が長いため14),内服中止したのち数日かけて,体内から徐々に消失する.それゆえ,メサドンの内服が困難となった際には,メサドンの血中濃度減衰に応じて,等力価量の非経口オピオイド鎮痛薬への変更が必要である.つまり,変更初日は,メサドンの血中濃度が保たれているため11),非経口オピオイド鎮痛薬の開始量は,痛みが制御されていれば,経口モルヒネ換算で,メサドン中止前日のレスキュー量(B)のみ,あるいは,それに1:1で変換した量(A×1)を加えた量(B+A)までとし,必要に応じてレスキュー量を投与することになる15).その後,メサドンが血中から消失する数日間かけて,非経口オピオイド鎮痛薬の投与量を漸増する.図1において,われわれが検討した7例におけるモルヒネ注投与量漸増の実際を示す.「変換比率:R(平均6.1)=D / A=(C×2-B) / A」→「C×2=B+A×R」という計算式から,漸増目標量は,(経口モルヒネ換算で)A×R+Bとなるが,われわれの検討において,変換比率:Rの95%信頼区間は2.3-9.9と幅があり,個々の症例において慎重に行う必要がある.同時に,他の鎮痛薬(アセトアミノフェン静注液,フルルビプロフェンアキセチル注射液など),鎮痛補助薬(リドカイン塩酸塩注射液,ケタミン塩酸塩注など)併用の必要性も考慮する16).しかし,以下のことに注意が必要と考える.1)臨死期においては意識障害のため痛みの判定が困難17),2)メサドンと他のオピオイド鎮痛薬との間の不完全な交叉耐性5),3)臨死期における腎障害,肝障害などの薬剤代謝障害の存在18).
メサドンが内服困難となりつつある際,宝塚市立病院緩和ケア病棟で行っている具体的な対応例を記す.
・メサドンが内服できなくなる場合に備えて
1.内服困難を早期に予測するとともに原因を把握する.患者・家族の意向も踏まえ,内服継続の是非を判断する.
2.内服困難となることが予想されても,疼痛がなければ,できるだけメサドン内服を継続する.疼痛があれば,非経口オピオイド鎮痛薬へ早めのオピオイドスイッチングを考慮する.
3.内服困難となることを想定し,内服以外の投与経路のレスキュー薬を試用,指示しておく.患者・家族にメサドン中止後の対応,中止後に使用する非経口オピオイド鎮痛薬について前もって説明しておく.
・メサドンが内服できなくなった場合の具体的な対応手順
1.メサドン内服中止前日のメサドン内服量,レスキュー量を把握.疼痛の程度に応じた量のオピオイド注射薬の持続注入を準備する(これでレスキュー薬も確保される).持続皮下注を第一選択とし19),静脈路が確保されている場合は持続静注も考慮する.
2.メサドン内服中止後24時間は血中濃度が保たれるため11),疼痛がなければすぐに持続注入を開始せず経過観察とする.疼痛出現時には,迅速に持続注入を開始する.
2-1.朝メサドンを内服し,その晩から飲めなくなった場合:慌てて持続注入を開始せず,レスキュー薬を適宜使用する.翌朝,十分にアセスメントを行い,持続注入を準備する.
2-2.夕メサドンを内服し,翌朝から飲めなくなった場合:レスキュー薬のみを指示し,持続注入開始は急がない.疼痛のある場合,持続注入を開始する.
3.注射オピオイド鎮痛薬の開始量は,疼痛の程度,全身状態,併用薬などを考慮に入れ,B~B+Aの範囲とする.レスキュー薬(持続注の早送りなど)を適宜投与する.
4.持続注入開始後,「B+A×R」(R=6.1…本検討)という計算式から得られた経口モルヒネ換算量を目安とし,持続注入投与量を慎重に漸増する.
5.4日目前後に持続注入投与量は概ね安定するが(図1),1週間後まで綿密に観察・調整する.
臨死期には内服困難となることが多く,緩和ケア病棟では80%以上の方において,オピオイド鎮痛薬の投与経路変更をしているという報告がある20).一方で,ある英国のホスピスからの報告では,死亡前24時間以内でも66%の患者がオピオイド鎮痛薬の内服が可能であり21),オピオイド鎮痛薬の(定期的な)非経口的投与が死亡まで24時間以上にわたって必要な患者は32%であったという22).メサドンが内服困難となった際,疼痛が持続あるいは増強している場合やレスキュー薬の投与経路確保が必要な場合を除いて,臨死期においては,すぐに他のオピオイド鎮痛薬の持続注入を開始せず,24時間程度経過観察を行ってもよいと考える.そして,メサドンが内服困難となった際にも,代用となる薬剤がないことを念頭において,できるだけ内服を継続するのもひとつの選択肢であると思われる.
病状の進行などによりメサドン内服困難となってきても,メサドンの長い血中消失半減期を考慮し23),すぐに他の注射オピオイド鎮痛剤へ切り替えず,できるだけ内服を継続するのもよいと考える.最終的に内服できなくなったのち,必要に応じて,他の注射オピオイド鎮痛薬の持続投与を開始し,変換比率から計算した投与量をひとつの目安として漸増することで,メサドンから他のオピオイド鎮痛薬へ切り替えることが可能であろう.
付記 本論文の要旨の一部は,第19回日本緩和医療学会学術大会(2014年6月,神戸市)で発表した.