2015 Volume 10 Issue 4 Pages 251-258
【目的】進行がん患者の血液検査値のみを用いる生物学的予後スコアを開発し,妥当性を確かめた.【方法】緩和ケア病棟の患者(開発群)を対象に血液検査値,年齢,性別,がん種を独立変数,死亡を従属変数とするパラメトリック生存時間解析を行い生物学的予後スコアBiological Prognostic Score(BPS)を開発した.次に,異施設の積極的がん治療を終了または差し控えた患者(検証群)で前向きにBPS とPalliative Prognostic Index(PPI)の精度を検証した.【結果】開発群122 例よりコリンエステラーゼ,血中尿素窒素,総鉄結合能から成るBPS を得た.検証群195例で1-9 週生存予測のROC 曲線下面積はBPS=0.76-0.86,PPI=0.69-0.73 であった.【考察】BPS の妥当性が示唆された.今後,多施設での検証とTIBC に代わる一般的な項目の探索が必要である.
がん緩和ケアにおいて生命予後の予測は重要であり,患者・家族の目標設定,主治医の意思決定,ホスピスプログラムへの紹介のタイミングなどと関連する1).
例えば,日本緩和医療学会の「終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン」の対象となるのは,予後が約1カ月以内と考えられる患者であり2),通常,深い持続的鎮静の対象となる患者の予後は,数日以下であるといわれる3).
これまでに,いくつかの優れた予後予測ツールが報告されている1, 4~7).妥当性が確認されているものとして,Palliative Prognostic(PaP)Score,Palliative Prognostic Index(PPI)が広く知られる8, 9).
PaPは高い精度が報告されているが8, 10~13),臨床的予後予測が計17.5点中8.5点を占める.臨床的予後予測は主観的要素を含み,医師の主観的評価がない場合に算出できない1, 6, 7).
PPIは主観的要素が少ないが,せん妄の評価が計15点中4点を占める.せん妄,とくに低活動型せん妄は見逃されやすく14),正確な評価のために臨床判断を要する6).
われわれは主観や経験の影響を受けず客観性が優れ,かつ精度が高い予後予測ツールを開発すること目的として,血液検査値のみから算出できる生物学的予後スコア Biological Prognostic Score(BPS)を開発し,予測精度を前向きに検証した.BPSの比較対象として,広く知られる予後予測ツールの中で,主観的要素の少なさにおいてBPSと似るPPIを選択した.
開発群で後ろ向き研究を行い,BPSを作成した.
その後,検証群で前向き研究を行い,BPSの精度と外的妥当性を調査した.
1 対象(1)開発群
2006年4月から2009年3月に新生病院緩和ケア病棟に入院し死亡した20歳以上の進行がん患者のうち,積極的がん治療を終了または差し控えており,血液検査を実施し,本研究への同意が得られた例を適格例とした.進行がんの定義は,根治的治療が不可能な患者とした.血液検査は,患者・家族の希望に基づいて緩和ケア医が血液検査による症状や病態の評価が必要と判断した場合に実施した.血液検査を2回以上実施した患者では,初回のみを解析対象とした.対象の血液検査の実施から死亡までの日数を生存期間と定義した.
(2)検証群
2011年7月から2014年3月に長野市民病院一般病棟で緩和ケアチームが介入し,同院一般病棟または他院で死亡した20歳以上の進行がん患者のうち,積極的がん治療を終了または差し控えており,BPS算出が可能な血液検査とPPIの評価が実施され,本研究への同意が得られた例を適格例とした.進行がんの定義は,根治的治療が不可能な患者とした.血液検査は,主治医が臨床的必要性を認めた場合に実施され,緩和ケアチーム担当医が既存検体の検査結果からBPSを算出した.主治医が指示した検査項目内にBPS算出に必要な項目が含まれていない場合は,緩和ケアチーム担当医が残余検体での必要項目の検査を追加した.BPS算出が可能な血液検査を2回以上実施した患者では,初回のみを解析の対象とした.対象の血液検査の実施から死亡までの日数を生存期間と定義した.PPIは,対象の血液検査と同じ日に緩和ケアチーム担当医が評価した.
除外基準として,以下の手順を用いた.まず,開発群と異なる施設での外的妥当性を検証するため,新生病院から入院,または同院へ退院した例を除外した.次いで,以下の患者を除外した.1)脳脊髄腫瘍,2)化学療法・ホルモン療法を導入予定または継続中,または手術療法・放射線療法・化学療法の実施からの期間が28日未満,または低侵襲治療(ラジオ波焼灼療法,肝動脈塞栓療法,内視鏡的胆道ドレナージなど)の実施からの期間が10日未満,3)透析療法を導入予定または継続中であった場合.
2 統計解析(1)開発群
生存期間と19個の独立変数,すなわち年齢,性別,がん種,ヘモグロビン量,白血球数,好中球比率,リンパ球比率,好中球/リンパ球比,C反応性蛋白,アルブミン,コリンエステラーゼ cholinesterase(ChE),乳酸デヒドロゲナーゼ,血中尿素窒素 blood urea nitrogen(BUN),クレアチニン,カリウム,推算糸球体濾過量,高比重リポタンパクコレステロール,遊離トリヨードサイロニン,総鉄結合能 total iron-binding capacity(TIBC)を調査した.
次に,データ解析と予後予測式の作成を統計専門家に委託し,1)年齢,性別,がん種,血液検査値を独立変数,死亡を従属変数として指数分布モデルによるパラメトリック生存時間解析15)を適用し,前進的変数増減法 stepwise forward selection method による変数選択を行った.続いて,2)変数選択によって予後予測式のモデル候補を複数求め,それぞれのモデルの当てはまりの良さ(対数尤度など)と変数の臨床的意義や使いやすさを総合的に吟味し,最良のモデルの変数を選択した.そして,それらの変数を組み合わせてBPSを含む予後予測式を作成した.パラメトリックモデルは,予後予測の外挿,すなわちデータが存在しない範囲の生存期間についても生存率を予測することが可能であり,また厳密な最尤法を用いることによって予後予測の精度が高くなるので,本研究で使用した.前進的変数増減法は,簡便で効率的な変数の組み合わせになる可能性が最も高いので,本研究で使用した.
さらに,実際の血液検査値からBPSを求め,1週,3週,6週,9週生存予測におけるBPSの感度,特異度,陽性的中率,陰性的中率,正診率を解析し,それぞれの期間の生存予測におけるカットオフ値を選定した.それに加えて,患者を予測予後別に3群(A群=低リスク群=月単位群,B群=中リスク群=週~月単位群,C群=高リスク群=日~週単位群)に識別するためのBPSのカットオフ値も選定した.統計解析にはJMP9.0を使用した.
(2)検証群
生存期間,年齢,性別,がん種,死亡場所,PPI,および開発群の解析結果よりBPSを構成する変数として選択された血液検査項目を調査した.
次に,1-9週生存予測の受信者動作特性 Receiver Operating Characteristic(ROC)解析を行い,検証群におけるBPSとPPIのROC曲線下面積 Area Under the Curve(AUC)をDeLong検定を用いて比較した.
さらに,BPSとPPIのカットオフ値の精度を感度,特異度,陽性的中率,陰性的中率,正診率,およびカプラン・マイヤー生存率曲線,ログランク検定において比較した.PPIのカットオフ値はPPI開発者の設定に従い9),3週または6週生存予測では6点または4点を,予測予後別の3群の識別では4点および2点を使用した.1週,9週生存予測ではPPIのカットオフ値が知られていないため,本研究の検証群の解析結果を元に選定した.
統計解析にはJMP11.2,Excel for Mac 2011 v14.4.4,XLSTAT 2014.4を使用した.
(3)必要例数の設定
a.予後予測の予測誤差に基づく必要例数
t日後の生存確率が50%のとき,信頼係数を95%,予測誤差を±10%とすると,必要例数は次のようになった.
必要例数=1.96×1.96×0.5×0.5/0.1/0.1
=96.04≒97例
b.多変量解析に基づく必要例数
多変量解析の場合,信頼性の高い解析結果を得るには次の条件を満たしている必要があった.
必要例数≧(変数の数×10または変数の数の2乗)の大きい方の値
今回の研究では,BPSに組み入れる独立変数の数を,臨床での使い勝手が良いように,研究計画段階で5個以内にすることに決めておいた.
組み入れる独立変数の候補が5個,従属変数が1個なので,変数の数は6個になり,必要例数は次のようになった.
必要例数≧6×10=60例
以上のaとbをもとに,開発群も検証群も100例以上あれば信頼性の高い予後スコアを開発し,それを検証することができると考えた.
3 倫理的配慮本研究は「ヘルシンキ宣言」,「疫学研究に関する倫理指針」に沿って計画,実施され,データ収集施設と新生病院および長野市民病院倫理委員会の承認を受けた.患者に研究内容,個人情報保護などについて院内掲示などで周知し,口頭にて説明し同意を得た場合に対象とした.意識障害等のために患者の同意能力が低下している場合は,家族等の代理人の同意を得た場合に対象とした.
また患者に無理な侵襲を加えないことに配慮し,採血は開発群,検証群とも主治医が臨床的必要性を認めた場合のみ行い,検証群でBPS算出に必要なデータが得られていないときは残余検体を用いた.
開発群と検証群の患者背景を表1に示す.
(1)開発群
入院し死亡した患者が288例で,そのうち122例で血液検査を実施し解析対象とした.
(2)検証群
入院し死亡した患者が481例で,そのうち394例でBPS算出が可能な血液検査を実施した.394例のうち,新生病院から入院,または同院へ退院した60例,除外基準に抵触した139例が除外された.後者の内訳は脳脊髄腫瘍(46例),化学療法・ホルモン療法を導入予定または継続中,または手術療法・放射線療法・化学療法の実施からの期間が28日未満,または低侵襲治療の実施からの期間が10日未満(118例),透析療法を導入予定または継続中(3例)であった.最終的に195例を解析対象とした.
開発群と検証群の比較において,死亡場所,男女比,がん種,生存期間に有意差が認められた(p<0.001).
2 生物学的予後スコアBiological Prognostic Score (BPS)の開発変数選択とモデル候補の吟味の結果,最良のモデルの変数としてChE, BUN, TIBCを選択した.それら以外の血液検査項目と年齢,性別,がん種は有用な変数でなく,予後予測式に取り込まれなかった.
以下の予後予測式が得られた.
BPS=26-0.04×ChE+0.23×BUN-0.04×TIBC
ハザードスコア(瞬間死亡率):
λ=exp(0.1×BPS-5.2)
t日後の生存率:S(t)=exp(-λ×t)
この式に予測したい生存期間tを入力することによって,任意のBPS値における任意の期間後の予測生存率を算出することが可能となった.
さらに同式より,BPS値が0,5,10,15,20,25,30,35,40,45の場合の7-120日後の予測生存率を求め,予測生存率表を作成した(表2).
ChE,BUN,TIBCの測定法は開発群,検証群とも同一であり,ChEはJSCC標準化対応法(p-ヒドロキシベンゾイルコリン基質法),BUNはウレアーゼGLDH・UV法(アンモニア消去法),TIBCは血清鉄(ニトロソ-PSAP法)と不飽和鉄結合能(CPBA法)からの計算算出であった.
3 ROC解析とDeLong検定BPSとPPIのROC解析を表3に示す.
1-9週生存予測のAUCは,開発群のBPS=0.82-0.88,検証群のBPS=0.76-0.86,PPI=0.69-0.73であり,すべての期間のAUCにおいてBPSはPPIより高値であった.検証群のBPSとPPIのAUCをDeLong検定にて比較したところ,1-3週生存予測においてBPSはPPIより有意に優れていた(p≦0.010).
4 カットオフ値と予測精度BPSとPPIのカットオフ値ごとの予測精度を表4に示す.
1週,3週,6週,9週生存予測のためのBPSのカットオフ値として24.5,20,17,15.5を選定した.全体正診率は,開発群のBPS=76.2-87.7%,検証群のBPS=69.7-88.7%,PPI=63.6-83.1%であった.すべての期間の全体正診率においてBPSはPPIより高値であり,とくに1週生存予測の精度は良好であった.
患者を予測予後別に3群に識別するためのBPSのカットオフ値として24.5と17を選定した.
5 カプラン・マイヤー生存率曲線とログランク検定予測予後別の3群のカプラン・マイヤー生存率曲線を図1に示す.
曲線が隣り合う群間(A群対B群,B群対C群)でのログランク検定は,開発群と検証群のBPS(カットオフ値は24.5と17)がp<0.001,PPI(カットオフ値は4点と2点9))がp≦0.015であり,両ツールの識別精度は良好であった.
3群の生存期間中央値は,開発群のBPSが52日,18日,6日,検証群のBPSが67日,22日,5日,PPIが76日,37日,18日であった.3群の30日生存率は,開発群のBPSが71.7%,34.6%,5.9%,検証群のBPSが79.0%,41.3%,9.1%,PPIが80.4%,58.9%,34.1%であった.
今回,われわれは血液検査の結果のみから算出できる予後予測ツール(BPS)を作成し,前向きに妥当性を検証した.
妥当性が確認された予後予測ツールとして,PaP,PPI,Palliative performance scale(PPS)がよく知られる1, 4~13, 16~24).近年はFeliuらがprognostic nomogramを開発し,妥当性と高い精度を報告している25).またGwilliamらはprognosis in palliative care studyを開発し,臨床的予後予測と同等か,より優れた精度を報告しており26),妥当性の確認が待たれる.
BPSの利点は,生物学的パラメータのみから構成される点である.PaPやPPIと異なり,医師の主観や評価技術,臨床判断の影響を受けない.
PaPやPPIは,カットオフ値を用いて予測を行う.カットオフ値によって対象を2-3群に分ける予測は簡便で実施しやすいが,各スコア値での個別的な予測は難しい.一方,PPSの場合,スケール別の7群の実際の生存率表が示され24),それぞれの群の予測が可能である.
BPSは,カットオフ値を用いる予測も,カットオフ値を用いない予測も可能である.カットオフ値を用いる場合は,1週,3週,6週,9週生存予測のカットオフ値として24.5,20,17,15.5を用いる(表4).カットオフ値を用いない場合は,各BPS値に対して任意の期間後の予測生存率を算出し,個別予測を行う.例えばBPS値=28.0の場合,1週生存率=53%,10日生存率=40%,2週生存率=28%,3週生存率=15%,4週生存率=8%,6週生存率=2%,8週生存率=1%未満と予測する.また予測生存率表を用いた簡便な予測も可能である(表2).
本研究は開発施設と検証施設が異なるため,外的妥当性の検証に相当し,開発群と検証群の属性の比較では4項目に有意差が認められた.そうした状況でBPSはPPIと同等以上の精度を有し,とくに1-3週生存予測の精度が優れ,4-9週生存予測の精度も比較的良好であった.この結果は,BPSの外的妥当性を示唆すると考えられた.しかし本研究は当地域の少施設(開発群:1施設,検証群:2施設)での限定的な調査であり,多施設での検証が望まれる.
またBPSは積極的がん治療を終了または差し控えた進行がん患者から開発された予後予測ツールであり,がん治療中の患者には適応できない.
さらに本研究では血液検査値の施設間差について検証しておらず,施設間差への留意が必要である.また本研究と測定法が異なる施設では,BPSを運用できない.
TIBCは,日常臨床で頻用される検査項目ではない.BPSの簡便性を高めるためには,TIBCに代わる一般的な検査項目を見出す必要があると考えられる.先行研究では,白血球数,リンパ球比率,C反応性蛋白,乳酸デヒドロゲナーゼ,アルブミンなどの生物学的パラメータがよく知られるが1, 4, 7),BPSはそれらを含んでいない.著者らが知り得た範囲では,ChE,BUNの有用性の報告1, 4, 27, 28)は認められるが,TIBCの報告は認められない.今後,症例を蓄積し再度予後予測ツールを開発した際に,先行研究で知られるような一般的な項目がTIBCに代わって選択される可能性に期待したい.
積極的がん治療を終了または差し控えた進行がん患者の予後予測において,BPSの有用性が示唆された.
本研究は少施設での限定的な結果であり,またTIBCは一般的な検査項目ではない.今後,多施設での有用性の検証と,TIBCに代わる一般的な項目の探索が求められる.