2015 Volume 10 Issue 4 Pages 552-556
【はじめに】ゾレドロン酸抵抗性の高カルシウム血症による難治性悪心が,デノスマブ投与により緩和され生活の質が改善した1例を経験した.【事例】54歳女性,腎盂癌,多発転移.血清カルシウム値上昇と悪心を認めた.複数の制吐薬の使用では症状改善困難でゾレドロン酸を投与したところカルシウム値低下と共に悪心もSTAS-J 3から1に改善した.3回目のゾレドロン酸投与後は補正カルシウム値11.8 mg/dlと抵抗性を示し,悪心の改善は認めずデノスマブを投与した.投与15日後にカルシウム値9.4 mg/dlに低下,悪心もSTAS-J 4から0に改善した.短期間ではあったが家族と穏やかに過ごす事が可能となり死亡までの間症状の再燃やデノスマブの有害事象はなかった.【考察】デノスマブはゾレドロン酸抵抗性の高カルシウム血症における難治性の悪心の改善に有用である可能性が示唆された.
終末期がん患者における悪心は生活の質を低下させる身体症状の一つである.悪心の原因は多種多様であるが,骨転移を伴う担癌患者ではしばしば高カルシウム血症により悪心がみられる.そのような症例の場合,通常等張生理食塩水やループ利尿薬,カルシトニンなどによる治療が困難なことが多く,ゾレドロン酸などのビスホスホネート製剤がカルシウムの補正に有用1)であり,その結果悪心も改善する.一方でゾレドロン酸抵抗性の高カルシウム血症も存在し,そのような症例に対してはデノスマブの投与がカルシウムの補正に有用であったという報告2), 3), 4)がある.しかしながら,デノスマブの投与が高カルシウム血症による悪心の症状改善に有用であったという報告はみられない.
今回われわれはゾレドロン酸抵抗性の高カルシウム血症による難治性悪心に対し,デノスマブ投与により症状が緩和され,生活の質が改善した腎盂癌の1例を経験したので若干の文献的考察を含めて報告する.なお本稿では個人が同定できないように内容の記述に倫理的配慮を行った.
【患 者】54歳,女性
【診 断】左腎盂癌,多発リンパ節転移,多発骨転移,多発肺転移,多発脳転移
【既往歴,家族歴】特記すべきことなし
【現病歴】2011年10月,肉眼的血尿で精査し,左腎盂癌,多発リンパ節転移,多発骨転移,多発肺転移と診断され,GC療法(ゲムシタビン,シスプラチン併用療法),MVAC療法(メトトレキセート,ビンブラスチン,アドリアシン,シスプラチン併用療法)を行っていたが2012年12月,CTで肺転移の増大と肝転移が出現し進行(progressive disease: PD)と判定された.その後間もなく肺血栓症,深部静脈血栓症が認められ積極的治療が困難となり緩和ケアの方針となった.
【血液検査】表1に示す.
【当院紹介後の臨床経過】2013年3月,当院緩和医療科外来に紹介初診となった(本稿では便宜上当院初診日を第0病日とした).初診時より背部痛を認めていたためオキシコドン徐放錠10 mg/日を開始したところ背部痛は改善した.第4病日,悪心が出現,原因としてオピオイドを疑いフェンタニル経皮吸収製剤1 mgにオピオイドスイッチングを行った.しかし改善はなく体動時中心に悪心を認め頭重感も出現した.第8病日,血清補正カルシウム値が13.8 mg/dlと上昇していたため高カルシウム血症による悪心と考えた(図1).この時点で症状の評価ツールであるThe Japanese version of the Support Team Assessment Schedule症状版(以下STAS-J)5), 6)を用いて悪心の程度を0~4の5段階で評価したところSTAS-J 3であった.ゾレドロン酸4 mgを投与し,プロクロルペラジンの効果が不十分のため制吐薬としてオランザピン2.5 mg/日を開始した.第12病日,悪心は食後や体動時にみられるもののSTAS-J 1/4~2/4の範囲に改善,血清補正カルシウム値9.1 mg/dl(第14病日)と低下を認めていたため,高カルシウム血症の改善とオランザピンの効果により悪心は改善したと考えられた.一方で,悪心の原因検索のため頭部MRIを施行したところ両大脳に転移を疑う小結節を認め多発脳転移,周囲脳実質の軽度浮腫,頸椎転移の診断となった(図2).第16病日より脳転移に対する抗浮腫効果を期待しベタメタゾン錠2 mg/日を開始した.第25病日,全脳照射目的に入院となる.入院日より特に体動に伴う悪心嘔吐STAS-J 3/4が頻回にみられた.脳浮腫および頭蓋内圧亢進による症状と考え,濃グリセリン液20 g(200 ml)を1日2回,制吐剤は内服困難のためオランザピンよりクロルプロマジン10 mg/日経静脈投与に変更開始した.さらに血清補正カルシウム値11.2 mg/dlと上昇しており高カルシウム血症と頭蓋内圧亢進の複合的な原因による悪心嘔吐と考え,第28病日,2回目のゾレドロン酸4 mgを投与した.第34病日,血清補正カルシウム値9.8 mg/dlに低下すると共にSTAS-J 2/4へと改善を認めた.しかしながら第35病日,悪心はSTAS-J 3/4に増悪した.濃グリセリン液20 g(200 ml)を1日3回に増量,クロルプロマジンは効果がないと判断し中止,プロクロルペラジン錠15 mg/日を開始したが悪心は改善しなかった.よって第37病日プロクロルペラジン錠を中止しオランザピン5 mg/日に変更したところSTAS-J 1/4に悪心が改善した.第42病日,血清補正カルシウム値は11.9 mg/dlと再度上昇を認め,第43病日3回目のゾレドロン酸4 mgを投与した.しかし血清補正カルシウム値は11.8 mg/dl(第53病日)と改善がなかった.この時点で血清クレアチニン値は0.75 mg/dlと当院初診時と比し改善しており腎機能障害によるカルシウムの排泄障害の影響はないと考えられた.悪心はSTAS-J 3/4~4/4と強い苦痛が持続し,高カルシウム血症が一要因ととれる眠気もみられた.今後意識障害の進行により悪心が軽減されていく可能性も考えられたが当面強い症状が続くことが予測され,この時点で悪心が最も辛い症状であり本人より症状を緩和して欲しいという強い希望がきかれた.頭蓋内圧亢進による悪心との鑑別は困難であったが,高カルシウム血症も主たる悪心の原因の一つと考えられた.ゾレドロン酸によるカルシウム値の補正は困難であり,骨転移合併例で適応症であることも考慮して,本人と家族の同意を得た上で第55病日,高カルシウム血症治療による悪心の改善を期待しデノスマブ120 mg皮下投与を行った.第60病日には血清補正カルシウム値10.8 mg/dlに低下するとともにSTAS-J 2/4に症状も改善した.第70病日には血清補正カルシウム値9.4 mg/dlへ低下しSTAS-J 0/4まで改善を認めた.短期間ではあったが家族と会話を楽しみ,穏やかに過ごす事ができた.低カルシウム血症を含めデノスマブによる有害事象は認めなかった.高カルシウム血症例への投与であったことから,通常デノスマブ投与時に行うカルシウム製剤,ビタミンD製剤については投与を行わずに血清カルシウム値を確認することで対応した.その後全身状態が悪化し第75病日死亡退院となった.死亡までの間悪心の悪化はなかった.
本症例は,終末期癌患者のゾレドロン酸抵抗性の高カルシウム血症による悪心に対してデノスマブ投与が有用であったわが国で初めての論文報告である.
悪性腫瘍による高カルシウム血症の多くは副甲状腺ホルモン関連蛋白(parathyroid hormone-related protein: PTHrP)によるものが多く7)本症例では測定していないが鑑別が必要な場合は重要な因子である.
終末期癌患者の悪心の原因は多岐に渡り,原因が可逆的である場合にはその治療により症状緩和が可能となる.しかしこれまでゾレドロン酸抵抗性の高カルシウム血症は不可逆的な原因の一つと考えられ,病態に応じた制吐薬による対症療法が行われてきた.
自験例では,デノスマブの前治療として,ゾレドロン酸を用いた.ゾレドロン酸は,骨転移に伴う高カルシウム血症の治療薬としてパミドロン酸と比較し優位性が示されており8)本邦においても積極的に使用されている.本症例ではゾレドロン酸の初回および2回目の投与後は血清補正カルシウム値の低下と共に悪心も改善し効果を認めたが,3回目の投与後は血清補正カルシウム値の低下が認められず,悪心の改善も得られなかった.ゾレドロン酸抵抗性の高カルシウム血症も主たる悪心の原因と考えられたため,症状緩和のための次なる方法としてデノスマブを投与することとした.
デノスマブはreceptor activator of nuclear factor κB ligand(RANKL)に対するヒト型モノクローナル抗体で,破骨細胞の分化,活性を阻害することにより骨関連事象(skeletal related events: SREs)の発生を低下させる.近年,ゾレドロン酸との直接比較ランダム化試験により,デノスマブが有意にSREsの発現を低下させる9)ことが示された.これにより本邦では2012年に薬価収載され,多発性骨髄腫による骨病変,固形癌骨転移による骨病変の治療に使用されている.現在デノスマブは,本邦における効能効果においては「高カルシウム血症」としての適応はないが,骨転移による高カルシウム血症を改善させる10), 11)という報告が散見される.血清カルシウム値を低下させる報告はされているが高カルシウム血症に伴う症状の改善については言及されていない.本報告では制吐薬としてのプロクロルペラジン,クロルプロマジンとオランザピンの効果も限定的であった高カルシウム血症による悪心の改善が得られたという点で重要である.また米国においては2014年12月,アムジェン社よりデノスマブが高カルシウム血症を新たな適応病名として米国食品医薬品局(FDA)から承認されたと発表されている.国内では骨転移がない症例に対しては保険適応とならない.また低カルシウム血症という重篤な副作用には充分注意が必要であり,さらに終末期に悪心のある患者に用いる場合には低カルシウム血症予防のためのカルシウム製剤やビタミンD製剤の内服12)が困難になることもあるため,より一層の配慮が求められる.
以上の注意点を踏まえた上で投与を行う場合,デノスマブはゾレドロン酸などのビスホスホネート療法に抵抗性の高カルシウム血症における難治性の悪心の改善に有用である可能性が示唆された.