Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
A case of blepharophimosis due to facial edema caused by malignancy-related superior vena cava syndrome, effectively treated with double dose of Goreisan,a traditional Japanese (Kampo) prescription
Kenichiro EgawaKoichi KuramotoNobukatsu SeraKeiko ChibaRyuichi Sekine
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2015 Volume 10 Issue 4 Pages 557-561

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Abstract

【緒言】悪性上大静脈症候群に伴う顔面浮腫による眼裂狭小に対し五苓散倍量投与が有効であった症例を経験した.【症例】60 歳,男性.舌癌に対し術前化学療法,小線源療法,根治的腫瘍切除術後に頸部リンパ節転移を認め複数の化学療法を行うも無効,サイバーナイフ治療後に頸部リンパ節が膿瘍化し腫大,上大静脈症候群を来し顔面浮腫を認めた.顔面浮腫の悪化に伴い眼裂狭小し視野障害を認めたため入院の上経静脈的にフロセミド投与したが無効,緩和ケアチーム依頼後に五苓散倍量投与を開始した.五苓散開始後速やかに利尿が得られ,顔面浮腫および眼裂狭小・視野障害は軽快した.【結論】化学療法や放射線療法が無効であった上大静脈症候群に対し,五苓散の倍量投与は有用な選択肢の一つとなりうる.

緒言

悪性腫瘍は上大静脈症候群の原因として最も多く,その60-85%は胸郭内の悪性腫瘍1, 2),とりわけ肺癌3),非ホジキンリンパ腫4),胸腺腫5),縦隔原発胚細胞腫6),固形癌のリンパ節転移7)などが原因である.悪性腫瘍に併発した上大静脈症候群に対しては,原病となる癌の治療の他にエビデンスの確立した治療法はない.五苓散(ごれいさん)は浮腫や口渇,尿量減少を治療目標として用いられる漢方薬で8),伝統的には吐き気や嘔吐,下痢,浮腫,めまい,頭痛などに用いられる9)が,近年,急性期脳梗塞10, 11)や慢性硬膜下血腫1217)などに応用された報告がある.今回,舌がん頸部リンパ節転移に伴う上大静脈症候群により顔面浮腫の悪化をきたし眼裂狭小化による視野障害を訴えた症例に五苓散が有効であった症例を経験したので報告する.

症例提示

【症 例】60 歳,男性

【主 訴】顔面浮腫 眼裂狭小化による視野障害

【社会歴】喫煙歴なし,飲酒歴なし

【既往歴】突発性難聴,聴覚過敏

【家族歴】特記すべき事項なし

【経 過】2010 年1 月より舌の痛みを自覚,当院口腔外科にて精査の結果,右舌癌(扁平上皮癌)cT3N0M0 Stage III と診断された.術前化学療法(ドセタキセル・シスプラチン・フルオロウラシル)2 コース施行するも根治的手術を拒否,2012 年7 月他院にて小線源治療施行された.経過観察中右側頸部リンパ節転移を認め,2012 年11 月当院口腔外科に紹介され入院,同12 月気管切開,腫瘍切除術,古典的頸部郭清術,前腕皮弁再建術施行された.術後2013 年2 月右側舌骨~副咽頭間隙リンパ節に後発リンパ節転移を認めcT3N2bM0 Stage IVと診断,化学療法目的に当院腫瘍内科にてTS-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム),パクリタキセル,放射線療法,セツキシマブを順に施行したが原発巣,顎下リンパ節共に増大,BSC(best supportive care)の方針となった.しかし本人はこれを拒否,2014 年4 月他院でサイバーナイフ照射施行された.その後照射部の腫瘍が自壊,膿瘍形成し,疼痛増悪,食事摂取困難,右頸部リンパ節転移巣の腫大による上大静脈症候群に伴う顔面浮腫および眼裂狭小を来し,2014 年6 月当院腫瘍内科に入院した.入院後,フェンタニル持続静注にて疼痛コントロール得られたが,顔面浮腫および眼裂狭小については7 月1 日よりフロセミド20 mg/日静注投与されたが利尿効果に乏しく,浮腫ケアを目的に2014年7月3日緩和ケアチーム介入となった.

【介入後の経過】介入後作業療法士による緩和的マッサージを導入したが効果に乏しく,7月5日には「まぶたが今日はほとんど開かない」との訴えあり,顔面,眼瞼周囲に著明な浮腫を認め,眼瞼を指で開きながら筆談をする状況であった.7月8日,フロセミドおよびマッサージの効果が乏しいと判断し中止,本人・主治医と協議の上,本人の承諾を得てクラシエKB-17五苓散料エキス顆粒12 g/日分2(通常量の倍量)投与を開始した.本症例は自壊腫瘍が膿瘍を形成し嚥下困難だったため経鼻胃管が挿入されており,KB-17エキス顆粒を簡易懸濁し朝夕食前に胃管から投与した.7月9日より利尿を認め,夜間に1回程度だった排尿回数が夜間6回と増加し,7月10日には右眼瞼浮腫が軽快,眼裂の開大を認め,本人は筆談で「むくみがとれてきた」と発言,バンザイをする姿も見られた.その後順調に排尿続き右眼瞼浮腫は軽快,7月12日には左眼瞼浮腫も軽快し,左右ともに眼瞼は開大,7月14日には右顔面に皺を認める程度に浮腫の改善を認めた.その後順調に経過し7月22日他院緩和ケア病棟へと転院した.フロセミド投与中の7月1日から7月22日までの期間五苓散以外に投与されていたのは5%ブドウ糖500 ml/日およびエンシュアバニラ250 ml 3缶/日で,他に利尿効果をもたらす可能性のある薬剤は投与されていなかった.

考察

上大静脈症候群は,右肺や近接するリンパ節,あるいは縦隔の構造物の病理的変化によって上大静脈の血流が阻害されて起こる一連の症状を指す.臨床的には頭頸部浮腫をはじめ,浮腫による嚥下障害,咳嗽,頭頸部・顎関節・眼瞼の運動障害,眼瞼浮腫に伴う視野障害,脳浮腫に伴う頭痛・精神錯乱・知覚鈍麻,心予備能の低下による失神,喉頭浮腫など多彩な症状を呈する18).悪性腫瘍に併発した上大静脈症候群に対しては,原病となる癌の治療の他にエビデンスの確立した治療法はないが,肺癌に併発する上大静脈症候群については放射線療法またはステント留置術が推奨されている19, 20).支持療法としては利尿薬が用いられることが多く21),ステロイドに感受性のある腫瘍を縮小する目的,また中枢気道浮腫を防ぐ目的でステロイド3)が,上大静脈に血栓形成を認める場合は抗凝固療法22)が用いられるが,いずれも効果は限定的である.

本症例では,舌癌の頸部リンパ節転移に対し複数の化学療法が施行されたのちにサイバーナイフ照射が施行されたが,転移リンパ節の腫瘍が自壊,膿瘍を形成し上大静脈を圧迫し,顔面浮腫に至った.顔面浮腫に対してはフロセミドの経静脈投与が行われたが無効であった.

西洋医学の治療法が無効の時,しばしば漢方薬が奏功する場合がある.五苓散の原典は後漢の張仲景の著した傷寒論で,漢方では代表的な利水剤(体内の水分代謝異常を調整し,浮腫状態では利尿作用,脱水状態では抗利尿作用を持つ)であり23),猪苓(ちょれい),沢瀉(たくしゃ),白朮(びゃくじゅつ),茯苓(ぶくりょう),桂枝(けいし)を含む8).本症例で使用したクラシエ五苓散料エキス顆粒の添付文書(2014年2月改訂第3版)には適応症として「水瀉性下痢,急性胃腸炎(しぶり腹のものには使用しないこと),暑気あたり,頭痛,むくみ」が挙げられているが,近年,急性期脳梗塞10, 11),慢性硬膜下血腫1217),頭蓋内脳腫瘍に伴う脳浮腫24),肝硬変の腹水25, 26),三叉神経痛27),同時化学放射線療法の副作用(悪心,めまい,全身倦怠感,下痢)28),透析困難症29),術後の嘔気嘔吐30),放射線照射による下痢31),リンパ浮腫32)など様々な疾患への応用が報告されている.利尿メカニズムについての基礎研究では,五苓散がラットにおいてレニン=アンギオテンシン=アルドステロン系の抑制によりナトリウム利尿を促進すること33)や,腎不全モデルのラットにおいて腎機能を改善すること34, 35),高血糖によるメサンギウム細胞の線維化を抑制すること36)などが示されている.我が国では五苓散のアクアポリン(AQP)を介した水分代謝メカニズムに関する基礎研究が進められ,脳・腎・肺・消化管・骨格筋に発現するAQP4に対する五苓散の阻害作用が脳浮腫抑制にも関与しておりその作用は用量依存的であること37)や,五苓散が腎皮質のAQP2,AQP3の発現を正常に回復させることで尿浸透圧を維持し利尿作用をもたらすこと38)が示されている.

本症例では尿量減少を伴う顔面浮腫を認めており,五苓散の適応と考えられた.フロセミド増量も検討されたが,本人の「効かない薬はいらない,よく効く薬だけ使ってほしい」との意思を尊重し、用量依存的に効果が増大するとの基礎研究および臨床報告39)に基づき五苓散の倍量投与を行った.速やかに利尿が得られ,顔面浮腫および眼裂狭小は改善し,QOLの向上を認めた.五苓散の用量を増やすには,五苓散を含む柴苓湯や茵陳五苓散を併用する方法もあるが,本症例では熱証を認めておらず、清熱作用を持つ柴胡や茵陳蒿は使用すべきでないと判断した.

著者調べでは,医学中央雑誌にて「五苓散」をキーワードとする文献は1540件の報告があり,その内「上大静脈症候群」または「SVC症候群」をキーワードに持つものは0件であった.また,Pubmedにて“Goreisan”(日本語),“Wulingsan”(中国語),“Oryeongsan”(韓国語)をキーワードに文献検索したところ,それぞれ13件,12件,5件の報告があったが,その内“superior vena cava(caval)syndrome”をキーワードに持つものは0件であった.以上より,上大静脈症候群に対する五苓散の効果についての報告は本報告が初めてであり,本症例では有効と考えられたため,今後引き続き検討する意義があると考えられる.

本研究の限界 本症例では,五苓散投与時に他に利尿効果のある薬剤は投与されていなかったが,本報告の観察症例は1例のみであり,偶然の結果を見ている可能性がある.さらに,本症例では希望により開始時点から五苓散を倍量投与しており通常量投与との比較がなされておらず,今後より多くの症例での検証が必要と思われる.また,顔面浮腫による眼裂狭小の評価尺度が確立していない上,本症例では眼裂の計測や写真撮影を拒否されたため,客観的な効果の判定および数値化が困難であった.五苓散は偽性アルドステロン症の原因となる甘草40)や間質性肺炎の原因とされる黄岑41),腸間膜静脈硬化症を引き起こすとされる山梔子42)などを含まない比較的副作用の少ない漢方薬といえるが,現在までに薬疹43)や尿細管間質性腎炎・ぶどう膜炎症候群(1例)44)などの副作用が報告されており,その使用に当たっては十分な注意が必要である.

結語

悪性上大静脈症候群による顔面浮腫に伴う眼裂狭小に対し五苓散の倍量投与が有効であった1例を経験した.上大静脈症候群にはエビデンスの確立した標準治療はなく,本症例のように難治性の顔面浮腫を来した場合,五苓散は有用な選択肢の一つとなりうる.

References
 
© 2015 by Japanese Society for Palliative Medicine
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