2016 Volume 11 Issue 1 Pages 123-127
がん終末期の症状緩和において持続皮下投与は有用であるが,クロルプロマジン・レボメプロマジンの皮膚刺激性が問題になることがある.2010年4月から2013年3月までに,当院緩和ケア病棟において向精神薬(クロルプロマジン・レボメプロマジン・ミダゾラム)を持続皮下投与した全患者について,CTCAE v4.0 Gr.3以上の皮膚有害事象を生じた頻度を調べた.上記3剤のいずれかを持続皮下投与したのは389/603例(64.5%)であった.Gr.3(潰瘍または壊死)以上の皮膚有害事象を生じた頻度(95%信頼区間)は,クロルプロマジン4/345例:1.2(0.0-2.3)%・レボメプロマジン2/90例:2.2(−0.8-5.2)%・ミダゾラム0/210例:0.0(0.0-0.0)%であった.向精神薬の持続皮下投与における重篤な皮膚有害事象の発生頻度は低く,皮膚への安全性は許容できる範囲と考えられる.
がん終末期の症状コントロールにおいて,持続皮下注射(cotinuous subcutaneous infusion;以下,CSCI)による薬剤投与は有用であり,緩和ケア病棟を中心によく行われる方法である1).
当院緩和ケア病棟では,2005年より難治性せん妄の症状コントロールや持続鎮静を必要とする症例において向精神薬のCSCI投与を行ってきた.すなわち,内服・点滴の抗精神病薬無効の難治性せん妄患者に対してクロルプロマジン(chlorpromazine;以下CPZ)またはレボメプロマジン(levomepromazine;以下LPZ)のCSCI投与,鎮静を必要とする患者に対してミダゾラム(midazolam;以下MDZ)のCSCI投与である.一般的にCPZ・LPZの皮膚刺激性が問題になることがあるが2),実際の発生頻度についてはこれまでほとんど報告がなかった3).
今回,われわれは向精神薬の持続皮下投与による皮膚有害事象の頻度について調査し報告する.
2010年4月から2013年3月までに,当院緩和ケア病棟に入院した603例中,CPZ・LPZ・MDZのうちいずれかの向精神薬をCSCI投与した389例を対象に検討を行った.
2 評価方法後方視的にカルテ調査を行い,患者背景およびCTCAE v4.0 Gr.3以上の皮膚有害事象(表1)を生じた頻度を1名の評価者が抽出した.皮膚有害事象例については別の評価者1名がCSCI開始から有害事象発生までの日数,有害事象発生時の投与速度および一日投与量,有害事象への対応と転帰を評価した.またLPZの投与症例についてはその理由と,発赤・硬結を理由としてCPZからLPZへ変更した場合にはその転帰を評価した.
3 CSCI皮膚障害の観察方法携帯型精密輸液ポンプはテルモ社製テルフュージョン®小型シリンジポンプTE-361PCAを使用した.CSCI刺入部位は,吸収障害を避けるため浮腫の少ない部位を優先し,事故による抜去のリスクを患者毎に考慮し,前胸部・腹部・大腿部・上腕外側などを選択した.刺入部の観察は看護師が毎日行い,Gr.3以上の皮膚障害を生じた場合,持続皮下注射観察シートおよび診療録に記載した.週1回以上の頻度で,発赤・硬結出現時は適宜刺し替えを行った.CSCI刺入針は,発赤・硬結予防のため,金属製ではなくプラスチック製(24Gプラスチックカニューレ留置針)を選択した4,6).
4 各薬剤の調整方法および投与方法各薬剤は,CPZ:クロルプロマジン(50 mg/5 ml)2A+ベタメタゾン0.8 mg/0.2 ml,LPZ 4倍希釈:レボメプロマジン(25 mg/1 ml)2A+生理食塩水6 ml+ベタメタゾン0.8 mg/0.2 ml,LPZ 2倍希釈:レボメプロマジン(25 mg/1 ml)5A+生理食塩水5 ml+ベタメタゾン0.8 mg/0.2 ml,MDZ:ミダゾラム(10 mg/2 ml) 5A,の通りに調整を行った.一般的に皮膚刺激性が問題となることのあるCPZ・LPZ2)については,発赤・硬結予防のためステロイドを混注した5,6).
標準的な投与方法としては,CPZ・LPZ 4倍希釈・LPZ 2倍希釈・MDZともに,日中0.05~0.2 ml/h,夜間0.2~0.8 ml/hとした.MDZについては,深い持続的鎮静を目的とする場合は終日夜間量で投与した.
5 適応症例内服・点滴の抗精神病薬無効の難治性せん妄患者,または鎮静を必要とする患者に対して,向精神薬のCSCI投与を行った.向精神薬の薬剤選択については,以下のフローチャートに沿って行った(図1).
すなわち,せん妄患者に対してはまず内服の抗精神病薬,内服困難時はハロペリドール(haloperidol ; 以下HAL)2.5~5 mgまたはCPZ 5~10 mgの単回投与(点滴静注または皮下点滴)を行うが,無効もしくは効果が持続しない場合に持続投与を選択した.持続投与時の薬剤としては, CPZを第一選択とした.CPZで発赤・硬結を生じた場合,臨床判断として注射部位反応のGredeに関係なくLPZ 4倍希釈に移行した.CPZまたはLPZ 4倍希釈にて流量増加時(≥0.8 ml/h)はLPZ 2倍希釈に移行した.CPZからLPZへの変更時は,CPZ≒LPZ 4倍希釈とみなした.これは,先行研究によれば注射薬のCPZ換算値はCPZ:LPZ=33:25であることを根拠として7,8),実臨床で使用しやすい希釈方法として,経験的な換算比として採用したものである(CPZ:LPZ=33:20).
鎮静を必要とする患者に対しては,「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」に沿って,医療者の意図,患者・家族の意思,相応性,安全性,を検討し,適応症例に対しては標準的薬剤であるMDZの持続投与を選択した9).
投与経路としては,がん終末期患者においては,血管の脆弱性やせん妄による不穏行動のため静脈ルート確保が困難または患者負担が大きいことを考慮し,CSCI投与を選択した.
6 倫理的配慮本研究にあたっては当院倫理委員会の承認を得た.なお,情報の抽出にあたっては個人が特定されないように倫理的配慮を行った.
対象期間の全入院患者603例のうち,CPZ・LPZ・MDZのいずれかをCSCI投与した患者は389例(64.5%)であった.各向精神薬投与の内訳は,CPZ:345例(57.2%),LPZ:90例(14.9%),MDZ:210例(34.8%)であった.
対象患者389例中,男性235例,女性154例,年齢は31~96歳(中央値71歳),腫瘍の原発部位は消化管132例(33.9%)・腎泌尿器66例(17.0%)・肺61例(15.7%)・肝胆膵54例(13.9%)・乳腺24例(6.2%)・頭頸部17例(4.4%)・その他34例(8.7%)であった.
Gr.3(潰瘍または壊死)以上の皮膚有害事象を生じた頻度は,CPZ 345例中4例:1.2%,LPZ 90例中2例:2.2%,MDZ 210例中0例:0.0%であった(表2).
CPZ皮膚有害事象例では,4例ともGr3の皮下膿瘍(1例は水疱合併)をみとめ,全例で切開排膿により軽快した.4例中,1例は刺入部刺し替え間隔の短縮(週2回以上),1例はCPZ持続静注への移行,2例はLPZ・CSCIへの移行により,再発を回避することができた.LPZ皮膚有害事象例では,2例ともGr.3の皮下膿瘍をみとめ切開排膿により軽快した.1例はLPZ持続静注への移行,1例は刺入部刺し替え間隔の短縮(週2回以上)により,再発を回避することができた(表3).LPZへの変更理由は,1例が発赤・硬結および流量増加,1例が流量増加であり,2例ともLPZ 2倍希釈であった.
CSCI開始から有害事象発生までの日数は4~31日(中央値23.5日),有害事象発生時の投与速度より推定した一日投与量は,CPZ:50~192 mg/日(中央値85.5 mg/日),LPZ:62~86 mg/日(中央値74 mg/日)であった.
LPZ・CSCI投与症例(90例)の内訳としては,発赤・硬結を理由としたCPZからの移行が34例(CPZ・CSCI全投与例の9.9%),流量増加のみを理由としたCPZからの移行が50例,錐体外路症状を理由としたCPZからの移行が3例,難治性嘔気/嘔吐に対してLPZから開始したものが2例,LPZ内服からの移行が1例であった.また,発赤・硬結を理由としてCPZ・CSCIからLPZ・CSCIへ移行した34例のうち,発赤・硬結のため刺入部差し替え間隔の短縮や持続静注への変更など何らかの対応を要したのは5例(14.7%)であった.
Gr.4以上の皮膚有害事象は,CPZ・LPZともにみとめなかった.
本研究では,当院の診療において,抗精神病薬(CPZ/LPZ)・CSCI投与を要する難治性せん妄が全入院患者の約6割,MDZ・CSCIによる鎮静を要する患者が約3割に認められた.
抗精神病薬の注射薬の投与経路としては,CPZ・LPZは筋肉注射,MDZは筋肉注射または静脈注射が保険適応となっている.しかしながら,筋肉注射では痛みによる苦痛を伴い投与量の調整がしにくいというデメリットがある.また,がんの終末期では静脈ルート確保が困難となる症例をしばしば経験する.以上の理由から,オピオイドなどと同様に抗精神病薬もCSCI投与し得るのであれば有用と考えた.
これまで,向精神薬のCSCI投与については,教科書的に許容されている薬剤はHAL・LPZ・MDZであり10),皮膚刺激性を理由にCPZは禁止・LPZは要注意とされてきた2).しかしながら,HLPは充分な鎮静効果が得られない場合や錐体外路症状のために増量しにくい場合がある.CPZ静脈内投与はHLP内服・静脈内投与無効時の選択薬とされており10),CPZ・CSCI投与にて重篤な皮膚障害を認めなかった報告がある3).当院で2005年より用いられてきた臨床経験に基づき,本研究ではCPZを選択肢に加えた.
本研究では,CPZ/LPZ・CSCIによる重篤な皮膚有害事象の発生頻度は1~2%であり,皮膚への安全性は許容できる範囲と考えられる.難治性せん妄治療において,これまで皮膚刺激性において用いづらかったCPZ/LPZ・CSCIは投与経路の選択肢となり得る.また,MDZ・CSCIによる皮膚障害は認められず,皮膚への安全性が示された.
CPZ/LPZそれぞれの皮膚有害事象の発生頻度については,LPZ・CSCI症例にはCPZ・CSCIで発赤・硬結を生じた症例(90例中34例)が含まれているため,単純に2剤間の比較をすることはできない.しかしながら,CPZ・CSCIからLPZ・CSCIへ変更した症例の転帰を考察すると,皮膚障害のリスクが高いと推察されるCPZ・CSCIから発赤・硬結を理由としてLPZ・CSCIへ移行した症例においても,34例中29例(85.3%)では問題なく投与することができていた.このことは,CPZ・CSCIに比べてLPZ・CSCIのほうが,より皮膚障害が少ない可能性を示唆するが,直接2剤を比較していないため結論はできない.また今回,重篤な皮膚有害事象発生時のCPZ/LPZ一日投与量は,50 mg/日以上であった.
ステロイド混注による発赤・硬結予防効果については,Reymondらの報告によればデキサメタゾン1 mg/日にて5),荒木らの報告によれば,デキサメタゾン0.5 mg/日という少量でも効果があり,1 mg/日,2 mg/日と増量による効果との関係性はあまり認められない可能性が示唆されている6).本研究においては皮膚有害事象時のベタメタゾン投与量は0.4~1.5 mg/日であり,ステロイド投与量の不足による皮膚有害事象発生は考えにくい.一方で,ステロイドの軟部組織への注射による感染・膿瘍形成の報告があることから11),ステロイド混注による2次感染から皮下膿瘍を引き起こした可能性は否定できず,ステロイド増量による局所感染リスク上昇も考慮に入れるべきと考える.
また,CPZとベタメタゾン混注の際には白濁することがあった.両者のpHには,CPZ:4.0-6.5,ベタメタゾン:7.3-8.3,と差異があるため,実際には配合変化により薬効の一部が消失している可能性があり,有害事象を軽減できるかどうかは明らかではない.本研究では,少量の配合のため問題となっていないが,ステロイドを多くする場合には注意を要する.
本研究は,あくまでも重篤な皮膚障害の発生頻度を調査したものであり,薬剤の有効性をみたものではない.本研究の限界として,後ろ向きカルテ調査であること,評価者が1名であること,観察を行った看護師の評価が十分に統一できていないこと,ステロイド混注による影響を無視できないこと,などが挙げられる.現在,CPZ・CSCI投与の有効性・安全性についての前向き臨床研究が進行中であり,結果が待たれるところである.
向精神薬の持続皮下投与における重篤な皮膚有害事象の発生頻度は低く,皮膚への安全性は許容できる範囲と考えられる.