2016 Volume 11 Issue 1 Pages 316-320
【緒言】SEIQoL-DWは半構造化面接により患者が大切に思う5つの領域に焦点をあてて個人のQOLを測定する方法である.本研究は進行がん患者の大切に思う領域と主観的QOLの変化について病状悪化の経過の中で縦断的に評価するのを目的とした.【方法】痛みがSTAS1以下などを適格基準としSEIQoL-DW を1年間に緩和ケア外来(1回目)と入院後(2回目)に実施した症例を対象とした.【結果】対象は5例(男1,女4,年齢67.6歳)であった.1回目面接時P.S.は全例1に対し,2回目面接時には3ないし4であった.面接の間隔は平均164日.全例において大切な領域の内容は5つのうち3つ以上が変化した.全般的主観的QOLを意味するSEIQoL-indexは3例で上昇し2例で低下した.【結論】終末期に患者が大切に思う領域は大きく変化する.個人の主観的QOLは全身状態の低下とは必ずしも一致しない.
緩和ケアの目的は患者と家族の生活の質(Quality of life:以下QOL)の維持向上である.
そのため,緩和ケアにおいて患者のQOLを評価することは本来とても大切である.一方,がん患者に使用される健康関連QOL評価尺度1,2)の多くは主にがん治療の臨床試験の指標として開発されてきた.その後に緩和ケアを受ける患者に特化した評価尺度3)も開発され,現在緩和ケアの研究などで使用されている.
しかし,これらの健康関連QOL評価尺度は患者群を比較する研究や疫学的調査などにおいては有用であるが,患者一人一人の価値観を反映した個人のQOLを評価するには限界がある4).なぜなら,患者によって大切に思う領域やその優先順位は異なる可能性があるが,これらの評価尺度では質問の内容やその領域,QOLスコアを算出する際に付けられる各項目の重みは一律に固定されているからである.
一方,個人のQOLを評価する方法としてThe Schedule for the Evaluation of Individual Quality of Life (SEIQoL:シーコールと読む)がO’Boyleらにより開発5)されている.SEIQoLは半構造化面接により,患者が最も大切に思う5つの生活領域を引き出し,それらに焦点を当てて主観的なQOLを評価する方法である.この方法では,患者がその時に大切に思う領域5つと各領域の満足度,各領域が全体の中で占める重要性の割合(重み)を知ることができ,さらに全般的主観的QOLを一つの数値として得られる特徴がある.しかしSEIQoLは長時間の面接と複雑な解析を要するため,臨床の現場ではその簡易法であるSEIQoL-DW(SEIQoL-Direct Weighting)6,7)がよく用いられている.
緩和ケアを受けるがん患者にSEIQoL-DWを横断的に施行し,大切に思う領域と主観的QOLを調べた研究8)はあるが,病状が変化する経過の中で縦断的にSEIQoL-DWを用いた研究はない.
本研究は緩和ケアを受ける進行がん患者に縦断的にSEIQoL-DW用いて大切と思う領域と主観的なQOLの変化について調べるのを目的とする.
2014年12月から2015年11月までに当院緩和ケア外来(以下外来)においてSEIQoL-DWの半構造化面接(以下面接)を実施(1回目)した患者のうち,後に当院緩和ケア病棟(以下病棟)へ入院し同期間内に再度面接を実施(2回目)した患者を研究の対象とした.
外来での面接は緩和ケア外来初診から3回目以降の受診で適格基準を満たす患者に対して連続サンプルを行った.3回目以降の受診患者に限った理由は,面接では心の内面を語ってもらう必要があるため,面接者との関係性がない状況での実施は難しいと判断したからである.病棟での面接は,入院後1週間以降で適格基準を満たす状況において行った.1週間以降とした理由は,入院環境に慣れ精神的に落ち着いた状況で面接を行うためである.
外来および病棟での面接の患者適格基準は,STAS-Jにて痛み,痛み以外の身体症状,不安が1以下,明らかな認知機能障害を認めない患者とした.また,面接が精神的負担や倦怠感につながる可能性があると面接者が判断した患者は除外した.
外来での面接はその患者の診療終了後に診察室で引き続き行い,病棟での面接は病室(個室)において行った.面接は全て一人の医師がSEIQoL-DW実施マニュアル日本語版(暫定版)9)に従い実施した.
面接の概略は大きく次の3つのステップからなる.最初に「現在あなたの生活の中で大切な領域(事柄)は何ですか?最も大切な領域を5つ挙げてください.」と質問し,患者に大切に思う生活領域について語ってもらい,5つの領域のキーワード(キュー)を抽出する.次に「5つの各領域はどの程度よい状況ですか?」と質問し,患者に領域ごとの満足度をVisual analogue Scale(0-100)で示してもらう.最後に「5つの各領域は相互の関連の中でどの位重要ですか?全体の中での重要性の割合をこのスケールで示してください」と質問し,患者に各領域の重要性の割合(重み)を専用のスケールで示してもらう.この専用のスケールは緑,黄,青,赤,紫の5色に分けられた扇状の部分からなる円グラフ状のものである.各部分は中央を中心に動いて面積を自由に変えられ,台の円盤の縁の目盛から各部分の割合を計れる仕組みなっている.面接者がスケールの各部分に各キューをマーカーで書き込み,患者が各部分を動かしてその面積で各領域の重み(0-100%)を示した.
各領域の満足度(0-100)×各領域の重み(0-100%)の総和をもってSEIQoL-index(0-100)とする.SEIQoL-indexは全般的な主観的QOLを意味する値である.
外来時(1回目)と入院後(2回目)の面接で明らかとなった患者が大切と思う領域のキュー,各領域の満足度と重みを比較した.領域はその重みが高い順に患者にとっての優先順位が高い領域とした.また,2回のSEIQoL-indexの変化をみた.
期間内に外来において面接を実施した患者は45例であった.その中で緩和ケア病棟に入院した患者11例のうち,期間内に病棟で2回目の面接を実施できた患者は5例であった.うち1例はさらに1カ月後に3回目の面接を行った.
対象となった5例の患者背景と面接時の状況を表1に示す.症例3,4,5は1回目面接時に化学療法を受けていた.全例においてPerformance Status(ECOG)は2回目面接時には1回目面接時に比べ悪化していた.1回目と2回目の面接の間隔は平均164日であった.
5例の全面接の所要時間は平均20±5.6分であった.面接で明らかとなった大切な領域のキュー,満足度,重みについて,重みの高い順に上から並べたものを表2に示す.全例において2回目の面接であげられたキューは1回目にあげられたキューとは5つのうち3つ以上が異なるものであった.繰り返しあげられたキューでも重みや優先順位は変化しているものがあった.全例の全ての面接で「家族」がキューとしてあがった.
5例のSEIQoL-indexの推移を図1に示す.SEIQoL-indexの平均値は1回目67.9,2回目68.6であった.SEIQoL-index は2例で1回目に比べ2回目で低下したが,3例では上昇した.さらに症例1では3回目にも低下を認めなかった.
SEIQoL-index=(各領域の満足度×重みの合計)の総和
本研究はわれわれの知る限り,病状悪化の経過の中でのがん患者の大切な領域と主観的QOLをSEIQoL-DWで縦断的に評価した初めての報告である.
本研究で一番重要な点は,2回の面接で大切の思う領域のキューの内容や優先順位が変化したことである.65歳以上の健康人を対象としてSEIQoLを縦断的に施行した研究10)において,キューの変化は12カ月で平均1つ程度と報告されている.しかし本研究で3〜7カ月の間に3つ以上(平均3.4)が変化していた.また,繰り返しあげられたキューでもその優先順位は変わっているものがあった.これらの結果から,がん終末期には患者が大切に思う領域がダイナミックに変化することが考察される.
次に重要な点は,5例の全ての面接で「家族」がキューとしてあがったことである.また,2回目の面接で「妹」や「娘の結婚」など,家族に関連すると思われるキューが「家族」とは別にあがった症例もあった.このことから,がん患者にとって家族は病状が悪化しても常に大切であり続ける領域であることが考察される.
さらに興味深い点は,3例において全身状態の悪化にもかかわらず,全般的主観的QOLを意味するSEIQoL-indexが上昇した点である.これは,患者の大切に思う領域,満足度,重みの変化の結果であり,つまり患者に価値観の変化やレスポンスシフト現象11,12)が起きていたと考えられる.よって,全身状態が不良な状態でも患者が大切に思う領域に焦点をあててケアを行えば,主観的なQOLは向上できる可能性がある.
本研究の強みは,半構造化面接により患者の心の内面にある大切に思う領域を引き出し,そこに焦点をあててQOLの経時的変化を捉えた点にある.しかし,対象は5例と少なく,これから得られる結果は限定的である.また,本研究は身体症状や不安が落ち着いている患者のみを対象としたものであり,進行がん患者全般を反映したものではない.さらに,対象は連続サンプルではあるが,面接者により面接し易い患者が選択された可能性がある.その上,面接者は外来において緩和ケアにおける医師として関り,入院後にも担当医ではないが診療に関与した.診療にかかわる医療者が面接を行ったことは結果に影響した可能性がある.さらに面接者の技量によりキューの抽出などに違いが出た可能性もある.全ての面接時において患者に明らかな認知機能障害は認めなかったが,身体状態の不良やオピオイドなどによる極軽度の認知機能への影響を否定することはできない.
SEIQoL-DWによる評価では,がん終末期に患者が大切に思う領域の内容やその優先順位は大きく変化する.症状がコントロールされている状況において個人の主観的QOLは全身状態の悪化とは必ずしも一致しない.これらのことはがん終末期患者のケアを考える上で役立つ可能性がある.
SEIQoL-DWに関してご指導をいただいた国立病院機構新潟病院の中島孝先生に深く感謝致します.