Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
A case report with the coincidental complication of paroxysmal atrial fibrillation in the course of methadone administration due to cancer pain
Yoshinobu MatsudaYoshito YoshikawaSachiko OkayamaRie HiyoshiKaori TohnoMomoyo HashimotoHideki NomaMamoru OhnishiTakayasu ItakuraSachiko KimuraShun Kohsaka
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2016 Volume 11 Issue 1 Pages 501-505

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Abstract

【緒言】当院緩和ケア病棟入院中,メサドン投与中の患者が発作性心房細動(Paf)を発症したが,抗不整脈薬アプリンジン経口投与にて除細動に成功し,メサドン投与の継続が可能であった症例を経験したので報告する.【事例】75歳男性,甲状腺癌切除後,多発骨転移による難治性がん疼痛を来した.オキシコドン投与からメサドン投与に切り替えを行い,メサドン40 mg/日投与にて痛みは軽減し,QT延長はない.メサドン投与約9カ月後,ある朝突然に食欲不振となり,心電図検査にてPaf発症と判明.除細動目的でアプリンジン20 mgを経口投与し,約2時間後洞調律となり,以降再発なし.【考察】本症例は,メサドン投与中に,Pafを偶発的に合併したと考えられた.メサドン投与中の患者に抗不整脈薬を使用する場合,薬物相互作用の結果QT延長をもたらすことが危惧される.QT延長をもたらすことの少ない薬剤を慎重に選択することが重要であった.

緒言

日本でもがん疼痛患者にメサドンの使用が出来るようになり1),多くの報告もみられるようになっている25).メサドンは難治性疼痛の緩和に優れているが,その副作用にQT延長の起こることがあるとされている.メサドンなどによる薬剤誘発性のQT延長は,ヒト ether-a-go-go カリウムチャンネルの阻害に関係し,さらに心筋再分極における外向きカリウム電流の阻害につながり,ひいては再分極時間が延長し,体表面心電図上にQT延長として現れるとされている.さらには致死的な不整脈であるトルサード・ド・ポアント(TdP)に移行することがあることが知られている68).しかし,がん疼痛に用いられる通常量ではQT延長は少ないとされる報告もみられる9,10)

一方,発作性心房細動(Paf)はよくみられる不整脈の一つであり,米国の報告11)によると,心房細動症例は米国の全人口の0.89%を占め,年齢別では,40歳以上では2.3%,65歳以上では5.9%,80歳以上では10%となっており,60歳を超えると有病率が著しく増大している.日本でも,70歳代男性の有病率は3.44%と多いと報告されている12).その発生と維持には,トリガーとなる異常興奮と,肺静脈を含む心房でリエントリーが成立するための心房筋の電気生理学的または構造的変化(不整脈基質)が存在すると考えられており,その発生要因には,左房の機械的負荷,自律神経活動,心房筋のイオンチャンネルの変化などがあげられる13).したがって,メサドンによるQT延長とPafの発生原因は関係のないものと考えられるが,Pafの治療に用いられる抗不整脈薬投与でQT延長やTdPの起こることがあることが知られており,メサドン投与中には慎重な治療が望まれる.

当院緩和ケア病棟入院中でメサドン投与中にPafを偶発的に発症した症例を経験し,アプリンジンの経口投与にて除細動に成功した.メサドン投与中の患者の心電図変化についての文献には心房細動についての記述はみられない610).また,PubMedで「methadone」「atrial fibrillation」をkey wordsに「過去の出版日制限なし」で,2015年9月21日に検索したところ,3件検出されたが,メサドン投与中にPafを発症したケーススタディーはみられなかった.今後も遭遇する可能性があり,その治療には慎重を要するので考察を加えて報告する.

症例提示

【症 例】75歳,男性

【病 名】甲状腺癌術後,多発骨転移(胸椎,仙骨,腸骨,肋骨)

【家族歴】特記すべきことなし

【既往歴】73歳時,慢性硬膜下血腫の手術;心疾患などはないが,以前より完全右脚ブロックの指摘あり

【職業歴】石の切り出し,30年間

【現病歴】2012年1月,宝塚市立病院耳鼻咽喉科にて,右甲状腺癌(Follicular carcinoma)のため右甲状腺半葉切除術施行,以降甲状腺機能は正常.2013年5月より左側胸部痛,右下肢痛あり,当院整形外科受診し,胸椎など多発骨転移を指摘されるも,抗がん剤治療や放射線治療などは拒否され経過観察されていた.以降,肺転移,両側鎖骨上窩リンパ節転移などを指摘されていた.その後,背部痛,右腰痛,両下肢の痛みとしびれがあり,体性痛,神経障害性疼痛と診断され,徐放性オキシコドンを投与されるも,痛みは軽快せず,緩和ケア内科に紹介され,痛みのコントロールのため2013年12月緩和ケア病棟に入院となる.

【入院時所見】身長163 cm,体重59 kg.右頸部リンパ節,両側鎖骨上窩リンパ節腫大1-3 cm大数個あり.肺野ラ音なく,心音清.四肢に浮腫なし.

【入院後経過】多発骨転移痛であり,徐放性オキシコドン40 mg/日に増量,エトドラク,プレガバリンも併用したが軽快せず,他の強オピオイドへの変換や増量では痛みの軽減は難しいと考えられた.心電図は完全右脚ブロックでQTc時間は462 msであり,入院第21病日より,オキシコドンを中止し,メサドン15 mg/日を開始した.併用薬のうち,クエチアピン(循環動態への影響)やエトドラク(心血管イベントを惹起する可能性)の継続を再考したが,せん妄のコントロールは良好で,痛みのコントロール上NSAIDSの併用も必要と考え,継続とした.次第に増量しメサドン30 mg/日にて,投与開始25日目に用量設定完了.投与1か月後での心電図ではQTc時間は437 msであった(図1).両下肢麻痺,膀胱直腸障害があり,在宅復帰は希望されず入院継続.痛みが増強したためメサドン投与178日目にメサドン40 mg/日に増量.メサドン投与274日目朝突然に食欲不振となり,心電図にてPaf発症と判明した.

図1 (上)メサドン投与前QTc 462 ms,(下)メサドン投与1カ月後QTc 437 ms

【Paf発症時について】理学的所見:意識清明にて認知機能も良好であるが顔面はやや蒼白.脈は大小不同で,脈拍170前後/分.血圧80/48.心音は清.四肢に浮腫なし.血液検査:概ね正常(Mg 2.1 mg/dl,K 4.5 mEq/L,Ca 8.2 mg/dl:Alb補正にて9.4 mg/dl,TSH 1.83 μIU/ml,FT4 0.8 ng/ml,FT3 2.8 pg/ml).併用経口薬剤:ブロチゾラム0.25 mg眠前,クエチアピン25 mg夕食後,デキストロメトルファン45 mg分3,ブロムヘキシン12 mg分3,エトドラク400 mg分2,ベタメタゾン2 mg朝食後

【その後の経過】食欲不振の原因はPaf発症による心不全徴候によるものと診断され,除細動目的にアプリンジン20 mgを午後2時経口投与し,約2時間後,脈は整で90前後/分となった.以後,心拍数は90前後/分で推移し,Pafの出現はみられなかった.同日夕方アプリンジン20 mg追加投与.翌日心電図にて洞調律を確認(図2).この間,メサドン服用は中止せず継続,アプリンジンは2回のみ投与で以降は投与しなかったが,Pafの再発はなかった.心エコー検査では器質的心疾患はみられなかった.臨床経過などから考えて,心房細動の原因は,加齢や動脈硬化によるものと推測された.その後も入院継続し,胸椎転移の増大,がん性胸膜炎により,死亡した(メサドン投与期間430日,入院期間451日).意識レベルの低下にて内服不能となったが,痛みの訴えはなかった.メサドンは死亡前日まで服用し(最終量70 mg/日),レスキュー薬投与も含めて他のオピオイドは使用することはなかった.

図2 (上)メサドン服用9カ月後発作性心房細動発症QTc 382 ms,(下)発作性心房細動発症翌日洞調律となるQTc 439 ms

考察

心房細動は,上室性頻拍症とともによく遭遇する不整脈の一つであり,器質性心疾患や高血圧などの基礎疾患をもたない発症例も多くみられる13).本例も,発症原因とされるべき基礎疾患はなかった.最近,オピオイド服用患者に心房細動の有病率が高いとされるretrospectiveな疫学的報告がされているが,メサドンと心房細動との関連は示されていない14).本例ではメサドン投与を継続しても心房細動の再発がなく,その発症原因としてメサドンとは直接関係のないものと推測された.

Paf発症に対する除細動後の抗不整脈薬による薬剤性TdPの発症については報告されている15,16).Pafの治療に必ずしも除細動は必要でなく,心拍数調整,血栓予防を行うことも多いが,急性期症状がある場合は,除細動が望まれる.除細動に用いられる抗不整脈薬の第一選択は,Vaughan-Williams分類のIa群,Ic群,III群であるが,いずれもQT延長やTdPの発症をきたすことのあることが知られている.

メサドン投与中の場合,抗不整脈薬の相互作用によるQT延長やTdPの発症がさらに危惧され,心房細動の除細動後は薬剤性TdPの発症の危険因子の一つとして挙げられている17).そして,その治療にはメサドンにみられることのあるQT延長やTdPをもたらすことの少ない薬剤の選択が重要であった.メサドンは長期にわたって重篤な副作用がなく,十分な鎮痛効果が得られていることや,QT延長がみられないことからメサドンの投与量も減量せず,継続投与とした.持続的な心電図監視も必要と思われたが,患者が緩和ケア病棟での入院継続を希望し,せん妄もあり心電図持続監視を拒否したため,単回の心電図測定にとどめた.

Pafの治療については,緩和ケア内科医,循環器内科医,薬剤師とで協議した結果,がん末期状態であり,侵襲的非薬物治療は行わなかった.心拍調整を図る目的で,メサドンと相互作用がほとんどないβ遮断薬やCa拮抗薬,それにジギタリスを加えた3剤を投与して経過観察する方針も考えられたが,食欲不振の出現が急性期症状としての心不全兆候と考えられ,改善が急がれるため,抗不整脈薬による除細動を試みることとした.

アプリンジンは,Ib群製剤(活動電位の最大立ち上げり速度を減少させ,活動電位持続時間を減少させるNaチャンネル遮断薬)の中でも,上室性不整脈にも有効であり,QT短縮に作用するとされ,日本での市販後の使用成績調査では,5952例中,QT延長は10例(0.17%)と少ないので18),今回使用し,著効した.除細動後の継続投与も考慮したが,心房細動発作予防のエビデンスはアプリジンにはないため13),2回内服後は継続投与を行わなかった.また,他の抗不整脈薬による心房細動再発予防も考えられたが,薬剤相互作用や徐脈からのQT延長も危惧されるので使用しなかった.

結語

当院緩和ケア病棟入院中でメサドン投与中にPafを偶発的に発症した症例を経験した.本症例は,メサドン投与期間中に,偶発的に合併した発作性心房細動の可能性が高く,われわれの日常診療の中でも遭遇しえるものである.その治療にはメサドン投与中にみられることのあるQT延長やTdPをもたらすことが少ない抗不整脈薬の選択が重要であった.

References
 
© 2016 by Japanese Society for Palliative Medicine
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