2016 Volume 11 Issue 1 Pages 506-509
【目的】在宅療養中の終末期がん患者における致死的出血事例を調査すること.【対象・方法】2007年10月~2014年12月末までに当院で在宅緩和ケアを提供し死亡したがん患者のうち,致死的出血が契機で死亡の転帰をたどった7例(1.4%)の後方視的診療録調査を実施.【結果】男性4名,平均年齢70±11歳,原疾患は様々であった.いずれも出血発症時は医療者が立ち会えず,6例は自宅死亡,1例は止血目的に入院したが入院中に死亡した.6例は,致死的出血より24時間以上前に,同部位の出血エピソードがあった.医療者が止血を試みたもの,止血剤を投与したもの,鎮静薬を投与したものはそれぞれ1例ずつであった.自宅死亡の6例は事前に在宅看取りの意向を確認していた.【考察】在宅療養中の終末期がん患者において,致死的出血を起こした場合にできることは限られており,事前に出血時の対応について話し合っておくことの重要性が示唆された.
がん患者にとって望んだ場所で療養することは最も重要な希望の一つである1).一般国民が考える在宅療養の阻害要因として,家族の介護負担,症状が急変したときの対応に不安があること等が挙げられている2,3).また,訪問看護師からみた在宅療養中のがん患者の入院理由として,家族の介護負担とともに,症状急変も多く挙げられている4).これまでの調査の中では在宅療養中の急変という用語の明確な定義がなされておらず,その実態を調査した研究や,特に出血した症例に焦点を絞った調査は少ない5,6).
これまでのシステマティックレビューにおいては,進行がん患者における“terminal hemorrhage”とは「体内外への循環血液の喪失により数分以内に死をもたらすような動脈性出血」と定義されており,その頻度は3〜12%で,多くは頭頸部癌であったことが示されていた7).国内では,在宅緩和ケアを受けた終末期がん患者352名を対象にした実態調査の結果から,入院により在宅診療を中止した39名のうち急性出血に対する止血目的で入院したものは4名おり,いずれも病院死の転帰をたどっていたことがわかった8).しかし,その経過と対応は明らかとなっていない.
在宅緩和ケアの現場において,体表・体外への出血は患者・家族にとって視覚的にも直接に死をイメージする症状であり,大出血ではない場合でも急変と捉えて救急搬送となる場合も多いと考えられる.また,介護を担うものは家族や介護員などの非医療者が多く,急変の場面に立ち会うことは心理的ストレスも大きいことが予想される.
以上のことから,がん患者が望んだ場所で療養することを実現するためには,症状急変時の経過と対応を明らかにすることは重要である.今回は症状急変の中でもがん患者の体表・体外への致死的出血事例を振り返り,その実態を明らかにすることで,出血時の経過と対応について検討することを目的とした.
2007年10月~2014年12月末までに当院で在宅緩和ケアを提供し死亡したがん患者508例のうち,体表・体外への致死的出血が契機となり死亡の転帰をたどった7例の後方視的診療録調査を実施した.致死的出血は,「在宅医が止血困難と考え死亡を予期するような出血」と定義した.
2 調査項目年齢,性別,がんの原発部位,転移,がんの治療歴,前医からの出血リスクに関する情報提供の有無,出血経路,出血前のperformance status (以下PS),抗凝固薬の使用,出血前の血小板数,前出血エピソードの有無,致死的出血の報告から医療者が患者宅に訪問するまでの時間,前出血エピソードから致死的出血までの時間,致死的出血発生時の発見者,最終転帰までの時間,最終転帰,致死的出血の対応に関する医療者との話し合いの有無とタイミング,療養場所・看取り場所の意向確認の有無,致死的出血時の具体的な対応について調査した.前出血エピソードは,「致死的出血と同部位からの出血で,その後一時的に止血が得られたもの」と定義した.
7例(1.4%)中,男性は4例であった.死亡時の平均年齢は70±11歳(平均値±標準偏差)であった.がんの原発・転移の部位は様々であった.がんの治療歴(重複あり)としては手術療法を受けたものが4例,化学療法を受けたものが4例,放射線治療を受けたものが3例であった.2例は積極的治療の既往がなかった.当院紹介時点で,前医から出血リスクに関する情報があったものは1例であった.出血前のPSは0~1のものはいなかった.抗凝固薬を使用していたものはいなかった.出血前に血液検査を実施していたものは5例だった.血小板数は4例が基準範囲内で1例は軽度低下(11.7万/µl)であった.前出血エピソードは6例に認めた.出血に気がつき,連絡をしてきたものは配偶者が5例,実子が2例で,いずれも主介護者であった.
前出血エピソードから致死的出血までの時間はいずれも24時間以上であり,致死的出血から転帰までの時間は15分~54時間と幅があった.致死的出血の報告から医療者が患者宅に訪問するまでの時間は,平均27分であった.療養場所・看取り場所の意向確認と,致死的出血の対応に関する話し合いは在宅死の6例で行われていた.
致死的出血時の具体的対応としては,圧迫止血を試みたもの,止血剤を投与したもの,状態低下に伴うせん妄に対して鎮静薬を使用したものがそれぞれ1例ずつであった.主な結果を表に示す(表1).
本研究は,当院における在宅療養中の終末期がん患者における致死的出血症状を伴った事例の症例集積研究である.緩和ケア領域においては急変に関する先行研究論文は少なく,特に在宅緩和ケアにおける致死的出血の実態を報告したものは,われわれの調べた範囲ではみとめなかった.
今回の事例検討の結果から,7例中6例は前出血エピソードが見られ,そこから致死的出血までの時間は全例で24時間以上,致死的出血から死亡に至るまでの時間は,幅があるが1時間以内という短時間であったものは1例であった.また,事前に在宅療養・看取りの意向を確認していた6例は在宅死の転帰をたどったことがわかった.先行研究では終末期がん患者の出血マネジメントとして,家族やその他の介護者と出血時の対応に関して事前に十分な話し合いをすることが推奨されている7,9).国内の調査では,在宅療養中の入院歴は独立した在宅療養中止の関連要因であり,入院した場合,在宅診療を再開するのは難しい場合が多く,入院のメリットやデメリットについて事前に十分に説明した上で患者・家族の意思決定を支えていく必要があることが示されていた10).また,在宅進行がん患者の緊急時対応について検討した調査によれば,在宅緩和ケアチームによる支援を受けていれば望まない入院を減らすことができる可能性が示されていた11).今回の調査結果から,終末期がん患者が在宅療養中に致死的出血を発症した場合,前出血エピソードから致死的出血発症までの間,また致死的出血から最終転帰までの間に療養場所と看取り場所の意向を確認しておくことや,出血対応についての話し合いを十分に行う時間がもてる可能性がある.その意向確認次第では,救急搬送とならずに患者・家族の希望に沿った在宅死を実現できる可能性が示唆された.
また,今回の調査では致死的出血の連絡から医療者の訪問までは約30分前後であり,現場に医療者が居合わせていたケースはなかった.訪問時の具体的対応としては,出血による汚染物の処理,今後のケア方法や考えられる経過の説明などが主であり,止血操作や鎮静薬の投与を行ったケースは少なかった.先行研究では進行がん患者における重篤な出血イベント発生時には暗い色のタオルを準備しておくことや,吸引・圧迫などの止血操作,安心感を与えるような声掛けをすること,そして必要に応じて鎮静薬の使用などが推奨されている7,9).その一方で,緊急薬剤の役割は小さく,投与が間に合わない場合も多いことが指摘されており,非薬物療法の重要性も示されている12).本調査の結果からも,出血時の第一発見者は家族・介護者であり可能な処置は限られている状況であった.具体的な対応内容としては非薬物的なケアが中心であり,在宅緩和ケアの現場のような少ない医療資源の中での対応には限界があることがわかった.
今回の調査は単施設の症例集積研究であり,一般化することはできないことに注意が必要である.これまでに在宅療養中の急変や致死的出血といった用語は統一した定義がなされておらず,今後の課題といえる.また,今回の検討は後ろ向き調査であるため,前出血エピソードがあった患者の何割が致死的出血を発症したかという点は不明である.今後,多施設の症例を集積し,検討することが必要であると考えられた.
当院における在宅療養中の終末期がん患者における致死的出血事例の実態を報告した.今回の調査によってその経過と対応が明らかとなり,実際の対応には限られた医療資源,医療者が訪問に要する時間の中で限界があること,そして患者・家族と事前に出血時の対応や療養場所の意向を十分に話し合っておく重要性が示唆された.