2016 Volume 11 Issue 2 Pages 515-519
【緒言】進行がん患者とのリハビリテーション(以下リハビリ)の目的はQOLの向上であり,患者の希望を探ることから始まる.今回,希望聴取が困難な患者へのリハビリの工夫を報告する.【症例】83歳男性,肺腺がん,脳転移.化学療法,放射線療法を施行したが病勢は進行し,全身倦怠感と呼吸困難にて入院,その後当院緩和ケア病棟へ転院した.転院時,食事は自立,トイレ歩行は軽介助で可能だったが,てんかん発作を生じ右片麻痺と意識障害を呈した.ADLは全介助,意思疎通も困難だったが,患者はその状況下でも自分で食べようとした.作業療法士はADLの観察および非言語的コミュニケーションを用いて患者の希望を読み取り,これをもとにリハビリ介入を行った.その結果,より早期に食事動作が獲得され,患者の満足度は向上した.【考察】希望聴取が困難な場合でも,リハビリの知識や技術を活用することで,患者の希望を支えられる可能性が示唆された.
進行がん患者に対するリハビリテーション(以下,リハビリ)の目的は患者のQuality of life(以下,QOL)の向上であり,World Health Organizationの緩和ケアの定義1)と同じである.European Association for Palliative CareのWhite paperでは,QOLは患者自身の人生に対する満足度であり,その良し悪しを判断できるのは患者だけであるとされる2).また,進行がん患者に対するリハビリにおいてQOLの向上を目指すには,対面した患者が何を希望しているかに着目することに始まるともいわれる3).
しかし,全身状態の悪化や意識障害等により患者との十分な意思疎通が困難になると,患者の希望聴取や,それに基づくリハビリ目標の設定および介入が難しくなる場合がある.
今回,緩和ケア病棟入院時より希望の表出に乏しく,てんかん発作を契機に日常生活活動(以下,ADL)の低下と意思疎通に困難を生じた終末期肺がん患者に対して実践したリハビリの工夫について報告する.
なお,本稿では家族の同意を得た上で個人が同定できないよう内容記述に配慮し,当院倫理委員会の承認を得た.
【症 例】83歳,男性
【診断名】肺腺がん
【既往歴】うっ血性心不全,高血圧,高血圧性難聴,糖尿病
【生活歴】独居,妻は施設に入所中.キーパーソンは長男.
【現病歴】2010年8月,肺腺がん(肺内転移,cT1N3M0 stage IIIb)と診断した.同年10月に脳転移に対して放射線療法(部分照射)および化学療法を施行した.
2013年5月,肺内転移の増悪を認め,積極的抗がん治療は行わない方針となった.
2013年11月,全身倦怠感と呼吸困難を訴え入院した.2週間後,症状は落ち着いたが,自宅独居が困難なため当院緩和ケア病棟へ転院となった.この時,全身状態はEastern Cooperative Oncology GroupのPerformance Status(以下,PS)でgrade 3,ADLは食事が自立,トイレ歩行が軽介助で可能だった.病勢の進行に伴い,身体機能の低下を嘆く発言が多く聞かれていた.
2014年1月某日夕方,てんかん発作を生じ,意識障害,右半身不全麻痺,呂律困難,呼吸不全を呈した.同日より抗てんかん薬の内服,ステロイドパルス療法(ベタメタゾン6 mg/day,3日間)を開始した.
2日後,リハビリ(作業療法)が開始となった.リハビリ依頼時点での主治医の予後予測は週単位で,依頼内容は「本人に希望がなく,何もしたがらない.希望や楽しみとなることを見つけてほしい」だった.
リハビリ開始時,てんかん発作後に出現した右半身不全麻痺と呼吸不全を認め,酸素2 L/分(経鼻)を使用していた.全身状態はPS grade 4,ADLは全介助だった.バイタルサインは安定していたが,意識障害や呂律困難のために会話が成立せず,患者の希望は聴取困難だった.しかし,食事場面に訪室すると,看護師の介助を払いのけ,ベッド端坐位をとろうとし,自分で食べようとする姿が観察された.
以下にリハビリ開始時の食事場面の具体的な状況を記す.
右上肢は不全麻痺のためスプーンや食器の操作が困難だった.左上肢は姿勢保持のために臀部の左後方に支持しており,左上肢で食器を操作すると身体が左後方へ傾いてしまい,介助を要した.また,左上肢に明らかな麻痺は認めなかったが,全指でスプーンを握りこむ・汁椀を上方から鷲摑むなど,食器の把持や操作にぎこちなさ(失行症状)を認め,食べこぼしがあった.眉間にしわを寄せ,顔をしかめ食べづらそうだった.
作業療法士(以下,OT)は患者の表情と仕草からリハビリ介入に対する快・不快を読み取りながら,患者の動作に合わせて座位保持の補助や食器の位置の調整など,その場でできるリハビリ介入を行った.患者はそれを受け入れ,時に笑顔を見せながら嬉しそうに食事を続けた.また,発作前の患者を知る看護師から,患者は食べることが好きだったとの情報を得た.これらより,患者の希望が「自分の力で食べること」だと読み取ることができたため,食事へのリハビリ介入を継続した.
以下に2日目以降に行った食事に対するリハビリ介入の具体的な内容を記す.次の3点を中心に実施した.
①座位保持のためのポジショニング
座位保持困難に対して,ベッド上での端坐位姿勢からベッド上ギャッジアップ座位姿勢へ変更し,クッションを用いて姿勢保持を補助した.
②メニューと食器の工夫
スプーンや食器など道具使用におけるぎこちなさには,道具使用を省くために指で直につまめるメニュー(サンドウィッチ,おにぎり,カットフルーツなど)に変更する,手順の簡略化のために皿数を減らすなど,栄養士と共に対応した.また,患者が好む丼物は,重心が低く安定する平皿で提供した.
③自助具の導入
経過中,右手の運動麻痺が徐々に改善し,右手の使用が可能となり始めた.スプーンの把握や操作が十分でなかったため,太柄スプーンを導入した.
リハビリ介入内容の意図を看護師と共有した上で,食事の際のポジショニングや自助具の配膳を依頼した.OTは食事場面を適宜評価し,患者の動作状況の変化に応じて看護師への依頼内容を変更した.こうした対応を行うことにより,座位が不安定な状況から麻痺症状と動作のぎこちなさが徐々に改善し,一時は自力での食事動作が可能となった.リハビリ開始2日目には「ありがとう」,7日目には笑顔を見せながら「自分で食べるとおいしいね」などの発言があった.22日目に呼吸状態が悪化し,翌日永眠された(図1,表1).
コミュニケーションには,言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーションがある.対話において主に用いられるのは言語的コミュニケーションであるが,Mehrabianが「メッセージ全体の印象を100%とした場合,言語内容が占める割合は7%,音声と音質が占める割合は38%,表情としぐさが占める割合は55%である」4)と述べているように,非言語的コミュニケーションは欠かせないものである.本患者は,リハビリ介入直前に生じた意識障害や運動麻痺によってコミュニケーションに支障をきたしていた.そこで,ADLの観察および非言語的コミュニケーションを用いて関わり,食事場面における患者の行動の意図を読み取ろうと努めたことで患者の意思確認が可能となり,「自分の力で食べる」という希望に基づいたリハビリ目標を設定できた.患者のQOLの向上を図るには,まずはその元となる希望を把握する必要がある.本患者のように言語的コミュニケ—ションが難しい状況では,ADLの観察および非言語的コミュニケーションを用いて関わり,患者の希望を把握することが重要であったと考えられる.
また,リハビリ分野では,高次脳機能障害を有する患者に対してその障害と要因をADLの観察を介して評価するADL-focused Occupation-based Neurobehavioral Evaluation(A-ONE)や5),失語症や認知症等を有する患者に対してiPadを用いて日常生活上の活動場面のイラスト95項目からリハビリ目標を選択していくAid for Decision-making in Occupation Choice(ADOC)6,7)など,ADL観察や非言語的ミュニケーションを重視した先行研究がある.本患者のような言語的コミュニケーションによる希望聴取が困難な患者に,ADL観察や非言語的コミュニケーションを用いた患者の評価に関する知識や経験のあるリハビリスタッフがその専門性を活かして関わることは有用といえるだろう.
また,本患者では《自分で食べたい》という主観的な願いと,《自分で食べられない》という客観的状況の間に生じた「ズレ」によって患者の苦しみが構成されていた2,8).今回,患者の身体機能や食事動作の遂行状況の変化に応じて環境調整の内容を変更したことで,それぞれの時点の患者の能力を活かした方法で食事動作を獲得できた.さらに,看護師の協力で,OTが同席する限られた時間だけでなく毎回の食事にも導入できた.このような患者の状況に応じた細やかなリハビリ介入によって患者の希望と現実のズレが少しずつ埋まり,QOLの向上が図れたと推察される.
リハビリ介入の目的には障害された機能の回復を図るものと,残存機能を活かす代償的なものがある.本患者に対しては後者を中心とした介入を行った.麻痺症状や動作のぎこちなさの回復がいまだ十分ではない状況であっても,食事動作の再獲得が可能になるという点で,予後の限られた終末期がん患者のQOL向上において効率的な介入方法といえる.
柏木は,痛みやその他の不快な身体症状,ADL障害,精神的・社会的問題などの苦痛が取り除かれたとき,「患者に笑顔が戻る」と述べ,患者の笑顔をQOLの一つの指標としている9).また,大岩は,「その時々の患者の満足度」が患者のQOLの指標になると述べている10).リハビリ介入後の食事場面で観察された患者の笑顔や「自分で食べるとおいしい」という言葉は,患者のQOLが向上していたことを示唆するものである.リハビリ介入によって,より早期から部分的にでも自分の力で食事できたことが患者の喜びを引き出し,希望を支えることにつながっていた可能性があると考えられた.
希望聴取が困難な患者に対して,ADLの観察および非言語的コミュニケーションに重点を置き,患者の希望や意図を読み取ろうとしてリハビリ介入を行うことは,QOLの向上に有用である可能性が示唆された.