2016 Volume 11 Issue 2 Pages 520-524
【はじめに】がん疼痛悪化との鑑別に苦慮したデノスマブによる急性期反応の1例を報告する.【事例】65歳,男性.肺小細胞がん胸椎転移による右背部から上腹部にかけての疼痛緩和目的で緩和ケアチームに紹介された.デノスマブは4週毎,120 mg/回皮下投与された.初回投与翌日の発熱と全3回の投与において投与翌日から約4日間,既存の骨転移による疼痛と同部位の急激な疼痛悪化を認めた.アセトアミノフェン,非ステロイド性消炎鎮痛薬, オピオイドすべて無効で疼痛緩和に難渋したが,自然軽快した.がん疼痛との鑑別を要したが,投与毎に反復する経過からデノスマブの急性期反応と診断した.デノスマブ中止後,同様の疼痛悪化はみられず良好なコントロールが得られた.【考察】デノスマブの急性期反応における疼痛は見落とされている可能性がある.その詳細は明らかでなく,症例の集積が必要と考える.
非小細胞肺がん骨転移において50%に疼痛や骨折,高カルシウム血症などの骨関連イベント(skeletal related events; SREs)が発生1),SREsは移動性を低下させ,quality of lifeを阻害する2).
骨転移によるSREs予防目的に,ゾレドロン酸などのビスフォスフォネート製剤やreceptor activator of nuclear factor kappa-B ligand (RANKL)に対する抗体であるデノスマブといった骨修飾薬投与が投与される.
ゾレドロン酸は破骨細胞を抑制し,肺がん骨転移患者のSREs予防に寄与する3).デノスマブはRANKLを阻害し破骨細胞の分化活性化を抑える,アポトーシスを誘導することで骨吸収を抑制し,がん細胞と骨細胞との相互作用による悪循環を遮断する.乳癌,前立腺癌,その他の固形がん・多発性骨髄腫に対する骨転移のSREs予防において,デノスマブのゾレドロン酸に対する非劣性が示されている4〜6).
ビスフォスフォネート製剤の有害事象として低カルシウム血症,顎骨壊死,急性期反応が知られる.ビスフォスフォネート製剤の急性期反応は投与後2〜3日間にわたって発生する微熱,倦怠感,頭痛,関節痛,筋肉痛,骨痛といったインフルエンザ様の症状を指すが,これは感染や外傷,熱傷などにより発生する2〜3日程度の反応においてもみられる7).デノスマブ投与後も同様の有害事象が発生し,Peddiらは,急性期反応を投与後3日以内に発生するインフルエンザ様の症状やその他の有害事象と定義している8).デノスマブ投与後,急性期反応は6.9〜10.4%の頻度で発生する4〜6).
しかし,デノスマブによる急性期反応の疼痛部位と既存の疼痛部位の関連に関する報告は認められない.
今回,既存のがん疼痛悪化との鑑別に苦慮したデノスマブによる急性期反応の1例を報告する.
【患 者】65歳,男性
【診 断】肺小細胞がん,多発骨転移(頭蓋骨,第7〜9胸椎,左肩甲骨)
【既往歴,家族歴】認知症,慢性閉塞性肺疾患
【現病歴】2014年6月,慢性閉塞性肺疾患にて通院中,肺小細胞がん,多発骨転移と診断された.同7月,骨転移によるSREs予防目的にデノスマブ120 mg皮下投与を開始した.投与翌日より37.8°Cの発熱と右背部から上腹部にかけての疼痛が悪化し,トラマドール塩酸塩 150 mg/日アセトアミノフェン 1300 mg/日を開始した.レスキュー薬はアセトアミノフェン400 mg/回を使用したが無効であった.発熱は投与翌日のみで,疼痛も投与4日後に軽快し,トラマドール塩酸塩 300 mg/日アセトアミノフェン 2600 mg/日投与にてNumerical Rating Scale (NRS) 2程度で経過していた.同8月,右背部から上腹部にかけての疼痛が急激に悪化し,疼痛緩和目的に緩和ケアチームへ紹介された.
【現 症】身長163.5 cm,体重49.5 kg,体温36.6°C,Performance status 3.右背部に仰臥位から座位になると悪化する,NRS 3〜4の圧痛を伴う疼痛と右背部から上腹部にかけて,帯状で第7〜8肋間神経領域に一致し,ビリビリとしたNRS 8の疼痛を認めた.身体所見と胸椎MRIでの第9胸椎転移および神経根圧排所見の一致より,体性痛と神経障害性疼痛の重複と推定された.アロディニアはなく,皮膚色の変化も認めなかった.
発熱,倦怠感,悪寒,関節痛,頭痛は認めなかった.
【血液検査】軽度の炎症(白血球11400/µl,CRP 2.02
mg/dl)と軽度の貧血(ヘモグロビン10.9 g/dl)を認めた.肝・腎機能障害はみられなかった.
【胸椎MRI所見】第7〜9胸椎に高信号域を認め,胸椎転移と考えられた.腫瘤は椎体から右肋骨へ進展し,神経根の圧排が示唆された(図1).
第7〜9胸椎に高信号域を認め,胸椎転移と考えられる⒜.腫瘤は椎体から右肋骨へ進展しており,神経根の圧排が示唆される⒝.
【臨床経過】
図2に本患者の疼痛と臨床経過を示す.
(1回目の疼痛悪化)
2014年7月,デノスマブ投与を開始した.翌日に発熱と,4日間の疼痛悪化がみられた(現病歴に記載).
(2回目の疼痛悪化)
同8月,デノスマブ投与翌日に発熱はみられなかったが,胸椎転移による体性痛・神経障害性疼痛が急激に悪化し,4日間続いた.レスキュー薬のトラマドール無効のため,トラマドール塩酸塩/アセトアミノフェンからオキシコドン塩酸塩水和物へ変更した.第7〜10胸椎に放射線照射(30 Gray/10 fraction)を施行した.その後,内服コンプライアンスと排便コントロールの改善目的に,オキシコドン塩酸塩水和物60 mg/日からフェンタニル貼付剤37.5 µg/hへオピオイドスイッチングを行い,フェンタニル貼付剤とロキソプロフェンナトリウムにて疼痛コントロール,排便コントロールとも良好であった.
(3回目の疼痛悪化)
同9月,デノスマブ投与翌日,発熱はなかったが,過去2回と同様に,同部位に同質の4日間の疼痛悪化がみられた.全身状態の変化はなく,抑うつやせん妄も否定的であった.デノスマブ投与翌日の疼痛悪化と,4日目軽快の反復から,デノスマブの急性期反応が疑われた.レスキュー薬としてジクロフェナク坐剤50 mg,オキシコドン速放剤10 mg投与したが,いずれも無効であった.自然軽快が予測されたため,定時薬の増量は行わなかった.
(その後の経過)
疼痛悪化の原因と考えられたデノスマブは中止とした.SREs発生リスク,予後,有害事象を検討し,ビスフォスフォネート製剤投与も行わない方針とした.その後同様の疼痛悪化はなく,疼痛コントロールも良好であった.同12月,がん性リンパ管症,慢性閉塞性肺疾患増悪による呼吸不全で永眠された.
本症例の症状の特徴は,初回投与後の発熱,既存のがん疼痛と同部位,同質で,投与後4日間の疼痛悪化の反復である.倦怠感,関節痛,頭痛はみられなかった.
このような疼痛悪化の際に,腫瘍関連因子として腫瘍の増大,虚血・出血,感染,病的骨折が,患者関連因子として抑うつやストレス,せん妄,オピオイド耐性,ケミカルコーピングが鑑別すべき病態として挙げられる9).コントロール下の疼痛が急激に悪化するエピソードの反復から,腫瘍関連因子は否定的で,鎮痛薬変更なく疼痛の自然軽快からオピオイド耐性やケミカルコーピングも否定された.抑うつ気分や興味・意欲の減退などうつ病の診断基準を満たさず(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision),失見当識や日内変動,意識障害なくせん妄も否定的であった.
乳癌骨転移患者に対するデノスマブ投与で急性期反応は10.4%に発生,その内訳は,発熱0.9%,倦怠感2.4%,骨痛1.3%,悪寒0.3%,関節痛1.5%とされ10),症状は多彩で頻度も様々である.本症例は初回投与後の発熱と投与翌日から4日間の疼痛増悪で,急性期反応の症状すべてが出現してはいないが,定義8)や症状経過から急性期反応として矛盾しないと考えた.デノスマブ投与中止後に疼痛悪化エピソードが再燃しなかったことも,この診断を支持する.
急性期反応の原因として,ゾレドロン酸ではγ-δT細胞の活性化と増殖の関与が示唆されている11).しかし,デノスマブとゾレドロン酸は骨吸収抑制機序や急性期反応の発生頻度が異なるため4〜6),急性期反応の機序も異なる可能性が高い.骨転移存在下では,腫瘍から産生されるIL-6などのサイトカインによりRANKL発現が促進され,骨吸収が亢進する12).デノスマブのRANKL阻害が,このサイトカインに何らかの影響を及ぼし急性期反応を起こすことも考えられるが,根拠となる報告はみられず,推測の域を出ない.
本症例の疼痛増悪へのレスキュー薬はアセトアミノフェン,非ステロイド性消炎鎮痛薬,オピオイドとも無効であった.急性期反応に対する治療薬の報告はみられないが,前述のようにサイトカインが影響しているとすれば,ステロイドに効果がみられた可能性がある.
コントロール下のがん疼痛が悪化した場合,デノスマブによる急性期反応の認識がなければ,副作用による疼痛と診断することは困難で,がん疼痛悪化やオピオイド耐性と評価され,定時薬増量やオピオイドスイッチングが行われている可能性がある.しかし,オピオイドの不適切な増量は,疼痛の自然軽快時に相対的過量から傾眠や呼吸抑制を招きかねない.デノスマブ投与下の疼痛増悪では,急性期反応による疼痛も鑑別診断に挙げ,適切なオピオイドタイトレーション指示を行うことが必要と考える.
既存の胸椎転移に伴う疼痛部位の増悪のため,がん疼痛悪化の鑑別を要したが,デノスマブと疼痛悪化との相関から急性期反応と診断した.
デノスマブの急性期反応における疼痛は見落とされている可能性がある.詳細は明らかでなく,症例の集積が必要と考える.