2016 Volume 11 Issue 2 Pages 529-533
【緒言】腎機能低下のためモルヒネが使用困難であった,内科的,外科的に改善の見込めない末期心不全患者の呼吸困難に対し,オキシコドン注射剤を用いて良好にコントロールできた症例を経験したので報告する.【症例】70歳,男性,拡張型心筋症のため以前より入退院を繰り返し,内科的・外科的治療を行われていた.多量の強心薬および利尿薬を使用するも改善なく呼吸困難の増悪を認めたが,腎機能低下のためにモルヒネの代替薬としてオキシコドン注射剤を使用した.経過中を通して心不全の改善は認めなかったが,少量の持続静注により呼吸困難は改善した.【考察】末期心不全患者は腎機能低下を伴うことが多く,呼吸困難緩和目的のモルヒネ使用が困難であることが多い.慎重な観察下にオキシコドンを代替薬として使用することにより,末期心不全患者の呼吸困難を緩和することができる可能性がある.
末期心不全患者の多くは呼吸困難,痛み,倦怠感,睡眠障害,認知障害など様々な症状を示す.その中でも呼吸困難は末期心不全で最もよく遭遇し,強い苦痛をもたらす症状である1).
末期心不全患者の呼吸困難に対するオピオイドの使用は呼吸抑制への懸念やエビデンスの欠如のために使用が躊躇されることが多かったが,がん患者の呼吸困難に対してはモルヒネが症状コントロールのための主要な薬剤として用いられてきた2,3).近年では心不全による呼吸困難に対してもモルヒネの有効性が示されており,使用されている8).しかしながら,末期心不全患者では高頻度に腎機能低下を呈すため4),モルヒネの使用が困難な症例に多く遭遇する.
今回われわれは内科的,外科的治療により改善が見込めない末期心不全患者の呼吸困難に対してがん性疼痛に使用する医療用麻薬であるオキシコドン注射剤を用いて良好にコントロールできた症例を経験したので報告する.
本稿では,個人が特定できないように内容の記述に倫理的配慮を行った.
【症 例】70歳,男性
【主 訴】呼吸困難
【現病歴】拡張型心筋症のため十数年前より入退院を繰り返し,利尿薬・強心薬などの薬物治療や心臓再同期療法(cardiac resynchronization therapy; CRT)など内科的治療や原疾患に対する僧房弁形成術など外科的治療を行われていた.今回も心不全の増悪のために入院となった.入院時の検査所見は左室駆出率は8%と著明に低下しており,NT-proBNPは20149.0 pg/mlと異常高値を認めていた.
左室形成術などの外科的適応はないと判断され内科的治療を継続していたが,改善を認めず,大量の強心薬,利尿薬および血管拡張薬を要する状況であった.強心薬としてはドブタミン7 μg/kg/min.,ミルリノン0.25 μg/kg/min.,ピモベンダン2.5 mg/日,利尿薬としてはフロセミド1000 mg/日,スピロノラクトン25 mg/日,カルペリチド0.00625 μg/kg/min.,トルバプタン15 mg/日を使用していた.
また,心不全の増悪による強い呼吸困難を認め,心不全からの回復は困難であると判断されたために緩和ケアチーム紹介となった.
【経 過】緩和ケアチーム介入後の経過を図1に示す.初診時の診察では呼吸困難と全身倦怠感を認めた.呼吸不全は認めなかった.呼吸困難は修正Borg Scale(mBS,表1)で安静時5,体位変更などの軽労作で8へ増悪し,呼吸困難のため体動困難,夜間不眠であった.患者本人,家族ともに呼吸困難の軽減を強く希望された.呼吸困難の緩和にはモルヒネの効果が期待できるが,推算Ccr(eCcr)は14.6 ml/min.と高度腎機能低下を認めていたために使用が躊躇された.そのため,医療用麻薬であることと十分なエビデンスがないことを十分に説明・同意を得た後に,代替薬としてオキシコドン注射剤を使用した.
全身状態を考慮し,4.8 mg/日と少量の持続静注より開始したが,これによりmBSは安静時2~3,座位への体位変更時3へと半減し夜間の睡眠が確保できるようになった.さらに7.2 mg/日までの増量により呼吸困難はほぼ消失し病室内のトイレに自力歩行により移動し排泄する事ができるようになった.本症例では心室性不整脈により死亡する直前まで,約1カ月間を通して上記のオキシコドン投与量により呼吸困難は良好にコントロールでき,睡眠および食事摂取,自室内の自力歩行は保つことができた.また,経過中を通して左室駆出率駆出率の改善,NT-proBNPの低下,体重減少など心不全の改善は認めず,eCcrは14~24 ml/min.と腎機能の改善も認めなかったためオキシコドンの減量やモルヒネへの変更は行わなかった.
慢性心不全は「慢性の心筋障害により心臓のポンプ機能が低下し,末梢主要臓器への酸素需要量に見合うだけの血液量を絶対的にまた相対的に拍出できない状態であり,肺,体静脈系または両系にうっ血をきたし,日常生活に支障を生じた病態」と定義される.
慢性心不全の治療は食事・禁煙・禁酒などの患者教育,強心薬・利尿薬・アンギオテンシン変換酵素阻害薬・血管拡張薬などの薬物治療,CRT,血行再建,弁形成,置換,左室形成などの心不全の原因疾患に対する手術療法,補助循環療法や心臓移植などが行われる1,5).しかし,日本における心臓移植症例数は未だ少なく6),移植適応であっても待機中に終末期を迎える患者は多い.慢性心不全患者の経過の特徴として,増悪と緩解を繰り返しながら,徐々に病状・症状が増悪する経過をとることが知られている.このため,強心薬や利尿薬などを多量に使用しながら,終末期の判断が困難となり,死亡するまで積極的な治療を継続する場合も多い1).病状の進行に伴い呼吸困難,浮腫など左房圧上昇に伴うものや倦怠感,尿量低下や脈圧の低下など心拍出量低下に伴う症状や身体所見を認める.また,呼吸困難などの症状は治療反応性の指標となることも緩和医療が導入されにくい要因となっていると思われる.本症例においても十数年前より内科的治療,CRT,外科的治療を行われており,緩和ケアチーム紹介時点では外科的治療の適応はなく,大量の循環作動薬,利尿薬および血管拡張薬を使用している状況であった.
経過中を通して心エコーその他の身体所見からも心不全の改善は認められておらず本症例における呼吸困難の改善はオキシコドンによるものと推察される.
一方,がん患者や末期心不全患者における呼吸困難の症状コントロールに対しては,モルヒネの使用が推奨されているが7,8),本症例では腎機能低下が著しいため代替薬としてオキシコドンを使用した.
モルヒネは肝臓においてグルクロン酸抱合により約44~55%はモルヒネ-3-グルクロニド(M3G)に,約9~10%はモルヒネ-6-グルクロニド(M6G)に代謝され腎排泄される.M6Gは鎮痛・鎮静作用を持っていることが知られており,腎機能低下患者ではM6Gの蓄積により過鎮静へと至る可能性がある9).このため,Cr>2.0 mg/dlあるいはeCcr<30 ml/min.の患者にはモルヒネの使用を避けるべきとも報告されている10,11).一方でオキシコドンは肝臓においてノルオキシコドンとオキシモルフォンに代謝されるが,鎮痛・鎮静作用を持つオキシモルフォンへの代謝はごく微量のみであるため,腎機能低下症例においても慎重な観察下で使用できるとされている9,12).
近年,がん患者に対するオキシコドンの呼吸困難軽減効果に関する報告13〜15)や慢性心不全患者に対して,内服でのモルヒネとオキシコドンの速効製剤の頓用使用による呼吸困難軽減効果を示唆する報告16,17)が散見される.本症例では高度腎機能低下を考慮して,モルヒネの代替薬としてオキシコドン注射剤を使用した.オキシコドンはがん性疼痛に対してのみ適応のあるオピオイドであり,呼吸困難に対しては適応外使用であるが,腎機能低下のためにモルヒネが使用しづらいこととオキシコドンでも呼吸困難が軽減する可能性があることを患者本人および家族に対して十分に説明したうえで使用した.
腎機能低下のためモルヒネが使用しにくい内科的・外科的に改善の見込めない末期心不全患者の呼吸困難に対し有害事象なく,良好にコントロール可能であった事例を経験したため報告した.