Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
A Role of Clinical Psychologists in Terminal Care for Cancer Patients
Naoko Sotobori NagaiTakashi NomuraTakashi MorimotoYo Sasaki
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2016 Volume 11 Issue 3 Pages 534-537

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Abstract

【目的】今回,再発転移乳癌に加え長期にわたるうつ病を併発していた終末期がん患者を個別に取り上げ,臨床心理士介入について検討し,緩和ケアにおける臨床心理士が果たす役割について考察を加えた.【症例報告】症例は49歳女性,右乳がん術後,多発肺転移,脳転移を発症し,左大腿骨を病的骨折し,手術を施行した.術後,患者は,動けないことのいらだちと既往のうつ病が相まって不安感が強くなり,臨床心理士が介入した.介入後,患者の1. 乳癌の病状進行に加えて併存するうつ病による否定的思考,2. 患者が「忘れっぽい」ことを意識することによる不安の高さが問題点として明らかとなった.これらの課題に対して,臨床心理士の個別介入だけでなく,乳癌治療に携わっていた医療職,患者家族と連携した介入を行った.上記の関わりを継続したことが,患者の精神的安定につながり,不安が軽減した.

緒言

緩和ケアにおいては,よりよい医療を提供するために,多職種によるチーム医療の重要性について報告されている1,2).稲田ら3)は,再発,転移による不安,うつなどの状況にある終末期がん患者に対する心理的支援の必要性と,心身医学的な視点での緩和ケアの評価や介入の有用性を報告した.また,再発,転移などを経験するがん患者は,不安,うつなど深刻な状況にあることが多く心理的支援が必要であるといわれている4,5)

これまで医療機関における精神ケアは,精神科医がリーダーとなり実践されてきたが,当院のように,常勤の精神科医がいない医療機関では,とくに,臨床心理士(以下,心理士)が心理ケアにおいて中心的な役割を果たすことが期待されている6,7).本症例は,終末期乳癌であるという状況に加え,闘病前から罹患していたうつ病によるより複雑な心理的QOLに関する問題をはらんでいる患者に対して心理士が介入した.本研究では,多職種で構成する緩和ケア医療において心理士が果たすべき役割について考察を加えた.本研究は研究施設での倫理委員会の承認を得て,個人情報の漏えいおよび個人を特定できないよう配慮を行った.

症例提示

【症 例】49歳,女性,専業主婦

【家族構成】夫(50歳代),長女(20歳代・社会人),次女(20歳代・大学生)の4人家族

【病状経過】患者は,1998年7月に右乳癌を発症し,乳房切除術と腋窩廓清術を行った.

2004年1月に多発肺転移を発症し,外来通院化学療法を受けていた.2008年8月に左大腿骨転移部を病的骨折したため,入院後,手術を施行した.2008年9月に多発脳転移を発症した.脳転移による脳圧亢進を抑制するため,ステロイド治療を行っていた.患者は2009年3月に腫瘍の進行による脳出血により死亡した.

【精神科治療歴】20歳代後半からうつ病に罹患し,A単科精神科へ通院していた.一時症状は軽快したが,子育ての悩みから症状が再燃し,教育相談機関の勧めでBクリニックへ約10年通院していた.薬物治療を継続して受けており,当院入院後も,Bクリニックからの処方薬を継続服用し,症状は安定していた.しかし,左大腿骨の術後,10~15分おきの頻回なナースコールがあるなど,患者自身が不安感を強く訴えており,主治医,看護師だけでは対応困難となり,2008年10月から心理士が介入した.心理士介入後,患者対応についてBクリニックの主治医に相談した所,不安への環境調整は必要だが,薬物治療については現状維持でよいとの指示があった.

見立ておよび介入方法

数回の心理士面接によりアセスメントした所,患者の1.乳癌の病状の進行に加えて併存するうつ病による否定的思考,2.患者が「忘れっぽい」ことを意識することによる不安の高さが問題点として明らかになった.これらの課題に対して,心理士による個別介入だけでなく,乳癌治療に携わっていた主治医,病棟看護師,理学療法士(以下PT),メディカルソーシャルワーカー(以下MSW),栄養士らの医療職と連携した介入,患者家族と連携した介入を行った.

介入の実際

1 個別的介入

心理士は上記の不安,否定的思考について1回30分週2回の面接枠を設けて,個室病室で個別面接を実施した(6カ月間 39回).患者は,病状増悪だけでなく,それによる自宅退院の不安,記憶障害,療養費用に対する不安などがあり,否定的思考は後述するリハビリ,栄養管理および病棟での療養時に表出した.

初回面接時には,「良くなったり悪くなったりしているから家に帰れるか不安.夜眠れないのがしんどい」と話し,リハビリについては,「左足は上げられたけど,右足は上げられなかった」と否定的な発言が目立っていた.また,患者は,「ナースコールがうまく押せなかった,夜中にお腹がすいて眠れなかった」等些細なことで精神的に不安定になり,同じ話を繰り返し訴える状態であった.一つでもできたことを振り返ることを心理面の目標に設定した所,徐々に「午前中はベッドに座れた,午後は筋力トレーニングができた」等肯定的な面を自分でも見出せるようになった.

脳転移による記憶障害のため,記憶が曖昧になり,病院に入院していることがわからない時があったり,以前趣味だった編み物を始めたものの,何度もやり直したりするなど思うように行動できない自分の辛さを話すこともあったため,受容,傾聴する関わりを継続した.少しずつ面接中の笑顔が増え,「毎回の心理面接を楽しみに待っている」という言葉をいただいた.

2 医療職と連携した介入

否定的思考への対応について,多職種でカンファレンスを2回実施した.記憶障害の不安に対しては,予定や気になったことをノートに記録することにした.患者が書ける時は自身で記載してもらい,できない場合は医療職が記録した.その結果,記憶が曖昧で不安な時は,患者にノートを示し共に確認することで不安の訴えが軽減した.また,このノートは医療職が情報を共有するためのツールとしても有用であった.療養費用の不安には,MSWへ対応を依頼した.相談後は,患者は安心して療養生活を送ることができていた.

多職種カンファレンスでは患者が希望する自宅退院という前向きな目標を設定した.退院には車椅子移乗を可能とするなどADL改善の必要があったため,PTと連携して介入した.リハビリにおいても患者の否定的思考によるいくつもの問題が生じた.例えば,PTの“下半身を鍛えないとトイレに座れませんよ”との励ましに対して,患者は“座れない”との否定的な言葉を強く意識することが心理士面接で明らかになった.このような情報を共有することで心理的問題点を考慮したPTの対応が可能となり,患者のリハビリへの取り組みが前向きなものになった.その結果,当初は困難と思われた車椅子移乗が達成された.

ADL改善のために体重の減量が必要だったため,栄養士も参加しこれに取り組んだ.栄養士は事前に心理士と情報共有し,それをもとに患者に対応した.結果的には,脳転移による脳圧亢進を抑制するためのステロイドの食欲増進のために体重減少は達成されなかったが,患者の前向きな姿勢,経口摂取でのQOLが維持された.

3 患者家族と連携した介入

家族とは,患者情報を共有することが重要であると考え,家族同席での心理面接を実施した(8回).家族は非常に協力的で,長女,次女,患者の母も定期的に見舞いに訪れ,患者の話をよく聴いていた.繰り返し同じ話をする患者に対し,家族の疲労感が強くなることもあったが,リハビリにおける配偶者の積極的なサポート,病室での趣味の編み物での患者の実母との関わりなどの場面で,患者家族は心理士の意見を参考にして患者のうつ病からくる否定的思考,不安に対する気配りのある対応ができた.

患者の提案により,病室で長女の誕生日会を行うこともでき,患者と家族が互いの気持ちを話せる場面も増え,乳癌による死の直前まで患者の心理的QOLの維持に貢献できた.

考察

大島8)は,がん患者についてはがんの根治,再発の予防,再発後のコントロールなど治療に関することだけではなく,QOLも重要であり,病む人を全人的に捉えねばならないと述べている.本報告では進行乳癌だけではなく併存するうつ病によるより複雑な心理的QOLに関する問題をはらんでいる症例に対する心理士の役割を評価した.患者は長期にわたるうつ状態のため家族以外の他者と良好な対人関係を築くことが困難であったため,個別介入により家族以外である心理士の継続した受容,共感的な関わりをもつことから始めた.

進行がん患者の心理的QOLの維持には心理士だけではなくがん治療に係わる医療職の役割も重要であることはいうまでもない9).Chujoら2)は乳癌患者について医療職のグループ介入群と非介入群で自己記入評価スケールを用いてQOLを比較し,介入群で有意にQOLが良好であったと報告している.本症例においても職種間のミニカンファレンスおよび全体カンファレンスなどのグループ介入を行った.これらの介入により心理士の個別介入で得られたうつ病からくる否定的思考,不安などの課題を共有することで,医療職は患者に対して一貫した関わりができるようになった.このグループ介入には多職種の医療職が参画したため,リハビリ,病棟での療養,およびがん治療などさまざまな場面でその効果が発揮された.

家族以外の他者との対人関係構築に課題があるうつ病患者では上記の個別介入,グループ介入だけでなく患者家族の介入も重要である.本症例においても心理士面接では患者の抱える問題を理解し心理士と課題,情報を共有してもらった.結果が示すように,このような症例では患者家族の果たす役割が大きいものと考える.

さらに患者家族は,がんの疑いをかけられた時からがん治療,介護および経済的負担など精神的ストレスを患者以上に感じるとの報告10)や,がん患者の配偶者は抑うつや不安が生じやすいという報告もある11).本症例においても,患者家族は一生懸命,患者ケアにあたっていたために,疲弊する様子も見られたが,家族も参加した心理介入は患者の抱える問題の理解に役立ち,患者家族自身のストレスの軽減につながったと考える.

結論

本報告では,終末期がん患者に対し,多職種医療職のチーム介入,家族と連携した介入が患者のQOLの向上に有用であると思われた.これらいくつかのアプローチの核となるものは心理士の個別介入であり,その重要性が示唆された.今後さらに症例を追加し,進行がん患者の心理的QOL改善に対する心理士の果たす役割を明らかにする必要があるものと考える.

謝辞

本論文の作成にあたりまして,八尾市立病院副院長・放射線科部長の西山謹司先生には大変熱心にご指導いただき,感謝申し上げます.

References
 
© 2016 by Japanese Society for Palliative Medicine
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