Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
Difficulty in Diagnosing a Case of Severe Headache Caused by Lung Cancer Metastasis to Base of Skull Due to Lack of Imaging Evidence
Shiro TomiyasuAkiko MasakiYukari MatsuoHiroshi NishidaHidetoshi Sato
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2016 Volume 11 Issue 3 Pages 543-547

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Abstract

【緒言】頭痛の原因診断目的に行われたMRI画像で異常を指摘できなかったことから原因の診断・疼痛コントロールに難渋した肺がん頭蓋底転移の1例を経験した.【症例】70歳,男性.右下葉肺がん縦隔リンパ節転移の診断を受けたが,治療を希望されず経過観察中であった.誘因なく頭痛が出現し,頭部MRI評価を受けたが異常が指摘されず,緊張型頭痛と診断された.鎮痛薬や鎮痛補助薬の投与を受けたが,効果がなかった.病状進行もあり緩和ケア病棟に紹介入院となり,再度画像評価を行ったところ,頭蓋底に腫瘤形成を認めた.肺がんの頭蓋底転移に伴うがん疼痛と診断し,突出痛への対処を含めて強オピオイド鎮痛薬注射剤による除痛を行った.【結論】担がん者の頭痛においては一旦画像で転移が否定されても,治療に反応せず,とくに脳神経障害を示唆する随伴症状を認める場合は,画像の再評価を検討することが重要である.

緒言

がんの頭蓋底への転移1)は乳がんや肺がん,前立腺がんなどに伴って散見される.特徴的な頭痛と随伴症状,画像所見によって比較的診断は容易と考えられるが,まれに痛みが先行し,画像上の異常が認めらないために,一次性頭痛との鑑別が困難な場合がある.

今回われわれは頭痛の原因診断目的に行われたMRI画像で異常を指摘できなかったことから治療に難渋した肺がん頭蓋底転移の1例を経験したので若干の考察を加えて報告する.なお本稿においては個人が特定できないように記述に倫理的配慮を行った.

症例提示

【患 者】70歳,男性

【診 断】右下葉肺がん縦隔リンパ節転移

【既往歴】2型糖尿病(糖尿病性網膜症で左失明,下肢神経障害合併)

【現病歴】2型糖尿病治療中の2014年2月に右肺がん縦隔リンパ節転移の診断を受けた.手術適応はなく,化学療法も希望されなかったことから無治療経過観察中であった.

2014年12月頃より誘因なく左側頭部から頭頂部にかけて,仰臥位で軽減し,座位で増強する拍動性の頭痛が出現し,徐々に増強した.2015年2月下旬にかかりつけ医から近医総合病院を紹介され,頭部MRI検査が行われたが,明らかな異常を認めなかった.このことから緊張型頭痛と診断され,抗不安薬,非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)の内服で経過観察することになった.

しかし痛みは改善せず,2015年3月中旬にはNSAIDs大量摂取に伴う十二指腸潰瘍を発症,絶食とプロトンポンプ阻害薬投与による治療が行われた.次に片頭痛の可能性を考慮し,トラマドール/アセトアミノフェン合剤の定期投与とゾルミトリプタンの頓用が行われた.若干の効果はあるものの,座位を取ることは困難で臥床での生活が続いていた.

徐々に食欲低下,嚥下困難が進行し,肺がん原発巣の増大とがん性胸膜炎も発症しておられたことから病状進行もあると考えられ,2015年4月初旬に当院緩和ケア病棟に入院の上での疼痛コントロールを依頼され,転院の運びとなった.なお入院までにロキソプロフェン,アセトアミノフェン,ロメリジン塩酸塩,エチゾラム,トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン,ワクシニアウイルス接種野兎炎症皮膚抽出液,アミトリプチリンが試され,いずれも著効を示す薬剤はなかった.

【当院転院後の臨床経過】入院当日(第1病日)の診察において左側頭部から頭頂部,後頭部にかけての広い範囲に起座位で増強するズキズキした頭痛を認めた.NRSは仰臥位で0~1/10,起座位で8~9/10であった.仰臥位で左側を向く姿勢が最も安楽な体位であるため,終日臥床して過ごし,食事も横臥位になって摂取していた.ベッドを15度程度頭高位にしても頭痛が誘発されるため,トラマドール/アセトアミノフェン合剤1錠,1日3回の定期投与に加えて食事前にトラマドール25 mgの予防投与を行った.構音障害のために会話が聞き取りにくく,また嚥下障害を認めたために食事は粥食とキザミ食を提供した.

転院前の情報から一次性頭痛を念頭に置き,当院での検査でCRP陽性であったことから側頭動脈炎のような血管性頭痛を考慮して第1病日よりプレドニゾロン10 mg/日の投与を開始したが無効であった.痛みの評価を進めるうちに一次性頭痛の診断基準に当てはまるものがないことに加え,持続痛に加えて安静時の突出痛もあることが明らかになった.嚥下障害,構音障害が頭蓋底病変の随伴症状と考えれば,器質性病変を疑って頭部画像の再評価を行うことが必要と考えられた.第3病日にMRI評価を試みたが痛みのために施行困難であったため,第5病日に放射線科医と相談し,頭蓋底を中心にスライス数を増やしてCT撮影を行ったところ,斜台左側から後方にかけて広がる骨破壊と,頸静脈孔や舌下神経管を巻き込む腫瘤形成を認めた(図1).組織検査は行っていないが,縦隔リンパ節転移を伴う肺がんの存在から,肺がんの頭蓋底転移が原因のがん疼痛と診断した.

図1 入院後の頭部CT

斜台左側を中心に頸静脈洞周囲に及ぶ腫瘤形成と骨破壊を認める.病歴から肺がん頭蓋底転移と考えられる.

ご本人・ご家族に病状説明を行い,進行肺がんの転移が原因の痛みであることを説明したうえで,放射線治療を提案したが,当院での症状緩和継続を希望された.迅速な持続痛コントロールが必要と考えられ,また出現からピークに達するまで3分以内の突出痛に対応するために第5病日よりオキシコドン注10 mg/dayの持続皮下投与を開始した.30 mg/dayの持続投与と1回5 mgのレスキューで持続痛,誘因のない突出痛は改善したが,座位に伴う痛みは頸椎カラーなどを併用しても十分な除痛には至らなかった.嚥下障害,構音障害に加えて呼吸状態の悪化も徐々に進行し,持続皮下注を継続して第33病日に永眠された.

考察

本症例はMRIによる画像評価が行われたにもかかわらず,明らかな異常が指摘されなかったことから,原因診断と疼痛コントロールに難渋したものであった.担がん者の頭痛においては,脳実質への転移を念頭に画像評価が行われることや,頭蓋底転移では痛みがすべての臨床症状に先行し,画像での評価が困難な場合がある2)ことなどのために初回の評価では診断に至らない場合もあるものと思われる.一旦器質的な原因が否定され,緊張型頭痛や片頭痛などの一次性頭痛を念頭に治療が開始されると,以降の疼痛コントロールは困難となる.

このような事態をできるだけ回避し,速やかに痛みの再評価を行い,放射線治療や適切な鎮痛薬投与に結びつけるために,担がん者の頭痛においては,脳実質,がん性髄膜炎と並んで頭蓋底転移の特徴を理解したうえで診察を行うことが重要と考えられる.頭蓋底転移においては,転移部位によって頭痛の出現部位や随伴症状が異なる(表1).Greenbergら3)は43名の悪性腫瘍の頭蓋底転移の患者の評価を行い,転移の好発部位を眼窩,傍トルコ鞍,中頭蓋窩,内頸静脈洞,後頭顆の5カ所に分類し,転移部位と痛みの出現部位,脳神経障害に随伴する症状の関係を明らかにした.脳神経の多くが頭蓋底を通って末梢に分布するために,この通過が妨げられることによって様々な随伴症状がみられる.おおまかに,眼窩周囲やトルコ鞍,蝶形骨洞といった頭蓋底前方の転移において外転神経麻痺に伴う複視などの視覚異常を,中頭蓋窩などでは顔面・三叉神経麻痺に伴う顔面の運動や知覚の異常を,内頸静脈や後頭顆など後方の転移においては第9脳神経以降の脳神経障害に伴う嚥下や構音障害,胸鎖乳突筋や僧帽筋筋力低下などを伴うことが多い.

表1 頭蓋底の転移部位と臨床的特徴

本症例のような斜台を中心にした領域への転移は比較的稀だが,いくつかの症例報告において斜台に腫瘍が発生すると,本症例のように頭頂部を中心とした領域に痛みが発生することが報告されている1,4).本症例は側頭部から後頭部にかけても痛みが見られたが,これは腫瘍が斜台から頸静脈孔周囲にかけて後方に広がりを見せたことが原因と考えられた.随伴症状としては第VI脳神経以降の脳神経障害(複視,顔面神経麻痺,難聴,嚥下・構音障害など)を認めるが,本症例では主に第IX,X,XII脳神経の障害に伴って嚥下・構音障害がみられたものと思われた.ちなみに本症例で当初考えられていた緊張型頭痛や片頭痛には脳神経障害に由来する症状が随伴することはない.頭蓋底転移が疑われる場合の診察においては痛みの部位,随伴症状を注意深く問診し,神経学的診察を行うことが重要と考えられた.

また一次性頭痛とがんの転移のような器質性疾患に伴う頭痛の違いを理解しておくことが重要と考えられた.器質性疾患に伴う頭痛の特徴として1.これまでに経験したことのないような激しい痛み,2.治療を行っても増強傾向にある,3.感覚,運動障害や意識障害,痙攣,性格変化などの神経学的所見を伴う,4.神経ブロックの効果が乏しく,薬剤効果の消失と共に再発する,などがあげられる5).本症例のように座位をとることも困難な,種々の薬物療法に抵抗性の頭痛の場合は器質性頭痛の可能性を念頭に置き,一度画像所見で否定されても,痛みに変化がない,または増強する場合は画像の再評価を行うことが重要と考えられる.

画像診断に際しては放射線科医にがんの病歴,痛みの特徴,随伴症状などから転移を念頭に置いている旨の情報提供を事前に行うことも,的確な撮影法の選択や読影にとって重要と考えられる.本症例の診断確定後に前医でのMRI画像を再度放射線専門医に読影を依頼したところ,頭蓋底転移を念頭に読影を行った場合にのみ再評価を検討する部位がある,とのコメントであった.

さらに緊張型頭痛や片頭痛などの一次性頭痛の特徴も理解しておくことが重要である.国際頭痛学会は様々な頭痛の診断基準を作成しており(ICHD-3β),一般社団法人日本頭痛学会が日本語訳を公表している(国際頭痛分類第3版,https://jhsnet.org/kokusai.html).標準的治療に抵抗性の一次性頭痛においてはこれらの診断基準にあてはまるかどうか,経時的に評価を行うことも重要と考えられる.

結論

頭痛の原因診断目的に行われたMRI画像で異常を指摘できなかったことから原因診断と治療に難渋した肺がん頭蓋底転移の1例を経験した.がん患者に頭痛が発生した場合は痛みの出現部位や随伴する脳神経障害に伴う症状を念頭に診察を行う.また臨床症状から器質的頭痛が疑われる場合は,放射線科医と情報共有し,画像の再評価を検討することが重要である.

References
 
© 2016 by Japanese Society for Palliative Medicine
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