2016 Volume 11 Issue 3 Pages 910-915
DOLOPLUS-2はコミュニケーション障害を持つ高齢者のために開発された痛み行動観察尺度である.1992年にフランスのBernard Wary によって開発され,3領域,10項目の痛み行動からなる.痛みのレベルは0点から3点までの点数で表し,点数が高いことは痛みが強いことを示す.最大点数は30点であり5点以上であれば痛みが存在しているとし,痛みのマネジメントの対象となる.筆者は2005年度よりDOLOPLUS-2の日本語版の作成とその妥当性の検討に取り組んでいるが,本稿では日本語版DOLOPLUS-2の紹介とともに,現在までの調査・研究により明らかになった尺度の対象者と使用方法について述べる.
加齢に伴いがんや筋骨格系の罹患率は高くなり1),痛みは抑うつ,不安,社会性の低下,睡眠障害,歩行障害,ヘルスケアの利用が増えコストがかかる等2)高齢者のQOLに直結している.2002年の米国老年医学会が発表した慢性痛のガイドライン2)では,一番的確なのは自己報告法での痛みのアセスメントであるとしながらも,認知機能障害を持つ高齢者において,言葉での痛みの訴えに加え,痛みに関連した行動とその変化も同時に観察されるべきであるとし,6つのカテゴリー「痛みに関連した行動」を紹介している.海外で開発された痛み行動観察尺度の中で,日本語版の妥当性が証明されている尺度はDOLOPLUS-2尺度3)とAbbey尺度4)があり,妥当性は証明されていないが紹介がなされているものとしてThe Pain Assessment In Advanced Dementia Scale5)と,The Disability Distress Assessment Tool6)がある.他の尺度とDOLOPLUS-2尺度の違いは,第一にDOLOPLUS-2は使用説明書が開発されていることである.観察法はどのデータ収集よりも人間の知覚上の誤差をこうむりやすく,観察者の訓練と演習はきわめて重要である等7)自己報告法とは異なる特徴を持つことから使用説明書の意義は大きい.次にHerrら8)が指摘しているように,DOLOPLUS-2は包括的に検証されている尺度であり,とくに「痛み指標」として日々の活動パターンやいつもの様子からの変化,また精神状態の変化を示す指標が組み込まれていることが大きな特徴である.
文献検討の結果,尺度の信頼性・妥当性9)が高く10項目と非常に簡潔であり,かつ使用説明書や用語集も開発されていたため本尺度に関心を持ち,翻訳と妥当性の検証を行った.本稿では日本語版DOLOPLUS-2の紹介とともに,現在までの調査・研究により明らかになった尺度の対象者と使用方法について述べる.
DOLOPLUS-2は,がんの疾患を持つ子供達のために開発されたThe Douleur Enfant Gustave Roussy尺度を基に,他者に痛みを訴えられない慢性痛を持つ高齢者のために開発された10).1992年にフランスのBernard Wary医師によって開発され,1994年には15人の老年医学と緩和ケアの医師達をメンバーとする研究グループとなった10).尺度は3領域,10項目の痛み行動からなり,痛みのレベルは0点から3点までの点数で表し点数が高いことは痛みが強いことを示す.最大スコアは30点であり,5点以上であれば痛みがあるとする.また尺度の観察項目には自律神経系の項目がないが,使用説明書には,頻脈,血圧上昇,発汗等の記録は疼痛マネジメントにおいて不可欠であると述べられている10).なおDOLOPLUS-2の日本語版を2007年に作成した際11),尺度開発者らに日本語版の作成と書式の変更の許可を得て,より使いやすいように用具そのものに用語集(レキシコン)を組み込んだ.
本尺度の使用に際しては使用許諾を得る必要はなく、引用を明示の上使用可能である。
本尺度の対象者と使用方法について,DOLOPLUSグループの先行研究・英語版の使用説明書10)と,日本語版の妥当性の検証 3,11,12)によって明らかとなった内容は以下である.
1)本尺度で疼痛を測定できる対象者について
(1)DOLOPLUS-2グループが明記している対象者
DOLOPLUSグループは本尺度の対象者について‘behavioral pain assessment scale for the elderly presenting with verbal communication disorders’と表現していること,先行研究において13)被験者として失語症等の患者も含有していることから,認知症だけではなく,せん妄や失語症,難聴のために自己報告法が使用できない高齢者に適用が可能であると示唆される.
(2)日本語版の妥当性の検証により明らかになった対象者
①Functional Assessment Staging14)(以下FASTと省略) 5-6の中等度−重度認知症高齢者
②初回の測定時に項目1 「痛みの訴え」が点数化できる.
2)本尺度の使用方法について
(1)DOLOPLUS-2グループが明記している使用方法
①自己報告法のアセスメント尺度が使えない場合に,痛み行動観察尺度を用いる.
②本尺度を理解する勉強会と練習は重要なプロセスである.
③自己報告法では今その時の患者の痛みを口頭にて聞くが,DOLOPLUS-2は,ある一定の時間内で観察された患者の行動を点数化する.
④測定は痛みが治まるまでは一日2回,ある一定時間観察した後に点数をつける.
⑤評価できない項目は点数化しなくてよい.
⑥痛みが存在していると考えられる点数(カットオフ)は5点である.
⑦尺度は痛みを測定するものであり,抑うつ,自立の程度,認知機能を測定するのではない.
⑧点数化は学際的チームで行う.つまり複数のケア提供者(医師・看護師・介護士等)により点数化することが望ましい.
⑨5点以上であれば痛みが存在すると考えられるため,薬物・非薬物療法による痛みのマネジメントを行う.痛みのマネジメントを行った後に再測定をし,点数が下がった場合は「その時痛みが存在した」ことを示す.
⑩たとえ5点以下であっても痛みが疑われる場合は鎮痛薬の使用を躊躇してはならない.
⑪痛みは主観的な体験であり個人的な感覚と感情であることから,他の患者と点数を比較しない.
(2)日本語版の妥当性の検証により明らかになった使用方法
①尺度への理解を深めるため,使用前に1回以上測定の練習を行う.
②患者の習慣や行動パターン等,患者の「いつもの状態」を測定の基準にする.可能であれば「いつもの状態」を知っている家族やケアスタッフへの聞き取りを行う.
③測定前に「いつもの状態」の欄に記入する.
④点数をつける時は行動の原因を考えてチェックするのではなく,観察したことをそのままチェックをする.
⑤認知症の行動・心理症状と痛み行動の判別は,項目1「痛みの訴え」の点数の有無とともに,10項目の中でどの項目に点数がついているかを検討することにより判別は可能である.
⑥仮に合計点が4点以下であっても項目4「表情」に点数がついた場合は,疼痛マネジメントを実施する.
⑦欠損項目が3項目以下であれば測定は可能である.
3 事例ケースA(Mini-Mental State Examination16点,FAST 6,アルツハイマー型認知症)は,絞扼性イレウスのため入退院を繰り返していたため,看護・介護スタッフはAの「いつもの状態」を把握していた.ある日Aは左大腿骨頚部骨折と診断され入院した.入院直後はベッド上で長坐位になり言語での疼痛の訴えも全く聞かれなかったため,医療者には疼痛が全くないように見受けられた.しかし1時間半経過した頃より,ベッド上に置いてあったおむつを投げる行為や,「私の食べ物を持って行ってしまった」と繰り返し訴え,普段の入院時では観察されない認知症の行動心理症状が出現したため,尺度の使用を開始した.
入院初日,項目1「痛みの訴え」:1点,項目8「コミュニケーション」:1点,項目10「行動心理症状」:3点合計5点となった.痛みが存在していると判断する(カットオフ値)5点以上であったことから,受け持ち看護師は頓用で処方されたエトドラク(ハイペン)200 mgを1錠投与した.その結果,約3時間後には項目1「痛みの訴え」:1点のみが点数化され合計点1点に下降した.入院4日目には「死んでしまう,皆さんと離れなければいけないと思うと悲しい,私は死にに行く」と繰り返し訴え,不安な表情が観察された.合計点が11点であったため頓用処方のエトドラク(ハイペン)200 mgが投与され3時間後には4点まで下降し,笑顔で鼻歌を歌っている姿が観察された.
徳永ら15)は東京都多摩老人医療センター(現多摩北部医療センター)の院内の看護研究において,大腿骨頸部骨折の術前後において認知症高齢者に観察された痛みサイン調査し,その結果痛みを言葉で訴えなくても興奮状態になることや怒り・拒否的態度を示すことが多いことを明らかにした.また平原16)は高齢者の身体アセスメントに関し,「多くの疾患の初期症状は‘いつもと様子が違う’ことがほとんどである」と述べており,筆者の経験においても身体的変化を適切に他者に訴えることが難しい認知症高齢者に対して,看護職・介護職は「いつもの様子」との比較から身体のアセスメントを行っていた.つまり本尺度の測定基準や項目内容は,認知症医療・ケアに熟練した看護・介護スタッフが通常行っているアセスメント行為を言語化した尺度であると考えている.
またフランス語版の使用説明書では複数のケアスタッフで使用することが望ましいとされており,その中には介護士や家族も含まれていることから,今後誰もが理解できるような簡潔な使用説明書を作成したいと考えている.さらに開発者らの先行研究や筆者の調査研究においてせん妄や失語症,難聴のために自己報告法が使用できない高齢者に適応が可能であることが示唆されていることから,対象者を「コミュニケーション障害を持つ高齢者」に広げ,かつ病院や在宅など様々なSettingにおいて試用を重ね,各々の「対象者」と「Setting」での使い方の特徴を明らかにしたい.