Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
A Case Whose Delirium Improved with Discontinuation of Continuous Deep Sedation Initiated for Refractory Delirium at the End Stage of Cancer
Masao OgawaMichiko MichibuchiTakanori WagatsumaMikako NishikawaYasuhiro KawasakiHideaki TsuchidaKanako Teraguchi
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2017 Volume 12 Issue 1 Pages 501-505

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Abstract

【緒言】終末期の難治性せん妄が数日間の持続的な深い鎮静後に改善した事例を経験した.【症例】脳実質浸潤を伴った57歳女性の頭頸部がん患者の異常行動を伴ったせん妄が,急激に悪化した.オピオイドスイッチや薬物治療などを行ったが,異常行動は改善しなかった.難治性の終末期せん妄と診断され,家族は鎮静を希望した.ミダゾラムによる間欠的鎮静を開始し,さらに持続的鎮静へと移行した.その数日後,家族の鎮静継続への葛藤を認め,10日後に鎮静を中止した.覚醒後,患者の異常行動は消失し,軽度の意識障害はあったが,家族とのコミュニケーションを保ちながら2カ月後に死亡した.【考察】鎮静に伴う多種類の薬剤の中止はせん妄改善の原因の一つと考えられる.緩和医療学会のガイドラインにおいて家族の気持ちの確認以外の持続鎮静中止の基準は明確ではなく,よりエビデンスレベルの高い鎮静中止の基準が必要であると考えられる.

緒言

がん終末期には28~83%という高頻度でせん妄が出現する1).しかも抗精神薬による治療に反応せず,鎮静によってしか症状が軽減しないことがある.終末期に持続的な深い鎮静(continuous deep sedation: CDS)が実施される最も多い原因はせん妄であると報告されている2,3).終末期頭頸部がん患者に対して難治性せん妄を理由にCDSが開始されたが,数日後に中止した結果,せん妄が改善した症例を経験したので報告する.

症例提示

57歳女性.2012年2月右外耳道がんと診断され,4月から当院耳鼻咽喉科で放射線療法や化学療法を開始したが病変は増大した.患者は在宅継続の希望が強く,家族の支援を受けながら外来化学療法を続けた.2013年3月,徘徊や暴言,つじつまの合わない言葉が出現し始め,画像検査では腫瘍の脳実質への浸潤を認めた(図1).4月初旬深夜,過活動性せん妄が急激に増悪したため,症状緩和と家族の休息を目的に緊急入院した.

図1 持続的な深い鎮静を開始する直前の頭頸部CT画像

右外耳から頬部にかけて,骨破壊を伴う腫瘤性病変の増大を認めている.腫瘍は頭蓋内に浸潤しており,右側頭葉に浮腫性変化と思われる低吸収域を認めている.脳室は軽度圧排されている.

入院時内服薬(1日量):オキシコドン40 mg,プレガバリン300 mg,ロキソプロフェン180 mg,プロクロルペラジン15 mg,プレドニゾロン5 mg,ファモチジン20 mg,エチゾラム0.5 mg,アデニン10 mg

入院後,当直医によってハロペリドール2.5 mg皮下注射を2回されたが症状は改善せず,翌日から緩和ケアチームの精神科医による診察が開始された.プロクロルペラジン長期内服によるアカシジアの可能性もあり,ビペリデン5 mgを筋注したが,症状は改善しなかった.せん妄リスク因子であるエチゾラム,プロクロルペラジン,プレドニゾロン,ファモチジンは中止された.薬物の経口投与が困難であり,オキシコドン徐放剤は,フェンタニル貼付薬に,ロキソプロフェンは,フルルビプロフェンに変更された(図2).血液検査上,貧血と高カルシウム血症以外に異常はなかった(表1).精神科医の指示のもとハロペリドール5 mgの点滴静注が3回行われたがせん妄は改善せず,夜間はミダゾラムの持続静脈注射により入眠した.入院2日目からハロペリドール5 mgの1日3回定時投与が開始された(図2).夜間はミダゾラム持続静注により入眠したが,昼間の過活動性せん妄は改善しなかった.意識レベルは,開眼しているが見当識がない状態であった.Palliative Performance Scale4)は50(ほとんど座位もしくは臥床,著明な症状があり,ほとんどの行動が制限される,ほとんど介助,経口摂取減少,意識混乱),Palliative Prognostic Index5)は8.5 (Palliative Performance Scale 2.5,経口摂取 1.0,浮腫 1.0,安静時呼吸困難 0,せん妄4.0).腫瘍の脳実質への浸潤に貧血・感染などの要因が加わったことよる終末期せん妄と考えられ,精神科医や主治医との話し合いの結果,改善は困難と判断された.せん妄の改善が望めないならば,鎮静してほしいという要望が家族から出た.十分話し合った結果,入院2日目は夜間だけの間欠的なミダゾラム投与を行った.3日目も昼間のせん妄症状が改善せず,家族の強い希望があり,持続的な鎮静が開始された.ミダゾラムやフェンタニル貼付剤の量は,せん妄症状による苦痛の消失を目安として,呼吸抑制や苦悶様表情の有無を確認しながら増減した(図2).持続的鎮静開始後は開眼することはないが,家族の声にうなずいたり,家族の手を握ったりすることがあった.家族の気持ちの変化に注意する必要があると考え,定期的に往診した.

図2 入院後の薬剤投与および輸液・経腸栄養の経過

4月初旬に入院し,入院3日目から12日目まで持続的な深い鎮静を施行した.その間,輸液は継続された.

表1 入院時とせん妄改善後の血液検査結果

入院10日目,夫から「目を覚ますとまた大変なことになることもわかって言うんですよ.もう一度だけ動く姿,声を聴きたいです」「勝手かもしれませんが,言わないと後悔すると思って.どうにもならないかもしれないけれど,かなわないことなんでしょうか」などの言葉が聞かれ,持続的鎮静への葛藤があることを確認した.

14日目,主治医,緩和ケアチーム,家族で話し合い,昼間の鎮静を中止した.覚醒後は意思疎通や指示動作が可能になり,せん妄が改善して,家族との破綻のない会話が可能になった.疼痛はフェンタニル貼布剤とフルルビプロフェンの定時投与だけで緩和された(図2).

16日目,家族,病棟スタッフ,主治医と緩和ケアチームによるカンファレンスを行った.夫は「思っていた以上に意識や記憶が戻ってくれてうれしい」と喜びの言葉を述べたが,長女は「改善しない意識障害と言われて鎮静に同意したが,こうして元の意識が戻った姿をみると,寝かされていたことが残念にも思える」と語った.緩和ケアチームは「家族の介護も限界にきており休息が必要だった.鎮静は途中でやめることができるものであり,家族の考えが変化したり迷いが生じたりした場合,いつでも鎮静を中止できると考えて,家族の気持ちの変化に注意していた」と伝えた.長女は「こんなに意識がクリアになるとは思わなかったのでうれしいけど,心の整理がついていない」と複雑な心境を述べた.

以後も夜間だけの鎮静は継続した.21日目から経腸栄養,23日目からリハビリを開始し,32日目には外出が可能になった.5月末に右声帯麻痺,舌下神経麻痺が出現し,66日目呼吸状態が悪化したが,苦痛を伴う呼吸困難を認めることなく,74日目家族に囲まれながら死亡した.

考察

1 せん妄の原因

せん妄の原因としては,①脳実質への腫瘍の浸潤 ②せん妄リスクのある薬剤の使用,③貧血,④感染,⑤高カルシウム血症が考えられる.①は改善不可能であり,せん妄改善後も③,④,⑤は改善していなかった(表1).薬剤の血中濃度は不明なために断定はできないが,せん妄リスクの薬剤(エチゾラム,プロクロルペラジン,プレドニゾロン,ファモチジン)が中止されて,鎮静中に代謝・排泄されたことにより,①~⑤の複合的要因による難治性せん妄が改善したと考えられる.

2 本症例におけるCDS開始の倫理的問題

持続的な鎮静の方法については,患者の苦痛からの解放を目標として段階的に鎮静の深さを調節していくproportional sedationと急速に鎮静を深めるsudden sedationを区別する考え方が主流になりつつある3,6,7).本症例はせん妄症状が消失することを目標にミダゾラムの投与量を段階的に調節するproportional sedationに属すると考えられる.日本緩和医療学会の「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」(以下,鎮静ガイドライン)8)における「鎮静実施のフローチャート」に従って考察すると,患者は成人で治癒の見込めない状況であった.緩和ケアチームが介入し,精神科医によるせん妄治療も開始されたが,腫瘍の脳実質への浸潤に貧血・感染などの要因が加わったことによる終末期せん妄で,有効な緩和治療はないと判断された.家族と十分に話し合ったがケアをやりつくしたという思いで一致しており,鎮静希望の意思についての家族間での不一致はなかった.夜間の間欠的鎮静から段階的に開始することにも理解を示された.鎮静ガイドラインでは生命予後が2~3週間の患者に適応とあるが8),本患者のPalliative Prognostic Indexは8.5であり,予後予測値は3週間以内であった5).苦痛については,鎮静ガイドラインに「患者が表現できない場合,患者の価値観にてらして,患者にとって耐えがたいことが家族や医療チームにより十分推測される」とある.患者が耐えがたい苦痛を感じているかを確認することは不可能であった.CDSについての事前意志もなかった.CDS全体における患者の明確な同意や要望がない場合の割合は,ベルギーで約14%,日本で約33%と報告されている9,10).Claessensらによれば,患者の意思が確認できないCDSのほとんどは,せん妄などの意識障害のためである11).また難治性せん妄の体験は,患者にとって苦痛として認識されており12,13),家族にとっても患者のせん妄はつらい体験であると報告されている14,15).難治性の終末期せん妄に対して,患者自身の同意は明示されていなかったが,家族の希望と同意のみによって,夜間だけの間欠的な鎮静から段階的にCDSに至った手順は,倫理的に妥当であると考えられる.

3 本症例の問題点

CDSの中止後,難治性せん妄が改善し,患者は約2カ月間,家族との交流を保ちながら過ごすことができた.精神科医が介入しても,せん妄の改善が可能かどうかを見分けるのが困難であった.家族の気持ちの確認がなければ,CDSを死亡まで継続していた可能性があり,頭頸部癌による症状の予後予測の難しさがあったと思われる.CDS開始後に家族が精神的苦痛を経験する可能性や,CDS開始後の家族の気持ちの再アセスメントの重要性が指摘されている16,17).日本緩和医療学会の鎮静ガイドラインには家族の希望の変化について,定期的に評価することが定められており,それをもとに鎮静を中止する選択についても言及されている8).欧州緩和ケア学会も,CDSを開始してからも希望があれば鎮静を中止してもよいことを,家族に伝えなければならないとしている18)

しかし,家族の気持ちの確認以外のCDS中止の基準は明確ではない.例えば「せん妄が原因で持続的で深い鎮静を開始した場合,開始7日目で一旦中止することを,医療者と家族で話しあうことを推奨する」などの明確な行動指針が必要だと考えられるが,本症例のような,CDSの中止までの患者や医療者の意思決定過程や,中止後にせん妄がどのように変化したかについての具体的な報告は皆無である.今後,こうした臨床報告や,科学的エビデンスの蓄積が必要であると思われる.

References
 
© 2017 by Japanese Society for Palliative Medicine
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