Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
A Case Involving Chronic Diarrhea over an Extended Period of Time following Anticancer Treatment in a Patient with Edema and Which Was Improved by Olopatadine Administered for Another Purpose
Etsuko ArugaMiyuki NukitaMiki Ueno
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2017 Volume 12 Issue 2 Pages 516-520

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Abstract

【緒言】抗がん治療後14年間続いていた慢性下痢症が,偶然投与された抗ヒスタミン薬によって下痢や栄養状態の改善を認めた症例を経験した.【症例】48歳,女性.14年前,子宮頸がんに対し,手術,化学療法,全骨盤放射線治療施行後下痢が続いた.11年前にイレウスで開腹術,8年前病理検査で放射線性腸炎と診断された.1カ月前には蜂窩織炎後下肢浮腫を認め緩和ケア外来を受診.軽快後は低栄養による漏出性浮腫が残った.再受診10日前に蕁麻疹に他科よりオロパタジン最大20 mg/日の処方がされ,ほぼ同時に下痢の軽快を認めた.5 mgの継続投与で,葉酸,ビタミン内服は終了でき,クレアチニンキナーゼの上昇,浮腫も消失した.【考察】慢性下痢症が他の目的で投与されたオロパタジンで軽快したのは,ヒスタミン1阻害作用,腸蠕動亢進作用を持つセロトニンのサブファミリーである5-hydroxytryptamine 2A受容体阻害作用によると考えられた.

緒言

がん治療後の無再発期間が長くなると健康障害の原因の特定に苦慮することがあるが,本症例はリンパ浮腫を主訴として来院し,その症状は軽快したにもかかわらず漏出性浮腫が表在化したことにより抗がん治療直後から14年におよぶ慢性下痢症が持続していたことが明らかになった.さらに,偶然他の目的で投与された薬剤によって,急速に下痢は軽快し,栄養状態も改善するという経過を経験したので,報告する.報告に必要な医療情報に限定し個人を特定されない記述の配慮を行うとともに,症例報告に関する同意を患者自身から得ている.

症例提示

【症 例】48歳,女性

【診 断】子宮頸がん.手術,化学療法,全骨盤放射線治療後,無再発状態でのリンパ浮腫を主体とした下肢浮腫であった.

【現病歴】14年前(2002年5月)子宮頸がん(adenocarcinoma, pT1b1 Stage I b ly(-), v(-), pN0(0/62))に対し,腹式子宮全摘術,両側附属器切除,骨盤リンパ節・傍大動脈リンパ節廓清,虫垂切除術を施行,化学療法,全骨盤46 Gy照射が行われ,同年11月に退院した.数年前から軽度浮腫を認めていたところ,1カ月前(2015年11月)に発赤,疼痛を伴う蜂窩織炎に続発した下肢全体の浮腫を認め,抗生剤が処方された.CRP 1.98 mg/dlまで低下した時点で下痢のため抗生剤は中止され,同年12月,婦人科からリンパ浮腫の複合的ケア目的で症状緩和・がん患者支援外来(以下,緩和ケア外来)へコンサルテーションとなった.

【生活歴】デパートの教育担当でデスクワークが多く,正座時間はなかった.酒は機会飲酒,タバコは吸わなかった.

【既往歴】幼少時より気管支喘息,20代頃から片頭痛を認めていた.

1 初診(2015年12月)

予約外診察であったため,リンパ浮腫への対応に限定した診療であった.

【身体所見】右側に強い両下肢全体の浮腫,左右ともに脛骨前面で圧痕強く,圧迫後改善に2秒を要し,発赤,疼痛はなかった.

【画像所見】超音波にて左右下肢にび漫性に皮下5 mmの深度で敷石状変化を認めた.

【診察時処方薬】エストラジオールテープ0.72 mg,ビタミン(以下,V)B12,葉酸,ビフィズス菌,ジメチコンが投与されていた.

【アセスメントと対処】蜂窩織炎の再燃リスクをケアで予防したい婦人科医の意向で緩和ケア外来に依頼された.子宮頸がん手術および放射線治療後のリンパ浮腫としては圧痕が強い非典型例であった.まずは,複合的ケア指導として,日常生活の注意,リンパドレナージ,スキンケア,運動および購入済みの弾性着衣のフィッティングを行った.患者の理解は良好で,緊急時を除き次の外来は弾性着衣等装着指示書による再購入助成が受けられる半年後とした.

2 受診2回目(2016年6月)

複合的ケアは継続でき,リンパ浮腫は軽快した.しかし,下肢を下垂すると末梢側に浮腫が出現し,脛骨前面圧痕5 mm以上,圧迫後改善に2秒を要した.漏出性浮腫が表在化した可能性を考え,初診時に患者が「下痢をしやすい」と話したことについて問診したところ,14年前から薬剤抵抗性の慢性的な下痢が続き,ここ数年は徐々に体力の低下と体重減少を認め,1カ月間前からはアスリート用プロテインを摂取していたことが判明した.

【腹部症状に関する病歴】14年前の抗がん治療は前述の通りで止痢剤を用いながら退院した.

13年前イレウスとなり保存的治療,11年前には放射線性腸炎による絞扼性イレウスを含む癒着性イレウスとの診断にて,小腸部分切除と再建術,癒着剝離術が外科で実施された.その後,入院加療はなかったが,1日5回程度の水様性下痢と便秘を繰り返し,腹痛を伴う腹部膨満が続いていた.

8年前,鮮血便に下部内視鏡を試みたが癒着のため,直腸の生検に留め,注腸検査を実施した.粘膜の杯細胞は保たれ間質に軽度リンパ球,形質細胞の浸潤を認めるも,cryptの破壊や悪性所見はなく,認められた好酸球は間質に軽度であったことから,潰瘍性大腸炎,悪性腫瘍や好酸球性腸炎は否定され,放射線性直腸炎に矛盾しないと診断された.下痢はブリストルスケール7,次第に食事摂取後,反射的に水様便を認めるようになった.

2年前,肛門鏡で直腸粘膜の浮腫と硬化が指摘され,晩期放射線障害として対症療法の以下の薬剤がほぼ変更なく継続投与されていた.

【内服薬】1に記載した投与薬に加え,他院からトリメプチン,ポリカルボフィル,消化酵素配合剤が処方されていた.

【アセスメントと対処】右優位の体幹近位の下肢リンパ浮腫の軽快は認めたが,立位になると末梢から両側に浮腫を呈し,低栄養による漏出性浮腫が目立っていた.病歴,病理から放射線性腸炎として治療されてきた有害事象共通用語基準Grade 2の難治性慢性下痢症であった.甲状腺機能は正常範囲(TSH 2.43 µIU/ml Free-T4 1.13 ng/ml)で下痢の原因となる甲状腺機能亢進症は否定でき,この14年間投与された整腸剤,ガス駆除薬,合成高分子化合薬,末梢オピアト作動薬トリメプチン,セロトニン受容体作動薬のモサプリド,抗不安薬,漢方薬(大建中湯,加味帰脾湯),腸運動抑制薬(ロペラミド),収斂薬は無効だった.

放射線性腸炎へのステロイドを考えたが長期投与の可能性があり,胃酸抑制による止痢効果を観察しながら,その間体成分を測定し(表1),ステロイドミオパチーのリスク評価をしたうえで適応を考えることとした.プロトンポンプ阻害剤ランソプラゾールを1週間処方とした.

表1 体成分測定結果

【経過(表2)】2回目受診後,ランソプラゾール内服1週間による便性に変化はなく終了した.その数日後,全身に特発性蕁麻疹を認め,当院皮膚科からオロパタジン10 mg/日の投与を開始,その3日目から20 mg/日に増量,10日目に緩和ケア外来3回目の受診となった.朝の初回排便はブリストルスケール4~5の有形便,6(泥状)を認めることもあったが,下痢の回数は減少していた.さらに,オロパタジン開始後5カ月経過した4回目の受診時,5 mg/日まで減量しても,食事刺激による反射的排便は消失し,不安なく摂食可能となっていた.血奨アルブミン値に変化はなかったが,クレアチンキナーゼ(Creatine Kinase: CK)の上昇を認めるようになった.葉酸,ビタミン補充は中止しても低下することなく経過した.加えて,末梢側に観察された両下肢漏出性浮腫は立位,歩行後でも明らかな悪化は認めなくなった.患者は内服継続を希望し,下痢改善効果は副作用以上の有益性があると考え処方医と相談したうえで可能な範囲で継続することを勧めた.

表2 オロパタジン投与量による便性,採血結果の変化

考察

オロパタジンは,アレルギー性鼻炎,蕁麻疹,皮膚疾患に伴う痒みに用いられる抗ヒスタミン薬である.ヒスタミン(以下,H)1(中枢,末梢)と5-hydroxytryptamine(以下5-HT)2,とくに2A受容体に結合能を示すことが報告されている.50%阻害濃度〔inhibitory concentration 50(以下,IC50)〕は11.2であった1,2)

ヒスタミンはマスト細胞から放出されるが,ケミカルメディエータ―が過剰になると下痢につながる3,4).また,下痢を引き起こすセロトニンは神経伝達物質の一つでその90%が消化管に存在する.小腸の腸クロム親和性細胞で産生され,腸管粘膜にあるマイスナーなどの神経叢一次求心性ニューロンを活性化しアウエルバッハ神経叢の介在ニューロンから運動ニューロンへ伝達され,蠕動運動や分泌反射の促進へ至る58).そのセロトニン受容体のサブファミリーである5-HT2受容体9)は消化管に広く分布し,蠕動運動にかかわっていることが報告されている10)

さらに,放射線治療後の腸管障害は炎症が惹起され,壁の線維化に至る11).それによって脂肪,炭水化物,タンパク,VB12,電解質の吸収不全を招く12,13)が,セロトニンは5-HT2A受容体を介して,ラット腸間膜動脈を収縮させ14),さらに腸の慢性的な炎症過程に関与15)し,悪循環を形成すると考えられている.

今回,蕁麻疹に対して偶然投与されたオロパタジンはH1受容体遮断薬であるが,さらに5-HT2A受容体遮断作用を持ち合わせたことで,下痢を改善させたと推測される.

11年前に手術を受けているがオロパタジンにより改善を認めたことから,短腸症候群や神経障害性下痢症の可能性は低いと考えた.

抗ヒスタミン薬の消化器症状への投与は保険適応外である.一方,既往症に気管支喘息があり,処方の原因となった蕁麻疹のようにヒスタミン・セロトニン過剰分泌を疑う病態16)が潜在的にあった可能性がある.今後,慢性下痢症の症例に対し,アレルギー症状の問診を積極的に行い,認める場合はオロパタジンを検討する選択肢は挙げられる.

今回,オロパタジンが良好な止痢効果を示したが,他の抗ヒスタミン薬での効果は検討できていない.末梢H1受容体への親和性は高いが,それ以外の受容体結合能は薬剤ごとに異なり1),例えば,オロパタジンは5-HT2A受容体結合能が高いが,ロラタジンはIC50>100と結合しないように,予測される効果は均一ではない.

本症例は,無再発にもかかわらず忍容性の低下から蜂窩織炎,リンパおよび漏出性浮腫を認めたことにより,慢性下痢症による低栄養がその病態であったことが判明した.14年におよぶ慢性的に持続する下痢が,他の目的で開始されたオロパタジンによって投与とほぼ同時に下痢の改善を認めたことは,予測されたものではなかった.今後,さらなる知見の集積を行い,下痢に対するオロパタジンの投与について積極的な選択肢の一つとして検討していきたい.

References
 
© 2017 by Japanese Society for Palliative Medicine
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