Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
A Case with Pneumatosis Cystoides Intestinalis with Intra-abdominal Free Air following Steroid Therapy for End-stage Brain Tumor
Hiroaki ItoHiroaki WatanabeTakuya Odagiri
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2017 Volume 12 Issue 3 Pages 535-539

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Abstract

【緒言】末期脳腫瘍患者のステロイド使用中に腹腔内遊離ガスを伴う腸管気腫症を続発した症例を経験した.【症例】67歳,男性.脳腫瘍に対し手術・化学療法するも,病状進行により意識状態が悪化し誤嚥性肺炎にて入院.肺炎改善後も意識状態は悪く,予後1カ月程度と判断され,緩和ケア病棟へ転棟した.転棟後に意識状態の改善を目的としてベタメタゾン注1日8 mgを開始したところ一時的に改善が得られ,以後増減を繰り返しながら使用継続した.意識状態が再度悪化して誤嚥を繰り返すようになった投与6週間後に肺炎評価目的の胸部レントゲン写真で腹腔内遊離ガス像を認め,CTで腸管気腫症を確認した.腹部症状は乏しく保存的に経過観察したが,呼吸不全にて永眠された.【結論】腸管気腫症は殆どが続発性で,ステロイドも原因の一つとされているが,保存的に経過観察が可能なことが多く,ステロイド中止の判断はその効果や予後を考慮して行う必要がある.

緒言

腸管気腫症は,画像検査で偶発的に認められることが多い,比較的稀な疾患であり,原因の一つとしてステロイドの使用が指摘されている1).今回,意識障害が悪化した末期脳腫瘍患者にステロイドを使用し,一時的な意識状態の改善,経口摂取の再開が可能となったが,長期使用後に腹腔内遊離ガスを伴う腸管気腫症を発症した症例を経験したので報告する.なお,倫理的配慮として個人が特定されないよう配慮し,家族の了解を得ている.

症例提示

【症 例】67歳,男性.膠芽腫

【既往歴】2型糖尿病(薬物治療なし),痔核(手術後)

【経 過】2014年7月に,頭痛と右眼痛・左不全麻痺にて発症し,画像検査にて脳腫瘍を指摘されて開頭腫瘍摘出術を施行したところ,病理診断で膠芽腫と確定した.術後に化学療法や放射線療法が行われたが,2015年2月にMRI検査で摘出部周辺の再発が確認され,その後病巣拡大と右大脳への進展が認められた〔図1: 2015年11月MRI検査(T1Gd造影)〕.

図1 頭部MRI(T1Gd造影)

2015年11月に誤嚥性肺炎で入院した.肺炎は改善したが徐々に傾眠傾向となり,主治医から予後1カ月程度と伝えられて,がん治療は終了となり,緩和ケア病棟へ転棟された.

転棟後の面談では,急速に意識障害が進行したために,十分に会話ができないまま楽しみにしていた食事が困難となった状況への妻の強い悲嘆が認められた.治療方針として,一時的でも意識状態が改善し,少量でも経口摂取ができることを目標に,入棟日よりベタメタゾン注の皮下注射を1日8 mgで開始した.入棟7日目頃には意識状態が改善し,経口摂取も可能となった.転棟前からレベチラセタム1日1000 mgとブロチゾラム0.25 mgの内服は継続したが,その他の薬剤の使用はなかった.

高用量でのステロイド使用のため,入棟9日目には2 mgまで減量したが,その後疎通性が低下し食事摂取量が減少したために,入棟14日目に再び8 mgに増量した.入棟21日目に再び2 mgに減量したが,同様の症状悪化があり,入棟25日目からは8 mgで維持する方針とした.入棟36日目には意識状態は徐々に悪化し,誤嚥による気道分泌も増加し,咳嗽が悪化した.

入棟43日目に,肺炎評価のため胸部レントゲン写真を実施したところ腹腔内遊離ガス像を認めた.入棟44日目に実施したCT検査では,腹腔内遊離ガスと腸管気腫症を確認した(図2).血液検査上は炎症の増悪所見はなく(表1),腹部所見でも筋性防御などの腹膜炎症状を認めなかった.なお,ベタメタゾンは,意識障害の悪化や呼吸状態の悪化などの全身状態から,症状緩和効果は限定的となっており,予測される予後は日単位から短い週単位と考えられたことから,この時点で中止した.中止に際しては,過去の文献的検討からベタメタゾンが腸管気腫症の背景要因となっている可能性も考慮した.入棟46日目,嘔吐後の呼吸不全にて永眠された.

図2 腹部CT(入棟44日目)
表1 血液検査結果

考察

腸管気腫症(pneumatosis cystoides intestinalis: PCI)は,腸管壁内,とくに粘膜下または漿膜下に多数の含気性囊胞を形成する比較的稀な疾患である.発生部位により小腸型,大腸型に分類され,小腸型が半数以上を占め,胃や大網にも報告例がある2)

症状は乏しく,小腸型では腹部膨満,腹痛,嘔吐などの消化器症状が多く,大腸型では粘血便,下痢が多いとされている2).小腸型の15%,大腸型の2%に腹腔内遊離ガスが認められたとの報告がある3).腹腔内遊離ガスを認める腸管気腫症の報告例でも,腹痛などの痛みが認められることは少なく,腹部膨満の検索4)や,肺炎の経過観察のための画像検査で偶発的に認められる1,2)ことが多かった.自験例も誤嚥性肺炎の経過観察中に偶然確認されたが,腹部の所見はとくになく,血液検査でも炎症所見の増悪などは認めなかった.

腸管気腫症の原因は,15〜19%が特発性とされている.成因としては機械説(内圧説)・細菌説・化学説・肺原説などが挙げられている2).Gagliardiらは,腸管気腫症と精神疾患の関連を指摘して,腸管気腫症の36%に精神疾患が合併したと報告している5)が,精神疾患の患者の麻痺性イレウスは,抗精神病薬内服による消化管運動の抑制状態として臨床上よく認められる病態であり,腸管気腫症は精神疾患にかかわらず,麻痺性イレウスなどによる腸管内圧上昇が背景要因となり,いきみや咳嗽などによる腹圧上昇が誘因となって発症すると推察される.

ステロイドも続発性の腸管気腫症の原因の一つと報告されており,ステロイドに続発した腸管気腫症2例の報告1)では,肺炎のステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1 g×3日)後の漸減中,投与開始約4週間頃のフォローアップ検査を契機に腸管気腫症が確認されている.1例は腸管気腫症に腹腔内遊離ガスが,もう1例は後腹膜気腫を併発していたが,2例とも無症状で,経過観察にて気腫は消失し退院している.発症の機序として,ステロイド使用による粘膜抵抗性の減弱や粘膜修復過程の遅延などの要因が重なり,排便時のいきみや慢性咳嗽を契機に発症したのではないかとされている.自験例でも,ステロイド使用6週間で咳嗽が悪化したために実施した肺炎評価目的の検査で確認されたが,ステロイド使用の背景要因のある中で,誤嚥に伴う咳嗽による腹圧上昇という誘因が契機となり発症したと考えられる.

腸管気腫症の治療としては,保存的に経過観察できることが多く,岡田ら1)によれば,開腹術が施行された腸管気腫症24例のうち,試験開腹のみで終わったものが12例と半数を占めており,手術適応は慎重に見極めることが重要であると報告している.川上ら2)によれば,文献検索した精神疾患に合併した腸管気腫症7例では,いずれも腹腔内遊離ガスを伴っていたが,治療は保存的治療が1例,診断的開腹術が4例,小腸切除術施行が2例であり,確定診断がつけば保存的治療が原則であると報告している.しかし,腹腔内遊離ガスを伴う腸管気腫症の場合,他疾患の存在を否定することはできず,症例によっては緊急開腹術を行うこともやむを得ないと考えられる4).また,磯部ら6)によれば,腸管気腫症に門脈ガス血症を伴う場合には,腸管虚血や腸管壊死の可能性が高く,死亡率も高いと報告している.

自験例の腸管気腫症発症時は,予測される予後が日単位から短い週単位で看取りの段階になっていたので保存的に経過観察したところ,3日後に嘔吐後の呼吸不全で亡くなられた.腸管気腫症が生命予後に直接関係したかについては明らかではないが,腹膜炎に伴う腹痛や発熱などの身体症状は認めず,腸管気腫症によって本人の苦痛が増悪したことはないと考えられた.

腸管気腫症の背景要因の一つに挙げられているステロイドは,がん患者において,倦怠感・食欲不振・呼吸困難など様々な症状緩和の目的で使用されている.日本で入院している終末期がん患者の2〜100%(中央値80%)がステロイドを処方されているという報告もある7).さらに,腸管気腫症の背景要因としての腸管内圧上昇をもたらす麻痺性イレウスは,オピオイドの使用や抑うつ状態,ADLの低下などによる消化管運動の抑制状態に伴い起こりうる病態であり,誘因としての腹圧上昇の原因となるいきみや咳嗽もよく認められる.これらのことから,腸管気腫症は無症状で経過し,画像検査で偶然認められることが多い.終末期がん患者では,潜在的に腸管気腫症を発症している症例があることが予想される.

自験例でもステロイド使用中に偶発的に腸管気腫症が発見されたが,その場合の治療方針について考えたい.これまでの報告から,保存的に改善することが多いことがわかっており,必ずしも早急に侵襲的な外科治療をする必要はないと思われる.腸管気腫症の発症には,ステロイドによる腸管粘膜脆弱性が背景要因となっている可能性があるが,ステロイドの中止により短期間で腸管粘膜脆弱性の回復が得られるか不明であり,腸管気腫症の治療を目的としてステロイドを中止する必要性は低いと考えられる.ステロイド治療の中止の判断は,腸管気腫症の発症とは独立して,ステロイド治療のベネフィットとリスクに基づいて検討されるべきである.自験例において検討すると,ステロイドの治療ベネフィットとしては,当初意識障害の改善や食事摂取量の増加などの症状緩和効果が得られていたが,厳しい予後予測から治療中止の判断をした時点ではすでに症状は再増悪している状況であった.一方でリスクとしては,ステロイド治療の急激な中止による標的症状の増悪や副腎クリーゼ発症が挙げられる.とくに副腎クリーゼは穿孔性腹膜炎などステロイド需要が高まっている状況下では,さらにリスクが増すことが予想される.予測される予後が長い週単位から月単位で期待され,ステロイド治療による症状緩和のベネフィットが得られている事例であれば,腸管気腫症が偶発的に診断された場合であっても,ステロイドの継続使用を考慮すべきであるかもしれない.

結語

腸管気腫症はステロイドを使用しているがん患者に起こりうる病態で,偶発的に発見されることが多いが,保存的に経過観察が可能なことが多い.ステロイド治療の中止の判断は,腸管気腫症とは独立して,症状緩和効果や有害事象,予後を考慮して行う必要がある.

付記

本論文の要旨は,第40回日本死の臨床研究会年次大会(2016年10月,札幌)で発表した.

References
 
© 2017 by Japanese Society for Palliative Medicine
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