Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Original Research
Experience in Using In-hospital Formulation Quetiapine Suppositories for Delirium in Cancer Patients
Kana TakeuchiMinemi KohAtsuko TamuraMasamichi AmasakiHirotaka Ueda
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2017 Volume 12 Issue 4 Pages 717-722

Details
Abstract

がん患者のせん妄改善を目的として,院内でクエチアピン坐剤を製剤し,その有用性について検討した.2011年4月から2014年10月までに,緩和ケア病棟に入院した患者のべ644例のうち,クエチアピン坐剤を使用した108例の,後方視的診療録調査を行った.患者背景・投与状況・せん妄による興奮症状の改善度〔Agitation Distress Scale(以下ADS)による過活動型せん妄の改善度の評価〕・副作用について検討した.全体群・クエチアピン坐剤単独投与群・他剤併用群いずれも,ADS値は坐剤投与前後で有意な低下を認め(p<0.0001),せん妄改善に貢献する可能性が示唆された.副作用についてはクエチアピン内服と同等程度であり,また,坐剤という剤型ゆえの問題も認めず,簡便かつ安全に使用可能と判断した.以上より,がん患者のせん妄に対して,クエチアピン坐剤が有用であると考えられた.

緒言

せん妄は,がん患者の様々な病期で生じ,病状が進行し終末期に至るとその出現率は高くなる1).がん患者のせん妄の有病率は,終末期においては28〜90%と報告されており14),ばらつきはあるものの非常に高い.また,入院がん患者の10〜30%に認められる5,6).そして,がん患者のせん妄は,患者に苦痛をもたらすのみならず家族にも苦痛と負担を強いる深刻な症状であり,そのコントロールは緩和ケアにおける重要な役割の一つである.

せん妄への対策は原因治療が主軸となるが,とくに進行がん患者の非可逆的せん妄では,その症状コントロールに難渋することも多く,非薬物的介入とともに薬物療法も必要となることが多い.せん妄症状を抑える薬剤として,抗精神病薬が頻用されている.近年,ハロペリドールなどの定型抗精神病薬に代わって非定型抗精神病薬が用いられることが多くなってきており,クエチアピンもその一つである5,79).クエチアピンには,1)顕著なヒスタミンH1アンタゴニスト作用があるため睡眠導入としても使用されて,過活動による興奮状態を抑えることに適していること,2)半減期は3〜6時間と短く,眠前投与をしても日中に眠気を持ち越しにくいこと,3)ドパミンD2受容体からの解離が早く,副作用としての錐体外路症状を引き起こしにくいこと,という特徴があり1),とくに終末期がん患者の使用に適していると考えられる.

一方で,終末期がん患者への薬剤投与に際して,病状の進行やせん妄に伴う症状ゆえに,内服でのコントロールが困難となること(内服自体が困難となる,また,消化管の病態などから内服の効果が期待しづらい状況が起こりやすい.さらに,せん妄に伴う興奮状態の際には,患者が内服に同意しない状況もしばしば経験する)や,薬剤の投与経路が限られていく(病状の進行から末梢静脈路確保に難渋することも多く,注射剤を皮下注射や筋肉注射として使用することも珍しくはない)という現実がある.このため,坐剤という剤型ゆえの貢献(投与方法の簡便性や薬剤の吸収効率などによる有用性)が期待されるところである.

文献的検索によると,Leungらは,10例の健常成人にクエチアピン坐剤を投与し,同容量のクエチアピンの経口投与時と,その血中濃度の経時変化を比較した.その結果,坐剤のAUC(area under the plasma concentration-time curve)は,経口投与時より約90%高い数値を示し,クエチアピン坐剤の有用性を報告している10).この知見から,クエチアピンは,坐剤として投与経路を変更しても有効であり,少なくとも内服同等の血中濃度は保たれることが推察された.

当院では「院内製剤クエチアピン坐剤」を製剤し,2011年4月から,緩和ケア病棟入院患者で使用している.今回,がん患者のせん妄に対するクエチアピン坐剤の使用状況を後方視的に調査し,その有用性について検討した.

方法

対象

2011年4月から2014年10月までに,当院の緩和ケア病棟に入院した患者(のべ644例)のうち,クエチアピン坐剤を使用した108例について検討を行った.

評価方法

後方視的に診療録調査を行った.患者背景・クエチアピン坐剤の投与期間・投与量・投与開始理由・投与中止理由・副作用を検索した.投与前後のせん妄の改善度の評価はAgitation Distress Scale(以下ADS)を用いて行い,投与開始直前と坐剤初回投与後72時間のADS値を測定した.

ADSは,Moritaらにより開発されたせん妄の評価ツールの一つで,終末期がん患者の不穏(興奮)の評価(過活動型せん妄の評価)を使用目的としている11).6項目の内容について,それぞれ0〜3までの4段階のスコアリングを行い,合計スコア0〜18で表記する.スコアが高値であるほど,せん妄症状が重症と評価される.今回の研究では,過活動せん妄症状の変化についての検討を行った.看護師・医師の診療録記録から,1名の評価者が,ADSの6項目に関連する情報を抽出しスコアリングを行った.

なお,坐剤投与後の評価点は,文献的知見から得られたクエチアピン内服薬の定常状態到達時間12,13)を考慮し,坐剤初回投与後72時間の設定とした.

クエチアピン坐剤の調製方法と使用方法

製剤にあたっては,院内倫理員会より,院内製剤として特殊製剤許可の承認を得た.

なお,使用開始に先立って,患者もしくは家族に説明を行い,全例文書による同意を得た.

[クエチアピン坐剤25 mgの調製方法]

ホスコ®E-75 0.5 gとホスコ®H-15 0.5 gを混合溶解したものに,クエチアピンフマル酸塩錠(25 mg)1錠(粉砕後,さらに微粉末化するとともにフィルムコーティング除去処理を施したもの)を混合した.坐剤コンテナに分注後,室温で放冷した.以上,全て無菌操作で行った.

なお,用事製剤とし,1回に30個程度の製剤で使用期限は6カ月とした.

統計解析

結果は,症例数(%),中央値(4分位範囲),平均±標準偏差で示した.解析には,EZR(Easy R)を使用し,Wilcoxon符号付順位和検定を用いて,p値<0.05で有意差ありとした.

倫理的配慮

本研究での情報抽出にあたっては,個人が特定されないよう倫理的配慮を行った.

結果

患者背景

患者背景を表1に示す.クエチアピン坐剤を使用した対象患者108例の男/女比は71/37で,年齢中央値は79歳(37〜95歳)であった.全例悪性腫瘍症例で,原発部位は,消化器が最も多く(44%),呼吸器(10%),泌尿器(10%)がそれに続いた.開始時のPerformance Status(以下PS)は,全例PS 3以上であった(PS 3/PS 4=81/27).

表1 患者背景

クエチアピン坐剤の開始理由

坐剤の開始理由は,108例全例が,何らかの理由で内服での症状コントロールが困難なためであった.その内訳は,内服困難(原病の進行など)が102例,内服実施不確実(拒薬など)が5例,内服効果不確実(腸閉塞など)が1例だった.

クエチアピン坐剤の投与状況

全108例中,せん妄に対してクエチアピン坐剤単独で対応できた症例は54例であり,後の54例については,クエチアピン坐剤開始後に他の抗精神病薬や中枢神経作用薬を併用してせん妄対策を行った.全108例群・クエチアピン坐剤単独投与群(54例)・他剤併用群(54例)における,投与日数・開始量・最大投与量の結果を表2に示す.

表2 クエチアピン坐剤の投与状況

クエチアピン坐剤投与前後における,せん妄の改善程度の評価

投与直前と坐剤初回投与後72時間のADS値の変化を診療録から測定し,前後のADS値はWilcoxon符号付順位和検定を用いて解析した(表3).72時間後にADS値の抽出が可能であったのは,全108例のうち80例だった.その他の28例については,投与後72時間以内に死亡などの理由でADS値の抽出が不可能だった.

表3 クエチアピン坐剤の投与前後のADS値

80例全例について解析したところ,クエチアピン坐剤投与前後でADS値の有意な低下を認めた(p<0.0001).また,クエチアピン坐剤の使用状況とで比較したところ,クエチアピン坐剤単独で対応した症例(クエチアピン坐剤単独投与群:34例)で,ADS値の有意な低下を認め(p値<0.0001),ADS値変化量の内訳は,低下:31例,不変:2例,増加:1例だった.また,クエチアピン坐剤開始後に他剤を併用した症例(他剤併用群: 46例)でも,ADS値の有意な低下を認めた(p値<0.0001).

なお,クエチアピン坐剤単独で対応した34例のうち25例は,クエチアピン坐剤投与開始前にクエチアピン内服や他剤でのせん妄治療をなされており,全経過中に坐剤のみでせん妄対策を行ったのは,この25例を除く9例のみだった.この9例については,全例において,クエチアピン坐剤投与前後でADS値の低下を認めていた(坐剤投与直前のADS値: 8.8±1.6,72時間後のADS値: 6.2±1.1,p値=0.008).

また,クエチアピン坐剤投与72時間後にADS値の抽出が可能であった80例について,ADS 6項目それぞれにおける,坐剤投与前後のADS値の変化について表4に示す.6項目すべてにおいて,ADS値の有意な低下を認めた(p値<0.001).

表4 クエチアピン坐剤投与前後の,ADS各項目におけるスコアの変化(n=80)

クエチアピン坐剤中止理由について

全108例中,原病の進行による全身状態の悪化が63例(58.3%),他剤への変更が36例(33.3%),クエチアピン内服への変更が4例(3.7%),症状が改善し中止可能となったのが4例(3.7%),他院への転院が1例(0.9%)だった.

他剤へ変更された36例については,全例クエチアピン坐剤単独ではせん妄のコントロールが困難となり,他剤(ハロペリドール,フルニトラゼパム,リスペリドン,ブロマゼパム,ミダゾラムなど)を導入してせん妄のコントロールを行った.

症例の転帰 

転院した1例以外の107例の転帰は,100例がクエチアピン坐剤最終投与後1カ月以内に死亡,6例が1〜2カ月後に死亡,1例が約3カ月後に死亡だった.クエチアピン坐剤投与終了後1カ月以内に死亡した100例についてクエチアピン坐剤中止から死亡までの日数を検討したところ,平均4.3±5.2日だった.

有害事象

全108例中,傾眠9例(8.3%),黒色便4例(3.7%),呼吸抑制1例(0.9%),高血糖1例(0.9%),低血糖1例(0.9%)を認めた.傾眠を認めた9例のうち,3例がCTCAE(Common Terminology Criteria for Adverse Events)でGrade 1,5例がGrade 2,1例がGrade 3だった.黒色便については原病に伴う下血と考えられた.なお,坐剤挿肛に伴う出血など直腸の粘膜障害を疑う症例は,1例も認められなかった.また,呼吸抑制については軽度であり,酸素投与で対応可能であった.クエチアピン坐剤の副作用と考えられる有害事象をきたした12例を表5に示す.

表5 クエチアピン坐剤の副作⽤と考えられる有害事象を認めた症例

考察

これまでに,国内外いずれにおいても,クエチアピン坐剤のがん症例のせん妄に対する調査の論文報告はなされていない.

坐剤の有用性として,1)非経口投与であるが,注射による投与の際の“針を刺す”苦痛の回避が可能であり,安全に,そして簡便に投与できること,2)看取りにかなり近い時期まで投与可能で,せん妄のコントロールに長期間寄与できる可能性があること,があげられる.今回の研究結果からも,安全に投与でき,終末期に近い時期まで投与が可能であることが示唆された.

副作用については,クエチアピンフマル酸塩錠の添付文書12)によると,傾眠(4.3%),高血糖(3.3%),低血糖(頻度不明)であり,これと比較し今回の結果では,やや傾眠がやや多く認められた.今回の全108例のうち,106例においては,クエチアピン坐剤開始後約2カ月以内に全例死亡しており,もともとがん終末期の消耗の進行した状態での使用であることも,この原因と推察した.呼吸抑制を認めた1 例は,酸素投与により呼吸状態の改善を認め,クエチアピン坐剤はとくに中止の必要なく使用した.なお,直腸の粘膜障害など,坐剤という剤型ゆえの副作用や挿肛に伴う偶発症は,1例も認めなかった.以上より,クエチアピン坐剤の副作用は,少なくともクエチアピン内服薬とほぼ同等であると推察され,その安全性が確認された.

今回の研究は後方視的研究であり,せん妄の改善に寄与する因子のうち,クエチアピン坐剤が有意に関与していたかの評価判定が困難であったが,カルテを用いたせん妄症状の改善度の評価として,ADSを用いた解析を行った.表4に示すように,まず,初回投与72時間後の評価が可能であった80例全体としては,クエチアピン坐剤投与前後でADS値は有意な低下を認めていた(p値<0.0001).つまり,全体として,せん妄による不穏症状がある程度改善したという結果であり,クエチアピン坐剤が症状改善に貢献した可能性が示唆された.また,クエチアピン坐剤の投与状況を検索して検討を行った結果,クエチアピン坐剤単独でコントロールできた症例(クエチアピン坐剤単独投与群: 34例)とクエチアピン坐剤開始後に他剤併用した症例(他剤併用群: 46例)いずれも,クエチアピン坐剤投与前後で,有意なADS値低下を認めていた.併用群については,他剤を併用することでせん妄症状をコントロールでき,クエチアピン坐剤との併用が症状改善に役立ったと考えられた.

ただし,せん妄の治療にあたっては,原因への対策や各種ケアなども伴って行われていることなどから,今回の検討において,せん妄症状に対するクエチアピン坐剤自体の有効性を評価することには,限界があると判断した.

本研究はカルテによる後方視的研究であり,効果の評価,副作用の判定については様々なバイアスが存在する.せん妄症状についても,一部の指標に限った評価となった.過活動型せん妄の評価はできているものの,カルテに記載がない形でのせん妄の評価は困難であった.また,そもそも,せん妄の病態自体が複雑で,様々なバイアスが存在するとされている14).とくにせん妄の治療は薬剤のみではなく,原因に対する治療や種々のケアによる身体症状の緩和,家族の寄り添いなどもその改善に貢献することもあるため,治療効果の評価が困難になっている.今後,正確なせん妄の評価を行いながらの,クエチアピン坐剤投与における前方視的研究が必要と考えられた.

結論

今回の研究では,せん妄に対するクエチアピン坐剤自体の有効性は明確にできなかったが,坐剤は患者への負担を少なく簡便に投与可能であること,内服と同等程度の安全性が保たれる可能性が示唆された.薬剤の投与経路も限られた終末期がん患者のせん妄コントロールにおいて,坐剤が,看取りまでの比較的長期間に渡り安全に使用可能で,有用であることが示唆された.

謝辞

本論文作成にあたり,御指導を賜りました,岡山大学病院緩和支持医療科・片山英樹先生に,心より感謝申し上げます.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

References
 
© 2017 by Japanese Society for Palliative Medicine
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