2017 Volume 12 Issue 4 Pages 761-770
質の高い緩和ケアを普及するための対策を検討するにあたり,症状緩和の具体的な目標値を設定するためには,一般市民の自覚症状の実態を把握する必要がある.しかし,これまでに本邦の一般市民における自覚症状の実態を調査した大規模な研究はない.そこで,全国から無作為に抽出した20〜79歳までの一般市民2400人を対象に,郵送による自記式質問紙調査を実施し,Memorial Symptom Assessment Scale(MSAS)を用いて身体,精神症状を多面的に調査した.分析対象は978部(41.1%)で,有症率,症状の強度,苦痛度を性別・年齢階級別に示し,症状の強度とSF-8™による健康関連quality of life(QOL)スコアとの関連を検討した.痛みが46.1%と最も有症率が高く,身体的QOLスコアと相関がみられた(ρ=−0.55).本研究結果は,本邦の一般市民における自覚症状の実態を示した有用な基礎データとなるであろう.
がん対策推進基本計画では,早期からの緩和ケアの推進が,重点的に取り組むべき課題として位置づけられている.つまり,がん患者とその家族が可能なかぎり質の高い生活を送ることができるように,がんと診断されたときから,様々な場面で適切な緩和ケアを受けられるような体制を整備していくことが求められている.そして,がん患者に対して緩和ケアが適切に行われているかを判断し,質の高い緩和ケアを普及するためには,がん患者の自覚症状の実態を評価したうえで,目指すべき症状緩和の目標値を設定することが重要となる.
海外では,がん患者の自覚症状を評価する尺度として,Edmonton Symptom Assessment Scale(ESAS),M.D. Anderson Symptom Inventory(MDASI),Memorial Symptom Assessment Scale(MSAS),Rotterdam Symptom Checklist(RSC),Symptom Distress Scale(SDS)などが用いられている1,2).なかでも,MSASは,他の尺度と比べて対象症状が32症状と非常に多いこと,症状の程度だけでなく,症状の頻度や症状による影響といった,自覚症状を多面的に評価できる点で優れており3),入院および通院がん患者での妥当性が検証されている.また,地域高齢者における自覚症状の評価に用いられる4)など,一般市民においても使用することが可能な尺度である.
本邦における大規模な遺族調査であるJ-HOPE研究(遺族によるホスピス・緩和ケアの質の評価に関する研究)においても,MSASをベースとして遺族による終末期がん患者の身体症状の評価が実施された5).ホスピス・緩和ケア病棟において死亡前2週間の終末期がん患者の症状として,食欲不振が81.6%,体重減少が75.3%,痛みが72.7%であることや,これらの症状が遺族の死別後のつらさと関連していることが示され5),遺族ケアも含めた緩和ケアの質を向上するためには,これらの症状緩和をさらに強化していく施策の必要性が示唆された.しかし,がん患者であっても原疾患と関係のない原因で症状を呈する場合や,健常人であっても日常生活において何らかの症状を有する場合があり,がん患者における症状の実態を評価し,正しく解釈するためには,がん患者以外の一般市民における症状の有無や程度などと比較することが必要である.たとえば,がん患者で痛みの有症率が30%であったとしても,一般市民でも30%であったとしたら,一般市民の値以上にがん患者集団としての疼痛緩和の目標値を設定しても,現実的な達成は困難と考えられる.そのため,緩和ケアの質を改善し,適切な普及を目指すにあたり,がん患者における自覚症状の実態を明らかにすることはもちろんのこと,症状緩和の具体的な目標設定を行ううえで,一般市民の自覚症状の実態を把握することは極めて重要である.
これまでに,本邦における一般市民を対象とした,自覚症状の実態を明らかにした大規模な研究は行われていない.そこで,本研究では,MSASを用いて,本邦の一般市民における自覚症状の実態を明らかにすることで,様々な苦痛症状からの解放を目指した医療の質向上のための基礎データを作成することを目的とした.
全国から無作為に抽出した20〜79歳までの一般市民2400人を対象に,郵送による自記式質問紙調査「日本人の健康に関するアンケート調査」を実施した.調査期間は2013年1〜2月とした.
対象の抽出全国の国勢調査区を単位とした層化2段階無作為抽出によって対象を抽出した.つまり,全国で100の国勢調査区を抽出し,それぞれの国勢調査区で,住民基本台帳に基づき,20~29歳,30~39歳,40~49歳,50~59歳,60~69歳,70~79歳の6階級の年齢階級から,それぞれ男性2人,女性2人ずつ(国勢調査区あたり24人)を抽出した.
調査方法プライバシーマークを取得した世論調査の経験が豊富な専門業者(株式会社新情報センター)に委託し,依頼状,趣意書とともに調査票を対象者に郵送した.調査票は2週間以内の返送を依頼し,返送先は東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野とした.送付から2週間後に調査回答への御礼と未回答者に回答を依頼する督促状を郵送した.調査票は無記名の匿名の調査とした.
調査項目MSASを一部改変し3),対象者の過去1週間における自覚症状の実態を調査した.MSASとは,がんおよびがん治療に関連してみられる32症状に関して,症状の程度,頻度,およびその症状によって悩まされる程度の3つの視点から,多面的に自覚症状を評価するツールである.入院および外来でのがん患者において,信頼性,妥当性が検証されており,がん患者における症状の評価において広く用いられている.実際に,MSASを用いて,通院がん患者の年齢と自覚症状の関連6)や外来および入院がん患者における自覚症状の特徴とがんの部位による違いや自覚症状の数とquality of life(QOL)の関連7)が報告されている.また,慢性閉塞性肺疾患や慢性心不全,肝硬変などの非がん入院患者に対するMSASの妥当性を示唆する報告もある8).
本研究では,MSASの評価項目である32症状に,がん患者でしばしば遭遇すると思われる症状として全身倦怠感,眼や耳の症状を加えて,身体的症状として,「痛み」,「だるい」,「咳」,「手足のしびれ・ぴりぴり痛む感じ」,「口渇」,「吐き気」,「眠気」,「おなかの張り」,「排尿の問題(失禁・頻尿・排尿困難感)」,「嘔吐」,「皮膚の症状(湿疹など)」,「手足の腫れ・むくみ」,「便秘」,「脱毛・抜け毛」,「体重減少」,「味覚異常」,「口の痛み・口内炎」,「目のかすみ・見えにくい」,「耳鳴り・聞こえにくい」,「飲み込みにくい・噛みにくい」,「めまい」,「食欲不振」,「かゆみ」,「性に関する問題」,「発汗」,「下痢」,「息切れ」,精神的症状として,「あれこれ思い悩む」,「悲しい気持ちになる」,「気持ちが不安定」,「眠れない」,「いらいらしやすい」,「集中しにくい」,「元気が出ない」「いつもの自分らしくない」という合計35症状に関して,過去1週間の自覚症状の有無を調査した.さらに,症状があると回答した場合は,症状の強さおよびその症状による苦痛の程度を調査した.症状の強さは「少し」,「まあまあ」,「ひどい」,「とてもひどい」の4段階,症状による苦痛の程度を,「悩まされていない」,「少し悩まされている」,「いくらか悩まされている」,「かなり悩まされている」,「非常に悩まされている」の5段階で評価した.回答者の負担を考慮し,症状の頻度については割愛した.
また,分析対象者の代表性を評価し,自覚症状とQOLの関連を検討するために,包括的な健康関連QOL尺度であるSF-8™を使用した9).SF-8™は,8つの簡便な設問への回答結果から,スコアリングプログラムを用いて「身体機能(physical functioning, PF)」,「日常役割機能(身体)(role physical, RP)」,「体の痛み(bodily pain, BP)」,「全体的健康感(general health, GH)」,「活力(vitality, VT)」,「社会生活機能(social functioning, SF)」,「日常役割機能(精神)(role emotional, RE)」,「心の健康(mental health, MH)」 の8つの健康概念を下位尺度として算出し,さらにこれをもとに2つのサマリースコアである「身体的サマリースコア(Physical Component Summary, PCS-8)」と「精神的サマリースコア(Mental Component Summary, MCS-8)」を算出することができる.これらの8つの下位尺度と2つのサマリースコアは,日本国民の標準値および標準偏差が明らかにされており(標準値50,標準偏差10),これより高い値であれば一般人口と比較してQOLが高く,低い値であればQOLが低いと判断することができる.
さらに,対象者の年齢,性別,社会経済的背景に関する情報と,国民生活基礎調査10)の項目を用いて現在の通院状況,基礎疾患の状況を調査した.
解析方法統計学的解析には,SPSS(Version 23; IBM, Armonk, NY)を用いた.SF-8™によって導かれた健康関連QOLスコアは,平均値±標準偏差で示し,本研究の対象者の代表性を評価するために,1標本t検定を用いて国民標準値と比較し,効果量を算出した.また,自覚症状の有無を度数分布で示し,男女間の差はχ2検定で評価した.年齢別には40歳未満,40歳以上65歳未満,65歳以上の3群に分け,Cochran-Armitage検定を用いて傾向性の検定を行った.自覚症状の程度と健康関連QOLスコアの関連を検討するためにSpearmanの順位相関係数を算出した.有意水準は5%とし,すべて両側検定を行った.
倫理的配慮本研究は,東北大学大学院医学系研究科の倫理委員会の承認を得て実施した.研究への参加は,調査票への回答をもって同意とみなすこととし,研究参加を拒否する機会を担保した.また,すべての調査票は無記名とし,個人の特定はできないように配慮した.
2400部を送付したうち,住所不明で未着が23部あり,2377部が最終的に送付された.回収されたものは981部であり,白紙であった3部を除いた978部(41.1%)を分析対象とした.
対象者背景対象者の背景を表1に示す.性別は男性が45.5%,女性55.5%であり,平均年齢は55±16歳であった.何らかの疾患で医療機関へ通院している割合は62.7%であった.通院ありと回答したものの通院の状況は,高血圧症が19.7%,高脂血症,歯の病気が11.2%であった.悪性新生物は2.0%であった.
なお,平成25年の国民生活基礎調査11)では,通院者率は378.3(人口千対)で,通院している傷病名として,男性では高血圧症(11.4%),糖尿病(5.4%),歯の病気(4.4%),女性では高血圧症(11.5%),腰痛(5.8%),眼の病気(5.7%)の順で多かった.悪性新生物(がん)は,男性で0.7%,女性で0.8%であった.
対象者の健康関連QOLスコア対象者のSF-8™スコアの平均値±標準偏差と,2007年の日本の国民標準値9)を表2に示す.身体機能(PF),日常役割機能(身体)(RP),全体的健康感(GH),社会生活機能(SF),日常役割機能(精神)(RE),心の健康(MH)の6つの下位尺度と精神的サマリースコア(MCS)は,対象集団のスコアが日本の国民標準値と比べて有意に低かった.しかし,効果量としては,全体的健康感(GH),日常役割機能(精神)(RE)が0.2以上であったが,その他においては差がなかった.
過去1週間の自覚症状の有症率,症状の強さ,苦痛度過去1週間の自覚的な症状の有訴率と,症状を有する場合はその症状の強さおよび苦痛度を表3に示す.
有症率は,多いものから順に「痛み」が46.1%,「あれこれ思い悩む」が42.1%,「目のかすみ・見えにくい」が 36.5%,「だるい」が34.9%,「気持ちが不安定」が 34.2%,「眠気」が 33.2%,「元気が出ない」が 32.5%,「いらいらしやすい」が 31.9%,「集中しにくい」が 30.3%,「かゆみ」が 29.1%であった.一方,有症率が少ない症状としては,「飲み込みにくさ・噛みにくさ」7.7%,「嘔気」6.5%,「食欲不振」6.2%,「体重減少」5.6%,「嘔吐」2.8%,「味覚異常」2.8%であった.
症状の強さが中等度以上であったもの(「まあまあ」「ひどい」「とてもひどい」と回答)は,「痛み」15.9%,「あれこれ思い悩む」14.4%,「だるい」13.2%,「気持ちが不安定」13.1%,「いらいらしやすい」12.9%の順に多かった.一方で,「味覚異常」「嘔気」「食欲不振」などの症状は,中等度以上の強さと回答した割合は2%以下と非常に少なかった.
症状による苦痛度が強い(「かなり悩まされている」「非常に悩まされている」)と回答したものは,多いものから順に「あれこれ思い悩む」4.6%,「気持ちが不安定」4.5%,「痛み」「元気が出ない」3.4%,「悲しい気持ちになる」3.2%であったが,いずれも割合は低かった.
また,自覚症状の有症率は,性別・年齢階級によって違いが認められた(表4).
自覚症状の程度と健康関連QOLとの関連表5に自覚症状の強さとSF-8™スコアの関連を相関係数で示す.「痛み」の程度が強いほど身体的サマリースコア(PCS)が低く,また,「元気が出ない」「だるい」「気持ちが不安定」「悲しい気持ちになる」「あれこれ思い悩む」「いらいらしやすい」「味覚異常」の症状が強いほど,精神的サマリースコア(MCS)が低い傾向があった.その他のドメインでは,「痛み」と体の痛み(BP),「味覚異常」と社会生活機能(SF)および日常役割機能(精神)(RE),「気持ちが不安定」「悲しい気持ちになる」「あれこれ思い悩む」「いらいらしやすい」という症状と心の健康(MH)の関連が示された.また,「元気がでない」は,活力(VT),社会生活機能(SF),日常役割機能(精神)(RE),心の健康(MH)の4つのドメインと相関がみられた.
一方で,「目のかすみ・見えにくい」「眠気」「眠れない」「かゆみ」「皮膚の症状」「便秘」「排尿の問題」「手足のしびれ」「耳鳴り・聞こえにくい」「口渇」「咳」「お腹の張り」など,健康関連QOLスコアと明らかな相関のない症状も多数みられた.
本研究は,国際的に広く用いられる多面的な症状評価尺度であるMSASを用いて,本邦の一般市民における自覚症状の有症率,程度,苦痛度を調査した,初めての研究である.本邦における緩和ケアの質を評価し,政策として具体的な症状緩和の目標値を検討していくうえで,重要な研究であると考えられる.
本研究の結果から,本邦の一般市民は,様々な身体的症状,精神的症状を有することが明らかとなった.海外の大規模な研究においても,一般市民が一生涯に経験する自覚症状として,関節痛(36.7%),腰痛(31.5%),頭痛(24.9%)など26個の症状があり,性別や年齢,人種,社会的背景によって偏りがあることが報告されている10).本研究においても,女性では精神症状を有する割合が多い傾向があるなど,性別や年齢による違いが認められ,症状緩和の目標を設定する際には,性別や年齢などの患者背景を考慮する必要性が示唆された.
一般市民の自覚症状として最も有症率が高いものは,「痛み」で46.1%であった.これまで,日本人における痛みの頻度に関する研究は2つ報告があり,服部ら12)によると,日本人における慢性的な痛みの保有率は13.4%,また,Nakamuraら13)によると,日本人における筋骨格系の痛みの保有率は15.4%と報告されている.この結果は,われわれの調査と比較して非常に低い値となっているが,服部らの調査が,インターネット調査であったため回答者に偏りが生じた可能性や,Nakamuraらの調査13)では,筋骨格系の痛みに限定して調査していることが要因として考えられる.海外の報告でも,対象者の選択,痛みの定義や調査方法などにより,一般市民の痛みの有症率は,19~47%と様々であるが14〜17),痛みの強さと健康関連QOLスコアは強い関連がみられたことから,がん患者のみならず,他の疾患や一般市民においても痛みの緩和が非常に重要であると考えられる.
その他には,「あれこれ思い悩む」「気持ちが不安定」「いらいらしやすい」「集中しにくい」「不眠」「悲しい気持ちになる」という精神面の問題が上位を占めていることも明らかとなった.とくに,男女ともに若年者で精神症状の頻度が高く,ストレスの多い現代社会において,メンタルヘルス対策の重要性が示唆される結果であった.
一方で,がん患者においては,原疾患およびがん治療に関連して,消化器症状はしばしば遭遇する症状であるが18),一般市民においては,嘔気や嘔吐,食欲低下,味覚障害などの消化器症状を有する割合は低く,がん患者特有の症状であることが明らかとなった.
がん患者においては,様々な身体的,精神的症状を有することが知られているが18),がん患者に限らず,慢性閉塞性肺疾患や慢性心不全などの慢性疾患を有する患者においても,種々の症状に悩まされていることが明らかとなっており19),疾患によって有症率が異なることを念頭におき,疾患に対する治療だけでなく,様々な症状に対するマネージメントを行うことが重要である.
また,一般市民においては,痛みのようにQOLと密接に関連する症状もあれば,QOLとはほとんど関連しない症状も存在することが本研究で明らかとなった.これらの症状の中には,「手足のしびれ」や「排尿に関する問題」など,がん患者においてはQOLとの相関が高いと思われる症状もあり,疾患によって,QOLとの関連は異なる可能性がある.したがって,がんをはじめとしてすべての疾患において,症状のアセスメント,マネージメントを行う際には,その症状がどれほど日常生活やQOLに支障をきたしているかを考慮した対応が必要であると言える.
本研究の限界の一つとして,解析対象集団の代表性が挙げられる.本研究の解析対象者は,同時期の国民生活基礎調査の結果に比べて,通院率が高くなっており,これは,本研究での解析対象者は高齢者の割合が多かったことや,何らかの疾患で通院している者のほうが,本研究に関心が高く,協力が得やすかった可能性が考えられる.実際に,われわれの調査対象者における,SF-8™の平均値±標準偏差は,国民標準値と比較してやや低い値であった.しかし,その効果量は非常に小さく,本研究の対象者は,ほぼ本邦の国民全体の実態を反映していると解釈でき,対象者選択の妥当性は確保できていると考えられる.また,質問紙調査においては,症状の過大申告の可能性1)も指摘されており,解釈には十分注意が必要である.
日本における一般市民の自覚症状の実態として,MSASを用いて,有症率および症状の程度,苦痛度を調査した.がん患者のみならず,あらゆる疾患を有する患者の療養生活の質を評価,解釈し,より質の高い緩和ケアの普及を推進するための対策を検討していくうえで,将来的な症状緩和の目標値を設定するための,一つの重要な基礎データとなるであろう.
本研究は,厚生労働科学研究費より助成を受け,がん臨床研究事業「がん対策に資するがん患者の療養生活の質の評価方法の確立に関する研究」の一部として行った.
森田達也:講演料(塩野義製薬株式会社)
宮下光令:企業の職員・顧問職(NPO法人日本ホスピス緩和ケア協会理事),原稿料等(株式会社メディカ出版)
その他:該当なし