Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Original Research
The Current Status of Palliative Care for Non-cancer Patients in Japan: Field Survey on the Representatives of the Japanese Society for Palliative Medicine
Iwao OsakaAkihiro SakashitaYoshiyuki KizawaToyoshi Hosokawa
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2018 Volume 13 Issue 1 Pages 31-37

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Abstract

【目的】非がん疾患に対する緩和ケアについて実態調査を実施した.【方法】日本緩和医療学会代議員196名を対象にインターネットアンケート調査を行った.非がん疾患の診療経験,緩和ケアに関する考え方,緩和ケアを実践するうえでの困難感,必要な教育内容について選択式の質問で尋ねた.【結果】111名(57%)より回答を得た.回答者の99%は非がん疾患の診療を経験していたが,63%は終末期の累計経験患者数が50人未満であった.回答者の80%は非がん疾患に対する緩和ケアに自信がなく,予後予測の難しさや緩和ケアに関する診療加算が算定できないことなどのために83%が困難感を感じていた.教育において重要なことは,コミュニケーション,多職種チーム医療の順であった.【結論】日本緩和医療学会代議員は,非がん疾患に対する緩和ケアの必要性を認識しているが,経験豊富な代議員は少なく,8割以上が自信のなさと困難感を感じていた.

緒言

わが国における緩和ケアは,終末期がん患者を対象として導入され,その後もがん患者を中心として展開してきた1).一方,WHOによる定義では,緩和ケアの対象はがんに限らず「生命を脅かす疾患」とされており2),国内においても緩和ケアの在り方について多くの議論がなされてきた.現在は,行政の方針においても非がん疾患への緩和ケアの拡充が求められており,非がん疾患患者に対する緩和ケアは重要な課題の一つであると考えられる.米国ではホスピスケアを受けている患者のうち,がん患者は約1/3,非がん患者は2/3であり,後者の方が多い3).また,欧米の研究によると,非がん疾患患者の多くは苦痛を感じたまま最期を迎えていることが明らかにされている4,5).さらに,米国の在郷軍人を対象とした最近の大規模調査においては,がんや認知症の患者に比べて腎不全,心不全などの患者は緩和ケアを受ける機会が少ないことや,遺族の満足度が低いことが明らかにされている6).

わが国において,どの程度の非がん疾患患者が緩和ケアを必要としているのかは明らかではない.しかし,平成27年の人口動態統計によると年間死亡数129万444人のうち,悪性新生物による死亡数は37万346人(28.7%)であり,循環器系疾患,呼吸器系疾患(肺炎や慢性閉塞性肺疾患),神経系疾患(パーキンソン病やアルツハイマー病),腎不全,老衰を合わせると58万2517人(年間死亡者の45.1%)に相当する7).したがって,end-of-lifeにおいて緩和ケアを必要としている患者は,欧米と同じようにがん患者よりも非がん患者の方が多い可能性が推測される.日本緩和医療学会が実施している緩和ケアチーム登録解析では,7万2879名の患者が登録されていたが,非がん疾患はわずか3%であった8)

今後,わが国において非がん疾患患者への緩和ケアを拡大していくためには,緩和ケアを提供している医療従事者の臨床経験や認識度を明らかにすることが重要である.本研究では,その端緒として日本緩和医療学会代議員(以下,代議員)を対象として,非がん疾患の緩和ケアに関する調査を行った.本研究の目的は,日本緩和医療学会代議員の非がん疾患に対する緩和ケアに関する意向,態度,実践,困難感等を明らかにすることである.

方法

本研究は第21回日本緩和医療学会学術大会における特別講演「日本緩和医療学会が望み,考える非がん疾患の緩和ケア」における事前調査として2016年3月から4月に実施した.

調査対象

2016年1月の時点で代議員196名を対象とした.

調査方法

研究者間の討議を通して質問紙を作成し,代議員196名に対して,代議員メーリングリストを利用して2016年3月29日に調査への参加を依頼した.2016年3月29日〜4月29日の期間にウェブサイト(SurveyMonkey)からの回答を依頼した.4月20日に再度メーリングリストを通じて督促を行った.本アンケートにおける「緩和ケア」は,「生命を脅かす疾患に直面した患者とその家族に対して,終末期に限らず,痛みやその他の身体的症状,心理社会的問題,スピリチュアルな問題に対する予防,評価,治療を行うことで,クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を改善させるケア」と定義し,アンケートの初期画面に記載した.また,「終末期」に関しては,わが国においては明確な定義がないことから,とくに定義せず回答者の判断に委ねた.

調査項目

調査項目は3名の医師(I.O, A.S, Y.K)で検討し,質問紙を作成した.パイロット調査として,日本緩和医療学会の指導者研修会協力者42名を対象に調査を行い,内容の適切さや答えやすさについての意見を収集し,調査項目を作成した3名の医師で協議し修正を行うことで,表面的妥当性と内容的妥当性を確認した.回答者の背景として年齢,性別,職種,診療科(医師のみ),臨床経験年数,勤務している医療機関を質問した.非がん疾患の緩和ケアについて,以下の4項目について尋ねた.

1)非がん疾患の診療経験について,「これまでの非がん患者数」「過去1年間の非がん患者数」「終末期の非がん患者数」「過去1年間での終末期の非がん患者数」を尋ねた.

2)非がん疾患の緩和ケアに関する考え方として,「非がん疾患の緩和ケアは必要だと思う」「非がん疾患の緩和ケアは,がんの緩和ケアと比べて難しい」「非がん疾患の緩和ケアを常に行っている」「非がん疾患の緩和ケアに自信がある」について,“1.思わない” “2.たまに思う” “3.時々思う” “4.よく思う” “5.非常によく思う”の5件法で回答を求めた.

3)非がん疾患に対する緩和ケアの困難感について,「治療が可能かどうかの判断が難しい」「回復可能な状態かどうかの判断が難しい」「終末期かどうかの判断が難しい」「予後予測が難しい」「原疾患に対しての治療・ケアの方法がわからない」「症状緩和のための治療・ケアの方法がわからない」「症状緩和のための薬物療法で適応外処方が多い」「意思決定支援が難しい」「家族への対応が難しい」「緩和ケアに関する診療加算が算定できない」「倫理的な問題への対応が難しい(例:治療の中止・差し控え,輸液,栄養,鎮静など)」について,“1.思わない” “2.たまに思う” “3.時々思う” “4.よく思う” “5.非常によく思う”の5件法で回答を求めた.さらに,自由記載による意見も求めた.

4)初期臨床研修医に教育するうえで重要であると感じることとして,「包括的アセスメント」「症状緩和」「コミュニケーション」「スピリチュアル・ペイン」「社会的支援」「意思決定支援」「アドバンス・ケア・プランニング」「終末期ケア(死が近づいたときの対応)」「家族・遺族のケア」「倫理的な問題への対応(例:治療の中止・差し控え,輸液,栄養,鎮静など)」「多職種チーム医療」について,「重要だと思わない」「あまり重要だと思わない」「どちらとも思わない」「重要だと思う」「非常に重要だと思う」の5件法で回答を求めた.さらに,教育内容について自由記載による意見も求めた.本項目で「初期臨床研修医」への教育に限定した質問項目を設けた理由は,国内外において緩和ケアを卒後教育の初期から導入する方向性があり,とくにわが国においてはPEACEプログラムを用いた緩和ケア研修会を非がん疾患まで内容を増補したうえで初期研修において必修化する動きがあること,教育の対象者を限定することにより研究対象者が回答しやすくなることを意図したからである.

倫理的配慮

SurveyMonkey上において,データは匿名化され,個人情報が特定されないように設定を行った.また,アンケート依頼文には,回答内容・個人情報は匿名化し,個人を特定する可能性のある情報は取り扱わないことを明記した.本調査では,アンケートの回答をもって同意が得られたとみなした.

結果

196名の代議員にアンケートへの協力を依頼し,111名から回答を得た(有効回答率57%).対象者の背景は表1に示した.年齢は40~60歳が90%以上を占めており,男性が70%であった.職種では,医師が78%と最も多く,次いで看護師,薬剤師に多かった.医師の診療科は,緩和ケア科,麻酔科,精神科の順に多かった.臨床経験年数は,15年以上が92%であった.所属医療機関としては,国指定がん診療連携拠点病院が56%と最も多かった.その他の4%は教育機関であった.

表1 回答者の背景(n=111)

非がん疾患の診療・ケアの経験に関する回答を表2に示した.過去に緩和ケアを行った非がん患者が100人以上である回答者が全体の60%を占めたが,過去1年間で50人以上の非がん患者を診療した回答者は20%と少なかった.また,終末期の診療については,50人未満の経験である回答者が全体の60%以上を占め,過去1年間で10人以上の診療をした割合は22%とさらに少数であった.

表2 非がん患者の診療・ケア経験

非がん疾患の緩和ケアに関する考え方への回答を表3に示した.「非がん疾患の緩和ケアを常に行っている」という設問に対して,「非常によく思う」「よく思う」と回答したのは,全体の36%であった.非がん疾患における緩和ケアの必要性について「よく思う」「非常によく思う」と回答したのは87%であったが,自信に関しては「よく思う」「非常によく思う」と回答したのは20%に過ぎなかった.また,非がん疾患の緩和ケアは,がんの緩和ケアと比べて難しいと思うかについての質問については,83%が「時々思う」「よく思う」「非常によく思う」のいずれかと回答していた.

表3 非がん疾患の緩和ケアについて

非がん疾患の緩和ケアを実施する際の困難感に関して表4に示した.「よく思う」「非常によく思う」とする回答が多かったものは,「予後予測が難しい」(70%),「緩和ケアに関する診療加算が算定できない」(64%),「回復可能な状態かどうかの判断が難しい」(58%),「終末期かどうかの判断が難しい」(56%),「症状緩和のための薬物療法で適応外処方が多い」(56%)の順であった.自由記載では,患者と家族の認識や希望に乖離があること,脳血管障害や認知症などの疾患では意思決定支援が難しいという意見がみられた.

表4 非がん疾患の緩和ケアについて

非がん疾患に対する緩和ケアの教育において重要と考える項目については,表5に示した.多くの項目において,「重要だと思う」「非常に重要だと思う」とする回答が80%以上であったが,中でも「非常に重要だと思う」のは,「コミュニケーション」(66%),「多職種チーム医療」(56%),「包括的アセスメント」(49%),「倫理的な問題への対応」(46%),「症状緩和」(43%),「終末期ケア」(42%)の順に多かった.自由記載では,認知症や高齢患者に関する基本的知識が重要だとする意見や,緩和ケアをすべての臨床医に教育すべきだという意見がみられた.

表5 非がん疾患に対しての緩和ケアを初期臨床研修医に教育するうえで,重要であると感じること

考察

本研究は,がん患者の緩和ケアに携わっている医療従事者の,非がん疾患に対する緩和ケアに関する意向,態度,実践,困難感等を明らかにした初めての調査研究である.回答者の36%は非がん疾患の緩和ケアを行う機会が多く,25%は行っていないと回答していたが,99%の回答者は非がん疾患における緩和ケアの必要性を認めていた.すなわち,ほとんどすべての医療従事者は,疾患を問わずに緩和ケアを提供することの重要性を認識していることが示唆された.一方,非がん疾患の緩和ケアを提供することに関しては,自信があるわけではなく,がん患者の緩和ケアと比較すると困難感を抱えていることが明らかになった.

半数以上の医療従事者が困難であると考えていることは,予後予測,回復可能な状態あるいは終末期かどうかの判断が難しいことなどであった.がんの緩和ケアと比較すると,非がん疾患の緩和ケアにおいては,疾病の軌跡(illness trajectory)が複雑であること, 予後予測が難しいことや9,10),原疾患に対する治療の中止を見極めることが難しいことも指摘されている11).非がん疾患においても緩和ケアのニードがあることはわかっているが,積極的に緩和ケアを提供すべき患者をどのように同定すればよいのかは明らかにはされていない.海外においては,英国のGold Standard Frameworkやsurprise questionなど参考になるものがあるが12,13),わが国での知見は十分でなく,今後はわが国の保険診療制度や人口動態などの社会的背景や文化的背景などを鑑みたうえで,疾患を問わず,効果的効率的に緩和ケアが必要な患者を同定することができるcase finding instrumentの開発が求められる.

本研究においては多くの課題が抽出されたが,欧米諸国においても非がん患者への緩和ケアが十分に提供されているわけではないことが指摘されている.Sioutaらは,慢性心不全や慢性閉塞性呼吸器疾患における緩和ケアのガイドラインおよびパスのレビューを行っている14).その中で,苦痛の緩和,全人的アプローチ,予後の話し合い,緩和ケアチーム,ケアのゴールの評価,アドバンス・ケア・プランニングなどの項目が多く,遺族ケア,看取りに関すること,ゴールの調整の継続などは少なかった.結論として,標準的戦略の開発が必要であることを述べている.今後,わが国において非がん疾患に緩和ケアを広めていくにあたっては,本研究では抽出できなかったこれらの課題についても検討する余地がある.大石は,非がん疾患に関するわが国の問題点として,ガイドラインにおける「終末期」や「治療の差し控え/中止/見合わせ」などの用語や定義が統一されていないこと,臓器別専門医の視点に偏重していることなどを挙げている11).さらに,意思決定プロセスに関しては言及されているものの,身体症状やその他の側面に関しては触れられていないことが多いことも問題視している.今後は,がんの緩和ケアに従事してきた医療従事者と非がん疾患の診療を行っている医療従事者との協力および協働により,非がん疾患患者にとっての適切な緩和ケアの提供が期待されうる.

がんにおいても非がん疾患においても,緩和ケアの中でもとくに終末期ケアは重要視されている.本研究においても,非がん疾患の緩和ケア教育における重要な項目の一つとして,終末期ケアが挙げられていた.英国の機関誌が実施した終末期医療に関する調査において,日本の終末期ケアの整備は世界で14位と位置づけされている15).この調査では,「緩和ケアと医療の環境」「人的資源」「ケアへの経済的負担」「ケアの質と社会の関与」という4つの項目に基づいて評価が行われている.日本は,「緩和ケアと医療の環境」と「人的資源」の点で,上位の国と比較すると不十分であることが指摘されている.具体的には,医療費や緩和ケアに関する政府主導の政策など国レベルでの長期的展望が必要な課題も挙げられているが,一方で,緩和ケアの専門家の数や認定制度,緩和ケアに関する医療情報など学術団体や医療機関レベルで検討すべき課題も含まれている.わが国においても非がん疾患の終末期ケアをより充実したものにしていくためには,行政・地域・医療機関の各レベルで検討すべき課題を明らかにする必要がある.

非がん疾患において緩和ケアを広めるための重要な方策の一つが,教育である.本研究においても,回答者の60%が非常に重要であると考えていたものは,「コミュニケーション」「多職種チーム医療」「包括的アセスメント」「倫理的な問題への対応」「症状緩和」「終末期ケア」「意思決定支援」であった.英国を中心に欧州諸国などでは,緩和ケア・アプローチという概念が浸透してきている16).欧州緩和ケア学会においては,「緩和ケア・アプローチは,緩和ケア理論と施設における実践を統合する方法であり,緩和ケアを専門特化させることではない.これには薬物療法及び非薬物療法による症状コントロールのみならず,患者と患者家族,その他の医療専門職とのコミュニケーション,緩和ケアの原則に従った決定過程と目標設定が含まれる」と明言されている16).本研究において,がんの緩和ケアに携わる医療従事者が非がん疾患においても重要であると考えていることと共通する項目が含まれていた.これらのことから,わが国では主にがんの緩和ケアに携わっている医療従事者は非がん疾患への適応可能性を理解しており,国や地域を越えた共通の認識が存在していることが理解できる.疾患に関わらず緩和ケアが重要であることは,系統的レビューによっても指摘されている17)

本研究の限界として,以下のことが挙げられる.調査対象は日本緩和医療学会代議員という緩和ケアの臨床経験が豊富な医療従事者である.しかし,12,000名を超える会員中の196名と2%に満たない人数であり,日本緩和医療学会のすべての会員はもとより,がん患者に緩和ケアを提供しているすべての医療従事者の実状や考え方を反映しているわけではない.そのうえ,有効回答率が57%と低く,未回答バイアスを含んでいる可能性がある.また,本研究は,非がん疾患すべてを対象とした調査であるため非常に大掴みな結果である.今後は,対象となる疾患毎に緩和ケアの実態に関する検討を行う必要がある.さらに,非がん疾患の臨床経験として,実際にどのような患者にどのような緩和ケアを提供したのかは本調査では明らかにできなかった.本調査は,Web上で実施可能なSurveyMonkeyでのアンケート調査を実施しているため,データの欠損値などの処理が困難であった.しかし,本形式に基づいたアンケート調査の妥当性は,他の臨床研究でも確認されており18),利便性や経済性を考慮すると本形式の調査研究が今後も幅広く活用できる可能性はある.本研究は,主にがん患者を対象に緩和ケアを提供している医療従事者側の実情と考えをまとめたものであり,以前から非がん疾患の緩和ケアを提供している医療従事者の臨床や見解も確認する必要がある.さらに,経年的に非がん疾患の緩和ケアに関する調査を積み重ねていくことで,わが国における真の緩和ケアの在り方が浮き彫りになってくるものと期待できる.

結論

日本緩和医療学会代議員は,非がん疾患に対する緩和ケアの必要性を認識しているが,経験豊富な代議員は少なく,8割以上が自信のなさと困難感を感じていた.困難感の理由として,予後予測が難しいこと,緩和ケアに関する診療加算が算定できないことなどが挙げられた.

謝辞

本研究にご協力いただいた日本緩和医療学会代議員の方々に感謝申し上げます.

利益相反

大坂 巌:講演料(塩野義製薬株式会社,ヤンセンファーマ株式会社)

細川豊史:講演料(塩野義製薬株式会社,ファイザー株式会社,久光製薬株式会社)

その他:該当なし

著者貢献

大坂は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草に貢献.坂下および木澤は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献.細川は研究の構想およびデザイン,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2018 by Japanese Society for Palliative Medicine
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