Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
A Case of Emphysematous Cystitis with Lung Cancer at the End Stage
Yasuyuki AsaiHiroaki WatanabeTakuya Odagiri
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2018 Volume 13 Issue 1 Pages 77-81

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Abstract

【緒言】終末期肺がん患者に,稀な気腫性膀胱炎を認めた1例を経験した.【症例】72歳男性.肺がん,骨転移で治療中,がん性髄膜炎と診断され抗がん剤治療終了の方針となり,当院緩和ケア病棟へ転院となった.進行性の意識障害,両下肢麻痺を認め,画像検査で,がん性髄膜炎に伴う髄腔内結節および膀胱壁内気腫像を認めた.気腫性膀胱炎と診断し,膀胱内洗浄ドレナージと抗菌薬治療を行った.膀胱壁内気腫像は改善したが,がん性髄膜炎の進行により転院10日目に死亡した.【考察】気腫性膀胱炎は,悪性腫瘍などの基礎疾患を有する患者に合併しやすい.本症例でも担がん状態に加えて,ステロイド使用歴,がん性髄膜炎による膀胱直腸障害など,リスク要因を多く認めた.終末期がん患者では,ステロイド使用や,中枢神経転移や,排尿障害などを認めることが多く,発症リスクは高い.時に致命的な可能性もあり,がん終末期において注意すべき病態である.

緒言

気腫性膀胱炎はガス産生菌の感染により膀胱腔内や壁内にガス貯留をきたす稀な細菌感染症であり,一部に膀胱穿孔や敗血症を発症し重篤な経過をたどる症例も報告されている1).また,悪性腫瘍が基礎疾患にあり気腫性膀胱炎を併発した患者の報告は,これまでにわずかしかない2).がん終末期には感染症を合併することが多く,致死的になりうる感染症は,治療方法だけでなく,予後予測の観点からも十分に注意を払う必要がある.

今回われわれは,終末期肺がん患者に,比較的稀な気腫性膀胱炎を認めた1例を経験したので報告する.

症例提示

【症 例】72歳,男性

【診 断】非小細胞肺がん

【合併症】転移性骨腫瘍,がん性髄膜炎

【既往歴】糖尿病

【現病歴】X−1年6月咳嗽と左胸背部痛を主訴に近医を受診し,肺がん疑いでがん専門病院へ紹介になった.精査にて右下葉肺腺がん,左第9肋骨と右大腿骨頭の骨転移を認め,手術適応はなく抗がん剤治療の方針となった.初回治療としてカルボプラチン,ペメトレキセド,ベバシズマブ併用療法を5コース実施されたが,X年3月に原発腫瘍増大しProgressive Disease判定であった.二次治療のニボルマブを7コース実施し,X年8月原発腫瘍の評価ではPartial Response判定であったが,ふらつきと認知機能低下を認め入院した.入院後の頭部MRI検査では異常を認めなかったが,後頸部痛が持続したために髄液穿刺検査を実施され,がん細胞が検出されたことから,がん性髄膜炎と診断された.がん性髄膜炎による頭蓋内圧亢進の症状に対して,電解質加高張グリセリン液とデキサメタゾン注 (使用量と使用期間は詳細不明)が使用され経過をみていたが,全身状態は改善せず,抗がん剤治療終了の方針となり,X年10月11日当院緩和ケア病棟に転院となった.

【緩和ケア病棟入院時身体所見】意識状態はJapan Coma Scale(以下JCS) I-1で軽度意識障害を認めた.体温36.8℃,血圧109/70 mmHg,脈拍80回/分,呼吸回数20回/分,経皮的動脈血酸素飽和度97%(室内気),胸部聴診上肺音は清.下痢や腹痛の症状なく,腹部聴診上グル音正常で,触診上平坦で軟だった.両下肢は尖足で麻痺・拘縮していた.前病院入院中に留置された尿道留置カテーテルに混濁した尿を認めた.

【緩和ケア病棟入院後経過】病状評価を目的として,入院時に胸腹部レントゲン写真と血液検査・尿検査を実施し(表1),翌日に脊髄圧迫における責任病変の確認のために頭部〜下腹部までの造影CTを実施した.血液検査では白血球数は正常範囲内であったが,血小板数は低値であった(既往歴で原因不明の血小板減少症の指摘あり).CRP値は軽度上昇を認めたが,プロカルシトニンは陰性であり,身体所見を考慮しても,全身性の感染症所見は乏しい状況であった.その他に低Na血症を認め意識障害の原因を鑑別するために電解質の補正を実施した.尿定性検査では白血球3+と膿尿を認め,その他にも尿潜血,尿蛋白,尿糖もそれぞれ陽性だった.胸部レントゲン写真では原発腫瘍の増大や胸水,肺炎像は認めなかった.腹部レントゲン写真では膀胱壁に一致した限局性のガス像(cobblestone appearance)3)を認めた(図1).造影CTでは,頭部に明らかな脳転移や脳室拡大の所見はなかった.胸部で右下肺野の原発巣は長径9 mmで増大を認めず,胸水や肺炎像もなかった.脊髄のL2-3髄腔内を後方2/3以上占拠する造影効果のある結節を認め,また,その上位脊髄にも散在性に造影される微小結節の存在を認めた.腹部では膀胱壁内に貯留したガス像を認め(図2),尿道留置カテーテルがある状態でも膀胱内に残尿が存在していた.直腸内には便塊を認めたが,その他に明らかな異常所見は認めなかった.以上よりがん性髄膜炎の進行で髄腔内結節が出現し,下肢麻痺,膀胱直腸障害を発症していると考えた.また,上位脊髄髄腔内にも微小結節を認めることから,がん性髄膜炎による意識障害の可能性が高いと判断した.

表1 血液・尿検査
図1 緩和ケア病棟入院時腹部レントゲン検査

膀胱壁に一致した限局性のガス像(cobblestone appearance)を認める.

図2 緩和ケア病棟入院時腹部造影CT検査

膀胱壁内に貯留したガス像と残尿を認める.

尿や膀胱画像所見に関しては,気腫性膀胱炎と判断し,泌尿器科医に対応を相談した.尿道留置カテーテルのドレナージ不良を認めたことから,既留置のカテーテルを14Frから18Frに入れ替えて膀胱を洗浄し,抗菌薬点滴治療として,Ceftriaxone(以下CTRX)2 g/日を開始した.

転院2日目,呼びかけに反応せずJCS III-100と意識状態の悪化を認めた.発熱や血圧低下などのバイタル異常は認めなかった.転院3日目,JCS III-300と意識レベルのさらなる悪化を認めた.発熱はなく,尿道留置カテーテル内の尿の性状は淡黄色透明に変化していた.転院6日目,意識レベルはJCS III-300と改善なかった.発熱はなく,尿道留置カテーテル内の尿の性状も淡黄色透明であった.腹部レントゲン写真,血液・尿検査を再検したところ,膀胱のガス像 (cobblestone appearance) は消失していた.血清Na値は正常範囲に改善し,膿尿の程度も軽快をみせていたが,CRP値の異常高値と血小板数の低下を認めた.転院9日目,左上肢の痙攣部分発作が10分ほど持続し,ジアゼパム注射薬2.5 mg投与で消失した.その後も痙攣発作は数回出現したがいずれも1分以内で自然消失した.転院10日目,呼吸状態が悪化し永眠された.転院時に実施した血液培養は陰性で,尿培養検査結果はEscherichia coli, Klebsiella pneumoniae, Enterococcus faecalisの培養が最終報告された.

考察

本症例では,稀な病態である気腫性膀胱炎を終末期がん患者に認めた.また,侵襲の少ない検査によって本疾患を疑う契機をえた.

気腫性膀胱炎のリスクとなる基礎疾患として,糖尿病,膠原病などに対するステロイド使用歴,悪性腫瘍,脳血管障害が報告されている14).本邦では1962年の中野ら以降267例の報告があるが,悪性腫瘍を合併した報告は18例であり,肺がんでは本症例は3例目であった2,5).発生機序は,神経因性膀胱や下部閉塞性障害等による残尿などにより膀胱内感染をきたし,糖尿病では起因菌が組織内および尿中のブドウ糖を発酵しCO2を発生させる.また非糖尿病では起因菌が尿中アルブミンやビリルビン,壊死組織を発酵しCO2を発生させる.これらの機序により膀胱壁内で気腫を形成する6).本症例では,がん性髄膜炎に伴う膀胱直腸障害,前医からのステロイド使用,尿道カテーテルによるドレナージ不良,尿糖・尿蛋白陽性を認めており,リスクは高かった.終末期がん患者にとっては,これらの高リスク要因を有することは稀ではなく,臨床現場において注意すべき疾患である.

本疾患の画像所見は特徴的で,腹部レントゲン写真で,膀胱壁に一致したリング状ガス像(radiolucent ring),膀胱壁に一致した敷石状ガス像(cobblestone appearance),気腫が融合しネックレス状となったガス像(beaded-necklace appearance),ニボー形成などが認められる3).CTでは腹部レントゲン検査に比べガス像が早期から描出でき,消化管穿孔との鑑別や気腫性腎盂腎炎の合併有無などの点から,本疾患の診断には有力である7).本症例のように,腹部レントゲン写真の注意深い読影が診断に有用である.終末期がん患者にも施行可能な侵襲の少ない検査から実施していく必要がある.

気腫性膀胱炎は,無症候性であることが多いが,症状としては肉眼的血尿や発熱などが報告されている.単純性膀胱炎では発熱所見を通常認めないのに対し,発熱を伴うことが気腫性膀胱炎の特徴と言われている.また,気腫性膀胱炎に特徴的な気尿を認めることもある2).治療経過としては予後良好な事例が多いが,致死的な経過をたどることもある1).本邦で1962年以降に報告された死亡例は,267例中10例(3.7%)であった2).本症例では発熱は認めず,尿道留置カテーテルより混濁尿を認めていたが肉眼的血尿・気尿は認めなかった.

本疾患の起因菌は,Escherichia coliKlebsiella pneumoniaeが最も一般的で,その他にEnterococcus, Enterobacter, Citrobacter, Pseudomonas, Staphylococcus等も報告されている8).治療法としては,基礎疾患に対する治療と抗菌薬投与,尿道カテーテルによるドレナージが基本であり,予後は比較的良好と言われている9).しかし,難治性症例や壊死性の疾患,気腫性腎盂腎炎の合併例では敗血症や膀胱破裂をきたすこともあり,基礎疾患や全身状態に応じて個別的に治療方針を検討する必要がある7,10,11).本症例では,ドレナージの改善や膀胱洗浄を図り,Escherichia coli, Klebsiella pneumoniae, を想定しCTRX 2 g/日で治療を行った.治療介入後,尿道留置カテーテルの尿所見は改善し,腹部レントゲン写真でも膀胱内ガス像の消失を認めた.一方,急激なCRP値の上昇を認め,治療効果の判断は困難であった.本症例の死亡原因は,意識障害の急激な悪化や痙攣の併発などの経過から,がん性髄膜炎の進行が原因と考えた.

結語

本疾患は,治療介入が比較的容易で,がん終末期でも回復可能な病態であると考えられる.しかし稀に膀胱穿孔などの重篤な合併症をきたしうるため,本疾患の診断と治療介入は,終末期がん患者にとりQOL低下の防止につながる可能性がある.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

すべての著者は研究の構想およびデザインに貢献した.浅井は原稿の起草に貢献した.渡邊および小田切は,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2018 by Japanese Society for Palliative Medicine
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