2018 Volume 13 Issue 3 Pages 251-255
【緒言】オピオイドの投与経路は経口投与が基本であるが,嚥下障害,悪心・嘔吐などの理由から皮下投与などに変更する場合がある.皮下投与の稀な合併症として,腹部蜂窩織炎の症例を報告する.【症例】44歳の男性.2017年2月に胃がんの多発転移の診断で痛みの緩和ならびに化学療法目的で入院した.オキシコドン持続皮下注射で痛みの緩和を図り,化学療法を継続していたが,皮下注射部位に腹部蜂窩織炎を併発した.穿刺を変更し,血液培養検査提出後,セファゾリン2 g/日を1週間投与し,臨床症状,血液検査共に軽快し,化学療法が継続できた.【考察】オキシコドン持続皮下注射により蜂窩織炎を併発した報告は認められなかった.終末期がん患者や化学療法中の患者は免疫力が低下しており,オキシコドン持続皮下注射などのオピオイド持続皮下注射を行う場合,穿刺部位を注意深く観察し,感染徴候に留意する必要性があると考えられた.
オピオイドの投与経路は経口投与が基本であるが,嚥下障害,悪心・嘔吐などの理由から経口投与が継続できず,皮下投与などに変更する場合がある1).今回化学療法の副作用による悪心,嘔吐により内服困難が予測され,オキシコドンの投与経路を持続皮下注射に変更した.その後皮下注射の稀な合併症として,腹部蜂窩織炎を併発した症例を経験したので報告する.なお,本症例は個人が特定できないように倫理的配慮を行った.
【症 例】44歳,男性.身長174 cm,体重86 kg
【主 訴】倦怠感,腹部と背部の痛み
【既往歴】38歳から高血圧症で投薬中.40歳:右肩骨折に対して観血的手術
【生活歴】喫煙:なし,アルコール:機会飲酒
【家族歴】特記事項なし
【現病歴】2017年2月に倦怠感や腹部,背部の重い鈍痛を主訴に当院消化器内科を受診した.精査加療目的で入院し,体幹造影CT検査で,腹部に多発リンパ節腫大,肝脾腫,上部空腸の壁肥厚を認め,さらに頸部,左鎖骨下にリンパ節腫大を認めた.採血結果で総ビリルビン8.7 mg/dlであり,閉塞性黄疸を示唆する所見が認められた.上部消化管内視鏡,ならびに内視鏡的逆行性膵管胆道造影検査が施行され,中部食道,食道胃接合部,胃噴門部,胃体上部より生検し,下部胆管にステントが留置された.生検結果はいずれもadenocarcinomaであり,胃がんからの転移と診断された.
【経 過】主に腹部の鈍痛が強く,安静時でもNumerical Rating Scale(NRS)で9/10であり,夜も休めない状態であった.すでにアセトアミノフェン1,600 mg/日,セレコキシブ200 mg/日が投与されていた.疼痛緩和目的で緩和ケアチームにコンサルテーションがあり,対応することになった.
痛みが非常に強く,早急に疼痛緩和を図る必要性があったため,オキシコドン注射剤を24 mg/日の皮下注射で開始し,翌々日にレスキュー量(1時間ごとに1日量の1/24量をボーラス投与)に基づいて48 mg/日まで投与し,痛みが安静時はNRS: 1/10程度まで落ち着いた.先行オピオイドはない状態で,オキシコドン注射剤の初回開始量を多めに設定したので,呼吸抑制などの副作用を懸念し,レスキュー投与の間隔は基本の15分から30分間隔ではなく,1時間間隔で投与可とした.
体動時は痛みを伴ったため,レスキューを5~6回/日使用した.食事摂取もできるようになったため,投与後6日目から,レスキューを含めたオキシコドン注射剤の総量である約60 mg/日に相当するオキシコドン徐放製剤80 mg/日とオキシコドン速放製剤10 mgに投与経路を変更した.その後,レスキュー量に合わせながら,オキシコドン徐放製剤を160 mg/日まで増量した結果,レスキューの使用がなくなり,患者も笑顔がみられるようになった.入院14日目から抗がん剤治療である,カペシタビン/シスプラチン/トラスツズマブ療法が開始された.開始後,悪心,嘔吐が認められ,食事摂取が困難となった.化学療法による副作用と考えられ,1日500 mlの輸液を行い,悪心が軽減したため,入院35日目に一時退院した.1週間自宅療養し,再入院後,同レジメンの2コース目が施行された.開始後悪心,嘔吐が出現し,CTで腫瘍の増大が認められ,化学療法のレジメンを変更して行うことになり,ラムシルマブ+パクリタキセル療法が予定された.主治医と相談し,悪心,嘔吐のリスクを軽減する目的で,オピオイド投与経路を変更することにした.患者の痛みはこの時点で,オキシコドン徐放製剤240 mg/日とオキシコドン速放製剤20 mgでコントロールされていた.
再入院後28日目に,レジメンを変更した化学療法が開始された.オキシコドン徐放製剤240 mg/日に概ね相当するオキシコドン注射剤196 mg/日の皮下注射に投与経路を変更し,組成は原液で,0.9 ml/hで持続皮下注射した.
化学療法開始後,悪心,嘔吐はほとんど認められなかったが,翌日から化学療法の副作用と考えられる発赤が全身に出現した.全身の発赤は1週間ほどで軽減したが,3日後に皮下注射の穿刺部に発赤,硬結ならびに痛み,熱感の訴えがあり,皮下注射の穿刺部位を臍下部から左側腹部に変更した.5日目に変更前の臍下部の穿刺部の痛みや熱感が増悪し,やや黄色様の膨隆や,38.7℃の熱発が認められた.穿刺部の蜂窩織炎を疑い,採血,血液培養検査のちにセファゾリン2 g/日を開始した.C-reactive protein(CRP) 18.4 mg/dlであり,2回目の穿刺部も発赤,硬結が認められた.よって,持続皮下注射を中止し,オキシコドン内服剤に再度スイッチングを行った.その後皮膚科専門医の受診で,1回目の穿刺部位である臍下部の穿刺部位が,腹部蜂窩織炎の確定診断となった.セファゾリン2 g/日を1週間継続後,CRP: 0.63 mg/dlまで低下し,臍下部ならびに左側腹部の発赤,熱感,硬結もほぼ認められなくなった.腹部蜂窩織炎は治癒したと判断し,2回目のラムシルマブ+パクリタキセル療法が開始され,問題なく終了した.現在化学療法が継続されている.
腹部蜂窩織炎の画像を図1に示す.
腹部正中部(臍下約3cm)が1回目穿刺部位.左側腹部下部(臍部より左下約6 cm)が2回目穿刺部位.
1回目穿刺部位が皮膚科専門医により腹部蜂窩織炎と診断された.
化学療法中に,オキシコドン持続皮下注射により,腹部蜂窩織炎を併発した症例である.
一般的に蜂窩織炎は,創部より皮膚の連鎖球菌や表皮黄色ブドウ球菌が侵入することで引き起こされる2).治療は中等度蜂窩織炎に対しては,セファメジンやセフトリアキソンによる抗生剤静脈注射が推奨されている2).今回もセファゾリン2 g/日の点滴投与を7日間行い,治癒した.蜂窩織炎は組織培養陽性率が15%と低く2),創部の培養は通常行う必要はなかったため,今回も施行しなかった.血液培養検査の結果,菌の検出はなかった.われわれが調べた限り,オピオイドの乱用により蜂窩織炎を併発した報告3,4)は認められたが,がんの終末期医療を行うホスピスにおいて,オピオイド皮下注射が誘因で蜂窩織炎を併発した症例は本邦では認められず,海外でも1例5)のみであった.
さらにオキシコドンの持続皮下注射が原因で,蜂窩織炎を併発した報告は本邦,海外を含めても認められなかった.
がんの痛みに対するオピオイド投与経路は経静脈,経くも膜下,経皮下経路等があげられる.経静脈オピオイド投与では,短期留置の中心静脈カテーテル由来の血流関連感染は2.2~2.4%,末梢挿入中心静脈カテーテルでは,0.2~0.7%と報告されている6).また経くも膜下持続投与の感染は,創感染が12%,髄膜炎が2~3%と報告されている7).
一方で持続皮下投与での感染は前述より低く,さらに感染源が皮下組織に留まるため,経静脈,経くも膜下投与と比較し,敗血症や髄膜炎といった重篤な合併症に至りにくいこともあり,エビデンスが確立されていないのが現状と考えられる.
オピオイドスイッチングとして,フェンタニル貼付剤に加え,レスキューはモルヒネ座薬とフェンタニル舌下錠を使用することも考慮した.一方,オキシコドン製剤は徐放製剤,速放製剤,ならびに注射剤があり,双方向性に使用可能で,投与経路の変更が行いやすいこと8)や,患者がオキシコドン製剤で良好な痛みの緩和を得ていたため,オキシコドン注射剤による持続皮下注射で対応した.
オピオイド持続皮下注射には27G翼状針や24Gプラスチック留置針が望ましいとされている9)が,今回23G翼状針を使用しており,27G翼状針より外径が長い分,菌の侵入が起こりやすい可能性が示唆される.患者はがんの化学療法中であるため,感染を併発しやすい状態であったため,穿刺針にも十分な配慮を行うべきであった.
皮下注射に使用する薬剤は,穿刺部のトラブルを軽減する意味でも,pHが7.4に近い製剤が望ましい.オキシコドン注射剤は4.5~5.5とされており10),原液での持続皮下注射では,皮膚の硬結や痛みを起こしやすい.浸透圧比は1であり10),希釈する生理食塩水を多くするとpHが7.4に近づく.オキシコドン注射剤はモルヒネ注射剤と違い,4%製剤が発売されていない8).本症例のように,高用量投与する場合,皮下への投与速度の上限は一般的に1 ml/hとされているため11),原液投与となってしまい,希釈してpHを7.4に近づけることができない.今後オキシコドン注射剤にも4%製剤が発売されることが強く望まれる.
腹膜播種があり,肥満も認められた(Body Mass Index 28.5).血流やリンパ流のうっ滞する病態が考えられ,感染を誘発しやすい状態であった可能性も示唆された.
さらに経過から,化学療法由来の紅斑の可能性もあるが,オキシコドン注射剤によるアレルギー反応の可能性もある.実際5%以上の頻度で投与部位に発赤が認められると報告されている10).
報告例は稀であるが,がんの終末期患者や化学療法を行っている患者はステロイド使用の頻度が高く,易感染性の状態であり,リスクが高いことが示唆される.報告例が少ないだけで,実際の現場で気づかれてない可能性も示唆される.
また,オピオイドという薬剤が清潔環境下の病院での使用においてもリスクがあることを常に念頭に入れて対応することが重要である.
がんの終末期患者や抗がん剤治療中の患者にオキシコドンをはじめとする,オピオイド持続皮下注射を行う際には,医療スタッフ全員が感染のリスクを周知し,蜂窩織炎を併発する可能性があることを意識する必要性がある.
オキシコドン持続皮下注射の副作用により,腹部蜂窩織炎を併発した症例を経験した.
穿刺針を抜去した後,抗生剤投与で速やかに改善し,化学療法が継続できた.
感染を併発した場合,速やかに対応を行う必要がある.
著者の申告すべき利益相反なし
寺田は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草に貢献; 北村は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な遂行に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.