2019 Volume 14 Issue 1 Pages 9-13
【背景】悪性腫瘍に伴う直腸の刺激症状は多彩で,患者のQuality of Life(QOL)に大きく影響する一方で確立した治療法はない.傍直腸再発腫瘍による掻痒感を伴う直腸刺激症状に対して抑肝散が奏功した小児症例を経験したので報告する.【症例】9歳男児.傍直腸に横紋筋肉腫の再発巣が出現し,徐々に肛門の奥に身の置き所のない不快を感じるようになった.患児は「肛門の奥のかゆみ」と表現し,画像所見と経過から腫瘍による直腸刺激症状と判断した.小児夜泣きに古くから使用されてきた漢方薬で,近年神経障害性疼痛の鎮痛薬としての報告がされている抑肝散を投与したところ,症状緩和が得られた.【結論】傍直腸再発腫瘍による直腸刺激症状に対して抑肝散が有効な可能性がある.
骨盤内腫瘍はしばしば直腸や膀胱を刺激し,疼痛,直腸テネスムスなど苦痛症状を惹起する.直腸周囲の炎症で直腸部に病変が及ぶと少量の糞便や粘液が到達しても便意を感じるテネスムスは代表的な症状1)で,疼痛に準じてオピオイドやnon-steroidal anti-inflammatory drugs(以下NSAIDs),抗けいれん薬などが使用されることが多い.しかし一般的に症状コントロールに難渋しQuality of Life(以下QOL)を低下させることが多い.また,直腸刺激症状に関する患者の訴えは多彩であり,症状緩和が困難なことが多い.今回われわれは骨盤底再発腫瘍による直腸刺激症状として直腸掻痒感を認め,症状緩和目的に抑肝散を導入したところ症状改善を得た小児例を経験したので報告する.
【症 例】9歳,男児
【主 訴】肛門の奥(直腸)のかゆみ
【現病歴】2008年出生.出生時より臀部に巨大母斑を認め,3カ月時に切除術を行いgiant congenital nevusと診断された.7カ月時に陰嚢内腫瘍の増大を認め,胎児型横紋筋肉腫と診断され手術,化学療法,放射線照射による集学的治療を受けた.その後経過観察されていたが2015年になって外陰部に局所再発を認め,化学療法と恥骨前面の腫瘍切除,膀胱再建術を受けた.その頃より肛門奥のかゆみおよび不快症状を認めるようになった.抗ヒスタミン薬を内服したが不快症状は改善せず徐々に増悪した.2016年6月骨盤部MRI画像検査では恥骨背面に2 cmの腫瘍性病変を認め,2016年8月加療目的に当院小児腫瘍科に入院した.小児腫瘍科から緩和ケアチーム依頼があり,われわれは症状緩和目的の介入を開始した.
【緩和ケアチーム初回介入時現症】
身長 123 cm,体重 20.8 kg(身長−1.4 SD,体重−1.4 SD)
意識清明,見当識障害なし,結膜:貧血・黄疸なし,四肢:浮腫なし,胸部:聴診上異常所見なし,腹部:腹部と臀部に手術痕と下腹部に膀胱瘻あり,肛門:診察で異常なし
診察時,ベッド上座位で安静にできず,ごそごそもぞもぞと腰を動かしている.携帯ゲームで遊んでいるが座りながら絶えず動き「かゆいよ!」と訴えている.ゲームをやめても,不快感があり歩いたり,かゆみを訴えて飛んだりと落ち着かない.
日常生活:自宅療養中は独歩で小学校に通学している.放課後に自転車に乗る,夏休みにサッカーの合宿に参加するなど,一般的な9歳児相当の生活をしている.
血液検査所見:Alb 4.9 g/dL, T-bil 0.6 mg/dL, AST 26 U/L, ALT 12 U/L, LDH 215 U/L, BUN 13 mg/dL, Cre 0.4 mg/dL, UA 3.2 mg/dL, Na 140 mmol/L, K 4.4 mmol/L, Cl 103 mmol/L, Ca 10.2 mmol/L, IP 4.1 mmol/L, CRP 0.10 mg/dL, WBC 6.9×103/μL, RBC 481×104/μL, Plt 32.1×104/μL
骨盤部造影CT画像所見:傍直腸に5 cm大の再発巣を認め膀胱を頭側に圧排するように増大している(図1)
【内服薬】オキシブチニン,セファクロル,ビオフェルミン,ネオマレルミン,フェキソフェナジン,ヒドロキシジン
【経過】初回診察時,患児は「おしりに指を入れて掻きまわしたいけど,届かない感じ」と訴えており,また母の話では「肛門の奥の方の違和感,掻痒感を訴えており,日中は比較的いいが,20時頃から掻痒感が悪化し,夜も眠れない.」様子があるとのことであった.排泄については異常を認めなかった.画像上再発病変は増大し,不快を感じる部位と再発病変の位置が一致したため,不快感の原因は再発病変の直腸刺激によると考えられた.患児の訴えは典型的な症状と異なるが,夜間に増悪し日中に改善する身の置き所のない直腸の不快感であり,患児が9歳の小児で症状の表現が独特な可能性があることから,便意を認めないが直腸テネスムスに準じる直腸刺激症状によるものと推測された.皮膚蕁麻疹に準じて抗ヒスタミン薬を内服してもかゆみは改善せず,またがん性疼痛に準じてアセトアミノフェンを内服しても改善しなかった.そこで神経障害性疼痛に対する有効性があり,小児にも安全性の高い抑肝散の内服を開始した.抑肝散は1包2.5 gを1回1包,1日2回食間内服とした.患児は抑肝散の内服で味覚刺激を感じ直接の内服が困難であったため,抑肝散細粒をオブラートに包んで内服したところ味覚刺激を感じず内服を継続することができた.開始翌日より「肛門まわりのかゆみは少しだけ,お尻のむずむずとかあまり感じない,朝も平気!」「元気.かゆいのは1くらい!(NRS 1/10)」「かゆくないよ!」と自覚的に著明な改善を認めた.日常生活上も,ごそごそと動くことなく座ってゲームをし,睡眠も確保できるようになり,化学療法を実施することができた.2カ月後,腫瘍はさらに増大して肛門部の疼痛が強くなり,オピオイドを主体としたがん疼痛治療に移行した.
再発巣を認め,膀胱を頭側に圧排するように増大している.
本症例は,われわれの知るかぎりでは悪性腫瘍に対する直腸刺激症状に抑肝散が有効であった初めての報告である.
直腸付近の腫瘍による肛門から直腸の苦痛症状は,疼痛,便意頻回,圧迫感などが多いが,本例ではかゆみ(掻痒感)として患児が表現した.直腸テネスムスは大腸やその周囲の炎症で直腸部に病変が及ぶと少量の糞便や粘液が到達しても便意を感じる状態であるとされる1).患児の訴えは典型的なテネスムスの症状とは異なるが,直腸刺激症状であると考えられた.小児の診察においては,患児はしばしば非協力的で自分で症状を十分に訴えられないことが多く,第一印象(表情,顔色,動作,活気,機嫌など)によってある程度全体像を把握するのが重要とされる2).本症例では主科や多職種と話し合い総合的に直腸テネスムスに準じた直腸刺激症状であると判断し,抑肝散の内服を開始したところ,夜間の入眠の改善,日中の安静維持をもたらしQOLを改善できた.
悪性腫瘍に随伴するテネスムスなど直腸刺激症状に対する症状緩和方法は疼痛と同様に,NSAIDs,アセトアミノフェン,オピオイド,鎮痛補助薬などで症状緩和を試みることが多いが,治療抵抗性であることが多く標準的な治療法はまだない.上元ら3)は直腸テネスムスについて2015年に過去の症例報告20例についてまとめておりこれに最近の報告を加え一覧に示した(表1).くも膜下フェノールブロックや腰部交感神経ブロックなどの神経ブロック,メキシレチン・ジルチアゼム・キシロカインの抗不整脈薬の有効性を示す報告が複数あるほか,酢酸オクトレオチド,プレガバリン,アモキサピンの報告がある3〜11).くも膜下フェノールブロックは膀胱直腸障害,腰部交感神経ブロックは射精障害の合併症が起こりうることに加え,本症例は年齢9歳で体重20.8 kgと9歳児の中でも小柄であり,手技的な難易度が高く適応は難しいと考えられる7〜9).抗不整脈薬は小児不整脈ガイドラインに不整脈の場合の用量の記載があり安全に使用するうえで参考にできると考えられる12).プレガバリンとアモキサピンは小児に安全性が確立しておらず使用しなかった.
抑肝散は諸説あるが,1556年に薜鎧による小児医学書である『保嬰撮要』が原典とされる古くから小児に使用されてきた漢方薬で,虚弱な体質で神経が昂る不安や不眠に改善効果があるとされる.とくに小児の夜泣き,不眠,癇癪持ちに効果があるとされ,小児に安全に使用できるので,実際の臨床の場ではオピオイドやNSAIDsに比べて保護者の安心感や理解を得られやすい13).抑肝散の投与量は,一般用漢方処方の手引きに成人用量を1とするとき15歳未満7歳以上に2/3とすると記載があり,また日本小児心身医学会薬事委員会作成の不安・不眠・夜泣きを訴える子どもに対する薬物療法リストに抑肝散1包2.5 gを7歳以上の小児には1日2包分2~3とあるため,これを参考にして1回1包1日2回とした14,15).抑肝散の薬理学的研究は近年急速に進んでいる.作用機序について(1)セロトニン系への作用による神経興奮抑制作用,(2)グルタミン酸の作用による神経興奮抑制作用,(3)NO産生亢進作用による血管拡張作用,(4)GABA受容体への結合作用などが推察されている16).臨床的には小児以外にもその適応の範囲は広がりつつある.2017年に発刊された認知症疾患診療ガイドラインにおいて認知症周辺症状のうち焦燥性興奮と幻覚妄想に対しての使用が検討とされており,また本邦において有効性が報告されている17).さらに神経障害性疼痛に対する抑肝散の効果についての報告があり,合計11例の帯状疱疹後神経痛,脊髄損傷後疼痛,幻肢痛,三叉神経痛に対して抑肝散が有効であった18).しかしがんに関連する神経障害性疼痛に対する抑肝散の有効性を示す報告はなく,今後の研究が待たれる.
Limitationとして本症例は9歳の小児であり,自覚症状の聴取ができず客観的評価が難しい点がある.初回介入時はNRSの理解が進まず内服前のNRSを記録できなかった.Visual Analogue Scale (VAS)の導入も検討したが,その後はNRSの評価が可能になった.睡眠時間や座っていられる時間は記録できなかった.
傍直腸再発腫瘍による掻痒感とされた直腸刺激症状に対して抑肝散が有効であった小児の1例を経験した.悪性腫瘍による直腸刺激症状のコントロールを行う場合に抑肝散を選択肢の一つとして検討する意義があると考える.
著者の申告すべき利益相反なし
野村および里見は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;石木および西島は研究の構想およびデザイン,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;木内および高田,小嶋は研究の構想およびデザイン,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.