2019 Volume 14 Issue 2 Pages 145-149
【緒言】原発不明がんの多発骨転移と当院緩和ケア科へ紹介され,SAPHO症候群であった1例を経験した.【症例】74歳,男性,第11胸椎,第3腰椎を骨折,MRIを施行,胸椎,腰椎に多発骨病変を認めた.多発骨転移と考え,原発巣の検索をしたが,特定できず,原発不明がん多発骨転移と診断され,当院緩和ケア病棟へ転院となった.数年間,体調の変化はなく,再度精査を行った.CTでは胸肋鎖関節が肥厚,骨シンチでは,同部位に集積を認め,MRIの多発椎体病変は減少していた.臨床経過,検査結果より,SAPHO症候群の可能性を考え,当院整形外科にコンサルト,SAPHO症候群と診断された.【考察】SAPHO症候群は,掌蹠膿胞症や座瘡などの皮膚病変に骨関節病変を合併する稀な良性疾患であり,診断に難渋する場合もある.本症例のように,多発骨病変を有する場合,SAPHO症候群を鑑別に置く必要がある.
SAPHO症候群は,Synovitis(滑膜炎),Acne(座瘡), Pustulosis(掌蹠膿胞症),Hyperostosis(骨化症),Ostesis(骨炎)の頭文字をとったものであり,1987年Chamotらによって提示された良性疾患である1).掌蹠膿胞症や座瘡などの皮膚病変に骨関節病変を合併する.日本における年間有病数は,10万人あたり0.00144人と稀な疾患である2).診断に難渋する場合もあり,発症から診断まで,平均9.1年かかるとの報告もある3).
今回われわれは,原発不明がんの多発骨転移と紹介され,その後の経過からSAPHO症候群と診断した1例を経験したため報告する.
【症 例】74歳,男性
【診 断】原発不明がん,多発骨転移
【生活歴】毎日,焼酎600 ml/日程度の飲酒
【現病歴】2016年3月階段から転落,近医へ受診,肋骨骨折,第11胸椎,第3腰椎骨折を認め入院となった.入院後MRIを施行,複数の椎体に病変を認め,多発骨転移が疑われた.原発巣の検索のため,胸腹部CT, 各種腫瘍マーカー,上部内視鏡,骨髄穿刺が行われたが特定されなかった.本人,家族はこれ以上の精査を希望せず,原発不明がん多発骨転移の診断となり,Best Supportive Careの方針となった.腰痛のため,オキシコドン徐放剤10 mg/日で開始された.入院時よりせん妄による不穏状態があり,体幹抑制をされ,リスペリドン1 mg/回を内服していた.2016年5月に当院緩和ケア科へ紹介,転院となった.
【転院時所見】Performance Status(以下,PS)は1,自力歩行可能であった.血液検査は,Hb8.7 g/dlと貧血以外血算は正常範囲内,AST 35 IU/l, ALT 32 IU/l, BUN 22 mg/dl, Cr 1.28 mg/dl, LDH 168 U/l,補正Ca 9.9 mg/dlであった.腫瘍マーカーは,PSA, CEA, CA19-9, AFPは正常範囲内であった.CTでは,胸骨柄は肥厚し,骨破壊と周囲の辺縁の硬化を認め,胸骨周囲の軟部組織は,肥厚していた(図1a).MRIでは,第11胸椎,第3腰椎に圧迫骨折を認め,その部位の病変は椎弓まで及んでいた.T1強調像では,胸椎,腰椎全体的に低信号の不規則な病変が広く分布していた(図2c).脂肪抑制T2強調像では,圧迫骨折部は高信号であり,T1強調像の一部の低信号部位は,T2でも低信号を認めた.
【転院後の経過】転院前と同様,オキシコドン徐放剤10 mg/日を継続,疼痛の訴えはなく,疼痛増悪時のオキシコドン速放剤は使用しなかった.転院当日夕方より落ち着きがなく,医療者の制止がきかない状態のため,入院継続が困難と考え,転院翌日に退院し精神科病院へ紹介した.
退院翌日精神科病院を受診し,アルコール性せん妄と診断された.入院もすすめられたが,自宅療養を希望され,リスペリドン1 mg/回を頓用で処方され帰宅,経過観察となった.その後,断酒の約束を守り,せん妄は軽快した.退院後は,月1回外来通院を行った.腰痛の訴えも徐々に軽減し,2017年3月よりオキシコドンを中止した.その後,体調変わりなく経過,2017年1月,臨床経過から悪性疾患と考えにくいため,本人,家族に,精査を提案したが希望がなく,経過をみていた.2018年10月,再度精査について,本人と家族に提案したところ,希望があり,血液検査,CT, MRI, 骨シンチを行った.血液検査は,初診時と比較し貧血は改善しており,ほかは著変なかった.CTでは,胸骨辺縁から全体的に硬化が進み,軟部組織の肥厚は軽減していた(図1b).他は以前と著変なく,新規病変は認めなかった.MRIは,椎体のT1強調像の低信号病変は減少し,正常部位とのコントラストは弱くなっていた(図2d).脂肪抑制T2強調像の第11胸椎,第3腰椎の高信号は弱くなっていた.骨シンチでは,両側胸鎖関節に集積を認め,椎体は淡い集積がみられる程度であった(図3).臨床経過,検査結果よりSAPHO症候群を疑い,当院整形外科へコンサルト,SAPHO症候群と診断された.皮膚病変は,2018年10月時点では認めなかったが,患者に聴取したところ,2年程前に,頭皮に痂皮様なものを認め1年程で軽快したとのことであった.SAPHO症候群と診断時,初診時に認めていた疼痛は軽快しており,治療の必要性はないと考え,近医での経過観察となった.
本症例では,原発不明がんの多発骨転移と紹介されたが,臨床経過から悪性疾患の可能性が低いと考え,SAPHO症候群の診断に至った.
1960年代,掌蹠膿胞症,膿胞性乾癬,化膿性汗腺,重症座瘡といった皮膚病変に,末梢滑膜炎,前胸壁や他の骨格の無菌性骨炎といった骨関節病変を伴う報告があり,1987年にChamotがSAPHO症候群の概念を提唱した.SAPHO症候群の病因は,遺伝,感染,免疫学的要素等多因子の関わりや,いくつかの仮説は提唱されているが,病因は不明である4).好発年齢は,30〜50歳代であるが5),小児の報告例もある.一部は自然治癒し,多くは再発と寛解を繰り返し慢性の経過をたどり,予後は良好である.
成人の骨関節病変の発症頻度は,前胸壁が最も高く65~90%,次いで脊椎30%(胸椎が最も頻度が高く,腰椎,頸椎もみられる),仙腸関節が13〜52%,長管骨は5〜10%,下顎骨は1〜10%である.皮膚病変で発生頻度が最も高いのは,掌蹠膿胞症で50〜75%である6).
皮膚症状は,骨関節症状と同時発症する場合,前後して発症する場合がある.約70%は,皮膚病変と骨関節病変の発症の間隔は2年以内であるが7),38年であった報告もある4).また,15%程度の患者は,皮膚病変を示さない8).骨化過剰症または多発性慢性骨髄炎を示せば,皮膚病変は,診断に必須ではない.Benhamouらによる診断基準では,①重症座瘡を伴う骨関節病変,②掌蹠膿胞症を伴う骨関節病変,③骨化過剰症,④反復性多発性慢性骨髄炎の内1項目を満たす場合とされている6).鑑別診断として骨病変がある場合は,感染や骨転移を含め,骨腫瘍の除外は必要である.
SAPHO症候群は,赤血球沈降速度やC反応性蛋白といった炎症マーカーの上昇(正常な場合もある)8), HLA-27が15〜33%陽性となることはあるが9),特異的な生物学的指標はない.そのため,臨床経過と画像所見は診断に重要である.骨関節病変は,初期のX線所見では,初期は,溶骨性所見であり,骨内膜や骨膜の炎症反応により生じる硬化性辺縁を伴う場合もある.病気の進行により,溶骨性と硬化性の混合,慢性的には主に硬化性病変となる10).MRIでは,活動性の病変の場合,T1強調像で低信号,T2強調像で高信号を示し,慢性の骨硬化性病変では,T1, T2強調像ともに信号強度は弱くなる6).X線写真は,初期段階では約80%が正常,感度は13%程度であり,MRIで認めた病変の16%しか検出できていないとの報告もあるため,診断にMRIは有用である4).骨シンチでは,胸鎖鎖骨部への“bull’s head sign”という特徴的な集積を認める.
SAPHO症候群は,病因は不明であり,標準的な治療法はなく,症状緩和が主体となる.一般的に非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が,最初に用いられる.NSAIDsで効果が得られない場合,一部の患者では,ステロイドや抗リウマチ薬としてメトトレキサート,スルファサラジン,アザチオプリン,生物学的製剤としてTumor necrosis factor α阻害剤などが用いられた報告もある.ビスホスホネート製剤は,骨吸収を抑制し抗炎症効果により,除痛につながる場合もある.SAPHO症候群の誘因として,Propionibacterium acneなど感染の関与の可能性もあり,アジスロマイシンなど抗生物質の使用も示唆されている.また,これらの治療に反応性がなく,痛みにより,身体機能が損なわれている場合,骨杯形成や切除といった手術を行う場合もある4,6).
(a)2016年3月.胸骨柄は肥厚し,骨破壊,胸骨周囲の軟部組織の肥厚を認める.
(b)2018年10月.胸骨辺縁から全体的に硬化が進み,軟部組織の肥厚は軽減している.
(c)2016年3月.胸椎腰椎全体的に,T1強調像で低信号の不規則な病変が広く分布.Th11,L3に圧迫骨折を認める.
(d)2018年10月.T1の低信号病変は減少し,正常部位とのコントラストは弱くなっている.
胸骨柄と胸鎖関節,第一肋骨に集積を認める.
本症例では,CTでは胸骨は骨破壊像を伴う溶骨性病変から骨硬化を伴う病変へ変化をしていた.骨シンチでは胸鎖骨部に集積を認め,SAPHO症候群に矛盾しない所見であった.また,MRIにおける椎体の病変も縮小を認め,悪性疾患を疑う所見や進行性の病態は考えにくいと思われた.患者によると2016年ごろに頭皮に痂皮を認めたとのことであった.その症状が,SAPHO症候群の皮膚症状の一型であるかは判断できないが,SAPHO症候群は皮膚病変を呈さない場合もあるため,診断には大きく影響しないと考えた.また,本症例における治療については,当院初診時から9カ月にオキシコドンを中止とした.MRIではT1, T2強調像ともに,信号強度は減弱しており,SAPHO症候群の活動性が低下し,それに伴い痛みも軽減したと考えられる.しかし,本来はSAPHO症候群であれば,オピオイドではなく,NSAIDsが,鎮痛剤の最初に選択されるべきであったと考えられる.
今回,原発不明がんの多発骨転移との紹介であったが,組織診断等で確定診断はされていなかった.しかし,転院時はアルコール性せん妄もあり,その精神状態を落ち着けることが優先された.その後,本人や家族から再度の精査の希望がなかったこともあり,診断に至るまで時間を要したことは,本症例の課題である.本症例は,転移性骨腫瘍との診断であったが,多発骨病変を有する場合,SAPHO症候群を念頭に置く必要と考えられた.がんを有する患者がSAPHO症候群を合併する例もある.骨病変を認める場合,転移性骨転移とSAPHO症候群では治療方針が異なり,不必要な化学療法や放射線治療につながる可能性もある11).また,SAPHO症候群は,早期に診断し治療を行えば,長期の機能的予後が見込めるため12),この疾患の概念を理解し,的確な診断につなげることは重要である.
原発不明がんの多発骨転移と緩和ケア科に紹介され,その後SAPHO症候群と診断された1例を経験した.SAPHO症候群は,稀な疾患であるが,骨病変がある場合,本疾患も念頭に置く必要がある.
著者の申告すべき利益相反なし
佐藤は研究の構想,データ収集・分析・解釈,原稿の起草・知的内容に関わる批判的な原稿の推敲に貢献;橋本は研究の構想,データの解釈,原稿の知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.