2019 Volume 14 Issue 4 Pages 259-267
東北大学病院でがん患者のケアに携わる病棟で働く看護師を対象とした無記名の自記式質問紙調査の「看護師のがん看護に関する困難感尺度」の回答分布について2016年と2010年の結果を比較した.2010年は512人に調査票を配布し,分析対象は356人であった(70%). 2016年は524人に調査票を配布し,分析対象は332人であった(63%). 2010年と2016年の調査と比較・検討した結果,知識尺度の正答率は,各項目で有意に上昇した(すべてp<0.05). 一方,自らの知識・技術に対する困難感では多く項目で有意に上昇し,システム・地域連携と看取りに対する困難感は有意に減少した(すべてp<0.05). 6年間で緩和ケア知識は上昇し,看取りおよび地域連携の困難感は減少した一方で,自らの知識・技術のうち,がん治療に関連した項目の困難感が上昇したことは,近年のがん治療の進歩や複雑さを反映しているのかもしれない.
がん看護に従事する看護師は,多くの困難を抱えながらケアをしている.Florioらによると,「看取り」「患者や家族の苦痛を見守ること」「医師の対応」「倫理的問題」などの場面において多くのストレスを感じると報告されている1).また,がん看護に携わる看護師の精神的疲労は医師と比較して高く,過度の困難感を抱えることでバーンアウトにつながる可能性があると報告されている2).これらの背景より,わが国では看護師の困難感に関する多くの研究が行われてきた3〜6).
東北大学病院は都道府県がん診療連携拠点病院に指定されており,高度ながん看護の実践と教育が求められている.がん看護の質の向上を目的とし,東北大学病院におけるがん看護の現状を把握するために,2010年に「看護師のがん看護に関する困難感尺度」を用いてがん看護に携わる看護師がどのような場面で困難感を感じるかを調査したところ,「患者・家族とのコミュニケーション」における困難感が非常に高く,「システム・地域連携」「自らの知識・技術」における困難感も高いという結果が得られた7,8).この結果を受けて,東北大学病院では看護師の困難感を減少させるために,困難感が高かったコミュニケーションやせん妄などに関する研修会の開催や,がん看護に関して指導的な役割を持つ院内認定資格であるAOBAナースの育成などの取り組みが行われた.また,ここ数年間でがん治療は大きく進歩し,新しい抗がん薬や鎮痛薬など,抗がん治療・支持療法・緩和医療が進歩した半面,治療やケアが難しくなった面もある.今後のがん看護の質向上のための取り組みを計画するにあたって,まず,がん看護に携わる看護師の現状を把握し,看護師ががん看護に対して抱えている困難感や知識などを踏まえて,今後の取り組みを計画する必要がある.
そこで本研究では2016年に東北大学病院の看護師のがん看護に関する困難感を調査し2010年の調査と比較した.
対象者は,東北大学病院で,がん患者のケアに携わる20の病棟で働く看護師512人(2010年)と,524人(2016年)とした.がん患者のケアに携わる病棟は,緊急入院やベッドコントロールを除き,がん患者を日常的に診療している病棟で,主たる診療科は,緩和医療科,呼吸器内科/外科,消化器内科/外科,肝胆膵外科,腫瘍内科,脳外科,耳鼻・咽喉・頭頸部外科,放射線科,婦人科,泌尿器科,血液免疫科,乳腺外科,小児科だった.
調査方法調査方法は,無記名の自記式質問紙法とし,調査は2016年2月に実施し,2010年12月の調査結果と比較した.質問紙の配布と回収は病棟単位で行われた.病棟師長より各病棟の看護師に配布され,回収は設置した回収箱に厳封した調査票を投函するという方法で行われた.
調査内容1.看護師のがん看護における困難感尺度
看護師のがん看護における困難感尺度を使用した7).本尺度は,「I.コミュニケーション」「II.自らの知識・技術」「III.医師の治療や対応」「IV.告知・病状説明」「V.システム・地域連携」「VI.看取り」の6ドメイン49項目から構成される.回答方法は「1.まったくそう思わない」「2.そう思わない」「3.あまりそう思わない」「4.ややそう思う」「5.そう思う」「6.非常にそう思う」の6段階のリッカート尺度であり,得点が高いほど困難感が高いことを示す.信頼性・妥当性は検証済みである.
2.緩和ケアに関する医療者の知識尺度
2010年の調査は緩和ケアに関する医療者の知識尺度を用い,2016年の調査はELNEC-CQから痛みに関する項目を抜粋して使用した9,10).そしてこれらの項目でほぼ同じ内容を示すものについて比較した.表1にその一覧と具体的な質問の仕方を記す.看護実践において緩和ケアはがん看護の一部に内包される面が多いため,緩和ケアの知識尺度を用いて,がん看護の困難感への影響を検討した.本尺度は表1に示す6項目から構成され,信頼性・妥当性は検討済みである.回答方法は「正しい」「間違っている」「わからない」であり,正答率を100点換算して使用した.
3.背景要因
対象者の背景要因として年齢,臨床経験年数,ホスピス・緩和ケア病棟の経験年数,今までおよび過去1年に経験したがん患者のケアの合計人数,今までおよび過去1年に経験した終末期がん患者のケアの合計人数を尋ねた.
4.分析方法
最初2010年と2016年のそれぞれにおいて,がん看護における困難感の回答分布および「非常にそう思う」「そう思う」「ややそう思う」の割合の合計を求め,カイ2乗検定で比較した.次に,がん看護における困難感のドメイン得点と合計点をWilcoxon検定にて検討した.また,2010年と2016年のそれぞれにおいて緩和ケアに関する医療者の知識の正答率を求め,年度別比較としてカイ2乗検定を行った.
すべての分析において統計パッケージJMP Pro 12.2(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を使用し,有意水準は0.05とした.
倫理的配慮本研究は,個々の調査は別個に東北大学大学院医学系研究科倫理委員会の審査を受け,承認後に実施した.
2010年は,512人に調査票を配布し,回収した356人を分析対象者とした(回収率70%).2016年は,524人に調査票を配布し,回収した332人を分析対象者とした(回収率63%).
対象者の背景を表2に示す.年齢が30歳未満の看護師は両年度ともに52%であり,臨床経験が10年未満の看護師は2010年は60%,2016年は62%であった.ホスピス・緩和ケア病棟での勤務経験がある看護師は2010年は8%,2016年は10%であった.今までがん患者のケアを10人以上経験があると回答した看護師は2010年は94%,2016年は93%で,100人以上経験があると回答した看護師は2010年は50%,2016年は57%であった.対象者背景のそれぞれの項目において有意に違いがみられた項目はなかった.
がん看護に関するドメイン別困難感尺度の比較がん看護に関するドメイン別の困難感尺度比較を図1に示す.2010年と比較して,ドメイン別における困難感が有意に上昇したのは「II.自らの知識・技術に関すること」であった(2010年:35.7点 vs 2016年:37.1点,p=0.02).有意に減少したのは「V.システム・地域連携に関すること(2010年:34.5点 vs 2016年:33.4点,p=0.08)」と「VI.看取りに関すること(2010年:15.4点 vs 2016年:14.4点,p<0.001)」であった.この年度別比較をそれぞれ背景因子で調整した解析も行ったが,有意なドメインは同様だった.
がん看護に関する困難感尺度の各項目の比較を表3に示す.「I.コミュニケーションに関すること」で2010年と比較して困難感が有意に上昇したのは「十分に病名告知や病状告知をされていない患者とのコミュニケーションが困難である(2010年:75% vs 2016年:81%,p<0.001)」であり,その他に有意な変化がみられた項目はなかった.
「II.自らの知識・技術に関すること」で2010年と比較して困難感が有意に上昇したのは「私は抗がん剤治療や副作用に関する知識・技術が不十分に感じる(2010年:74% vs 2016年:82%,p<0.001)」,「私は放射線治療や副作用に関する知識が不十分に感じる(2010年:62% vs 2016年:73%,p<.0001)」,「私は疼痛の治療・ケア,副作用に関する知識や技術が不十分であると感じる(2010年:70% vs 2016年75%,p=0.03)」,「私は嘔気のアセスメントや治療・ケアに関する知識や技術が不十分であると感じる(2010年:59% vs 2016年:64%,p=0.04)」だった.
「III.医師の治療や対応に関すること」で2010年と比較して困難感が有意に上昇したのは「医師が医療用麻薬の処方に消極的である(2010年:23% vs 2016年:28%,p=0.004)」,「身体症状や精神症状の緩和に関して,医師と看護師,他の職種の連携が不十分である(2010年:51% vs 2016年:62%,p=0.001)」,「医師や看護師が患者に対する治療のゴールを共有できていない(2010年:62% vs 2016年:67%,p=0.01)」だった.
「IV.告知・病状説明に関すること」で2010年と比較して困難感が有意に変化した項目はなかった.
「V.システム・地域連携に関すること」で2010年と比較して困難感が有意に上昇したのは「経済的な問題を抱えた患者への対応に困難を感じる(2010年:77% vs 2016年:83%,p=0.001)」であり,困難感が有意に減少したのは「在宅へ退院したほうがいいと思う患者が,実際には退院できない(2010年:80% vs 2016年:76%,p=0.002)」「在宅でがん患者を診療できる診療所や訪問看護ステーションが少ない(2010年:79% vs 2016年:66%,p<0.001)」「患者の治療やケアに必要な薬剤や機器(ポンプやエアマットなど)が病院・病棟に不足している(2010年:53% vs 2016年:32%,p<0.001)」「治療期と終末期の患者を同じ病棟で受け持つことに困難を感じる(2010年:72% vs 2016年:53%,p=0.001)」だった.
「VI.看取りに関すること」で2010年と比較して困難感が有意に減少したのは「急変や連絡が不十分で臨終時に家族が立ち会えないことがある(2010年:51% vs 2016年:34%,p<0.001)」「家族による看取りではなく,医療者が中心の看取りになっている(2010年:39% vs 2016年:33%,p=0.04)」「患者が亡くなったあとに十分に家族とお別れの時間をとってあげることができない(2010年:36% vs 2016年:27%,p=0.01)」「臨終前後の患者・家族に誠意のない対応をする看護師がいる(2010年:11% vs 2016年:8%,p=0.005)」だった.
知識尺度正答率知識尺度の正答率の年度比較を図2に示す.知識尺度全項目の正答率は,2010年と比較して有意に上昇した(2010年:51% vs 2016年:67%,p<0.001).2010年と比較して正答率が有意に上昇したのは「1.緩和ケアの対象(2010年:62% vs 2016年:89%,p<0.001)」「2.早期からの緩和ケア(2010年:45% vs 2016年:85%,p<0.001)」「4.オピオイドとNSAIDsの併用(2010年:60% vs 2016年:71%,p=0.004)」「5.オピオイドと生命予後(2010年:31% vs 2016年:68%,p<0.001)」で,有意に減少したのは「3.疼痛治療の目標(2010年:69% vs 2016年:48%,p<0.001)」で,有意な変化がみられなかったのは「6.オピオイドと中毒(2010年:41% vs 2016年:45%,p=0.42)」だった.
本研究の主たる知見は,以下の3点である.
1)知識尺度の正答率が2010年と比較して上がっているにもかかわらず,自らの知識・技術における看護師の困難感は高くなっていた.
2)システム・地域連携における困難感と看取りにおける困難感は低くなった.
3)看護師の困難感は2010年には患者・家族とのコミュニケーションにおいて最も高かったが,現在も高いままである.医師の治療や対応における困難感と告知・病状説明における困難感は変化しなかった.
知識尺度の正答率が上がっているにもかかわらず困難感が高くなったという結果は,緩和ケアに関する教育などの介入の結果,看護師の知識が上昇し困難感が減少したOPTIM研究とは異なった結果になった11).これは,知識尺度の内容が主として疼痛に関する内容であり,困難感全体には影響しなかったことが一因と考えうる.また,困難感という概念は十分に検討されておらず,例えば同等の知識や実践能力を有していても,個々の臨床的な問題に対してその解決に一生懸命な看護師は同じ知識を持っていても困難感が高く,個々の問題意識の高さや関心の度合いによっては困難感が低いということがありうる.困難感について尋ねることで,看護師が何をどう感じているかという実態を把握することはできるが,困難感でがん看護の質が向上したかを評価することは今後も検討の必要があるだろう.自らの知識・技術では,副作用に関する知識についての困難感が高くなっていた.この理由として,新薬の開発や放射線治療の高度化が考えられる.抗がん剤やオピオイドの新薬が病棟で使われるようになり,放射線治療も高度化したことで,起こりうる副作用の予測やその対処が難しくなったために,困難感が上昇した可能性がある.また,病棟に薬剤師が配置されるようになり,薬剤に関する業務は薬剤師が担当するため,看護師自身に知識が十分でなくてもとりあえず働けてはいるが,潜在的に困難感を抱える状況になったのかもしれない.知識や技術の困難感の軽減に対する方策として,困難の具体的な内容をモニタリングし,ニーズに合わせた勉強会や支援を行うことが考えられる.看護師の困難感の具体的な内容や支援のニーズの集積は,がん看護専門看護師が院内で横断的に活動し,全体をアセスメント/カウンセリングするような仕組みづくりも有用であるかもしれない.
退院支援における看護師の困難感は変化しなかったが,地域連携における困難感は減少した.これには,医療制度の改革によって在院期間の短縮が図られ,国を挙げて退院支援・地域連携に力を入れる傾向がこの6年間でさらに強くなり,院内の退院調整看護師の活動が充実することなどにより地域連携がスムーズに行くようになったからと思われた.しかし,独居の高齢者や経済問題を抱える患者の退院支援は構築されたとはいえず,今後も高齢化が進行し,独居者が以前より増加することから依然として大きな問題であることは変わらないだろう.
看取りに関する困難感は減少していた.退院支援が進んだことにより,看取り数や対応困難な看取り数が減ったことが一因である可能性がある.また,緩和ケアチームやがん看護に関わる専門職の活動が活性化したことによる相談やサポートの向上の結果であることも考えられる.
患者・家族とのコミュニケーションに関する困難感は,2010年と同様に2016年も最も高く,とくに十分に告知をされていない患者とのコミュニケーションにおいて困難感が高くなっていた.これは終末期・緩和ケアを対象とした報告と同じ傾向である12〜15).一般病棟の看護師を対象にしてターミナル期の患者への対応についてロールプレイを行い,コミュニケーションにおける看護師の困難感を減少させたという報告もあり15).このようなコミュニケーション・スキル・トレーニングは確立しつつあり,看護師の困難感を減少させるのに有効である可能性があるが,本院のような大規模な病院ですべての看護師がこのようなトレーニングを受けるのは容易ではない16,17).緩和ケアチームや精神科リエゾンチーム,心理職などと積極的に連携し,これら専門家へのコンサルテーションを困難事例だけでなく,より身近な存在としてアドバイスが得られ,教育・支援体制を充実させることもコミュニケーションの困難感を減少させるための具体的な改善策として考えられる.
一方で,終末期がん患者において,限られた時間の中での患者の意思決定には医療者の態度や姿勢が大きく影響しており,看護師は患者に近い存在だからこそ,コミュニケーションに困難感を抱きやすいという報告もある14,18).これは,治療方法などにおいて今後の生き方についての選択を迫られる治療期のがん患者にも当てはまることが考えられる.よって,がん患者に接する看護師は患者・家族とのコミュニケーションにおいて困難感を抱きやすく,その結果が今回の調査にも表れたために困難感が最も高かった可能性がある.
本研究では知識尺度の点数が有意に向上した.2010年と2016年で一部の項目の質問方法が異なっており厳密な比較はできないが,それでも大きな変化量であり知識が向上したという結論は変わらないと思われる.知識に関しては緩和ケアの対象や早期からの緩和ケアに関する上昇が大きかった.東北大学病院は緩和ケア病棟を有しているため,従来から緩和ケアは終末期のものであるという認識が高かったが,最近の緩和ケア病棟の入院期間の短縮化や緩和ケアチームの普及,院内研修や緩和ケアリンクナースの設立などによる一般の看護師に対する緩和ケアの啓発教育などの成果によるものと考えられる.また,オピオイドに関する知識の向上もこれらの緩和ケアチームの普及や教育によるものと考えられた.近年,看護基礎教育で緩和ケアや終末期ケアの教育が充実してきていることの影響もあるだろうが,緩和ケアに関する知識の普及という観点では6年間に行ってきた教育もある程度成果があったと推測される.
本研究には,いくつかの限界がある.まず本研究は,一つ目は,東北大学病院という,大学病院で行われたものであるため,この結果を一般に外挿することはできない.しかし,本論文の結果はほかの病院で本尺度を利用した場合の比較対象になりうる成果である.その際には,今回の結果とほかの病院を単純に比較して高低を議論することは難しく,病院の背景なども踏まえた議論が必要なことに注意するべきである.二つ目は,「がん看護の困難感」の構成概念の検討が不十分なことである.本尺度は病棟や診療科で共通した項目を重視して作成されたため,最新の手術療法,分子標的薬などの化学療法,先進医療などについては含んでいない.この点については,先行研究にみられるように診療科別,治療別に検討する必要があるだろう.三つ目は,知識尺度の項目が少し異なっていたので厳密な比較可能性に劣ることである.本研究では先行研究で関連要因として挙げられた「相談相手の有無」のデータを取得しなかった.緩和ケアチームや病棟の同僚といった相談相手からのサポートによる困難感の変化を検討することは,今後の課題である.その他,本研究は実験的研究でなく観察研究であること,本調査の対象が病棟の看護師のみであり,外来も含んだがん診療のすべての場面を反映しているわけではないことがある.
東北大学病院において「がん看護に携わる看護師の困難感」を前回の調査と比較・検討した結果,知識尺度の正答率の上昇に反して自らの知識・技術に対する困難感は上昇した.また,システム・地域連携に対する困難感と看取りに対する困難感は減少した.患者・家族とのコミュニケーションに対する困難感は依然として最も高く,医師の治療や対応に対する困難感や告知・病状説明における困難感は変化しなかった.
本研究は東北大学運営費交付金のもと実施した.協力いただいた看護師の皆様へ感謝申し上げます.
宮下光令:原稿料(50万円以上)メディカ出版
その他:該当なし
越野,青山,大桐,宮下は研究の構想およびデザイン,データの分析,原稿の起草に貢献;庄子,斎藤,畠山,中條,飯沼,志田,門間は研究データの収集,分析に貢献した.すべての著者は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲,投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.