2020 Volume 15 Issue 1 Pages 9-13
ヒドロモルフォン塩酸塩注射液(以下ヒドロモルフォン)とハロペリドールの混合液の持続皮下注時にみられた皮下硬結がハロペリドールの中止により改善したので報告する.患者は70歳女性,原発不明がんの頸部リンパ節転移による頸部痛があった.ヒドロモルフォンの持続皮下注が開始された9日後に当院緩和ケア病棟に転棟した.オピオイド増量による吐き気があり,ヒドロモルフォンにハロペリドールを追加した.第4, 9, 11病日に皮下硬結をきたし,皮下注針の刺し替えを行った.第11病日からハロペリドールなしの持続皮下注に戻したところ,以後亡くなるまでの14日間,皮下硬結は出現しなかった.ヒドロモルフォンとハロペリドールの混合液の持続皮下注時の皮下硬結にはハロペリドールの影響が大きいことが推測された.
緩和ケア病棟においては,悪心・嘔吐・食欲不振による内服困難があるうえに血管確保が困難な患者も多く,オピオイド鎮痛薬の投与経路としては持続皮下注を選択する場合が多い.オピオイド鎮痛薬の持続皮下注は1980年ごろからその有用性が報告されており1),また制吐剤をそこに混ぜる方法も報告されてきた2).
以前筆者は,モルヒネ塩酸塩注射液(以下モルヒネ)による持続皮下注で皮下硬結をきたしモルヒネの効果が減弱したが,ヒドロモルフォン塩酸塩注射液(以下ヒドロモルフォン)に変更することで皮下硬結が消失し,痛みのコントロールも改善した症例を報告した3).しかし,その後ヒドロモルフォンを複数例に使用しているうちに,皮下硬結はヒドロモルフォン単独投与例にはみられず,ハロペリドール併用例のみにみられることを経験した.今回,ヒドロモルフォン単独投与では皮下硬結がみられず,ハロペリドール併用後に皮下硬結が生じるようになり,再びヒドロモルフォン単独投与に戻したところ皮下硬結が消失した例を経験した.ヒドロモルフォンとハロペリドールの混合液の持続皮下注時の皮下硬結にはハロペリドールの影響が大きいことが推測されたので報告する.
【患 者】70歳女性,154 cm,54 kg
【主 訴】右頸部痛
【既往歴】55歳時,肺扁平上皮がんで左肺全摘,縦隔照射後
【家族歴】特記事項なし
【現病歴】2018年9月,右頸部腫脹を主訴に当院耳鼻咽喉科を受診した.右頸部リンパ節生検の結果は扁平上皮がんであったが,原発は不明であった.以後抗がん治療が行われた.2019年3月には右頸部リンパ節転移が増大し,同部の痛みに対してアセトアミノフェン400 mgの頓用が開始された.同年4月にはロキソプロフェン60 mgの頓用も併用された.リンパ節転移はさらに増強し,皮膚浸潤も伴った.同年5月にはロキソプロフェン180 mg/日の内服が開始された.6月にはトラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン4錠/日の内服が追加されたが,1週間後にはオキシコドン20 mg/日の内服に変更された.その2日後には痛みのコントロール目的で当院耳鼻咽喉科に入院した.入院5日後には高カルシウム血症による意識障害が出現し,内服が困難となり,best supportive careの方針となった.ロキソプロフェン,オキシコドンは中止され,ヒドロモルフォンの持続皮下注が開始された.高カルシウム血症に対してはゾレドロン酸が投与された.ヒドロモルフォン開始後9日目に症状緩和目的で緩和ケア科に転科し,緩和ケア病棟に転棟した.
【検査結果】Hb 8.1 g/dl,CRP 8.15 mg/dl,Cr 2.2 mg/dl,Alb 2.7 g/dl,補正Ca 9.2 mg/dl
【経 過】緩和ケア病棟に転棟した第1病日には,ヒドロモルフォン2 mg+生理食塩水9 mlの計10 mlが0.25 ml/h(ヒドロモルフォン1.2 mg/日,モルヒネ注9.6 mg/日相当)で持続皮下注が行われていた.レスキューは1時間量を15分以上あけて使用するように設定されていた.転棟前日のレスキュー回数は11回/日に及び,ヒドロモルフォンのレスキュー量が0.48 mgで1日の総量としては1.68 mg/日であった痛みのコントロールは不良であった(図1).高カルシウム血症の治療により意識は改善していたが,悪心・嘔吐を訴えていた.血液検査,画像所見では悪心,嘔吐の原因となるものはなく,オピオイド鎮痛薬の増量が原因と思われた.痛みのコントロールのためにはオピオイド鎮痛薬のさらなる増量が必要であった.レスキュー回数が増えたことで皮下吸収量の限度に近づいた可能性も考え,オピオイド鎮痛薬の濃度を上げて流量を落としたうえでベース投与量を慎重に増やすこととした.高カルシウム血症の改善とともに患者のActivity of Daily Living(ADL)も改善しつつあり,複数の持続皮下注ポンプの使用を拒否されたため,制吐薬としてのハロペリドールをオピオイド鎮痛薬に混合することとした.またこの時点で頸部リンパ節転移から皮膚浸潤した腫瘍がさらに口腔内にも露出しており,内服への変更も困難な状態であった.ヒドロモルフォン6 mg+ハロペリドール5 mg+生理食塩水6 mlの計10 mlの0.1 ml/h(ヒドロモルフォン1.44 mg/日,モルヒネ注11.52 mg/日相当)に変更して持続皮下注を継続した.
留置針は24Gのプラスチックカニューレが使用されており,その使用を継続した.1日に1度,持続皮下注部を2人以上で観察し,5 mm以上の硬結がみられた場合は穿刺部位を変更した.穿刺部位は前胸部,腹部,大腿部のいずれかとし,手術瘢痕や浮腫がある部位は避けた.穿刺部位には皮下組織の厚い部位を優先的に選び,皮下組織の薄い部位では針先が浅すぎて皮内留置とならないように注意した.
ヒドロモルフォンの濃度と投与速度を変更後,レスキュー回数は5-6回/日以下となり,持続痛のNRSも転棟時の7から2へと改善した.悪心・嘔吐もみられなくなった.しかし,第4, 9, 11病日に腹部の持続皮下注部に硬結を生じ,留置針を交換した.第11病日には悪心・嘔吐の治療としてのハロペリドールも中止できる時期に来ていると判断し,ハロペリドールの追加を中止し,ヒドロモルフォン+生理食塩水とした.以後亡くなるまでの14日間,皮下硬結はみられず,1週ごとの定期的な針交換のみで経過した.悪心・嘔吐の再出現もなかった.
オピオイド鎮痛薬の持続皮下注では皮下硬結により留置針の刺し替えを必要とする場合がある.硬結部の痛み,硬結部での薬液吸収遅延による症状コントロールの悪化,留置針の刺し替え自体の苦痛などの患者への不利益があり,皮下硬結の発生は可能な限り防止すべきである.
持続皮下注の薬剤と硬結の関係としては,以前筆者はモルヒネに比べてヒドロモルフォンは皮下硬結を起こしにくく,その理由として浸透圧,薬液そのものの刺激性の少なさなどの可能性を報告した3).その後35例の症例において,ヒドロモルフォン単独投与23例では皮下硬結は生じず,ヒドロモルフォンにハロペリドールを併用した12例では約4割に硬結が出現することを経験した.今回の症例でヒドロモルフォン単独では硬結が生じず,ハロペリドール併用後に硬結が出現し,ハロペリドール併用中止後に硬結がなくなったことからも,硬結の原因はハロペリドールであることが示唆された.
オピオイド鎮痛薬の持続皮下注に混ぜる制吐剤の皮下刺激性については以前から検討されてきている.Storeyらはハロペリドールが皮下組織への障害性も少なく第一選択,メトクロプラミドもよいが消化管閉塞では禁忌,クロルプロマジン,プロクロロペラジン,レボメプロマジンについては皮下組織の障害が起こるので持続皮下注では使うべきでないと報告している2).実際,緩和領域ではハロペリドールを持続皮下注に追加する方法が広く用いられている.金石らは持続皮下注がオピオイド鎮痛薬の初回投与である患者において,オピオイド鎮痛薬とハロペリドールを混注して使用する方法を紹介している4).だが,このようなタイトレーションの時期にハロペリドールを混注すると,オピオイド鎮痛薬の投与速度の変動によってハロペリドールの投与量も増減する欠点がある.ただし,今回のようなハロペリドールの投与量では,その変動も許容範囲内の投与量におさまり,臨床上問題になることは少ないと思われた.さらには別ルートをとることによる患者の苦痛などを考えると,単独ルートでの投与にも利点があると思われ,あえて施行した.梶山らはオキシコドンの持続皮下注にハロペリドールを混注し,国内臨床試験時には18.1%にみられた悪心が2.5%に減少したと報告している5).
ハロペリドールによる皮下組織への障害性は少ないとされてきたものの,荒木らは各種薬剤の持続皮下注における硬結の出現頻度(硬結のみられた日数を持続皮下注施行日数で割り,%表示)を検討し,ハロペリドールでは8.3%に硬結がみられたと報告している6).またモルヒネについては1%製剤で10.6%,4%製剤で23.5%の高い硬結の頻度を報告している.この結果によれば,モルヒネとハロペリドールを混合した皮下注により皮下硬結をきたした場合は,その原因はモルヒネとハロペリドールの両者が考えられる.ヒドロモルフォンによる皮下硬結について検討した文献は,本邦,海外とも含めて検索した範囲では筆者の先行報告以外には見当たらなかった3).自験例の経験からみてもヒドロモルフォンは皮下硬結をきたしにくい可能性があり,ヒドロモルフォンをハロペリドールと混合した際の皮下硬結についてはハロペリドールが原因の可能性が高いと考えられる.
木内らは クロルプロマジンの持続皮下注射における皮下硬注射部位反応を報告している7).Common Terminology Criteria for Adverse Events(CTCAE)のGr2以上は1.2%にみられたとしている.この注射部位反応は主に血管内投与例での副作用を評価するものであると考えられ,今回われわれは評価法として採用はしなかった.またベタメタゾンの混注,strong steroidの塗布などの方法も紹介されているが,その有効性については確立されたものではなく,さらなる検討が必要であろう.
ヒドロモルフォンの医薬品インタビューフォームにおける配合試験結果によれば,ヒドロモルフォン2 mg+ハロペリドール5 mg+生理食塩水50 mlの混合では配合変化はおきなかったとされている8).一方,ハロペリドールの医薬品インタビューフォームによれば,ハロペリドール5 mgを5%ブドウ糖液0.5〜2 mlと混じた場合は時間が経過しても外観に変化はなかったが,生理食塩水2〜3 mlと混じた場合は24時間後に結晶析出があったとされている9).Storeyらもハロペリドールを5%ブドウ糖液で1〜3 mg/mlとしても混濁は生じなかったが,生理食塩水に混ぜると混濁を生じる場合があるとしている2).このような配合変化による結晶析出,混濁と今回のような皮下硬結については,過去にはその因果関係を説明できるだけの報告はなかった.今後の検討課題といえる.
本論文の限界としては,針先の位置の把握の問題があげられる.硬結発生の原因としては穿刺針の針先の位置の影響も報告されている10).針先が皮膚から浅すぎて皮内留置とならないような注意を払ったが,実際の針先の位置の評価は不可能であった.
緩和ケア病棟への転棟時のヒドロモルフォンの増量が慎重すぎた点も反省すべき点であった.
また,ハロペリドールをオピオイド鎮痛薬と別ルートで投与し,ハロペリドールの一定速度下の単独投与で皮下硬結を評価すれば,より厳密な評価ができた可能性もあった.
われわれは先行報告において,皮下硬結ができることでオピオイド鎮痛薬の効果減弱を経験しており,硬結の有無に重点をおいて観察をしたため,CTCAEによる評価は用いなかった.皮下硬結についての客観的な評価法についても確立すべきであると思われた.
Steroidの有効性についても今回は検討しておらず,本報告と限界となった.
本例はヒドロモルフォン単独では硬結をきたさず,ハロペリドールの併用で硬結をきたし,再度ヒドロモルフォン単独としたところ硬結がなくなったという興味深い経過をとったが,あくまでも一例報告である点は限界である.自施設の多数例の経験でもハロペリドールの混注が硬結の原因である可能性が高いと考えており,今後さらなる検討を加えて報告予定である.
ヒドロモルフォンと生理食塩水の持続皮下注で皮下硬結を生じなかった例において,制吐剤としてハロペリドールを混合したところ皮下硬結が生じ,ハロペリドールの混合を中止することで皮下改善した1例を報告した.ヒドロモルフォンとハロペリドールの混合液の持続皮下注で皮下硬結が生じた場合には,ハロペリドールの影響が大きいことが推測された.
著者の申告すべき利益相反なし.
加藤は研究の構想,デザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献;久須美は研究データの解釈,原稿の内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.