2020 Volume 15 Issue 3 Pages 239-243
フェンタニルバッカル錠は上顎臼歯の歯茎と頰の間で保持することにより効果を発現する薬であるが,上顎臼歯の欠損などにより保持できない患者も認められる.フェンタニルバッカル錠を上顎臼歯の歯茎と頰の間以外で使用した患者7例を対象に後方視的にカルテ調査を行った.タイトレーションが完了した症例を対象にそれぞれ5回の突出痛に対してNRSの平均の変化ならびに33%NRS軽減の割合を調査した.タイトレーションが完了したのは7例中5例であった.5例のそれぞれ5回分の突出痛に対してフェンタニルバッカル錠を使用した結果,NRSは4.8±2.4から1.5±1.5と有意に低下した(p<0.001).また,33%NRS軽減の割合は92.0%であった.有害事象は傾眠と悪心であったが軽度であり中止には至らなかった.フェンタニルバッカル錠を上顎臼歯の歯茎と頰の間以外で使用しても有効かつ安全に使用できる可能性が示唆された.
進行がん患者における痛みの発生頻度は約66〜90%であるといわれている1〜3).痛みは1日の大半を占める持続痛と,突出痛と呼ばれる一過性の痛みの増強の組み合わせで構成される.がん患者全体における突出痛の頻度は39.3〜59.2%と報告されている4,5).突出痛は痛みの発生からピークに達するまでの時間は3分程度と短く,平均持続時間は15〜30分で,90%は1時間以内に終息する.欧州多施設共同研究によると突出痛がピークに達するまでの時間は10分未満であると回答した患者が42.9%を占めたにもかかわらず,痛みの緩和を感じ始めるまでの時間は平均27.1分であった6).フェンタニル口腔粘膜吸収剤は口腔粘膜から吸収され,従来の速放性製剤に比べ作用時間が速く,また作用持続時間が短いことが特徴である.そのため,フェンタニル口腔粘膜吸収剤は,即効性オピオイド(rapid-onset opioid: ROO)と呼ばれ,従来の経口の短時間作用オピオイド(short-acting opioids: SAO)と区別されている.現在,本邦においてフェンタニル口腔粘膜吸収剤は,舌下錠とバッカル錠の2剤を使用することができる.フェンタニルバッカル錠は上顎臼歯の歯茎と頰の間に保持することにより効果を発現する薬であるが,上顎臼歯の歯茎と頰の間に薬剤を保持できない患者も少なからず認められる.埼玉県立がんセンターではROOをフェンタニルバッカル錠のみ採用しているため,上顎臼歯の歯茎と頰の間に保持できない場合,使用することができなかった.そのため,ROOを使用したい場合,適応外使用であるが舌下や下顎臼歯の歯茎と頰の間などといった他の口腔部位で使用している.しかしながら,日本人において,フェンタニルバッカル錠を上顎臼歯の歯茎と頰の間以外で使用した場合の有効性と安全性の報告はない.そこで,フェンタニルバッカル錠を上顎臼歯の歯茎と頰の間に保持できない患者を対象に後方視的にカルテ調査を行い,その有効性と安全性を調査した.
2014年3月から2020年1月までにフェンタニル口腔粘膜吸収剤を使用した患者のうち,上顎臼歯の歯茎と頰の間以外で使用した患者を対象とし,後方視的にカルテ調査を行った.なお,予防的にフェンタニル口腔粘膜吸収剤を使用した患者は除外した.
フェンタニルバッカル錠のタイトレーションフェンタニルバッカル錠のタイトレーションの完了は,突出痛に対し2回連続効果があった場合とした.有効性の定義は,フェンタニルバッカル錠を使用した前後のNumerical Rating Scale(NRS)が33%減少した場合とした7).また,安静時痛が安定していることは,定時オピオイド鎮痛薬が3日間同じ投与量であり,過去24時間の安静時痛のNRSが4以下の場合とした.
評価フェンタニルバッカル錠の効果の評価は,タイトレーションが完了し,安静時痛が安定した患者を対象に行った.タイトレーションが完了したのち,それぞれ5回までの突出痛に対してフェンタニルバッカル錠を使用した前後のNRSの平均の変化ならびに33%NRS軽減の割合を調査した.また,フェンタニルバッカル錠の効果は30分後に評価した.
また,有害事象についてはタイトレーションが完了しなかった患者も含めて発現割合を調査した.なお,有害事象は,Common Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE) version 5.0に従って評価した.
解析方法NRS変化についてはIBM SPSS Statistics Version 20(日本IBM,東京)のWilcoxonの符号付順位検定を用いて解析を行った.
倫理的配慮結果の報告においては個人が特定されないように配慮した.院内の倫理審査委員会にて承認を得た.
適応外使用については,患者に説明を行い,口頭にて同意を得た.
調査期間中にフェンタニルバッカル錠を使用したのは356例であった.フェンタニルバッカル錠を上顎臼歯の歯茎と頰の間以外で使用していたのは9例であった.そのうち,予防的に使用していた2例を除外した7例を対象とした.対象患者7例の年齢中央値は66(52〜80)歳,男性4例,女性3例であった.がん腫では下咽頭がん1例,食道がん1例,下咽頭がんと食道がんの重複がん1例,頰粘膜がん1例,胃がん1例,大腸がん1例,原発不明がん1例であった.フェンタニル口腔粘膜吸収剤の使用理由として,鎮痛効果の即効性を期待して使用5例,内服困難2例であった.フェンタニルバッカル錠を上顎臼歯の歯茎と頰の間に保持できない理由として,上顎臼歯の欠損6例,開口困難1例であった.フェンタニル口腔粘膜吸収剤の投与部位は,舌下4例,下顎臼歯の歯茎と頰の間3例,上顎前歯の歯茎と上口唇の間2例であった(表1).フェンタニルバッカル錠の開始量と定時オピオイド投与量ならびに疼痛評価時のそれぞれの投与量を表2に示した.
効果タイトレーションが完了し,安静時痛が安定していたのは7例中5例であった.その5例におけるそれぞれ5回分,計25回の突出痛に対してフェンタニルバッカル錠の有効性を評価した.その結果,フェンタニルバッカル錠使用前後のNRSの平均の変化(平均±標準偏差)は4.8±2.4から1.5±1.5と有意に低下した(p<0.001,図1).また,フェンタニルバッカル錠を使用した前後の突出痛の33%NRS軽減の割合は25件中23件と92.0%であった.
Wilcoxon の符号付順位検定p<0.001
有害事象を認めたのは4例であり,傾眠(Grade 1)3例,悪心(Grade 1)1例であった.4例とも有害事象は容認でき,有害事象のためフェンタニルバッカル錠を中止することはなかった.
本研究は,フェンタニルバッカル錠を上顎臼歯の歯茎と頰の間以外で使用した場合においても,レスキュー薬として有用であることを示した報告である.フェンタニル口腔粘膜吸収剤は,従来のSAOに比べてより鎮痛効果の発現が速く,また効果持続時間が短いことが特徴である.さらに,フェンタニル口腔粘膜吸収剤は口腔粘膜から吸収されるため,内服困難や嚥下障害,腸閉塞などでも使用できる.加えて,フェンタニルであるため,モルヒネやオキシコドン,ヒドロモルフォンと比べ便秘などの副作用が軽く,腎機能障害でも安全に使用できることが期待される.フェンタニル口腔粘膜吸収剤を使用するための条件として,すでに強オピオイド鎮痛薬を定期的に使用していることが定められている.現在,本邦で使用できるフェンタニル口腔粘膜吸収剤はフェンタニルバッカル錠とフェンタニル舌下錠の2剤である.フェンタニルバッカル錠はバッカル部位と舌下部位への投与で生物学的に差がないことから,欧米では舌下投与も可能となっているが8),本邦においてはバッカル部位以外での適応はない.筆者らの施設ではフェンタニルバッカル錠を採用し使用しているが,上顎臼歯の欠損のため,上顎臼歯の歯茎と頰の間にフェンタニルバッカル錠を保持できない患者も少なからず認められる.本研究において,フェンタニルバッカル錠を上顎臼歯の歯茎と頰の間以外で使用し,疼痛強度の有意な低下ならびに92.0%の突出痛において有効性が認められた.今回,タイトレーションが完了し,安静時痛が安定していた5例のそれぞれ5回分,計25回の突出痛に対して痛みの評価を行った.Mercadanteらは,がん患者30例のそれぞれ4回,計120回の突出痛に対する痛みの評価を行ったところ,フェンタニルバッカル錠の有効率は95.5%であり本研究においても同程度の有効性を示せた9).このことから,上顎臼歯の欠損などにより,フェンタニルバッカル錠を使用できないと思われた患者においても,フェンタニルバッカル錠を使用できる可能性が示唆された.今回,7例中2例においてはフェンタニルバッカル錠の有効性を示すことができず,患者の希望により使用を中止した.1例においてはフェンタニルバッカル錠の開始量100 μgから増量することなく中止し,もう1例においては100 μgから200 μgへ増量したが有効性を示すことができず使用を中止した.2例とも眠気があったが軽度であった.比較的早期に使用を中止していることから,十分にフェンタニルバッカル錠を増量することにより有効性が示せた可能性がある.
本研究の限界として,フェンタニルバッカル錠を本来の使い方であるバッカル部位で使用した場合や既存のフェンタニル舌下錠と鎮痛効果や鎮痛効果発現時間など比較検討はしていない.また,後方視的でありバイアスがかかっている可能性がある.これらの問題を解決するには,一定のプロトコールに従い患者背景を揃え規定通りバッカル部位で使用した場合と比較し,効果と有害事象を前向きに評価することが必要である.
本研究の結果から,フェンタニルバッカル錠を上顎臼歯の歯茎と頰の間以外で使用しても有効かつ安全に使用できることが示された.
余宮きのみ:講演料(第一三共株式会社)その他:該当なし
武井は研究の構想,研究データの収集,分析,原稿の起草に貢献;松坂,余宮,中村は研究の構想,研究データの収集,分析,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.