2020 Volume 15 Issue 3 Pages 245-249
【緒言】川崎市立井田病院緩和ケア病棟(以下,当PCU)では,Integrated Distress Activity Score(IDAS)で患者の症状緩和を評価しているが,持続的深い鎮静(continuous deep sedation)を行うにあたり,IDASゼロ以下とする判断方法を考案し,今回,持続的深い鎮静例5年分を後ろ向きに抽出し検討した.【方法】正規看護師が IDASにより評価を連日行い,われわれは適合例を調査した.【結果】2013年から2017年の1306件の入院中に,この判断方法による持続的深い鎮静は1.2%,16件であった.理由は,呼吸困難62.5%,10件とせん妄37.5%,6件であった.全例,直近にIDASが低下しゼロ以下となったが,この時点から持続的深い鎮静までの期間は平均3.7日であった.IDASが持続的深い鎮静の実施判断に有用なツールとなる可能性がある.
緩和ケアにおける「鎮静」は,苦痛緩和の最終手段とされ,とくに持続的深い鎮静は日本緩和医療学会の手引き書(以下,本手引き)1)でも厳格な手順が求められ,「中止時期をあらかじめ定めず,深い鎮静状態にするように鎮静薬を調節して投与すること」1)とされ,鎮静の要件として相応性,医療者の意図,患者・家族の意図,チームによる判断が示されている1).しかし相応性としては,「治療抵抗性の苦痛」(refractory pain)や「耐え難い苦痛」(intolerable symptom)1)であるとの主観的な判断であり,「どのような状態の時に何が相応的に妥当と考えるかは,客観的に2区分にできるものではない」1)とされている.症状緩和を症状や生活で客観的に評価したものをIDASとし,われわれはこれを用いて持続的深い鎮静を実施する一つの判断方法を使用しており,他のpalliative care unit(PCU)でも参考にできるよう紹介した.なお,1998年10月の当PCU設立時,われわれは症状緩和を評価するためIntegrated Distress Activity Score(IDAS)を開発し,以来,すべての患者を連日評価し日常診療に使用している.
当PCUでは,持続的深い鎮静を行う場合,IDASがゼロ以下と確認すること(以下,IDASゼロ以下)を判断方法の一つとした.なお,ここでは苦痛に応じて少量から調節する鎮静である調節型鎮静(proportional sedation)は議論しない.
症状緩和は緩和ケアの規範とも言うべき価値観で,「苦痛がない」ことが重要であるが,「生活」も評価する必要があるとわれわれは考えた.症状のみを評価し生活を評価しない場合,早い時期の鎮静という判断の可能性が否定できないからである.持続的深い鎮静が相応な状態とは,IDASではゼロ以下であり,その価値観は,市民感覚や公序良俗には反しないと著者らは考えた.すなわち,表1に示すように食事,飲水などの生活を評価したものを正の生活スコア(positive QOL score)とし,疼痛,倦怠感などの苦痛を評価したものを負の症状スコア(negative QOL score)とし,それらの和をIDASとする.IDASを連日評価しグラフ化することで症状緩和の経過を客観的に示すことができる2〜4)(図1).
当PCUでは,日勤の最後に担当の正規看護師が,IDASによる評価 を行い診療録に記し,2000年より「終末期の深い鎮静」には IDASゼロ以下を判断方法としている.「終末期の深い鎮静」とは,中止する時期をあらかじめ定めずに,深い鎮静状態とする終末期の持続的深い鎮静であり,持続的深い鎮静と同義と考えられた.調査期間内に当PCUで持続的深い鎮静を行った例を明らかにした.
病状の医療記録を取ること,および研究に用いることは,説明と同意により入院時全員の本人または家族の同意を書面で了解を得た.この研究は緩和ケア病棟入院患者の疫学的研究として川崎市立井田病院倫理委員会の承認を得た.
2013年から5年間,各年の1月から12月の入棟件数は計1306件,転棟・軽快・退棟件数は計118件で持続的深い鎮静症例は1.2% 16件,で,症状としては,呼吸困難が62.5% 10件,せん妄が37.5% 6件であった(表2).
IDASゼロ以下は持続的深い鎮静の判断方法の一つであり,事前に症状緩和の他の方法の試行や患者または家族の同意を得るための時間が必要であり,IDASゼロ以下が持続的深い鎮静とはならない.実際に表2のように,直近にIDASが低下し全件ともゼロ以下になったが,IDASがゼロになった日から持続的深い鎮静開始までの日数を調査したところ,平均3.7日であった.
手引書では,相応性があるとは「苦痛の強さ,治療抵抗性の確実さ,予測される患者の生命予後,効果と安全性の見込みなどから考えて持続的な鎮静薬の投与は妥当な方法である」1)とされているが,治療抵抗性の苦痛や耐え難い苦痛の客観的判断方法は示されていない.
医療者が「耐え難い」場合,自身の主観的方法で判断している可能性が否定できず,安易に持続的深い鎮静になる可能性がある.持続的深い鎮静が必要なときに患者に意向を聞くことは簡単でないうえ,「患者が精神的に耐えがたい」という主張は主観的で相対的であり,鎮静以外のケアの機会を逸する可能性がある.例えば,「家族が患者を見ているのが辛い」場合に必要なのは家族ケアであろう.「チームの判断」は,少数の参加者の意見にチームが引きずられる恐れもある.いずれの場合も主治医が冷静な判断ができるよう客観的判断方法を明確にする必要がある.
当PCUでは,持続的深い鎮静の判断方法をIDASゼロ以下としたため,客観的判断方法となった.IDASゼロ以下以外については,これらのように否定でき,ケアを進めるよう医療・ケアチームとも協力しやすい.直近にIDASが低下してゼロ以下になった日から持続的深い鎮静となるには,平均で3.7日を要している.その際,患者・家族や医療チームの不満は示されなかった.
持続的深い鎮静の判断方法を明確にしたことにより,症状緩和が明確に遡及できるようになった.具体的には,通常の方法で緩和できない呼吸困難やせん妄であった.施設により持続的深い鎮静の判断方法は異なると予想される.IDASによる評価は,スピリチュアルな問題は言及されていない.IDASによる評価は正規看護師が迅速,容易にでき,持続的深い鎮静の判断方法を客観的にすることができた.夜間休日で看護師の少ない時間でも,必要な要件を満たすとともに,医師のほか2名以上の看護師と当直師長が同意すれば持続的深い鎮静が可能であり,時間の制約はない.
この判断方法に適合せず持続的深い鎮静の必要がある場合には,多職種の参加する倫理カンファレンスの同意を受けるべきと考えられた.この方法の利点としては,簡便で客観的であることである.この論文の限界として,IDASはわれわれが開発した独自の指標を用いた質改善の取り組みであり,この指標を用いた医学的妥当性,信頼性の検証は行われておらず,今後の課題と思われる.
当PCUでは症状緩和状態を示すために,IDASを用いて評価している.2013年から2017年に当PCUで持続的深い鎮静を行った例は16件で,苦痛の理由は呼吸困難とせん妄であった.「IDASゼロ以下」を当PCUの一つの判断方法として明確にすることは,症状緩和を客観的に示すために必要と考えられた.
持続的深い鎮静の判断方法は,当PCUの発足当初より求められており,2000年第5回日本緩和医療学会学術大会にて発表した「IDASを用いたセデーション基準と確認文書の提案」5)に示したように,IDASによる評価と鎮静の判断方法を示した.また,2012年単年度の検討を「深い持続的鎮静における相応性原則(principle of proportionality)の確認をIDAS(Integrated Distress Activity Score)によるQOL評価で行った事例」6)として,2013年 第18回日本緩和医療学会学術大会にこの論文の要旨を発表した.
佐藤恭子氏,西智弘氏,久保田敬乃氏,中野泰氏,加藤薫氏はデータ収集に貢献した.IDASのデータ収集と記載に尽力してくださった看護部に深謝する.
すべての著者に申告すべき利益相反なし
宮森および石黒は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;服部は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.