2021 Volume 16 Issue 1 Pages 13-17
肝腫瘍に対する緩和照射はその有用性を示唆する研究が散見されるものの,本邦では症例報告すら乏しい状況である.本研究の目的は,肝腫瘍由来の疼痛に対する緩和照射の効果を明らかにすることである.2014年12月から2016年11月の間に都立駒込病院で,原発性もしくは転移性肝腫瘍が原因と考えられる疼痛に対して肝臓への緩和照射を行った症例を後方視的に検討した.計15症例が8Gy1分割の緩和照射を受けており,照射前後で疼痛のNumeric Rating Scale(NRS)を評価していた12例全例で低下を認めた.Grade 3以上の急性期有害事象はみられなかった.肝腫瘍由来の疼痛に対する緩和照射は,症状の緩和に有効で忍容性もある可能性が示唆された.
原発性肝がんは死亡数が世界で2番目に多いがんであり1),肝臓はさまざまながんが転移する臓器である.肝腫瘍は疼痛や悪心などの不快な症状の原因となる.肝腫瘍の症状に対する緩和照射の有効性については,複数の報告やレビューが発表されており2〜4),2013年に報告された第II相試験では8Gy1分割という低線量の緩和照射で効果が得られることが示された5).しかしながら本邦では,肝臓への緩和照射は未だ普及しておらず,まとまった報告も存在しない.そこでわれわれは,当院で行った疼痛の原因と考えられる肝腫瘍に対する緩和照射の安全性と有効性について検討し,報告する.
2014年12月〜2016年11月に都立駒込病院で,原発性もしくは転移性肝腫瘍が原因と考えられる疼痛に対して肝臓への緩和照射を行った患者を対象とし,診療録から情報収集を行い後方視的に検討した.
照射範囲はCT所見をもとに病変を含むように設定した.照射方法はMV-X線による8Gy1分割の線量で基本的には斜入対向二門照射で行っていた.疼痛は,診察前24時間内の最大値をNumeric Rating Scale(NRS)(0〜10)で聴取した.照射前後でNRSの変化が2以上あるものを「改善」として,改善した割合で緩和照射の効果を評価した.「改善」の定義については,同じくNRSを評価項目として用いている骨転移に対する緩和照射の効果判定基準を参考とした6).
本研究は通常診療に対する調査であるため,本研究のための同意取得は行わずオプトアウト形式で検討を行った.また,本研究に際しては,都立駒込病院の倫理委員会の承認を得た.
調査期間中に原発性もしくは転移性肝腫瘍が原因と考えられる疼痛に対して肝臓への緩和照射を受けた患者は14名(15症例)であった.表1に患者一覧を示す.年齢中央値は56歳であった.症例10と11は同一患者で,異時性に計2度の照射を受けていた.全症例で肝臓内に腫瘍が多発していたため,ラジオ波焼灼術や肝動脈塞栓術は適応外であった.緩和照射を選択した理由としては,オピオイドを開始もしくは調整しても効果が不十分であることが最も多かった.オピオイドを使用していない症例が3例あったが,オピオイドに対して眠気や抵抗感があるため使用が困難な経緯があった.
全例で照射による悪心を軽減する目的で前投薬を投与していた.先行研究5)に基づいて,14例でステロイドとセロトニン拮抗作用のある制吐剤を併用していたが,1例では制吐剤のみを使用していた.10例で全肝を対象として照射を行った.
照射前後の疼痛の変化について記録が確認できたのは12例であった.照射から照射後の評価日までの期間の中央値は15.5日後であった.表2に示すように,12例全例で照射後に疼痛のNRSは2以上低下し,疼痛の改善を認めた.照射前後でのNRSの変化の平均値は5.4であった.
疼痛以外の症状の変化として,症例3では下肢の浮腫が,症例10では心窩部のアロディニアが軽減した.
照射に伴う有害事象についてはCommon Toxicity Criteria for Adverse Events(CTCAE) version 4.0を用いて評価した.因果関係が否定できない有害事象は8例にみられた.最多は悪心で4例に認められた.Grade 3以上の有害事象はみられなかった.臨床検査項目については,全例で照射前よりAST, ALT, LDH, ALPのいずれかもしくはすべてで異常値を認めていたが,照射後2〜3週間内に血液検査を行った12例では,これらの数値においてGrade 3以上の上昇はみられなかった.
本研究は肝腫瘍への低線量の緩和照射が,疼痛の緩和に有効かつ安全である可能性を示唆するものであり,疼痛の変化が確認できた12例全例で疼痛の改善を認めた.
Solimanらの第II相試験5)は,肝臓への緩和照射の報告において,最も低線量で症状緩和を認めた報告である.同研究では,原発性もしくは転移性肝腫瘍に由来する疼痛や腹部不快感,悪心,倦怠感がある患者に対して8Gy1分割の緩和照射を行い,1カ月後にBrief Pain Inventoryを用いて症状が改善した割合を評価した.この結果,48%の患者で24時間内の症状の平均値が低下し,疼痛についても55%の患者で改善を認めた.重篤な有害事象は,前投薬を拒否した1例でGrade 3の悪心,嘔吐がみられたのみであった.今回の研究においても,前投薬や照射後の評価日が均一ではないものの,全例で疼痛の改善がみられ,本邦においても8Gy1分割という低線量の緩和照射が有効と考えられた.
Bydderら2)は,緩和照射の2週間後に65%の患者で疼痛が改善したと報告している.今回の研究では,照射から照射後の診察日までの平均は19.1日(中央値15.5日)で,全例で疼痛緩和の効果を認めた.以上より,肝臓への緩和照射は2週間程度で効果が得られると考えられる.より早期の効果発現の可能性については,照射後早期に症状の評価を行い,生命予後が短い症例に対する治療意義を見出す研究を行う必要がある.
また,自験例では照射後に下肢浮腫が低減した症例があったが,過去の研究でも,腹部膨満感や悪心等の疼痛以外の症状についても効果があった6,7).緩和照射による症状緩和の機序は明確ではないものの,腫瘍に対する抗炎症や抗浮腫効果があるとすると,疼痛以外の症状にも有用な可能性があり,鎮痛薬にはない利点と考えられる.
有害事象に関しては,先行研究5)と本研究のいずれにおいても,前投薬を使用した症例ではGrade 3以上の重篤な有害事象はなかったことから,ステロイドと制吐剤を併用することが望ましいと考えられる.肝逸脱酵素等の臨床検査項目の変化については十分に検討できなかったが,緩和照射後低下したという報告もあり,放射線照射が肝機能に対して悪影響を及ぼさない可能性も示唆された7).
本研究の限界として,後方視的な観察研究かつ単施設での少数例の研究であることが挙げられる.照射後の評価日や評価項目が均一でなく,観察期間内の薬剤調整も個々に行われているため,必ずしも緩和照射の効果を反映していない可能性がある.一般的に,放射線感受性は組織型によって異なるとされているため,より多くの症例を集積することで,がん種によって効果に違いがみられる可能性がある.より正確な評価のためには,多施設におけるより多くの症例数で,介入方法と評価方法を定めた前向き研究が望ましい.
本邦においても,原発性もしくは転移性肝腫瘍が原因と考えられる疼痛に対して,8Gy1分割の肝腫瘍に対する緩和照射は,疼痛の緩和に有効であり,かつ重篤な有害事象が少ない可能性が示唆された.
著者の申告すべき利益相反なし
亀井および伊藤は研究の構想,研究データの収集,分析,研究データの解釈と原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;早川は研究の構想,研究データの収集,分析と原稿の起草に貢献;鄭,鈴木,東,田中は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.