2021 Volume 16 Issue 2 Pages 163-167
【緒言】メサドン導入の際は本邦のガイドラインではstop and go法が推奨されているが,一時的な疼痛コントロール不良や重篤な副作用が出現する可能性がある.難治性がん疼痛の患者に対して,先行オピオイドに上乗せして早期に少量のメサドンを導入することで,症状緩和を得た症例を経験した.【症例】70歳男性.直腸吻合部の直腸がん再発による旧肛門部痛に対してタペンタドール,鎮痛補助薬を導入したが疼痛コントロール不良であったため,メサドン5 mg分1を併用した.メサドン開始後は著明な疼痛改善,QOL改善を認めた.【考察】より安全に疼痛管理を行うために本症例のような早期に少量メサドンを上乗せする方法が検討されうる.
メサドンは1937年にドイツで合成された合成ジフェニルヘプタン誘導体で,その鎮痛効果はμオピオイド受容体に対する親和性とNMDA受容体拮抗作用により発揮すると考えられている1).本邦では2013年3月から発売され,他の強オピオイドで治療困難な中等度から高度の疼痛を伴う各種がんに適応がある.
今回,難治性がん疼痛の患者に対して先行オピオイドの1日量が少量の段階で,それに上乗せして少量のメサドンを導入することで症状緩和を得た症例を経験したため,報告する.
70歳,男性.既往歴に高血圧,脂質異常症,前立腺肥大症がある.2019年5月に血便・便狭小化・体重減少・全身倦怠感を主訴に前医を受診し,直腸がん(cT4aN1aM0 stage IIIa)と診断された.同月の術前評価で白血球増加・血小板数減少を認めたため,当院血液腫瘍内科へ紹介され,急性骨髄性白血病(FAB:M2)と診断された.直腸がんに対して2019年6月に腹腔鏡下ハルトマン手術(D3郭清)を施行されたが,後日断端陽性と判明した.急性骨髄性白血病に対する化学療法を優先して行う方針となり,寛解導入療法,地固め療法が施行された.2019年10月に直腸がん再発に対する治療方針を決定するためのPET-CTで遠隔転移(骨盤内局所再発,大動脈分岐部周囲深部リンパ節転移)を指摘され,2019年12月より血液腫瘍内科でFOLFIRI+Bevacizumab療法が施行された.2020年2月の骨髄検査で急性骨髄性白血病再発と診断された.2020年4月から急性骨髄性白血病再発に対する寛解導入療法,維持療法が開始された.2020年6月に維持療法目的で入院中に旧肛門痛が出現しオキシコドン10 mg/日の内服が開始されたが,尿閉症状が出現したため,2020年6月20日にオキシコドンが中止された.2020年6月22日に,疼痛コントロールや尿閉への対応の目的で緩和ケアチームに紹介となった.
診察時,疼痛による行動制限がありPerformance Statusは3であった.旧肛門部の灼熱痛が持続し,突出痛は主に坐位・歩行時に生じていた.持続痛のNumerical Rating Scale(NRS)は7/10で突出痛はNRS 10/10であり,疼痛のため坐位保持が困難であった.CTでは直腸吻合部周囲の軟部影が増強し,直腸がんの再発と考えられた(図1).疼痛の部位・性状・画像所見から,直腸がん再発による侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛と判断した.尿閉に対して泌尿器科にコンサルトのうえ,持続的導尿カテーテルを留置した.オピオイドに関しては,オピオイドスイッチングならびに最小用量からの使用が尿閉の緩和に有効と考え,6月23日からヒドロモルフォン徐放剤2 mg/日を開始した.レスキュー薬はヒドロモルフォン速放剤1回1 mgとした.また,屯用で内服していた経口アセトアミノフェン錠を3200 mg/日の定時内服とした.直腸がん再発部位に対して6月23日より症状緩和目的に39 Gy/13 Frの放射線治療を行った.不対神経節ブロックも検討したが,汎血球減少を認め,出血リスクが高いと判断し,施行しなかった.疼痛は一旦軽快したが,6月28日ごろから早朝になると疼痛を訴えることが多くなった.また,灼熱感・アロディニアがみられることからも,神経障害性疼痛に対する鎮痛強化が必要と考えた.加えて,ヒドロモルフォン徐放剤開始後も尿閉の改善は乏しかったため,7月1日からヒドロモルフォン徐放剤2 mg/日からタペンタドール錠50 mg/日に変更した.尿閉は前立腺肥大症の影響も考慮され泌尿器科からジスチグミン臭化物錠5 mg/日が追加されたが,効果に乏しく,間欠的自己導尿で管理となった.その後,疼痛に合わせ7月6日にレスキュー薬をヒドロモルフォン速放剤1回2 mgに増量,7月11日にタペンタドール錠を300 mg/日まで増量し,鎮痛補助薬としてミロガバリンベシル酸塩錠20 mg/日を追加したが,NRS 5/10の疼痛で座位保持が困難な状況であり,レスキュー薬は1日4回使用していた.神経障害性疼痛の要素が強い難治性疼痛と考えられること,タペンタドールを増量しても疼痛改善に乏しかったこと,経口モルヒネ換算60 mg/日を超えていたこと,QTc延長がないことからメサドンの導入を検討した.メサドン開始と同時に先行オピオイドを中止・漸減する方法で一時的に痛みが増強する可能性があることに患者が抵抗を示されたため,入院中でバイタルサインや副作用症状を継続的に観察でき,副作用出現時にはタペンタドール含め早期に減量・中止ができることを考慮し,タペンタドール・ミロガバリンベシル酸塩・アセトアミノフェンを同用量で継続したうえで,7月16日朝にメサドン5 mg錠を分1で上乗せした.同日昼にはNRS 2/10と著明に改善し,座位保持が可能になり,レスキュー薬使用も1日0〜1回になった.その後,患者のActivities of Daily Living(ADL)向上への意欲が強く,メサドン開始後からQTc延長がないことから,さらなるNRS改善を目指し,7月22日にメサドン10 mg分2に増量,それに伴いタペンタドール錠200 mg/日に減量した.変更後はNRS 0〜1/10となった.その後,急性骨髄性白血病再発に対する維持療法が終了し,7月23日に自宅退院となった.退院時の鎮痛薬はメサドン10 mg分2,タペンタドール200 mg分2,ミロガバリンベシル酸塩20 mg分2,アセトアミノフェン3200 mg分4で,退院時NRS 0〜1/10であった.なお,メサドン開始後・増量後の心電図ではQTc延長はみられず,呼吸抑制,悪心・嘔吐,眠気,せん妄,肝機能障害などの副作用はみられなかった.
直腸吻合部の直腸がん再発を認める.
直腸がん再発に伴う難治性の旧肛門部痛に対して先行オピオイドの1日量が少量の段階で,それに上乗せして少量のメサドンを導入することで症状緩和を得た症例を経験した.
メサドンの導入方法は本邦の添付文書では先行する強オピオイドを中止すると同時にメサドンを開始するstop and go(SAG)法が記載されている2).また,1日目先行オピオイドの30%を減量し,代わりに減量分をメサドンに換算して1日3回に分けて投与,2〜3日目もそれぞれ同量を先行オピオイドからメサドンに置き換えていく3-days switch(3DS)法も報告されている3).SAG法は副作用などの理由で先行オピオイドを急速に中止する必要がある場合に有効と考えられるが,メサドンの薬物動態は個人間でバラツキがあり4),症例によっては疼痛コントロールが一時的に不良になる可能性がある.SAG法と3DS法を比較した報告では重篤な有害事象報告が3DS法よりSAG法の方が有意に多い5).しかし,この報告では先行オピオイド用量の平均が経口モルヒネ換算でSAG群900 mg/日,3DS群1330 mg/日と比較的高用量であり,高用量オピオイドからのメサドン変更の場合は3DS法の方が安全と思われる.
そのほかにも,先行オピオイドを減量せずにメサドンを導入しオピオイドスイッチングする方法も散見された6〜8).本症例のように先行オピオイドに少量のメサドンを上乗せして併用する方法は海外からは報告されているが,本邦からの報告は検索範囲では見つからなかった.Fürstらの報告では,進行がんにおける難治性疼痛の治療に対して先行オピオイドに加えて低用量のメサドンの上乗せする方法は有効なアプローチの可能性があるとしている9).本症例と同様,既存の強オピオイドの上乗せとして少量からメサドンを開始しているが,本症例でのメサドン開始時の先行オピオイドの量は経口モルヒネ換算90 mg/日に対してこの報告では経口モルヒネ換算で中央値184 mg/日,平均値456 mg/日と本症例と比べ高用量である.本症例の結果より,先行オピオイドがより低用量のときでもメサドン上乗せが有効な可能性が示唆される.
少量メサドン上乗せの方法は先行オピオイド・鎮痛補助薬を同用量のままメサドンを上乗せしているため,疼痛コントロールを悪化させずにメサドンを導入できるという利点もある.
また,今回はメサドン以外の強オピオイド・鎮痛補助薬を使用しても疼痛コントロール不良であったため,侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛が混合している難治性疼痛と判断し,かつ神経ブロックの適応外でもあり早期にメサドン上乗せを行った.神経ブロックの適応外の難治性疼痛を早期に同定し,メサドンを導入することで患者の苦痛の時間をより短縮でき,負担軽減につながると考えられる.
本症例ではメサドン5 mg/日で開始し,1週間後にQTc延長のほか,副作用発現がないことを確認し,10 mg/日に増量した.それに伴い,さらに疼痛コントロール・Quality of Life(QOL)ともに良好となり,既存のタペンタドールの減量にも成功した.状態によってはさらなる先行オピオイドの減量が可能と思われる.メサドン10 mg/日は適正使用ガイドに記載されたメサドン導入の最低用量を下回っており10),先行オピオイドとの併用でより低用量のメサドンで疼痛コントロールできる可能性を示している.
また,2017年のコクランレビューでは主に用量漸増をめぐる困難さと重篤な副作用のリスクから,メサドンはがん関連疼痛の第一選択治療薬としての役割を果たす可能性は低いとされている11).しかし,本症例のように少量から先行オピオイドに上乗せすることにより副作用発現を減少させる可能性が報告されている9).また,Ehretらは致死的不整脈の原因になりうるQT延長は用量依存性であると報告しており12),少量メサドン上乗せは副作用発現の可能性が少ない,より安全な導入方法の一つと考えられる.したがって,定期的な心電図検査・電解質確認を行える環境であれば,在宅などでリスクを減らしつつ新規導入することも可能と思われる.
侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛が混在する難治性疼痛で早期の少量メサドン導入で疼痛コントロールできた1例を経験した.上乗せすることで一時的な疼痛コントロール悪化を防ぎつつ,少量開始でQT延長などの副作用出現の可能性を減少させ,また早期に導入することで患者の負担軽減になると考えられる.
本論文作成にあたりご指導,ご協力をいただいた,自治医科大学地域医療研究支援チーム(CRST)に深謝いたします.
すべての著者の申告すべき利益相反なし
中嶋は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;山口は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;進藤は研究データの収集,分析,解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;今村,妙中,河野,丹波は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.