2021 Volume 16 Issue 2 Pages 209-213
【緒言】造血幹細胞移植後に発症したHHV-6脳脊髄炎の症例を経験した.【症例】30代女性.臍帯血移植2週間後に,発作性の下肢の電撃痛・痒み・振戦・発汗と尿閉を生じた.プレガバリン,オピオイドを開始し,脳脊髄液中HHV-6DNA陽性の判明後,ホスカルネットが投与された.レベチラセタム1000 mg/日併用にて,電撃痛の強度・頻度ともに著明に減少した.経過中のせん妄と不安には,向精神薬により対症療法を行った.髄液中ウイルス陰性化の前より著明な傾眠となったが,レベチラセタム漸減中止後に意識清明となった.退院時の主症状は,肛門周囲のしびれを伴う痛みと痒みで,オキシコドン15 mg/日,プレガバリン225 mg/日,ロラゼパム0.5 mg/日で自制内であった.【考察】臍帯血移植後HHV-6脳脊髄炎に伴う間欠的な電撃痛にレベチラセタムは有効であった.
臍帯血移植(cord blood transplantation: CBT)は,移植片対宿主病が少ない点が長所とされるが,CBTに特異的な生着前免疫反応(pre-engraftment immune reaction: PIR)の他,好中球などの造血回復遅延に伴う移植後の重篤な感染症のリスクが高い1).
造血幹細胞移植後の免疫不全宿主において,ウイルス性脳炎の原因として最も頻度が高いのはHHV-6と報告されている2).HHV-6脳炎の本邦での発生頻度は2~3%,移植後2~6週目に発症し,脳炎の三大症状は,記憶障害,意識障害,けいれんでCBTはリスクファクターの一つである.足のムズムズ感,異常な掻痒感,手足の激痛という異常感覚や,発汗過多,高度の頻脈という自律神経症状,不随意運動,性格変化,低Na血症をきたす場合もある.
診断はPCR法による脳脊髄液中HHV-6DNA陽性で治療は抗ウイルス薬のホスカルネットやガンシクロビルである2).
今回われわれは,臍帯血移植後の好中球生着前に発症した,電撃痛発作を伴うHHV-6脳脊髄炎に対して,ホスカルネットによる治療と平行して,鎮痛薬とレベチラセタム(LEV)の併用が疼痛緩和に有効であった1例を経験したので報告する.本稿では,個人が特定できないように倫理的配慮を行った.
30代女性.急性リンパ性白血病との診断にて化学療法施行後,CBTを施行された.抗ウイルス剤(アシクロビル),免疫抑制剤(タクロリムス,ミコフェノール酸モフェチル)が投与されていた.発熱が続きPIR疑いにて,Day 8プレドニゾロンが開始され,間欠的な悪心嘔吐や頭痛には対症療法が行われていた.Day 9掻痒感を伴う発赤疹が,前胸部,上肢,上背部から腰部にかけて出現し,全身倦怠感,頭痛を訴えたが,項部硬直は認めなかった.Day 13に皮疹は消退し始め,解熱傾向となり,プレドニゾロン減量中であった.Day 15より,終日続く発作的な全身の掻痒感と四肢の振戦が出現し,臥床不能となった.甲状腺機能,頭部CTに異常所見はなかった.Day 18緩和ケアチーム介入時には,両側殿部と右下肢背面から全身に拡がる痒みと,じんじんとした痺れを伴う電撃痛,右下肢の振戦,頭部の発汗が,1回/5分程度の頻度で起きていた.意識消失や四肢の筋力低下は認めなかった.図1に経過を示す.
プレガバリン(PGB)150 mg/日,ミルタザピン7.5 mg眠前を開始した.痒みは軽減し,主症状は間欠的に電流が流れるような痛みを伴う痺れとなり,右殿部から両下肢のL5-S1領域のアロディニアを伴っていた.塩酸モルヒネ10 mg/日が追加された.同日,尿閉となった.Day 20の髄液細胞診にて白血病細胞はなく,real time RCR法による髄液(末梢血血清)中のHHV-6 DNAは,4.3×105(正常値:< 2×10 copies/ml)であった.HHV-6脳脊髄炎の診断にて,Day 21プレドニゾロン中止,ホスカルネット開始となった.
鎮痛補助薬としてDay 26よりLEV 500 mg/日を開始,2日後に1000 mg/日に増量した.また,ロラゼパム0.5 mg/回を痛みに伴う不安発作時に頓用とした.腎機能低下に伴い,Day 29オキシコドン注にオピオイドスイッチされた.下肢振戦は消失したが,痛みの範囲が右下肢から腰部に拡大した.同時期,発熱時にせん妄を認めた.ミルタザピンを中止し,リスペリドン0.5~1 mg/日,ハロペリドール1.25~2.5 mg/日などで対症療法を行ったが,錐体外路症状が出現したため適宜減量・中止した.
Day 34好中球生着時には,電撃痛の強度・頻度ともに著明に減少し,痒みが再燃してきた.また,LEVの効果の切れ目に疼痛を自覚し,昼間の眠気がみられた.
Day 47には髄液中HHV-6ウイルス量は1 ml中3×103 copies/mlと,診断時の約1/100に減少していた.
Day 60オキシコドンが経口投与となってから,レスキューのオキシコドン散使用量が増加した.薬剤の頓用状況を表示して,患者自身に心理と疼痛の相互関連の自覚を促しつつ,オランザピン1.2~2.5 mg眠前投与を併用した.アモキサピン50 mg併用にてレスキュー使用回数は減少したが,サブイレウスとなり中止した.Day 70に自尿が出現した.
Day 73ごろより傾眠傾向が強まりLEVを漸減中止したところ,意識状態の改善とともに上肢振戦が出現したが,約2週間で改善した.Day 83髄液中HHV-6ウイルスが消失した.同時に白血病の再発が判明した.疼痛は,肛門周囲のしびれを伴う痛み・痒みとなり,オキシコドン15 mg/日,プレガバリン225 mg/日,ロラゼパム0.5 mg/日頓用で自制内となった.Day 96の脳MRI所見は,両側視床にFLAIR高信号,DWIで淡い高信号を示す視床病変であったが,意識清明で自らBSCの選択と自宅療養の意思決定を行えた.
臍帯血移植では,移植後7~11日というごく早期に,非感染性の発熱(>38.5℃),原因不明の皮疹,体重増加,肝障害などの特徴を持つ生着前免疫反応(PIR)を起こしやすい1).本症例でも高熱やDay 9にみられた皮疹はPIRを疑うが,ステロイド治療はHHV-6再活性化のリスク因子の一つと報告されている.
Shiroshitaらは,2003~2018年に単一施設で施行された造血幹細胞移植460例のうち,HHV-6脊髄炎を発症した19例(4.1%)を解析した3).発症日の中央値は移植後20日,脳脊髄液中HHV-6 DNAの中央値は3,000 copies/ml(200~100,000)で,最もよくみられた初発症状は,発疹を伴わない痒みや四肢・背部の痛みや痺れなどの感覚障害で,2例で膀胱直腸障害を認めた.10例で発熱していたが,発熱のなかった9例中7例でステロイドが投与されていた.脳炎に進展した3例では,脳脊髄液中HHV-6 DNAは10,000 copies/ml以上と高値であった.治療はホスカルネットあるいはガンシクロビル,または2剤併用で,全例で寛解し,2例で神経学的後遺症が残ったというが,痛み治療についての記載はない.
本症例の電撃痛や掻痒感の緩和には,まず神経障害性疼痛の薬物治療に準じてPGB,オピオイドが用いられた4).悪心・頭痛があったため,副作用を懸念してデュロキセチンは使用しなかった.診断後,抗ウイルス薬の効果発現までの間,急性炎症による発作的な神経異常興奮の抑制には,抗けいれん薬の効果が期待できると考えた5).PGBは有効であったが,ホスカルネットによる腎機能低下が危惧され増量を断念した.併用する抗けいれん薬の選択にあたり,例えばクロナゼパムには筋弛緩作用があり,生着前の血小板減少の状態では転倒や外傷性出血のリスクが懸念され,またカルバマゼピンやメキシレチンは,HHV-6活性化を介した重症型薬疹の一つである薬剤性過敏症症候群の原因となりうるため6),HHV-6脳脊髄炎の病態を修飾する可能性があり,いずれも使用しづらかった.
LEVには薬物相互作用がほとんどなく,本例のような多剤併用時に有利であり,またその抗けいれん作用は興奮性神経終末におけるグルタミン酸の放出抑制であり,LEVには理論的には,痛みの伝達や慢性疼痛で生じる中枢性感作を抑制する作用を期待できる.本例でも効果の切れ目の痛みを認めており,鎮痛効果を示したと考える.しかし現時点では,本邦からは多発性硬化症による中枢性神経障害性疼痛に対してある程度有効とするガイドラインや7),がんの神経浸潤による神経障害性疼痛に併発した振戦治療目的でのLEVの皮下または静脈内投与にて疼痛が軽減した事例の報告8)などはあるものの,質の高い大規模研究はなく,コクランレビューでは成人の神経障害性疼痛に対するLEVの有効性は認められないと結論している9).
本症例では,発病初期には安静仰臥位を取ることが困難で,脳脊髄MRI検査は行えていないが,ウイルス消失後の脳MRIで視床病変が残存しており,経過中のせん妄や傾眠,低用量の向精神薬による錐体外路症状は,脳脊髄炎の症状であったと考える.振戦は,脳脊髄炎の症状とも考えられるが,精神的緊張や,疼痛発作に対する不安や恐怖などの心因性の修飾も疑われた.LEV中止後に発症し自然緩解した振戦は,同薬に振戦抑制作用がある8)ことから離脱症状であった可能性が考えられ,血中濃度を測定し早期に漸減する必要があったかもしれない.
本症例の精神症状には,脳脊髄炎の症状に加えて心因性の要素も関与していたと考えられる.化学療法・移植前処置の副作用を経験し,長期入院・クリーンルームでの隔離中の苦痛を伴う発作性の症状がストレスとなって,不眠や不安障害を起こしていた.電撃痛の頻度や強度の減少後も,身体症状を契機として不安発作を生じ,逆に不安が強くなると痛みの訴えは増加したが,シャワー浴などの快刺激時には消失した.心理状態と薬物使用頻度の関係を客観化して本人の気づきを促し,痛みが気にならない活動の時間を増やしていった.向精神薬の併用は,情動の安定と疼痛閾値の上昇,睡眠補助に有効で,自らによる,治療方針と今後の療養場所の意思決定につながった.
臍帯血移植後HHV-6脳脊髄炎に間欠的な電撃痛を伴った症例を経験した.抗ウイルス薬と鎮痛薬に抗けいれん薬であるレベチラセタムを併用して,疼痛緩和を行うことができた.
患者情報をご教示いただいた主治医ならびに病棟看護師,リハビリテーションチーム,栄養管理科,薬剤部,地域連携室の方々に感謝申し上げます.
すべての著者の申告すべき利益相反なし
丸中,木村は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;西海は研究データの収集・分析,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献:池垣は原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に貢献した.