2021 Volume 16 Issue 2 Pages 215-224
【目的】保健医療福祉職を対象にAdvance Care Planning(ACP)を促すworkshop(WS)を行い,今後ACPを行いたいと思う人の割合,および参加者の死生観変化から,WSがACPの動機づけとなるかを明らかにする.【方法】WS後に家族や大切な人とACPを行う意思の有無により参加者を2群に分け,死生観およびWSの感想をWS前と比較した.【結果】分析対象は91名,ACPを行いたいと思う群は42名(46.2%)であった.死生観はWS前に比して,両群ともに,「死後の世界観」「死への恐怖・不安」が有意に低下した.ACPを行いたいと思う群では,「死からの回避」(効果量−0.42)「人生における目的意識」(効果量0.51)が有意に肯定的に変化した.【結論】WSによりACPを行おうとする人は半数程度であり,人生における目的意識の高まり,死を回避しない姿勢の関与が示唆された.
人が自分の人生を最期まで自分らしく生ききるためには,Advance Care Planning(ACP)が重要であることから,厚生労働省は「人生会議」と称し,ACPを推奨している1).2017年の調査では,人生の最終段階における医療・療養について,一般国民59.3%,医師の88.6%,看護師の81.7%が考えたことがあると答えている2).しかし,死が近づいた場合に受けたい,あるいは受けたくない医療・療養について,家族や医療介護関係者等と詳しく話し合っている人は,一般国民の2.7%,医師の9.2%,看護師の5.7%と少ない2).日本人にとって,死は縁起でもなく避けるべき話であり,日ごろから人生の最終段階にどう過ごしたいかを話し合うことの難しさを示している.
健康状態のよい時期に行うACPに関する研究は少ないが,わが国の慢性疾患を持つ高齢者を対象に,看護師がACPの大切さを教育する介入により,自分自身や家族とACPを考える傾向が高まるという研究3)や,過疎地に住む高齢者を対象にACPを推進しAdvance Directive(AD)を作成する教育的介入を行った研究4)が報告されている.この研究では,介入後3カ月でADに関する知識は有意に高まり,AD作成者も有意に増加したが,家族との話し合いの増加は有意とはいえず,医療者との話し合いにも有意に進まなかった.このことから,健康状態のよい時期であっても,日本人がACPを家族や医療者と行うことの難しさが推察できる.米国ではPREPAREというウェブサイト5)で自分のペースで段階を追ってACPの支援を受けられるシステムが作られ,本人と代理決定者や医療者とのコミュニケーションを促進することが確認されている6).日本でも,厚生労働省によるウェブサイトが運用され始めている7).
一方,「もしバナゲーム」は,終末期に関する対話を促進する目的で開発されたGo Wish GameTMの日本語版である8).健康な時期に行うACPは,死が近づいたときの詳細な決定について話し合うのではなく,まず「もし自分の命が短いことを自覚したとき,どのようなことが一番大切か,して欲しいことと,して欲しくないことは何か」等について,その理由を含めて話し合うことが重要であり,そのために,「もしバナゲーム」の利用が紹介されている9,10).これを用いたACPの実践活動が報告されているが11~13),健康な人々を対象に,「もしバナゲーム」を用いてACPを推奨する取り組みを行い,その結果,対象者にどのような影響が生じるかを明らかにした研究は報告されていない.
医療従事者でもACP実施割合は低いことから2),本研究では,健康な人々の中でもとくにACPを実践する立場にある保健医療福祉職を対象に,「もしバナゲーム」を用いて「人生の最期をどう過ごしたいか」を考えるworkshop(WS)を行い,実際に家族や大切な人と話し合うことを推奨した.自身のACPを考えることは,自分にとっての生きる意味と,生の延長線上にある死について,逃げずに考えることであり,自身の死生観14)を探っていく過程でもある.WSを通じて,医療のことだけでなく,価値観や希望,最期を迎えるまでにどう過ごしたいか,死後の家族に対する要望などを具体的に考え,参加者同士で話し合うことが,参加者の死生観に影響し,ACPを行う動機づけとなると考えた.
本研究の目的は,WS参加者が家族や大切な人と「人生の最期をどう過ごしたいか」について話し合おうと思う人の割合,そしてWS参加者の死生観変化から,WSがACPの動機づけとなり得るかを明らかにすることである.
本研究は,今後健康な人々に対するACPをどのように勧めるかを検討するうえで,有用な基礎資料となると考えた.
1.用語の定義
ACPとは,「患者・家族・医療従事者の話し合いを通じて,患者の価値観を明らかにし,これからの治療・ケアの目標や選好を明確にするプロセス」であり9),その過程においては,身体的なことにとどまらず,心理的,社会的,スピリチュアルな側面を含むものとした.
2.WSの内容
WSでは,参加者が「もしバナゲーム」を通じて「人生の最期をどう過ごしたいか」を考える機会となるよう進行した.「もしバナゲーム」とは,Go Wish GameTMの日本語版であり,これは1999年に米国医師会が中心に行った全国調査15)に基づき作成された.この調査では,重篤な患者,遺族,医師,看護師,ソーシャルワーカーやホスピスボランティアなどを階層化ランダム化して抽出された計1462名を対象に,多くの人が人生の終わりに共通して重要と考える要因を確認している.Go Wish GameTMには35枚のカードがあり,この結果を反映した内容が書かれており,終末期に関する対話を促進する目的で開発されたツールである16,17).人は,健康状態がよいときには,人生の最期の時期に大切にしたいことを考えることは難しいが,カードに書かれた内容が自分にとって重要かどうかは,比較的判断しやすいと考えた.
WSのファシリテーターは,研究者らが担当した.研究者らは事前に,蔵本ら12)が千葉県南房総地域住民を対象に先駆的に実施しているWSに参加し,ファシリテーターとしての準備を整えたうえで実施した.
WSは90分間であり,①ACPについての説明に加え,日ごろから自分が最期の時間をどう過ごしたいかを考え,家族や大切な人と話し合っておくことの重要性とともに,「もしバナゲーム」のやり方を説明した(計20分).②4人1組となり,「もしバナゲーム」をヨシダルール9,12)により行った.すなわち,自分が余命6カ月であるとしたら何を大切に過ごしたいかを考え,各自が最終的に5枚のカードを選んだ.そのうえで,それらを順位づけするとともに,それらを選んだ理由と順位について,グループで発表し合った(計60分).自分がなぜこのカードが重要だと考えたのか,なぜこの順序なのかなどをグループで参加者同士が説明し合う時間は,参加者が自身の考えを整理したり,生や死,「いのち」について考えるとともに,さまざまな人生観,死生観の多様性を知る場として位置づけた.③最後に,全体のまとめ(10分)を行った.まとめでは,「もしバナゲーム」を持ち帰り,もしものときのために,家族や大切な人と自分が望む医療やケアについてゲームを活用して考え,話し合うことを推奨した.
研究デザイン量的分析(前後比較)および質的分析(内容分析)による準実験研究
研究参加者および調査期間A病院,Bクリニック,C介護施設,D市の地域ケアネットワークの責任者を通じて保健医療福祉職を対象に,「もしバナゲーム」を用いてACPを勧めるWSを行うことを周知し,参加者を募集した.調査期間は,2018年3~12月であった.
評価項目ACPは,自身の死生観を探ってゆく過程とも重なることから14,18),先行研究においても多職種ACP 教育プログラムの評価に死生観変化が用いられている19).そこで主要評価項目を,①参加者がWS終了後に,実際に家族や大切な人と人生の最期の過ごし方について話し合いたいと思う人の割合,②WS前後での死生観変化とした.また,副次評価項目として,WSに参加した感想,および実際に話し合いたい(あるいは話し合いたくない)と思う理由とした.
本研究で用いた平井20)の死生観尺度は,とくに日本人の死生観に焦点を当てて作成され,信頼性・妥当性が検証され広く使用されている19,21~27).尺度は,「死後の世界観」「死への恐怖・不安」「解放としての死」「死からの回避」「人生における目的意識」「死への関心」「寿命観」の7ドメイン27項目の質問で構成される.質問項目に対し,「当てはまる」~「当てはまらない」の7段階のリッカートスケールで応答する.
調査方法および内容参加者には,調査への参加は自由であることを説明したうえで,WS開始前に,年代,性別,健康状態,そして死生観尺度の記入を求めた.一方,WS終了後には,今回のWSを体験した感想の自由記載,自分が望む医療やケアについて家族や自分の大切な人と話し合いたいと思うか否かとその理由,そして再度死生観尺度の記入を求めた.いずれも無記名で行い,質問紙を調査前後で対になるよう回収した.また,家族や大切な人と話し合いたいと思う人には,改めて「もしバナゲーム」を持ち帰り,ゲームとして使用する以外に,カードに書かれた内容を話し合いに活用できることを説明した.
分析方法自分が望む医療やケアについて家族や大切な人と話し合いたいと思うか否かにより,参加者を2群に分けたうえで,WSによる死生観の前後比較と質問紙の自由記載の内容分析を行った.
1.死生観尺度の変化
WSの前後での死生観尺度の変化を,Wilcoxonの符号付順位検定により分析した.サンプルサイズの算出は,効果量r=0.30,検出力0.8,α error 0.05とすると,両群の必要サンプル数はn=94であった.また,年代,性別,健康状態等の参加者の属性に関する群間比較は,χ2検定により行った.分析には,SPSS ver.24を使用し,有意水準は5%未満とした.
2.WSを体験した感想についての内容分析
WSを体験した感想および家族や大切な人と話し合いたい理由の自由記載については,Berelsonら28)の内容分析を参考に質的帰納的に分析した.1単文を記録単位,パラグラフを文脈単位とし,個々の記録単位を意味内容の類似性に基づき分類,命名した.信頼性を高めるため全過程において,4名の研究者にて吟味した.カテゴリー分類の信頼性はScottの式29)にて求めた.Scottの信頼性は係数0.7以上で担保される.
倫理的配慮WS参加者募集にあたり,この取り組みが研究の一部であることを明記した.WS実施時にも,WSが研究の一部であることを説明したうえで,質問紙調査への協力を依頼するとともに,調査に不参加でもWSには参加できること,および調査は無記名であり,個人が特定されないことを説明し,調査に協力を得られた対象から同意を得た.また,WS終了後に,家族や大切な人と話し合いたいと思う人には,「もしバナゲーム」を進呈した.
本研究を実施するにあたり,三重大学医学部附属病院医学系研究倫理審査委員会の承認を得た(承認番号1772).
本研究では,WSに参加を希望した者を対象とし,募集期間中の参加者の人数制限は行わなかった.WSへの参加希望者は96名であり,全員が参加し,WSは計4回行った.職種は多様であったが,看護師/保健師35名,介護職26名の順に多く,1回あたりの参加者数は,9~62名であった.そのうち,研究参加同意を得られなかった2名と質問紙記入が不十分であった3名を除き,研究参加者は91名となった(図1).自分が望む医療やケアについて家族や大切な人と話し合いたいと思う人は42名(46.2%),思わない人は49名(53.8%)であった.両群の性別,年齢,健康状態に有意な違いを認めなかった(表1).

参加者のWS前後での死生観変化を,家族や大切な人と話し合いたいと思うか否かにより2群に分け,表2に示した.「死後の世界観」「死への恐怖・不安」は,両群ともに有意に低下し,話し合いたいと思う群では,「死からの回避」が有意に低下(p=0.007),「人生における目的意識」が有意に上昇した(p=0.001).一方,話し合いたいと思わない群では,「解放としての死」が有意に低下(p=0.005),「死への関心」が有意に上昇した(p=0.041).また群間の比較では,死生観の各因子は,WS前およびWS後において,いずれも有意な違いを認めなかった.
WS後の感想についての質的検討(表3)WSを体験した感想は,家族や大切な人と話し合いたいと思う群,および話し合いたいと思わない群ともに,【自分の価値観・考え方の認識】 【肯定的展望】 【他者との認識の違い】 【WSに対する肯定的評価】 【ACPに関する話し合いの大切さへの気づき】 【WSに対する否定的評価】の6つのカテゴリーが抽出された.
一方,カテゴリーごとの回答頻度については,【自分の価値観・考え方の認識】は,両群ともに最も多かった(話し合いたいと思う群28.0%,話し合いたいと思わない群31.3%)が,以降の順位は異なり,話し合いたいと思う群では,【肯定的展望】が次いで多かった (25.6%).話し合いたいと思わない群では,2番目に多いカテゴリーは,【他者との認識の違い】(23.2%)であった.カテゴリー分類におけるScottの信頼係数は0.72であり,信頼性は確保された.
家族や大切な人と話し合いたいと思う/もしくは思わない理由(表4)(カテゴリーを【 】記録単位例を〈 〉として表す)
家族や大切な人と話し合いたいと思う理由は,〈家族と死について話すいいきっかけになると思うから〉 〈家族の思いを共有したい〉 〈友人とやってみたい〉など【家族や大切な人とやってみたい】と思う人が33件(78.6%)であり,〈スタッフとやってみたい〉など【職場でやってみたい】と思う人が5件(11.9%),〈死について考えるきっかけとして活用したい〉など【死生について考えたい】と思う人が4件(9.5%)であった.スコットの信頼係数は1であり,信頼性は確保された.
話し合いたいと思わない理由としては,無回答が32件(57.1%)と最も多く,「忙しくて時間に余裕がないから」が5件(9.0%),「家族や大切な人が『もしものとき』を考えたくないと思っているから」が4件(7.1%)の順に多かった.その他(自由記載)は8件(16.3%)であり,内訳としては「別の形で話し合えるから」,「家族が近くにいないから」等が各1件であった.
本研究では,保健医療福祉職を対象に「もしバナゲーム」を用いたACPを考えるきっかけ作りとしてのWSを行い,家族や大切な人と「もしものときの話し合い」を行うことを推奨した.その結果,実際に話し合いたいと思った人は42名(46.2%)であり,「人生における目的意識」が高まり,「死からの回避」をしない死生観変化がACPの動機づけに関与することが窺われた.
WSが参加者に与えた影響本研究参加者の死生観は,先行研究の看護師および介護職の死生観と大きな違いはなかったが24~27),「人生における目的意識」は17.2~18.2点であり,一般病院看護師15.9(4.36)点26),介護職14.7(3.8)点26)と比較して高い傾向にあった.したがって,本研究参加者は,目的意識が高くACPに関心を持つ集団であると考えられる.
また,家族や大切な人と話し合いたいと思うか否かにかかわらず,参加者の死生観は,WS後には「死後の世界観」,「死への恐怖・不安」は有意に低く変化していた.
また,WS後の感想についての内容分析では,両群ともに〈改めて自分の考えや価値観を確認することができた〉のように【自分の価値観・考え方の認識】が最も多く,WSを通して自分が大切にしたいことを再認識していた.またそれを他の参加者と話し合うことにより,自身の死生観が変化し,「死への恐怖・不安」の軽減につながったと考える.参加者同士で話し合うことの重要性については,End of Lifeを市民参加型プログラムで考える取り組みにおいても,参加者との話し合いが,「自分」がどう生きたいかを問い返す場となることが報告されている30).また医療従事者の死生観は,そのケア行動にも影響することがわかっている31,32).本研究のWS参加者は,保健医療福祉職であり,参加者の「死への恐怖・不安」が低下したことから,WSは参加者個人がACPを考える機会となっただけでなく,日常臨床においても,死を恐れずに対象者に関わることにつながる可能性があると考える.
WSが家族や大切な人と話し合いたいと思った人に与えた影響家族や大切な人と話し合いたいと思う群と思わない群では,WS前において,性別や年代,健康状態に有意な違いはなく,死生観尺度のどの因子においても両群間に有意な違いはなかった.しかし,話し合いたいと思う群では,WS後に「死からの回避」が有意に低くなり(P=0.007, 効果量−0.42),「人生における目的意識」が有意に高まる(P=0.001, 効果量0.51)傾向を認めた.
WS後の感想に関する内容分析でも,〈改めて自分の考えや価値観を確認することができた〉など,【自分の価値観・考え方の認識】に気づいた人が28.0%と最も多く,〈親と一緒に楽しみながら実施したいと思った〉など【肯定的展望】を記した人が25.6%と次に多かった.
話し合いたいと思う理由については,【家族や大切な人とやってみたい】【死生について考えたい】を合わせて88.1%を占めていた.
これらのことから,話し合いたいと思う群の参加者は,WSで自分の死や,人生の最期をどう過ごしたいかを考え,自分の価値観を再認識したことを機会に,「人生の目的意識」が高まり,死を回避して考えずに,今後は実際に家族や大切な人とやってみようと肯定的に捉えたと考える.
外来通院する高齢者968名を対象とした調査研究においても,終末期医療の希望について家族や友人と会話がある人は,死について考えることを回避しない特徴があることが報告されている33).
本研究においても,WSにより死生観尺度の中でも「人生の目的意識」が高まったり,「死からの回避」をしない傾向が強まったことから,ACPを促進するためには,多次元な死生観のなかでも,とくにこの二つの要因へのアプローチが重要であると考える.
WS後に家族や大切な人と話し合いたいと思った人は,参加者の46.2%と半数に満たなかった.しかし,もしものことを話し合うきっかけとなる出来事は,家族の病気や死(医師71.3% 看護師75.3% 介護職76.0%),次いで自分の病気(医師56.0% 看護師58.3% 介護職57.4%)である2).このような重大な出来事が起きなくても,約半数の参加者が話し合いたいと思ったことから,WSはACPを動機づけるきっかけになり得ると考える.
WSが家族や大切な人と話し合いたいと思わなかった人に与えた影響家族や大切な人と話し合いたいと思わない群では,WSに参加し,死を自分のこととして考えた結果,「死への関心」は有意に高まり(p=0.041, 効果量0.30),「死への恐怖・不安」も有意に低下し(p=0.015, 効果量−0.36),「解放としての死」も有意に低下した(p=0.005, 効果量−0.41).
WS後の感想に関する内容分析でも,〈改めて自分の考えや価値観を確認することができた〉など【自分の価値観・考え方の認識】に気づいた人が31.3%と最も多かった.また,〈同じカードを選んでも理由が違うことが体験でき,やっぱり患者さんにも選択の理由をうかがうことが必要と思った〉など【他者との認識の違い】を記した人が23.2%と次に多く,感想からは,WSへの参加を肯定的に捉えていたことが窺えた.
したがって,家族や大切な人と話し合いたいと思わない群においても,死生観変化や感想から,WSがACPについて考える機会として有用であったと考える.しかし,家族や大切な人と話し合いたいと思う群とは異なり,「人生の目的意識」や「死からの回避」には有意な変化を認めなかった.すなわち,WSにより人生の目的意識が高まったり,死について考える傾向に至らなかったことが,今後の話し合いを妨げることに関連していた可能性がある.
家族や大切な人と話し合いたいと思わない理由は,あらかじめ選択回答を用意し,自由記述欄も設けたが,無回答が32件(57.1%)と多く,もしものときの話を実際に行うことを阻む理由の複雑さが窺えた.
回答された理由を分析すると,「忙しくて時間に余裕がないから」が5件(9.0%),また,「家族や大切な人が,『もしものとき』を考えたくないと思っているから」も4件(7.1%)の順であった.すなわち,保健医療福祉職という忙しい日常であるため,家族や大切な人と話し合う余裕がない人も多いが,自分だけの理由ではなく,家族や大切な人の状態や意向に配慮して,もしものときの話し合いを希望しない人も含まれていた.
日本では,伝統的に明確な自己表現を控えることを求める文化があり,日本人が何事かを表現する場合,周囲や関係者への配慮や遠慮がみられるのは当然だと考えられている34).こういった文化的背景が,家族や大切な人の状態や意向を配慮することや,話し合いを阻むことに関連していた可能性もある.
本研究では,研究参加者が保健医療福祉職であっても,53.8%が家族や大切な人ともしものときに備えて話し合うことを希望しなかった.
ACPは英語圏で概念形成され実践が進められてきたため,導入には,日本の文化や制度を含めて適用方法を検討しつつ普及を図るべきとされ18),簡単に普及啓発できるものでもないともいわれている35).行動経済学の観点からは,ACPに関連するバイアスとして,disability biasがあり,将来的にこうなったらと考えていても,実際になってみないとわからないというバイアスであり36),その人の価値観でもあり,これを変えていくのは難しい.もしものことを家族や大切な人と話し合いたいと思わない人は,このようなdisability biasをもっていたとも考えられる.一方,ACPに関連するバイアスとして損失回避バイアスもある.ACPをすることにより将来家族の負担が減るなど,損失が回避されると考えるならば,その行動を取りやすくなる36).もしものことを話し合いたくない人にも,その人にとっての損失回避バイアスを意識できるように関わることで,ACPに結びつく可能性があると考える.
わが国では,ACPや人生会議を推進する動向にあるが,「できるだけ死を意識しないで生活したい」と願う人にとっては,迷惑このうえないソーシャルプレッシャーになるともいわれている37).したがって,ACP推進活動を行うにあたっては,価値観は多様であることを意識し,対象者のニーズに応じて柔軟に進めていく必要がある.
本研究の限界と今後の課題本研究では,保健医療福祉職を対象に「もしバナゲーム」を用いて「人生の最期をどう過ごしたいか」を考えるWSへの参加者を募り実施した.したがって,本研究の結果は,あくまでもACPに関心の高い保健医療福祉職によるものである.
一方,自分が望む医療やケアについて家族や大切な人と話し合いたいと答えた人が,その後,本当に話し合いを実施できたかについては,現時点では分析できていない.今後のfollow up研究により,さらに検討を進める必要がある.
また,一般市民向けのWSも現在実施中であり,その成果についても検討を進めていく予定である.しかし,最近では新型コロナウイルスの感染拡大問題があり,こういったWSを進めることが困難な状況にもある.
保健医療福祉職96名を対象に「もしバナゲーム」を用いて「人生の最期をどう過ごしたいか」を考えるWSを行い,WSがACPを考える動機づけとなり得るかを検討した.
1.分析対象となった91名のうち,家族や大切な人と話し合いをしたいと思う群は42名(46.2%)にとどまり,そう思わない群は49名(53.8%)であった.
2.WS前後で死生観は,両群ともに「死後の世界観」「死への恐怖・不安」が有意に低下し,参加者の感想も【自分の価値観・考え方の認識】が最も多いことから,WSはACPを考える機会として有用であったと考える.
3.家族や大切な人と話し合いをしたいと思う群では,WS後に「人生における目的意識」が有意に高まり(p=0.001, 効果量0.51),「死からの回避」が有意に低くなった(p=0.007, 効果量−0.42)ことから,死生観尺度の中でも,この二つの要因の変化がACPの動機づけに関連する要因であると考える.
本研究のWSにご参加いただき研究協力をいただいた皆様に深く感謝いたします.また,もしバナゲームを用いた地域住民への先駆的ACP活動の実践場面への見学と参加を快く承諾してくださった,亀田総合病院・i-ACP共同代表の蔵本浩一先生,ならびに統計解析にあたり御助言をいただきました大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻の藤井誠先生に感謝申し上げます.
本研究は,日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(C)課題番号17K12245による助成を受けて実施したものである.
すべての著者の申告すべき利益相反はなし
辻川は,研究の構想およびデザイン,データ収集と分析,解釈,原稿の起草および推敲に貢献した.犬丸,坂口,竹内は,データ収集・分析,解釈,および草稿の推敲,船尾,武田は,データ収集・分析および草稿の推敲,玉木はデータの解釈,草稿の推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.