Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Original Research
Off-label Medication Use of Asenapine Sublingual Tablets for Agitated Delirium in Cancer Patients at the End of Life
Hiroki NakanoNaoko AkashiTomomi WadaKyoko IdeAtsuyuki InoueTakashi MiyabeKazutaka Yamauchi
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2021 Volume 16 Issue 3 Pages 261-265

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Abstract

せん妄は終末期がん患者の30〜40%に合併し,死亡直前は患者の90%がせん妄状態にあるとされるが,治療抵抗性で,嚥下困難や静脈確保困難により薬物投与経路が制限される場合も多い.今回,終末期がん患者のせん妄に対しアセナピン舌下錠の使用を経験したので報告する.緩和ケアチームが介入し,アセナピン舌下錠を投与した患者6名を対象とした.アセナピンは,せん妄による不穏に対し,他の抗精神病薬が無効あるいは使用できないために選択され,明らかな有害事象なく一定の鎮静効果を認めた.全例が嚥下あるいは呼吸機能障害のために,制御困難な呼吸困難や窒息感を合併していた.アセナピン舌下錠は,内服や静脈確保困難な終末期せん妄患者において,せん妄による不穏制御の選択肢の一つになりうると考える.

緒言

せん妄は死期が迫ったがん患者の90%に認められ1),患者や家族,医療従事者等が対応に難渋することが多い2,3).終末期せん妄の多くが治療抵抗性で,介入目標の設定と,実行可能性・安全性を重視したマネジメントが求められている.また,終末期には嚥下障害や静脈確保困難のために,しばしば限定的な薬剤選択を迫られる.

アセナピンは多元受容体作用抗精神病薬(Multi-Acting Receptor Targeted Antipsychotic: MARTA)に属す舌下錠であり,セロトニン受容体の幅広いサブタイプに加え,ドパミン受容体,アドレナリン受容体,ヒスタミン受容体に対して拮抗作用を示し,5-HT1A受容体については,刺激作用を示す.一方,糖代謝や抗コリン性のせん妄に関係するムスカリン受容体には,他のMARTAとは異なり,親和性が低い特徴的な結合プロファイルを有する4).他のMARTAでは禁忌である耐糖能異常患者に対しても,慎重投与とされている所以である5).また,攻撃性制御とドパミン受容体への親和性に関する薬理学的研究によれば,受容体サブタイプごとの結合比と,急性興奮の軽減との関連性が示唆されている(D4/D2比仮説).この仮説によればD4/D2比>1であれば,抗攻撃性があるとされ,せん妄に使用されるハロペリドール,リスペリドン,オランザピンのD4/D2比<1であるのに対し,アセナピンはD4/D2比>1と,強力な鎮静効果を有するクロザピン類似の受容体プロファイルを持つ6,7).近年,アセナピンががん患者の過活動型せん妄に有効であったとの症例報告がある8).われわれは,死期の迫った終末期がん患者のせん妄に対するアセナピンの使用を経験したので報告する.

方法

対象

2016年12月から2017年12月に大阪医療センターの緩和ケアチームが介入したがん患者のうち,せん妄による不穏制御目的にアセナピン舌下錠を投与した患者を対象とした.せん妄は,アメリカ精神医学会による「精神障害の診断と統計マニュアル 第V版」9)に準拠して精神科医が診断し,治療可能な要因への介入を並行した.アセナピン使用に先立ち,患者または患者家族に説明を行い,同意を得たうえで使用した.

調査項目

年齢,性別,がんの原発部位,転移臓器,Karnofsky Performance Status(PS),Palliative Prognostic Index(PPI),主要臓器機能,血液検査データ,アセナピンの用法用量ならびに投与期間,せん妄に対する前治療薬,併用薬剤について,電子カルテを用いて後方視的に行った.

アセナピン使用前後の不穏の制御効果は,緩和ケア用Richmond Agitation-Sedation Scale日本語版(以下,RASS)10)を用いて,せん妄消退あるいは死亡まで精神科医が連日評価した.評価時期と方法に関して,平日の午前中にチーム回診し,訪室時の状況をRASSで評価した.同時に病棟看護師から前夜の状態を聴取し,アセナピン投与量や継続可否を判断した.

倫理的配慮

本研究は国立病院機構大阪医療センター受託研究審査委員会の承認を受けて実施した(承認番号:18004).「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を遵守し,得られた個人情報は個人が特定されないように,匿名化に配慮した.

結果

アセナピン舌下錠使用前の患者背景と状況

アセナピンを使用した患者背景と状況を表1に示した.対象患者は6名(男性4名,女性2名)で,6名とも積極的抗がん剤治療を中止され,PS 3または4, PPI 11〜15点で,週単位以下の予後が予測される終末期がん患者であった.せん妄による不穏・興奮・不眠などの症状が強く,患者の苦痛,家族の苦悩,療養支援上の負担への介入を求められていた.アセナピン使用前,4名にハロペリドール,1名にリスペリドンを使用していたが,効果が乏しいか使用継続困難となっていた.さらに全例が,重篤な呼吸機能障害,嚥下障害,反回神経麻痺が原因のための呼吸困難あるいは窒息感を有していた.輸液の調整,オピオイドの調整やスイッチング,非薬物的ケアなどの介入を継続し,全例が介入経過中に死亡した.対象患者に不眠や不安に対するベンゾジアゼピン系薬剤の使用歴,認知機能障害を有する患者はいなかった.症例1と5は疼痛に対してオピオイドを調整し,良好に症状緩和された.

表1 アセナピン使用前の患者背景と状況

アセナピン使用後の経過

アセナピンの投与量と使用期間を表2に示した.4例は頓服で,2例は定期内服で開始されたが数日内に頓服へ変更した.投与日数は2〜9日(中央値4日)で,死亡の1~6日前(中央値4日)には不穏制御のための頓服が不要となった.アセナピン使用前と,使用後の最も鎮静レベルが低下した時点のRASSスコアの比較を図1に示した.アセナピン使用後,全例でRASSスコアが低下した.不穏制御のためにアセナピン以外の抗精神病薬を要した例はなかった.介入中,錐体外路症状や呼吸抑制などの有害事象を認めず,家族や医療スタッフからアセナピン使用に関連する懸念は聴取されなかった.

表2 アセナピンの投与量と使用日数
図1 アセナピン投与前後の鎮静水準変化

考察

本調査ではがん終末期の治療抵抗性せん妄による興奮症状に対し,アセナピンの効果と安全性を確認した.すべての症例で不穏制御効果を認め,錐体外路症状をはじめとした有害事象は認めなかった.

死期の迫った患者のせん妄に対する薬物療法には議論が多く11),強い不穏を伴うせん妄症状の緩和に抗精神病薬の使用が推奨されている12)ものの,嚥下機能の低下や浮腫などにより,経口あるいは静脈投与ができないケースも多い.アセナピンは,薬物送達システム (drug delivery system: DDS)を用いて口腔内から吸収される舌下錠のため,嚥下困難な患者に対しても利便性が高い.舌下錠は舌下粘膜に吸着し,速やかに崩壊し吸収されることから,医療従事者や家族等の服薬支援者による,服薬の有無の確認が容易である13).本調査中,アセナピンを処方したものの使用できなかった症例は存在しなかった.アセナピンの問題点として,剤形上分割などの用量調節が難しいため,過量による有害事象に注意が必要である.また,使用上の留意点として,終末期あるいは酸素投与時には,口腔内乾燥のために舌下錠が溶けにくいことが多く,投与前に口腔内を湿潤させておくことがよい.吸湿性が高く,乾燥した手で使用直前に開封し,10分間は口腔ケアや飲食を避ける必要がある.

本調査ではせん妄に加え,全例が呼吸困難あるいは窒息感を合併していた.がん患者において鎮静の対象となる治療抵抗性の苦痛として,せん妄と呼吸困難が2大病態とされており14),本調査の対象症例は,鎮静を要する可能性が高いケースであったと考えられる.鎮静に関しては 「話ができなくなることがつらい」 「家族全員で話し合う機会がほしかった」などの家族や医療従事者の葛藤も聞かれ15),持続鎮静までに,あらゆる方策をもって症状緩和に注力することが前提とされている.調査症例6例は,死亡までにアセナピン投与により最大RASS−3〜1程度の鎮静レベルを得た.RASS評価は1日1回であったが,病棟スタッフに聴取し,療養上問題となる不穏興奮の時間帯がないことを確認した.静穏を得た患者の状態に関し,家族や病棟スタッフから安堵の言葉はあったものの,さらなる鎮静の要望や逆に過鎮静への懸念や苦悩の言葉は聞かれなかった.

研究の限界

本研究は,単施設での対照との比較がない後方視的観察研究で,症例は6例と少ない.また,介入した緩和ケアチームのメンバーによる効果判定のために盲検化されておらず,せん妄症状の時間変動を考慮すれば1日数回以上の評価が必要と考えられる.本調査の結果は,上述の問題を排除した調査による検証の必要がある.全例がアセナピン投与開始後に短期間で死亡となっており,自然経過で精神活動が減じた可能性,輸液やオピオイドの調整などその他の医療行為もせん妄の経過に影響を与えている可能性は否定できない.また,長期使用における有効性や安全性に関しては調査できなかった.さらに,認知やコミュニケーションといった不穏以外のせん妄症状に対する効果,家族,医療従事者の満足度を指標とした評価はなされておらず,今後,終末期における症状マネジメントの多側面を包含した研究が重要と考える.

結論

終末期せん妄患者に対し,アセナピン舌下錠の一定の効果と安全性について報告した.嚥下・静脈確保困難時,あるいは,治療抵抗性の不穏に対し鎮静に踏み切る前の薬物療法の選択肢となる可能性を示した.

利益相反

すべての著者の開示すべき利益相反はない

著者貢献

仲野は研究の構想およびデザイン,データの収集・分析・解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;明石は研究の構想およびデザイン,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;和田は研究のデザイン,データの分析・解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;井出,井上,宮部,山内はデータの解釈および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認および研究の説明責任に同意した.

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