Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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Case Report
Switching from High-dose Fentanyl to Low-doseMorphine Induced Relief of Dyspnea in a Patient with COVID-19 Pneumonia under Mechanical Ventilation: A Case Report
Naho IharaYoko TakinoMiwako OhgishiMari TakeuchiAkiko AbeKen KanekoHiroomi SakuraiSachiko FujitaHiromasa NagataSaori HashiguchiHiroshi Morisaki
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2021 Volume 16 Issue 4 Pages 301-306

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Abstract

【緒言】呼吸困難に対するフェンタニルの有効性はモルヒネに比してエビデンスが乏しく確立されていない.COVID-19肺炎の呼吸困難に対し,高用量静注フェンタニルから低用量静注モルヒネ投与へのスイッチングが有効であった症例を報告する.【症例】85歳男性.COVID-19肺炎のため気管挿管,人工呼吸管理となり,疼痛緩和のためフェンタニル持続投与が開始された.呼吸困難の訴えが顕著となりフェンタニルを増量したが,効果不十分なため緩和ケアチームが介入し,フェンタニル2400 µg/日からモルヒネ76.8 mg/日に変更したところ呼吸困難は消失した.一方,呼吸抑制が顕著となりモルヒネを10 mg/日まで漸減し,呼吸抑制は改善し呼吸困難も認めなかった.【考察】フェンタニルよりも低用量のモルヒネで呼吸困難を緩和できたのは,フェンタニルの耐性形成や呼吸困難緩和に対するモルヒネの優位性が一因と考えられる.

緒言

呼吸困難に対するフェンタニルの有効性は,モルヒネに比してエビデンスが乏しく確立されていない1).筆者らは,新型コロナウイルス(coronavirus disease 2019:以下,COVID-19)肺炎による重症呼吸不全に対し気管挿管人工呼吸管理が行われた患者の静注フェンタニル投与では緩和しきれなかった呼吸困難が,静注モルヒネへ変更したところ,鎮痛における一般的な換算量よりも極めて少ない用量で緩和された症例を経験した.

症例提示

85歳,男性.喫煙歴なし,20歳結核,60歳バセドウ病以外に大きな既往歴なし.他院でCOVID-19肺炎と診断され加療されていたが,症状が悪化したため当院へ転院となった.転院当初は低酸素血症に対し酸素投与を受けている以外には咳嗽や呼吸困難の訴えは認めなかった.転院時に本人に意思決定能力ありと判断し,病勢の悪化を説明して本人の意向を確認したところ,必要時は気管挿管を伴う人工呼吸管理を希望した.

転院翌日に呼吸状態の悪化や画像診断(図1)の結果から人工呼吸管理が必要と判断され,集中治療センターに入室し,気管挿管ならびに人工呼吸管理が開始された.挿管当日からチューブ留置や人工呼吸および体位変換等の疼痛緩和目的で,静注フェンタニル600 μg/日の持続投与を開始した.当院でCOVID-19肺炎に承認されている種々の支持療法や腹臥位療法が継続的になされたが,人工呼吸器離脱は困難と判断され,気管挿管8日後に気管切開術が施行された.その後,体位変換時に呼吸困難の表出が顕著となった.呼吸困難の苦痛の程度は,クローズドクエスチョン,表情ならびに人工呼吸への順応性などから評価した.鎮痛目的で投与されていた静注フェンタニル投与を継続し,呼吸困難の程度に合わせて増量調整を行った(図2).人工呼吸開始当初から鎮静にはプロポフォール50 mg/時程度を持続投与していた.静注フェンタニルを増量後も呼吸困難が緩和されないため,人工呼吸開始13日後に緩和ケアチームが介入した.

介入時,苦悶様表情のまま呼吸する状況で,咳嗽が頻回に誘発される状態であった.人工呼吸器換気設定の変更でも呼吸困難の訴えは続き,静注フェンタニルは持続投与量が2400 μg/日まで増量されており,体位変換時を中心にレスキューを1日に12回使用していた.フェンタニルの効果は限定的で,オピオイドスイッチングが必要と考えられた.軽度腎障害(血中尿素窒素44.4 mg/dl,血清クレアチニン0.82 mg/dl,推定糸球体濾過量67 ml/min 1.73 m2)によるモルヒネの代謝産物の蓄積や呼吸困難への使用であることなどを考慮し,「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」2)の鎮痛における換算表を参考に等価換算の7割に相当する静注モルヒネ76.8 mg/日の持続投与へ変更し開始した.レスキューとして呼吸困難時は1時間量を10分以上あけて反復追加投与可能とし,スイッチング後9時間までに2回レスキューを使用したがその後は使用しなかった.

静注モルヒネに変更後,呼吸困難の訴えはほぼ消失したものの,呼吸数の減少が顕在化し,PaCO2が55 mmHg程度に増加したため,モルヒネ投与量を漸減し24時間後には10 mg/日にまで減量した(図3).呼吸数減少に対して人工呼吸器設定の呼吸回数を調整した以外は,変更せず吸入中酸素濃度0.6のまま,PaO2は60 mmHg前後を推移した.その後も同量のモルヒネ持続投与を継続し,医療者からの声がけに笑顔でうなずき,クローズドクエスチョンに「苦しくない」と返答,体位交換時の苦痛表出も認めなくなった.オピオイドスイッチング前後でプロポフォールの投与量は変更せず,意識レベルの変化や退薬症状も認めなかった.

その後もCOVID-19肺炎に対する治療を継続したが,敗血症性ショックを併発し,人工呼吸開始17日後に高二酸化炭素血症,呼吸数減少と急性腎機能障害が進行したためモルヒネ注投与を一旦中止した.その後も多臓器不全が進行し,呼吸困難や咳嗽に対してモルヒネの持続投与を再開,適宜増量して16.8 mg/日を持続投与しながら,強い咳嗽を含む苦痛を認めない状態で人工呼吸開始30日後に永眠した.

図1 入院時胸部コンピュータ断層撮影画像

両肺末梢全体に広がるすりガラス影

図2 持続フェンタニル投与量の1日ごとの推移
図3 持続モルヒネ投与量と呼吸回数の1時間ごとの経過

考察

呼吸困難に対する薬物療法としてはオピオイドの有効性が示され,国内外のガイドラインでは,呼吸困難に対してオピオイドを使用する場合はモルヒネの全身投与が推奨されている1,35).COVID-19感染症による呼吸困難の場合も慎重な管理のもとでのオピオイド使用が提示されている58)

本症例ではCOVID-19肺炎による重症呼吸不全に人工呼吸管理開始後出現した呼吸困難の訴えに対し,静注フェンタニルから静注モルヒネへのスイッチングをしたところ,鎮痛における一般的な換算量よりも極めて少ない用量で有害事象を生じることなく呼吸困難の緩和を図ることができた.

人工呼吸管理中のオピオイド使用に関しては,術後創部痛やドレーン等のチューブ類留置に伴う痛みの除去目的でフェンタニルを使用することが米国集中治療医学会ガイドラインで推奨されている9).また,人工呼吸管理中の呼吸困難には,人工呼吸器設定の最適化でも緩和しきれない際にオピオイド投与は容認され,その必要量は急性痛の場合よりも低用量とされている10).本症例においては気管挿管チューブ留置や人工呼吸あるいは体位変換等に伴う疼痛緩和目的にフェンタニルを使用したが,気管切開後も継続して訴えた呼吸困難に,フェンタニル投与量増量により対処したが無効であった.

痛み治療では,オピオイドの効果が不十分な場合にスイッチングを行うことが「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」で推奨されており2),本症例でもスイッチングが必要と判断された.フェンタニルの全身投与による呼吸困難緩和効果をプラセボと比較するランダム化試験は少なく,またプラセボと比較して有意差を示した報告はない11,12).モルヒネの全身投与も最近では有意差なしと複数のランダム化試験で報告されている1315).ただし,前述の国内外のガイドラインでは呼吸困難に対するオピオイドの中で,モルヒネが第一選択とされている.現在van Dijkらがモルヒネとフェンタニルの呼吸困難に対する有効性比較試験を行っており16),結果が期待される.

本症例においてフェンタニルからモルヒネにスイッチングするにあたり,呼吸困難に対するオピオイド換算比の指針がないため,「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」を参考にした2).同ガイドラインでは,オピオイド間の不完全な交叉耐性により計算上の等力価よりも少ない量で効果が発揮される可能性や薬理作用の個人差が大きい点から,症例ごとに投与量を調整することが求められている.また,薬剤の増量に見合う効果が得られないとき耐性が形成されたと判断するとしている.フェンタニルの耐性形成は,他剤と比較して同程度と報告されている17,18).本症例では,フェンタニル増量に見合う効果が発揮されていなかったためフェンタニルへ耐性が形成されたと判断した.また軽度腎障害によるモルヒネの代謝産物の蓄積や呼吸困難への適応であることから等価換算では過剰投与となる可能性が考えられた.一方,急激な減量による退薬症状の懸念や呼吸困難を緩和しきれていない点から投与不足を防ぐ必要もあり,同ガイドラインの静注フェンタニル:静注モルヒネ= 1:50を参考にがん疼痛での等換算量の7割相当で投与を開始した.その後漸減が必要となり結果的にはフェンタニル投与量の8%相当のモルヒネ10 mg/日で呼吸困難緩和を図ることができた.

COVID-19肺炎の呼吸困難への対応について日本緩和医療学会は手引きを公開し,オピオイドの使用について言及している8).また非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針20215)でも,COVID-19肺炎による呼吸困難に対して初期投与量程度の使用は許容されるとしている.さらにLovellらは,COVID-19での使用量の中央値はモルヒネ10 mg/日であったと報告している19).ただしこれらは人工呼吸管理下にない患者を対象としている.Kappら20)は人工呼吸管理下のCOVID-19肺炎患者のオピオイド使用量の中央値は経口モルヒネ換算で775 mg/日であり(オピオイド種類については記載なし),COVID-19以外の人工呼吸管理下患者と比較し多くのオピオイドが必要であったと報告している.本症例において2400 μg/日のフェンタニルを使用していたことは,COVID-19の呼吸困難でも人工呼吸管理下ではオピオイド使用量が多いことと矛盾しない.ただしスイッチング後は人工呼吸管理下であってもモルヒネ10 mg/日のみで呼吸困難に対して有効であった.今後はさらに症例を蓄積しエビデンスの構築が期待される.

本報告の限界としては,呼吸困難の程度を数値などで客観的に経時的な評価をすることができなかった点が挙げられる.

結語

COVID-19肺炎による重症呼吸不全に対し気管挿管を伴う人工呼吸管理が行われた患者の呼吸困難に対し,静注フェンタニルから静注モルヒネへのスイッチングをしたところ,鎮痛における一般的な換算量よりも極めて少ない用量で呼吸困難の緩和を図ることができた.

フェンタニル長期投与による耐性形成や,モルヒネの呼吸困難緩和に対する優位性が一因の可能性がある.

利益相反

すべての著者に申請すべき利益相反なし

著者貢献

伊原,瀧野,大岸,藤田,長田は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草に貢献;竹内,阿部,金子,櫻井,橋口,森﨑は研究データの解釈,原稿の内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

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